2-1 新たな村の病
リリエラがルカノス村に到着したのは、日が傾き始めた頃だった。
瓦屋根の家々が並ぶ小さな村。どこか懐かしい匂いがする――けれど、空気には妙な静けさがあった。
「……人の気配が、少ない?」
彼女が広場に差しかかると、うずくまった子供に気づいた。
その顔は赤く、息も浅い。
リリエラはすぐに膝をつき、額に手を当てた。
「発熱。おそらく、村全体で病が広がっているのかもしれません。」
宿に泊まるどころではないと悟ったリリエラは、村の診療所へ足を運んだ。
そこには、疲弊した若い薬師が一人、村人たちの看病に追われていた。
「あなたは医者の方ですか?!」
薬師が縋るような目で言った。
「いえ、医者ではありませんが、薬草と治療の心得はあります。お手伝いさせてください。」
彼女の言葉に、薬師は目を見開き、深く頭を下げた。
病の症状は共通していた。高熱、喉の腫れ、全身のだるさ。
リリエラはすぐに原因を絞り込み、処方する薬草を確認した。
「必要なのは、《灰葉》と《月苔》、それに《火根》……どれも、この辺りの山で採れるはずです。」
彼女は小さな籠を背負い、一人で山へ分け入った。
森の中、リーフウサギが足元をすり抜ける。
空には白鷹が静かに旋回していた。
リリエラは膝をついて、苔の根を摘みながらふと呟いた。
「この感覚……主と旅していた頃も、よくこうして薬草を集めていた気がします……」
記憶の霧はまだ晴れない――でも、指先だけが覚えている感覚が、確かにあった。
空は雲が薄く広がり、森に入ると空気が冷たく変わる。足元の落ち葉がわずかに湿っていた。
(まずは、《灰葉》……低木の根元、日が差さない湿った場所……)
森の奥へと進むと、彼女の目が細く鋭くなる。
メイドの所作と、かつて仕えていた屋敷で身につけた植物知識は、決して忘れていなかった。
「これは……似ているけれど、縁の切れ目が違う。これは《灰葉》ではありませんね」
彼女は丁寧に別の葉をそっと摘み取り、小瓶に入れる。
「……こちらが本物。香りがわずかに苦く、裏側に細い毛がある。大きさも程よいです。」
次に探すのは《月苔》。
これは岩陰や川辺の湿った場所に生える淡い銀色の苔で、呼吸を安定させる効能がある。
(主と一緒に、冬の山でこの苔を採ったことがあった……)
川の流れの音が聞こえる方へ歩いていくと、大きな岩の裏に、かすかに輝く月苔を見つけた。
指先で触れると、すべすべとした感触と、ほんのり涼しい香りが立つ。
「……いましたね、あなた」
太陽が傾きかけた頃、《火根》を探すために谷へと降りた。
火根は根が赤く、地中深くに潜るように伸びる性質を持つ。採取には力と慎重さが必要だった。
細い鉄製のスコップを使って丁寧に掘り起こす。
(やはり――地面が温かい。この下に、火根がある)
土を崩しすぎないよう、根を断たないように注意しながら掘ること数分――
やがて、指先にわずかに熱を帯びた赤茶の根が触れた。
「……これで、準備は整いました」
夜遅く、診療所の明かりがまだ灯る中、リリエラは煎じ薬の調合に取りかかった。
薬草を細かく刻み、香りと効能を確認しながら、火加減を慎重に見守る。
「温度が高すぎれば、成分が壊れてしまう……低すぎれば、効かない」
その姿はまさに“仕える者”としての完璧な所作だった。
リリエラの手からは迷いが消え、静かな集中だけが流れていた。
夜明け前、最初の子どもに煎じ薬が与えられる。
一晩明けたその子は、少しだけ熱が下がり、浅かった呼吸が深くなる。
「……効いている」
薬師の目に涙がにじむ。
「ほんとうに……ありがとうございます……」
リリエラはわずかに首を傾け、静かに答える。
「私は、主に教わったことをしただけです」
その言葉に、自分でもわずかに違和感を覚える。
(……いつ、私は……主とこれを……?)
だがその疑問に蓋をして、彼女は調合を続けた。
誰かを助ける手の感触が、今の彼女を支えていた。




