4-2 主の手がかり
王都レグニア。
白石で築かれたこの街は、歴史と権威の象徴。
多くの貴族が暮らし、学術、魔術、軍の本拠地も集中している。
リリエラはまず、ギルド本部で登録情報を確認し、正式な滞在許可を得た。
竜討伐や学園での働きの記録は、王都でもしっかりと伝わっていたらしい。
受付嬢が、丁寧に頭を下げる。
「“黒衣の戦乙女”様ですね。ギルドも噂を聞いております」
「……いえ、私はただのメイドです」
そう微笑むリリエラに、受付嬢は戸惑いながらも憧れの視線を送っていた。
王都の広場は、ネメリアとは違った賑やかさがある。
華やかな露店、道化師の芸、旅芸人の演奏、空を舞う使い魔の郵便鳥。
人々は皆、穏やかな生活を送っていた。
リリエラは露店で、保存用の乾燥スープや珍しい香草を購入。
防具店では、メイド服の裏地に魔術耐性布を縫い込んでもらい、
武器屋では銀の細剣に防振加工を施す。
さらに、**かつて主に贈ったお守りと似た“魔力感応のバックル”**も購入。
これは主が愛用していたものによく似ていた。
「これと似たものを……主が、腰に」
短く呟いて、静かに袋へしまった。
翌日、リリエラは王都北端にある旧城塞跡を訪れる。
だが――
「申し訳ありません。ここは立入制限区域です。
過去の遺構で、崩落の危険もあり……ギルド関係者でも中には入れません」
近衛兵に止められた。
(ここに、主の最期の痕跡があるというのに)
だがその夜。
宿に戻ったリリエラの部屋の扉が、静かにノックされた。
開けると、そこに立っていたのは――
一人の少年。手には古びた鍵。
「君が、“クローデル”の名を持つ人?」
「……そう名乗ってはおりませんが、そうです」
「これ、渡すように言われたんだ。とても昔に、おばあちゃんに。今はもういないけど……“君が現れたら”って」
その鍵は、小さく、銀で、錬金術式の模様が彫られていた。
そして、裏には名もない刻印が一つ。リリエラはその鍵を両手で包み込むように受け取った。
それは、主が残した“個人的なもの”にしか見えなかった。
王都レグニアに入ってから数日。
その時期に偶然重なったのが、年に一度の大祭――
《星降りの祝祭》
夜空を彩る幻光灯と、光を帯びた獣たちのパレード。
王都が誇る魔術師たちによる「星の魔法の演舞」が披露されるこの祭りは、
人々にとっての最大の祝福のひとときだった。
昼の王都は、色とりどりの布飾りと、香ばしい香辛料の匂いに包まれていた。
露店には、リリエラが見たことのないような料理や菓子――
「星の果実酒」や「魔導蜂蜜の蜜煮」「歌うゼリー」などが並び、
子供たちは光る綿菓子を追いかけ、大人たちは大道芸人の音楽に微笑んでいた。
リリエラは黒衣のメイド姿のまま、
少し場違いな印象を持たれながらも、気にせず歩く。
「……祭りに参加する義務はありませんが、記憶の中には……確か、主と」
彼女の足が止まったのは、噴水のある中央広場。
そこには、石碑があった。
《この噴水の前で誓いを立てた者は、互いを忘れぬ》
指がふれると、冷たい石の感触の中に、かすかな熱を感じた。
夜が訪れると、空には幻光の星が広がった。
魔術師たちが空に放つ星光球が、夜空で光となり、緩やかに降るように街全体を包む。
リリエラは人混みを避け、広場の端で立ち尽くしていた。
(この光景を、私は……かつて、見ていた)
幻光のなかに、記憶が差し込む。暗がりで並んで歩く二つの影。
主の横顔。
短く交わされた言葉――
「この街は、守る価値がある。君も、そう思うだろう?」
リリエラは、胸に手を当てる。その声が、鮮やかに甦ったような気がして。
祭りの終盤。
リリエラは、夕暮れに受け取った“鍵”を手に、旧城塞へと向かった。
不思議なことに、今夜は門が開いていた。番兵の姿もなく、光もない。
まるで、“入るべき時”が来たことを予期していたかのように。
鍵を差し込むと、音もなく扉が開いた。
そこは――
かつてリリエラが“護衛の任”として日々を過ごした、小さな私室だった
机も、椅子も、古びている。
けれど、そこには一冊の本が残されていた。
開くと、そこに記されていたのは、主の筆跡。
「私がいなくなった時のために、リリエラがここに戻ると信じて、これを書き残す」
「君が記憶を失っても、使命を失わぬように」
「そして……君が、もう一度、自分の意思で“生きよう”とするために」
最後のページには、あの人形の絵。
そして、こう記されていた。
「リリエラへ。この物語は、君のものだ」
主の私室跡から戻ったリリエラは、その夜、宿の窓から王都の灯を見下ろしていた。
星の祭りは終わり、王都は眠りに包まれている。彼女の手元には、主の手記の一節を抜き出した紙片。
それは、今の彼女に向けられた“命令”ではなく、ただ一人の主が“願い”として残した言葉だった。
「君の旅は、もう君自身のものだ。
それでも、行くというのなら――私が守りたかったすべてを、君に託す」
王都ギルドからの正式依頼。
王立書庫の地下、魔術的封印庫の内部で起きた“奇妙な魔力干渉”の調査。
依頼は非公開、かつ専門性の高いもの。
リリエラの魔眼――「契約の目」が、記録魔法や識別系に適していると知られ、直接依頼が届いたのだった。
王立書庫の地下は、外界から完全に遮断されている特異な空間。
魔道士「“本の声”がざわついている、と古い記録管理者が言いました。
本来、封印された魔術書や古文書が、勝手に開いたり移動したりするなど……」
調査は三日にわたり、リリエラはその間、地下に滞在。封印文様を確認し、魔眼を一度だけ開いて、古い魔導書の“真名”を見抜く。
「これは……『カイロスの記録書簡』……禁術断章……なぜこんな物が」
だが魔力の暴走はごく軽微なもので、古い錬金装置が老朽化して発生した現象だったと判明。
リリエラの冷静な判断と処理で、大事に至ることはなかった。
王都ギルドの役人は深く頭を下げた。
「短期間でしたが、王都はあなたの力に助けられました。
……本当に“メイド”なのですね?」
「ええ。私は、仕える者でございます」
リリエラは、あくまでも微笑みを崩さずに答えた。
王都の人々に静かに見送られながら、リリエラは北門を出る。
荷馬車ではなく、今回は徒歩の旅。
ルカノスで教わった保存食、鉱山町で得たアクセサリー、祭りでもらった小さな星の飾り――
どれも、旅の間に得た“繋がり”だった。途中、川辺で洗濯をし、旅商人から干し肉を分けてもらい、
山道では珍しい果実を拾い、風に揺れる草を編んで一輪の花飾りを作った。
「これは、主のため……ではありません。……私が、歩むためのものです」
黒い髪が風に揺れる。
眼帯の下、契約の目は静かに眠っている。




