5-1 再び潜入 前半
(以前とは違う学校です)
リリエラは、新たな依頼を受けてセリスティアへ向かっていた。
魔法使いの街は、これまで訪れたどの町とも違い、空には無数の魔法陣が浮かび、
高くそびえる塔からは淡い光が漏れていた。
到着早々、彼女は潜入先となる魔導士学校の制服を渡される。
「学園生活を送りつつ、秘密の調査をすること」――それが今回の任務だ。
魔導士学校は、広大なキャンパスにさまざまな魔法研究棟が点在している。
リリエラは授業で魔法理論や実技を学びつつ、学生や教授たちの間で情報を集める。
そのなかで、謎めいた生徒や教授が気になり始めていた。
セリスティア魔導学院。それは、大地の上に築かれた知の砦であり、
天に向かって聳える七本の塔が、魔法文明の象徴として輝いていた。
その中のひとつ――“第三塔:紋章解析科”リリエラが今回、身分を偽って編入されたのは、魔法紋の構造や古代契約を研究する塔だった。
「リリア・クロード」――
今回の仮名で与えられたのは、辺境から推薦で入学した優等生という設定。
前回のエルミナ潜入時とは違い、今回は学生寮に泊まり、魔力量・記録・技能の検査を受けることに。
検査で「一部の魔力しか解放していない」ことに疑いの目が向くが、
「魔法体質の制限がある」という医療証明(ギルドが偽造)によって、ひとまず問題なく潜入は完了した。
だが、すぐに彼女は感じる。この塔の中に“監視の目”があること。そして、他の生徒には話されていない“ある区画”が存在していることを。
最初の授業。講師が講壇から説明するなか、隣の席で魔法陣の写しを取りながら、
静かにノートを閉じた一人の生徒がいた。
「……君、見ない顔だな」
落ち着いた低い声。彼の名はエイリアス。規則正しく整えられた服装、観察するような瞳。
彼のノートには、他の生徒が書かない“式の余白”が記されていた。
「文字が動いたとき、君はどう見る?」
「……観察より、構造を見るべきです」
「……ふうん。じゃあ、君も“見える”側か」
彼は何かを知っている。リリエラも、それをすぐに感じた。
けれど彼が敵か味方かは、まだわからない。
数日後の夜。リリエラは、講義棟の一角で奇妙な魔力の残滓を感じ取る。
階段下の石壁にわずかな魔紋が走り、誰かが“この空間を消そうとした”形跡があった。
リリエラは、魔眼を使うかどうか迷ったが、今は“静観”を選ぶ。
(使えば探れる……だが、魔力の消費は大きく、痕跡も残る)
(この学院は、見られている)
彼女は一歩、踊り場に踏み出すと、
石壁に触れた指先から、ごく微かに震えが伝わってきた。
何かが、ここに“封じられている”。
翌朝。
リリエラはいつものように講義を終え、寮の回廊を歩いていた。だが、昨夜の出来事が頭の片隅にずっと残っている。
「エイリアス、昨日の話、本当だったのでしょうか……」
彼女は小声でつぶやく。
学園は相変わらず活気に溢れていたが、何かが違った。
掲示板には新しい依頼の張り紙、学生たちの噂話も飛び交う。
昼過ぎ。
エイリアスがリリエラを密かに訪ねてきた。
「君に話したいことがある。あの封印された区画の真実だ」
彼は人目を避け、地図の一部を広げる。
「禁書庫は学院の最深部にある。普通の生徒は絶対に立ち入れない。だが、僕には“許可証”がある」
リリエラは警戒しつつも、彼の言葉を受け入れることにした。
「よし、一緒に行こう」
夜。
学院の指定時間を過ぎて、人影の少ない時間。
二人は影に紛れて禁書庫の扉の前に立つ。
エイリアスが持つ鍵が魔法で輝き、扉は静かに開いた。
中は埃っぽく、長い年月を感じさせる書架が並んでいる。
「ここに、真実が眠っている」
リリエラは魔眼を使いながら、慎重に書物を調べる。ページの端に、小さな文字で書かれた記録。
「“ナ”という名の存在は、かつて学院の守護者として封印された魔物……だが、その真実は多くが隠蔽されている」
突然、彼女の頭に断片的な記憶が蘇る。ぼんやりとした主の姿、そして戦いの記憶。
「これは……私の記憶?」
だが、その瞬間、禁書庫の警報が鳴り響いた。
「急げ!」とエイリアスが言う。
外からは守衛の足音が迫る。
二人は魔導書を持って隠れながら、脱出を試みる。
「これで、真実に一歩近づきました」
リリエラの胸に、主の謎がますます深まる。
警報の鳴り響く中、リリエラは魔眼を駆使し敵の動きを把握しながら、エイリアスと共に影を縫うように脱出ルートを探す。
「こちらは逃げ道が限られている……あの扉の先に通路があるはず」
エイリアスが呟く。激しい守衛の追跡をかいくぐりながら、二人は禁書庫を飛び出した。
学園の廊下を駆け抜ける途中、二人は不意に一人の影と遭遇する。
黒いローブをまとった人物は、魔力のオーラを放ち、リリエラの魔眼に警戒心を抱かせた。
「そこで何をしている?」
その低い声が学園の静寂を切り裂く。
リリエラは咄嗟に身構え、エイリアスは彼女の背後で剣を抜いた。
しかし、その黒衣の人物は争いを望まなかった。
「君たちの行動は許されざるものだが、私もまた学院の秘密を知る者だ」
彼は名を告げず、深い事情を匂わせた。
「真実を追い求めるなら、協力はできぬが、妨害もしない」
謎の人物は消えるように闇に溶け込んだ。
リリエラは深く息をつき、エイリアスと目を合わせる。
「この学園には、私たちが知らない力が確かに動いている」
エイリアスは頷き、改めて意志を固めた。
「ならば、君の秘密もここで解き明かそう。」




