第24話 夏の日
目の前に、晴天が広がっている。曇り一つない。とうとう日差しが肌を焦がす季節に足を踏み入れ、朝でも日向で身体を動かせば、じっとりとした汗がこめかみや首筋を伝う。
体力作りを始めてしばらく経った。目につく身体の変化は当然まだない。内側の変化といえばむしろ悪化しているようなもので、筋肉痛が全身を襲い、常に痛みと睨めっこ状態。毎日同じ訓練を指定された数こなしてはいるが、一区切りつく度に疲れて倒れて空を仰ぐ、そんな日々だった。
「やるなら日陰でやれよ。具合悪くするぞ」
陽が遮られて、代わりに視界にアンミが映り込んだ。背後から浴びる光が強すぎるためか、彼の表情は見えない。ラードは身体を起こして、あちこちについた砂を払う。白い砂はキラキラと光を反射しながら、髪や服を滑り落ちていった。
「……僕は光に生きる人間なのに、なんでずっと日を浴びてると駄目なんでしょうね」
最近よく、闇に生きるとか光に生きるとか、魔とか光とか、そういうことを考える。考えさせられる。自分は何者なのか。魔族とはいかなるものか。世界について思いを馳せるたび、莫大すぎる規模感についていけず、途方に暮れてしまう。
「さあ。人間なんてみんなそんなもんだろ」
「でもアンミさんは闇に強くて光はあまり得意じゃないでしょ?」
「比較的な。あんま光に近付きすぎるなってことじゃねーの」
「光に生きる人間なのに?」
ラードを含め、光に属する生き物たちは、闇の中では生きていかれないと言われる。でも、だったら、ずっと光の中にいても良い体質でも良くないか。もちろん、世界が常に光に包まれているわけではないが、「多少光がなくても大丈夫な体質」であれば十分で、「ずっと光の中にはいられない体質」にまでする必要はないのではないか。
「闇だって同じだもん。闇魔に深く入りすぎた者は凍りつくって、御伽噺とかでよく言われるよ」
不思議な話だと思った。何事も極めるが良しと勝手に思っていたためかもしれない。光を極めれば女神に、闇を極めれば魔王にでもなれそうなものだが、そうでもないのか。たかが人間にそんな権利などないということだろうか。
あれ、でも。
「魔王は?」
「え?」
「魔王は、闇に深く入りすぎた者には該当しないんですか」
記憶が確かなら、まず砂漠の民が魔に取り憑かれて魔術を扱えるようになった。そしてその中から、魔王の器となる者が生まれるようになった。確かそういう流れだったはずだ。元が魔に取り憑かれただけのただの人間だったにしては、魔王は闇に深く入り込みすぎなのではないか。
「魔王は魔界じゃ神みたいな立ち位置として扱われてるからな」
アンミの発言に、「なるほど」と頷く。ならば納得できる。凍りつくというのはあくまで人間の規則であり、神はそれの適用外ということだ。
しかし続けて発された「でも」という声が、出たはずの答えを有耶無耶にする。
「確かに、魔王だって人間だよな」
「そう、ですね。少なくとも肉体は」
魂の話は未だによくわからない。ラードが思うに、魔族は魂ありきの存在なのだろうから、魔王の魂が神の位に当るのならば、肉体が人間だろうと人間より高位ということだろうと思ったけれど。
しばらくアンミはその場に立ったまま空白を見つめ、何やら考え込んでいた。ラードはその姿を見上げながら、次の声を待った。彼がどのような答えを出すのか、その心理を知りたくて。
やがて視線をこちらに向けたアンミは、意外にも小さく笑ってみせた。
「もしかすると、だから魔王は毎度封印される定めにあるのかも」
封印、つまり、凍りつく。なかなか洒落た答えだ。ラードも笑みを零す。
「魔王様も大変ですね」
「そうだな。俺はそこまでして復活したいとはなかなか思えないけど」
「アンミさんからしたらそうでしょうねぇ」
魔王復活に際して、色々と苦労しているの様子は側でよく見ている。アンミの話を聞くに、魔王とやらが何が何でも復活させるに値するほどのお偉い神様というわけでもなさそうだし、彼の態度も理解できる。
「ま、できることからやっていくしかないよ。てなわけでトレーニング一緒にやるか」
できることからやっていくしかない。その通りだ。ラードは「はい」と短く返事をして立ち上がった。




