第11話 魔王の器
アンミはそのことを忘れていたわけではなかった。ただ、日々の仕事で気を紛らわせて、忘れたフリをしていただけだ。
作業中、カンに話を振られるまでは。
「そういえばアンミ、魔王様の件、どうする?」
思わず手を止めて彼の方を振り返ると、「そんな顔をするな」と半ば呆れ顔で笑われた。
だって。椅子に浅く座って、だらりと背もたれに身を預け、天井を仰ぐ。
「なんか、レベリオって良いように使われてる気がするんだよな」
「そもそも魔族側はそれを目的としてレベリオに力を与えたんじゃないか?」
「だろうな。ここぞとばかりに仕事投げやがって」
春先にマダムから告げられた、魔王復活の予言。そのことがレベリオに知らされる意味。それは。
「どうしたら波風立てずに赤子を保護できると思う?」
それは、魔王を保護しろ、という魔界からの命令だった。生まれた覚醒前の魔王を、三十歳になるまで育てねばならない。魔王の存在を排除せんとする王家の刃から守りながら。
アンミの問いかけに、逆さま顔のカンは、困ったように首を竦めた。
「代わりを立てて変身術で騙す、とかどうだ」
「罪なき赤子を殺させるってか?」
いや、魔王の器として生まれた子だって、本来罪はないはずなんだ。みな等しく尊い。だからこそ、たかが魔王のために他の赤子が犠牲になるというのは、道徳的におかしい。
「人間を用意するのは難しいだろう。だが、魔獣ならどうだ?」
「できると思う?」
そもそも、人間なら駄目で、魔獣なら良いって話でもない。仮にそれを無視できても、果たして魔獣が人間の代わりを演じられるだろうか? アンミの知る限り、前例はない。
「操獣魔法がある」
「獣が人間に化けられるかって話だよ」
「魔術の上達次第だな。少なくとも変身魔法の方は、俺がどうにかできると思う」
確かに。カンは変身術が上手い。アンミよりもずっと。アンミはそもそも魔術自体をあまり得意としないから、そこら辺は彼に任せたいところだが。
本当に、それで良いのか。
こちらの疑問を汲み取ったカンは、ゆるゆると首を振った。
「色々と問題があるのは理解している。だが、他にないのなら、方法を選ぶこともできないだろう」
わかってる。魔獣一匹より、自分たちの方がよほど大事だ。魔王保護に失敗すれば、アンミたちの立場も危うくなる。リスクについては、まだ作戦の詰めようがある。わかっている。
でも、まだ足りない。理想には程遠い。まだまだ。
先日のマダムの声が脳内で再生される。諦めながら理想を追うことなんて――。
――マダム。そうだ。
「蘇生、できないかな」
魂を持つ魔族特有の、死者を蘇らせる術。魔王の器も同じく魔族に該当する。不可能ではないはずだ。
「魔王様の蘇生は禁忌じゃなかったか?」
もちろん、その伝承は聞いたことがある。昔、魔王様を無理に復活させようとして禁忌に触れた人が、化物になったんだったか、それとも消滅させられたんだったか……。魔人に伝わる御伽噺だ。
だが、アンミの記憶が正しければその限りではない。
「赤子は心臓を刺されて処刑とされるんだよ。それは、赤子が蘇らないためだ。つまり、蘇る可能性があるってことだろ」
「ああ、確かに。死体を谷に捨てる慣習も、そのためだったような」
「これは、調べる余地はあるよ」
「禁忌」の一言を鵜呑みにしているなんてもったいない。レベリオの地下施設には文献が溢れるほどある。あの蔵書の森を漁れば何かしらのヒントはあるはず。或いはあの魔人に聞いてみるでもいい。気は進まないが、魔王のためと言えば邪険にはするまい。
「そうだな。じゃあ、そっちの策はアンミが探っておいてくれ」
「わかった。赤子入れ替え作戦の方はカンに任せる」
まだ足りない、でも、まだ時間はある。諦めるにはまだ早い。




