第16話 裏通り
賑やかな人々の喧騒。彩り豊かな建物。どこに立っても食べ物の匂いが漂っていて、むしろうざったいほどなのに腹が鳴る。
王国の城下町。山峡村と比べると明らかに賑わいに差がある。記憶にある限り、ラードがここを訪れたのは初めてのことだった。
「アンミさん、何か食べませんか。お腹空いてきました」
「そうだな。何食べたい?」
マダムとは、友人に会いにいくとか言われて先程別れた。その際に貰った小遣いは、好きなものを堪能するには十分すぎる額だった。
「何でもいいですけど、ガッツリ食べたいです」
「じゃあ屋台よりは店の方がいいか」
「混んでるところは嫌ですよね。裏通りの方探しましょうか」
前を歩き出したアンミから逸れないよう、ラードは人混みを掻き分ける。変身術を纏ったアンミの姿は見慣れず、一瞬でも目を離したら見失ってしまいそうだ。
匂いの唆る表通りを抜け、飲食店街に踏み入る。朝食には些か遅い時刻のためか、この辺りの人通りはまばらだ。若い男が一人、ラードたちの数歩前を歩いているだけ。
と、その男の懐から、何かが落ちた。財布だ。しかも、それなりに中の詰まった。
「あの!」
慌てて拾って声をかけるも、男はさっさと近くの店へと入っていってしまった。比較的大声で呼んだつもりだったのだが、聞こえなかったのだろうか。男を追って、「閉店」の看板がかけられた店の扉を開ける。カランコロンと耳触りの良い鐘の音が店主に入店を知らせる。
「すみません、これ落としましたよ」
中は、あたたかい雰囲気の飲食店だった。木を基調とした食卓と椅子、色彩の鮮やかな糸で織られた卓布。どこかの地方の文化なのだろうか、貝や骨を用いた装飾が壁に掛けられている。店が開いていたらここで食事を摂ってみたかったなんて、場違いな感想が思い浮かぶ。
男はカウンターのそばにいた。こちらの存在に気付くと、ほっと肩を撫で下ろしたようだった。
「よかった、ありがとうございます」
「どういたしまして」
「その財布は、差し上げます」
「はい?」
思わず手元の財布を見下ろす。持っている感じは、かなり重たい。チラと中を覗いてみると、銀色の硬貨がジャリと音を立てて光る。不安になってアンミの方を振り向くと、彼は眉を顰めてじっと男を見つめていた。そして、口を開く。
「狙いは何?」
「お願いがあります。盗賊に攫われた私の妻を、取り返してくれませんか。それは前払金です。お望みならまだ出せます」
「こんな、見ず知らずの信用できない人間に頼むことじゃない」
「ええ、でも、財布を拾って届けてくれる善良さを持った、レベリオの魔人であることはわかります」
思わずラードは息を呑む。隣でアンミが深く溜息をつき、冷ややかに目を細めた。
「仕組んだのか」
「はい。街中で偶然見かけて。半分は賭けでしたが、来てくれてよかった」
「騎士団に通報すればいいのに」
「国を動かしたら妻の命はないと言われているんです」
だからと言ってこんな博打みたいなことを、反国家組織を名乗るレベリオに。一般人からすれば、悪魔に魂を売るようなものじゃないのか。どこぞの暴力的盗賊に身代金を与えるくらいなら、レベリオに払う方がマシとでも言うつもりだろうか?
「あなた方に有益な点がもう一つあります。妻を攫った盗賊たちは、自らをレベリオと名乗りました。総長を名乗る人とも会っています」
そんなわけ、ない。
だって、今彼の目の前にいるアンミこそが総長なのだから。そしてレベリオは、人を誘拐して悪銭を稼ぐなんてことはしない。
「そいつらは偽物だよ。あんたが見抜いた通り、俺らが本物」
「はい。私も、彼らが偽物だということには気付きました。だから本物に頼むんです。あなた方には、偽物を成敗する理由がある」
当然だ。勝手にレベリオを名乗って悪事を働かれるなんて、冗談じゃない。冤罪を被せられるのは御免だ。
アンミはしばし考えていたようだが、まもなく、顔を上げて頷いた。
「そうだな。だから、金はいらない。こっちで勝手に処理する」
「え!? いや、でも……」
「下手に揉め事にしたくないんだよ。少なくとも、事実確認して解決するまでは、貸し借りの話はなし」
アンミがそう言うなら。ラードは男に近付いて、手に持っていた財布を差し出す。彼は渋ることも怯えることもなく、すんなりと受け取ってくれた。
「じゃ、自警団に連絡するから、待ってて」
そう告げて、仕事人の総長は店を出て行った。彼の残したドアベルの音が、やけにうるさく響いて聞こえた。




