第21話 蘇生
目の前に、一体の烏が倒れている。コルーと呼ばれる魔獣。高い木の麓。まだ鮮明な血溜まりが草むらを濡らしている。
つい先程、木陰で休んでいると唐突に落ちてきた。慌てて見上げてみれば、コルーより一回り大きな鳥の魔獣が空を飛んでいたため、おおよそ喧嘩でもして負けて墜落したところだろう。
驚いたことに、それを見つけたマダムが蘇生の実践を指示してきたのだ。今ならまだコルーの魂は完全には離れていないから、と。
遺体の下には蘇生の魔法陣が敷かれている。ラードが描いた――とは言い難い。ラードが描いたものの大部分をマダムに修正してもらった。まだまだ修行は足りない。
地面にしかと座ったラードの肩に、マダムの手がかけられる。
「あとはとにかく、魔力を込めて。鮮明に、詳細に、魂の宿ったコルーの姿を再現するんだ」
瞼を下ろして、言われた通り、思い描く。目の位置もわからないほど漆黒の羽毛。長い翼に鋭い嘴。少しボサボサの頭。人間にとっても身近な存在で、ラードも幼い頃から日常的に見かけてきた。頭の中で、悪戯をするコルーが鳴いている。
うっすらと目を開けると、魔法陣の上で倒れていた烏が浮き上がった状態で、段々と思い描いたような造形へと作り直されていくのが見えた。
――あれ、ここの羽根ってそんな向きで生えてたっけ?
ふと一つの疑問が頭の中を通り抜けていった。鳥の羽ってどんなふうに開くんだ? 追い立てるように疑問が湧く。詳細に思い出そうとすればするほど、記憶が鈍っていく。思い描いた姿形がぼやけていく。嘴は開けたらどんな形だっけ? 足の指は四本? 五本? 半ば好奇心から生み出された疑問符が止めどなく流れてくる。
駄目だ、集中しないと。気を取り直そうにも、己の描いた想像図が正しいのか不安になって、力んで、歪んで。
「どけラード、代わる」
ぐい、と強く身体を押しのけられた。強制的に魔力が断ち切られたことにより眩暈を覚え、ラードは尻餅をついたままぱちぱちと瞬いた。
マダムの発する膨大な魔力に圧倒される。怪我を負ったまま不完全だったコルーの肢体が、みるみる復旧されていく。美しい翼が畳まれて、四本の指を持つ足で仁王立つ。マダムより受けた魔力で黒い羽根が艶光る。そう、コルーはこんな姿をした生き物だった。普段見る薄汚い野鳥が、霊気を纏って蘇生を果たし――
「――駄目、手遅れだ」
吐き捨てるようにマダムが言った。途端にコルーに宿っていた光が消え失せ、立っていた肉体がしなりと倒れた。
「駄目、って」
「蘇生の途中で魂が魔界に還っちまったみたいだ」
つまりそれは、蘇生失敗、ということだ。
尻餅をついた状態で茫然とするラードに、淡々とした声が降り注ぐ。
「落ち込むな、ラード。もともと死ぬはずだった命だ」
「でも、救えたかもしれない命でしょ」
「そうだな。救えたかもしれない。だが結局は救われなかった。ならそういう運命だったってことさ」
なんて残酷な運命だろう。死後すぐに蘇生師に出会えたのに、救われないという運命。人間にも逆らえぬ世界の流転。あまりの無力感に絶望してしまう。
「結果は思わしくならなかったが、今回アンタはアンタなりに最善を尽くしただろ。ならあとは、今回の反省点を次に繋げるだけだ」
どうしてマダムは、そんなに強いのだろう。失敗してもなお前を向き続けることができるのだろう。彼女の言い分が正しいことは百も承知だ。過去を見たってもうどうにもならない。出来るのは、未来への対策だけ。わかっているけれど。己の実力不足を恨んで、落胆せずにはいられない。マダムと同じくらいの歳になれば辿り着ける境地なのだろうか。
俯くラードを知ってか知らずか、こちらに背を向けたマダムは「まずは……」と言葉を繋げた。
「体力作りだな。アンタ、アンミに武術でも習ったらどうだい」
彼女が顔を向けた先、浜辺では、アンミが一人黙々と腕立て伏せをしている。
ついこの間アンミと同じような話をしたところに、マダムまで。これもまた運命というやつなのだろうか。それともただの偶然か。よくわからない。
どうにも積極的になれず、ラードは黙って頭を掻いた。




