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この心臓に愛を  作者: 竜花
循環の海 -晩夏-
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第25話 約束

「上手くなったな」


 野営地近くで魔法陣を描く練習をしていると、先程まで寝ていたマダムが現れて言った。


「魔法陣がこれだけちゃんと描けてりゃ、あとは単純なもんだよ。体術訓練の方はどうだ?」

「最近訓練の負荷を上げて、また毎日身体が痛いです」

「そうか、順調そうでよかった」


 順調、か。体力づくりの方はそうかもしれない。でも、蘇生術の習得には程遠い。


「不安そうだな。何が不安?」


 マダムが隣に座ってこちらの顔を覗き込む。不安の正体は明らかだった。


「経験値が、足りない」

「それはもう仕方がないさ。むしろ、失敗を魔獣で経験できただけ幸運な方だよ」


 蘇生という生死の関わる術である以上、練習もできない。やるときは全てが本番。次に蘇生するのは親しい魔人の誰かかもしれない。また失敗したら。そんな不安が際限なく湧いては、もう誰も死なないでくれと願うばかりだった。


「気にするな。今回はまだ力不足っていう原因がはっきりしてるからどうにでも対策できる」

「力不足以外の原因で失敗することもあるんですか」

「ああ。実際、術師じゃどうにもできない側面は大きい」


 それは、失敗した直後にも言われた。救えたかもしれない、でも救われなかった、ならばそういう運命だったのだと。


「あたしたちがどれだけ力を尽くしても、魂のエネルギーがなきゃ蘇生は成功しないんだ」

「エネルギー?」


 首を傾げる。魔力的な何かだろうか。それとも、生まれ持った性質的な何か?


「そう。魂ってのは、生きるために体力を削っているようなものなのさ。体力がなきゃ、当然生きられない」

「それって、生まれつき人によって違うとかあるんですか」

「多少はあるだろうね。生物種によって違うのは確かで、上級の魔族ほど多いって言われる」

「あ、じゃあ、上級の方が長生きとか?」

「その通り」


 なるほど。要は、身体の動力的なものなのだろう。蘇生によって身体が修復されても、その身体を動かす力の源が必要だってことだ。

 力の源。魂。ふと違和感を覚える。どこかで聞いたような。どこだ。

 記憶を探り、脳裏にラースの死骸が思い浮かぶ。そこで、点と点が線で結ばれる。


「あ! アンミさんの魂の傷って、そういうことですか!?」


 春頃に魔王の蘇生について色々探った際、アンミとその話をした。彼はハルウに心臓を刺され、魂に傷を負った。かろうじて生き延びることはできたが、傷のせいでエネルギーを消費し、身体を動かすのも一苦労。だからよく体調を崩す。きっとそういうことだ。

 マダムは満足気に頷き、少し困ったように笑った。


「アンミは生きてるのが奇跡的なくらいなんだよ。本当はもっと休んでいてほしいんだけどねぇ」


 今日も彼は、訓練に勤しみ、本を読み、エネルギーを削っている。今だって浜辺を走り込みしているところだろう。睡眠はきちんととっているようだが、日々の睡眠程度じゃ、一生かけても彼の傷は癒しきれない。


「なぁ、ラードからアンミに生きろって言ってやってくれよ。あの子は少し、生き急ぎすぎだ」

「マダムの方が説得力あるんじゃないですか? 僕が言って聞いてくれるならいくらでも言ってやりますよ」

「あたしだって伝えるようにはしてるさ。でも……」


 沈黙が落ちる。じっと言葉の続きを待っていた。マダムは、口を開きかけたまま人形みたいにどこか一点を見つめていたが、やがてその目に光が戻ってくると、ゆるゆると小さく首を振った。


「でも、あたしはあの子の気持ちも痛いほどわかっちまうからさ。ラードの言葉にはあたしらとは違う説得力があるんだよ」


 保護者でも魔人でも、人を導く立場でもないラードの言葉に、どれほどの力がある? アンミの心にどれだけ響く? 生死とは何なのかすらまともに説明できないようなこの青二才の声が。どれほどアンミの行動を、未来を変えられる?

 それはきっと、今後のラード次第だ。


「これからたくさん伝えてやるんだよ。どうせあんたらは長く付き合うんだから」


 はい、と返事をして胸に刻む。ラードがアンミを生かすのだと、心に誓う。

 その様子を見て安心したのか、マダムは大きな口を開けて欠伸をし、気怠げな様子で再び野営地へと休みに戻って行った。

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