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主探しの旅行談  作者: あおにぎり
番外編3
19/22

番外編 夢を見た

ヴァルニアを発って三日。

道は山肌を縫うように続いていたが、途中から天候が崩れ、リリエラは急な雨に足を止めることになった。

石畳が濡れて滑りやすくなり、山の霧があたりを包む。

道沿いにぽつんと建つ、古びた石造の小宿――**「風隠亭」**に、リリエラは足を踏み入れる。

宿には数人の旅人が暖炉を囲んでおり、室内には木の香りと、かすかにスパイスの匂いが漂っていた。

「おや、旅のお嬢さん。濡れておるな。上着をお預かりしようか」

老婦人の宿主が微笑み、タオルを差し出す。

リリエラは礼を述べ、しばらく暖炉の前で乾いた椅子に腰掛ける。

そこで彼女は、隣に座っていた一人の中年の書記風の男と話すことになった。


「君、旅の人だろう? 私は“記録官”をしている。

各地を巡って、消えかけた民話や伝承を記していてね」

彼は自分の名を名乗らなかった。だが、その言葉には重みがあった。

「記録とは、“他人の人生の断片”を写す作業だ。

でも、時々……自分の記憶か、人の記録か、分からなくなるときがあるんだ」

そう言って、彼は一冊の古いノートを差し出した。

そこには、数年前にどこかで出会った“黒髪の小さな女性と、その主”の話が書かれていた。

(これは――)

リリエラは、一瞬だけ心が揺れるのを感じた。

けれども、記憶には映らない。名前も、顔も、感情も、どこか霞がかかっていた。

「……その記録、続きを書くときが来るのですね」

「ああ、君に会えたなら、な」

彼は、何かを知っているようで、何も語らなかった。

リリエラは礼を言い、ノートの最後のページにそっと一言だけ書き加えた。

『その人は、今も誓いを守るために歩いている』

男は静かに笑い、それ以上は何も言わなかった。


その夜、リリエラは夢を見た。

石造りの回廊、風の中で誰かの声が聞こえた。

「名前を忘れる前に、心は手放さないで」

起きた時、右目には痛みもなく、魔眼も眠ったままだった。

(今は――思い出さなくても、いい)

リリエラはそうつぶやいて、薄い布のブーツを履き直した。

雨は上がっていた。


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