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主探しの旅行談  作者: あおにぎり
第三章 沢山の町々、大きな依頼
11/22

3-2 ミルザンの依頼

青く晴れた空の下、草原の道が緩やかに続いていた。

風にそよぐ草の音と、遠くから聞こえる小鳥のさえずりだけが、旅路のBGMのように鳴っている。

リリエラは黒の外套を風に揺らしながら、静かに歩いていた。

腰に下げた水筒が軽くなっている。ザトレムで渡された干し芋も、残りひとつ。


「……次の町では、きちんとした保存食を調達しなければなりませんね」


空腹ではない。

けれど、食料が乏しいという事実には、どこか不安がつきまとう。

丘を越えた先に、小さな町が見えた。

白い壁と、木造の屋根。背の低い民家が並び、風車がゆっくりと回っている。


ミルザンの町。

牧畜とハーブ栽培で知られた、静かな町だった。

町の入り口には、背の高い牛を引く女性が立っていた。

「おや、旅の人? 迷ったんじゃないなら、歓迎するよ」


「ミルザン……間違いありません。通行の許可を、お願いいたします」


軽く身を屈め、丁寧に挨拶するリリエラ。

町の人は少し驚いたような顔をして、笑った。


「そんな丁寧な言葉づかい、久しぶりに聞いたよ。旅人さん、宿なら広場の南側にある“緑の窓”がいいよ。料理が美味しいからね」


ミルザンは、争いや騒ぎとは無縁の町だった。

町の中心には、広場と市場。ハーブを束ねた香草屋、パンの屋台、ヤギのチーズを売る農家の出店。


リリエラは市に出向き、パンを一つ、ラベンダー入りのハーブティーを一袋、そして木の実のジャムを購入した。


「……甘すぎない香り。主のお好みに、似ているような……」


不意に、微かな記憶がよぎる。

笑って手を振る、誰かの姿――けれど、はっきりとは思い出せなかった。


ある日、町の子どもたちが、広場でヤギを追いかけていた。

柵をすり抜けたらしく、大騒ぎになっている。


「そっちはだめ! そっち行ったら、ラベンダー畑が――」


リリエラは、ヤギの前にひょいと立ち、静かに右手を差し出した。

「おやつをご所望でしたら、こちらにございます」


手には、さっき買ったパンのかけら。

ヤギは素直に近づき、むしゃむしゃと食べ始める。


「……すごい、あのヤギが静かになった……」


子どもたちのざわめきの中、リリエラは微笑を浮かべ、ヤギの首をやさしく撫でた。

その日以来、町の人々は彼女を「お行儀のいい旅の人」として親しみを込めて呼ぶようになった。

町のハーブ師の老婆には、「おまえさんの歩き方は、まるで高貴な人に仕えてるみたいじゃ」と言われ、

パン職人の娘には、「あたしの焼いたレモンパンが好きって、なんか嬉しいな」と笑われた。

そして数日が経ったある日、リリエラは町の掲示板に気になる依頼を見つける。


「ハーブ畑にて、不思議な虫害。夜だけ姿を見せ、朝には消える」

「畑を守ってほしい。報酬あり」


「……夜の行動、記録を取り、正体を見極めましょうか」



その夜、リリエラは静かに畑の小道を歩いていた。

広がるハーブ畑には、ミントやラベンダー、ローズマリーが並び、

月明かりの下で、淡い影を地面に落としている。

だが、彼女の目が止まったのは――畝の間に点々と広がる、ほのかに光る苔の群れだった。


「……これは」


しゃがみ込んでよく見ると、それは淡い銀色に輝く苔で、

風もないのに、わずかに揺れているように見えた。

苔自体は植物の一種。だがこの光は、自然のそれではない。

リリエラは懐から取り出した小瓶に、それを少しだけ採取しながら呟く。


「……“月影苔(げつえいごけ)”――希少種。だが、なぜここに?」


旅の記録の中に、かすかにあった知識。

この苔は、月の光と魔力に反応して発光する。

そして、その苔を好んで食べる小動物が、畑を荒らす原因となることがあるのだ。


夜半。

静かに観察を続けるリリエラの耳に、かすかな足音が届く。


「……来ましたか」


草の間をかさこそと走るのは、小さな丸い生き物――夜すずめ鼠。

珍しい魔物ではないが、苔に含まれる微弱な魔力を吸収し、動きが素早くなるという特徴がある。

それが群れをなして畑に入り込み、苗を踏みつけ、香草をかじっていた。


「お引き取りいただきましょう」


リリエラはそっと、手にした小袋をふりまいた。

粉末状のミントと、穏やかな退魔香――魔物を傷つけず、離れさせるための調合。

ふわりと香りが広がると、ねずみたちはくるりと向きを変え、草原の向こうへ走り去っていった。


「……これで、明日からは安心でしょう」


翌朝、畑の主であるハーブ師の老婆が、畝の間を見て目を丸くした。


「な、なんじゃこりゃ……苔が全部、なくなっとる」


「苔は、少しばかり採取して研究所へ送ります。鼠たちは、害のない方法で追い払いました」


「……ほんとに、おまえさんは只者じゃないねぇ……」


老婆は感心しきりに何度もうなずき、

その日の午後には、町の人々がこぞって広場でリリエラに焼きたてのパンやチーズを贈った。


ある者は、銀の刺繍が施されたミルザン織のスカーフを。

またある者は、乾燥ハーブと小さなレシピ帳を。

そして、ハーブ師の老婆は、そっと苔色の小瓶を手渡した。


「これ、中には“月影苔”の一房が入ってる。滅多に手に入らんもんだが、おまえさんなら、持っておいてもええじゃろ」


「ありがたく、頂戴いたします」


リリエラは深く礼をし、その夜、星のきらめく空の下で小さく呟いた。


「……この苔の光、主に見せて差し上げたかったですね」


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