3-3 エルミナの潜入1
ミルザンの町を離れ、リリエラは小瓶を大事に背負いながら、広大な草原へと足を踏み入れた。
空は高く澄み渡り、朝露に濡れた草が足元を冷やす。
旅の供として、村の人がくれた干し肉やパンを口に運びながら、彼女はゆったりとした足取りで歩みを進めた。
途中、草原の小川で洗濯をする際に、ひと息つきながら水の冷たさに体を癒す。
数日後、森の縁に差し掛かった。
その森は、夜になると獰猛な魔物が徘徊するため、日没前に抜けるのが鉄則だった。
リリエラは辺りを注意深く見回し、夕暮れ前に森を抜けようと急ぐ。
だが、突然、暗がりから甲高い咆哮が響いた。
鋭い爪を持つ「影牙」と呼ばれる獣が、茂みから飛び出してきたのだ。
「来ますね」
リリエラは冷静に構え、右手で眼帯の下を軽く押さえた。
封印されている魔眼の力は温存しつつ、彼女はメイド服に隠された軽装甲の刃を抜いた。
戦いは瞬く間に激しくなった。
影牙の素早い攻撃を避けつつ、リリエラは狙いを定めて一閃。
冷静な動きで獣の攻撃をかわし、柔らかな闇の中でも視界を失わずに致命の一撃を与えた。
倒れた影牙を見下ろし、リリエラは息を整えながら呟いた。
「……これくらいなら、まだ私の魔力も保てる」
彼女は獣の体から一枚の黒い鱗を慎重に取り出し、旅の戦利品として小瓶に収めた。
森を抜け、やっとエルミナの輪郭が遠くに見えてきた。
日中の旅路は長く、時には野生の果実を摘み、川の水を飲み、野営の火で調理する。
道中で出会った行商人は、珍しい薬草や食材を交換しながら、旅の情報を提供してくれた。
そしてついに、学問の都エルミナの城壁が見えてきた。
門前で厳しいチェックを受け、ギルドカードの提示と通行料を支払って町へ入るリリエラ。
エルミナの冒険者ギルドの広間は、知識の都にふさわしい重厚な作りだった。
大理石の柱が並び、壁には過去の英雄たちの肖像画が飾られている。
リリエラは以前の大都市での竜討伐貢献がギルドに伝わっているため、受付の若い係員が顔を覚えていた。
「こんにちは。リリエラさん。今回もよろしくお願いしますね」
簡単な挨拶のあと、新たな依頼の書面が手渡された。
内容は、学園に潜入して特定の生徒の監視を行うこと。
この生徒は最近、授業中や校外活動で不可解な行動が増えており、魔法具の暴走事件に関係している可能性があるという。
ギルドのスタッフからの説明によれば、学園は町の中心に位置し、あらゆる分野の知識を教える場として名高い。
そこに通う生徒の中に、事件の鍵を握る者がいるらしい。
だが、直接事情を聞くのは難しく、リリエラには生徒として潜入し、内側から調査することが求められた。
潜入に必要な身分証明書や学生証はギルドが用意。
服装も学園指定の制服に着替え、昼間は授業を受けるふりをしながら、密かに監視を行う。
リリエラにとっては、これまでにない役割だが、丁寧で正確な行動は彼女の得意分野。
学園の門をくぐり、澄んだ空気の中、リリエラは新たな生活を始めた。
通学路で見かける生徒たちは、どこか好奇心旺盛で活気に満ちている。
その一方で、リリエラは誰が怪しいのか、見極めていた。
朝日が柔らかく校舎の窓を照らし、エルミナ学園の広い講堂に生徒たちが続々と集まっていた
リリエラは制服に身を包み、静かに教室の隅に座った。
まるで本当に学生であるかのように、手元のノートに見せかけの授業内容を書き写すふりをしながら、辺りを観察する。
監視対象の生徒、名前はセリオス。
彼は明るく人気者だが、どこか影がある。
授業中も時折遠くを見る目が鋭く、不自然な行動が多いとギルドは報告していた。
休み時間、リリエラはわざとセリオスの近くを通り、彼の反応を探った。
セリオスは一瞬彼女に視線を向けたが、すぐに笑顔を作り直し、友人たちと談笑に戻った。
学園内は多彩な授業で溢れている。
魔法理論、古代文献、錬金術の実験。
リリエラは講義の合間に図書館へ向かい、魔法具暴走に関する資料をひそかに調べる。
その資料には、過去に似た事件があったこと、そして被疑者の特徴も記されていた。
放課後、リリエラはギルドから支給された学生用の小さな部屋で、日誌をつける。
監視日誌には、セリオスの行動の詳細と、気になる点が次々と書き込まれた。
彼の秘密を暴くための第一歩は、確実に進んでいると感じていた。
翌日もまた、学園での潜入調査が続く。
果たしてセリオスは本当に事件と関係があるのか?
それとも、彼の周りに隠された真の黒幕がいるのか?




