第13話 後継者
山峡村を歩いていると、ラードが何やら民家の脇でしゃがみ込んでいるのを見つけた。アンミに気付くと彼は、「見て」と軒下を指した。
「烏が鼠を食べているんです」
視線を向ければ、烏の魔獣コルーが鼠のラースを突いている。コルーは積極的に狩りをする習性を持たないから、事故か飢餓かで命を落としたラースを偶然見つけて貪っているところだろう。
「別に珍しいことじゃないよ」
「そうなんですか? 魔獣でも食べられることあるんだ」
「生態は普通の動物とほぼ同じだから。肉食の魔獣とか、コルーみたいな雑食の魔獣は他の魔獣を食べることもある」
ラードはまじまじとコルーの様子を見ているが、よくそこまで凝視できるものだ。無様な骸の姿など、見ていて気持ちの良いものでもないだろうに。
「つまりラースは今、魂が輪廻に還ったわけですね」
――ああ、なるほど。
先日、蘇生についての文献を二人暗い書庫でありったけ見漁った。そのせいで興味が湧いたのだろう。
「そう。んで、周期の間に、魔界で魂をまっさらな状態に戻してから、やがてまた現世に誕生する、と」
「魔界って結局なんなんでしたっけ」
「よく言われるのは、この世界の裏側だって話。イメージ的には、精神的な世界っていう方が近い」
「なるほど」
実際、魔人は眠ることによって魂が魔界へと帰る。向こうとの往来に肉体は必要ないし、物質としての場所は存在していない。でも、確かに在る場所。
「でも魂は物質的に在るんですよね? アンミさんはハルウに傷つけられたって言ってましたけど」
「どうだか。現世で心臓に宿ってる間は肉体と一体化してるのかも」
「じゃあ、本体は実体がないって感じなんですね。あ、その傷って、輪廻にも影響あるんですか? 生まれ変わった後も残るとか」
「いいや。魂の傷はその一生限り。一生を終えて、魔界で生まれ変わりを待つ間に治るらしい」
「魂は不滅ってことですか」
「……いや、そうでもない」
不滅、だと少し違う。不滅なのは、輪廻の理だけだ。
「例えば、魔族の中には魂を源として力を得るものもいるから、そういうのに喰われれば消える」
それこそ、かの魔人イクタとか。あるいは、実体を持たない幽霊系の魔族とか。数は多くないが、一定数いる。それらに取り込まれると、エネルギーとして消費され、魂は魔界に還ることができない。つまるところ、魂の消滅を意味する。
ここで先日のイクタの話が頭に浮かんで、どうにか暗い顔になるのを堪えなければならなかった。
考える、と返したものの、正直そちらは選びたくなかった。リスクや犠牲の少ない方法として蘇生の道を探ったのに、これでは振出しに戻ったようなものだ。命の価値など語りたくはないが、上級魔獣よりは、赤子の代わりにできるような低い級の魔獣を犠牲にする方が、まだ道理に合っている気がする。
思考が沼へ入っていくのを自力で引き留め、話を逸らす。
「そんなに興味深かった? 魔族のこと」
「興味深いのもありますけど、純粋に勉強として」
「その勉強、役立つか?」
「もちろん。蘇生術学ぶならこれくらいは知っておかないとと思って」
一瞬、聞き間違いを疑った。そせい。蘇生の他に何がある。
「蘇生術、やんの?」
「この間マダムに、教えるから習得しろって言われたんです。ほら、今レベリオで蘇生できるのってマダムだけでしょ? その後継として僕が選ばれたみたいです」
確かに、魔王の蘇生に関わらず術者は必要だ。ラードは魔術のセンスもいいし、若くて先も長い。カンやアンミの側にいることも多いから、必要な時にすぐに駆けつけることもできるだろう。
マダムが以前から後継を探していたのは知っていた。でも、半年か前に話題に上った時は、まだ早いなんて笑っていたのに。
「なんで僕なんでしょうね。僕は魔人じゃないのに」
「そりゃ、ラードに見込みあるからじゃねえの?」
「ほんとですか? じゃあ頑張っちゃおうかな」
無垢なその笑みは昔から変わらない。ラードはいつも眩しいほどに素直で、その純朴さはこの先も失われないでいてほしい代物だ。いや、自分がこの光を守らなければ。こんなところでへこたれていてどうする。
そう、やるのだ。この命を懸けて。
「じゃ、俺らになんかあったらラードに任せるわ」
「縁起でもないこと言わないでください。僕、アンミさんの魂なんて扱いきれないんですけど」
ぼやくラードの向こうで、コルーがラースを咥えて何処かへ飛び去った。




