第12話 代償
「アンミさんアンミさん、これ!」
古書のにおいが立ち込める書庫。埃を被ったラードが、分厚い本を腕に近寄ってきた。薄暗闇で舐めるように本を見つめていたアンミは、顔を上げて脚立を降りる。
「『――最大の禁忌は、秩序の理に反して光と闇を跨ぐこと。裏を返せば、既に光にある魔族の魂を光に留めることは禁忌とならない。これにより、蘇生は許される。無論、魔族の内には魔王も含まれる』だって」
「つまり、輪廻を廻っている最中は禁忌となるけど、今はこっちに肉体を持っているから可能ってことか」
肩を寄せて覗き込むと、おそらく先人たちが残したのであろうメモ書きのような記述と、いくつもの魔法陣が描かれていた。
アンミは蘇生術を習得していないが、実際に蘇生されたことさえある身。術に魔法陣を用いることも知っていた。きっとこの書に魔王を蘇生するための魔法陣があるはずだ。記述には、魔王の蘇生も許されるとあるのだから。
ラードにページを捲らせるが、魔族にとって最重要である魔王を蘇生させる魔法陣が一向に見つからない。あるのは魔人だとか他の魔獣だとかのための魔法陣ばかり。
見逃したのだろうか。ページを戻ろうとしてラードが本を持ち替えると、ひらりと一切れの紙が床に滑り落ちた。すかさずアンミはそれを拾い、目を近付ける。
そして、そこにある記述をみて、「あ」と呟いた。
「――へぇそれで、僕のところに来たわけだね」
「あなたなら描けるって先人が残してくれていたんでね」
「もちろん。なんてったってボクは魔術のスペシャリストなのだからね!」
魔界で生きるかの魔人――イクタは、相変わらず薄気味悪い雰囲気を纏いながら、笑ったようだった。
イクタは確かに魔人だが、レベリオの魔人とは少し違う。後者は元来ただの人間で、後から魔の力を得たのに対し、イクタは始めより魔から生まれた純粋な魔人――むしろ、人の形をした賢い魔獣と言ったほうが近い。
実際のところ、魔界にいればイクタもアンミもそこにあるのは人の姿をした魂だけで、肉体は持たない。だから魔界では人の形をとっている彼も、現世に出ればもしかしたら本当に異形なのかもしれない。真相なんて知ったことではないが。
「でもね、アンミくん。ボクが現世に魔法陣を描くには、エネルギーがいるんだよ」
「エネルギーって……。ただ形模様を教えてくれれば地上に描くのは自分たちでやりますよ」
「ノンノン。魔王様のための特別な魔法陣だもの、複雑な術式がかかってるんだ。たかが人間如きに描けるものじゃないさ」
それなら紙面で陣が残っていなかったのも納得できる。過去の蘇生の際も、こうしてイクタに頼んで描いてもらったのだろう。
「で、エネルギーには何が必要だって言うんです?」
「地上を生きる上級魔族の魂」
この世界の上級魔獣は、ざっくり分けて二種類しかいない。
魔人か、竜族か。この二択しか。
なんで、よりによって。五年前の討伐政策で地上の個体数が減っている上級魔獣を、強く賢いドラゴン類の魔獣を、これ以上魔界送りにしろとでもいうのか。
それとも、共に暮らすレベリオの魔人の誰かを殺せとでも。
「前回頼まれたときは、事故で死にかけたっていう人間の魂をもらったっけ。あれはもう、最高においしいエネルギーだったねぇ」
煩い、煩い。
「おや、怒っているのかい? 心外だねぇ」
ぎょろりと大きな目が見開かれ、アンミを見つめる。いたたまれなくなって視線を逸らすが、クックックと笑う声が耳に障った。
「ねぇアンミくん。君だって、命を食べて生きているんだよ?」
わかっている。煩い。黙れ。
それでもそれでも、とこっちは必死に足掻いているのに。有る選択肢を掻き集めて最善を尽くしているのに。儚い希望をあっけなく取っ払って非情な選択肢を突きつけるんじゃない、この人でなし。
苛立ちを抑えて、抑えて、数秒。
「……少し、考えます」
逸るな。時間はまだある。知恵を絞ればまだマシな形にはできる。
裂けるほど口を横に広げて笑んでいたイクタは、不意に表情を消し、「あっそ」とつまらなそうに呟いた。




