3-1 鉱山町の依頼
鉱山町ザトレム。
鉄と煙の匂い、遠くから絶えず聞こえる槌音。山の岩肌に沿って建てられた町は、日中でも薄暗く、荒々しくも力強い雰囲気に満ちていた。
リリエラは、町の中心にある簡素な石造りの宿屋に腰を落ち着けた。
数日だけの滞在。けれどこの町は、どうにも気になる空気がある。
翌朝、広場にて冒険者ギルドの掲示板を見ていた彼女に、年配の鍛冶職人が声をかけた。
「お嬢さん、もしあんたが戦える人なら、ひとつ頼みがある」
話を聞くと、近くの鉱脈で数日前から鉱夫の失踪が相次いでいるという。
音もなく姿が消え、残されていたのは――折れたつるはしと、焦げた岩肌。
ギルドに登録しているリリエラは、正式に調査依頼を受けることにした。
同行するのは、鉱山監督の娘で少し勝気な少女、マイナ。
剣は振れないが、鉱山内の構造と安全ルートには詳しい。
「一人で突っ込むなよ? あたしがいないと、すぐ迷うからな」
「心得ております、マイナ様」
どこかぎこちないペアが、炭の匂い漂う坑道へと入っていった。
第三採掘層の最奥部は、崩落の危険があるため誰も立ち入っていなかった。
けれど、リリエラは気配の流れをたどって静かに進んでいた。
「……この空気の重さ。長く眠っていた“何か”が、目覚めたかのようですね」
岩壁の奥に、人工的に閉ざされた扉のような岩板を見つける。
かすかに走る古代語のような文様。だが、それは魔封結界の名残ではなかった。
むしろ――鉱脈を掘り進めた末に、何かの“棲み処”に触れてしまった痕跡だった。
「リ、リリエラ……見て……!」
マイナの指差す先。
倒れた鉱夫のランタン、その奥に……ゆっくりとうごめく、黒い影が見えた。
岩と同化するような身体を持ち、光に怯えながらも近づいてくる。
それは“地喰いの魔獣クルム”――
地中の金属に反応し、掘削を繰り返す生き物だった。
リリエラは剣を抜き、マイナを背にかばった。
「大丈夫です。私がいます」
剣技ではなく、地形を利用して戦う。
跳躍と岩壁の蹴り返しを使い、的確に魔獣の視覚器を断ち、追い込んでいく。
魔眼は使わない。あくまで冷静な技術と判断――それが、彼女の真の強さ。
戦闘の末、魔獣は完全に無力化された。
「これが、失踪の原因……鉱脈が拡張されすぎ、奴の縄張りを侵してしまったのですね」
リリエラは静かに納得し、崩れかけた坑道をあとにした。
町に戻ると、捜索中だった鉱夫の一人が倒れていた坑道の近くで保護されていた。
命に別状はなく、町中が安堵と喜びに包まれた。
その夜、鉱山町の広場では控えめながら感謝の宴が開かれた。
マイナはそっとリリエラの隣に腰を下ろす。
「……ほんとはね、ずっと悔しかった。あたしの案内で人が消えて。だから、助けてくれて、ありがと」
「礼には及びません。私はただ、主に誇れる行いを一つ積んだだけです」
そう言って、リリエラは静かに夜空を見上げた。
冷え込みの残る早朝。
リリエラは、鉱山町ザトレムの石門の前に立っていた。
身支度は整っている。
腰には旅装備と、町の宿主から手渡された干し芋と黒パンの包み。
手には、ギルドから正式に支払われた報酬袋。
マイナは、少し名残惜しそうな顔で立っていた。
「……あたしも行きたい気はするけど、鉱山があるからな。ザトレムを離れたら、親父がまた坑道に迷うし」
「はい。この町には、マイナ様が必要です」
「……うるさいっての、そんなの分かってっるし。」
それでも、マイナはリリエラに小さな鉱石のペンダントを差し出した。
「守りになるって、じいちゃんが昔言ってたヤツ。……まあ、持ってるだけでいいから」
リリエラは一瞬驚いたように瞬きをし、やがて小さく微笑む。
「ありがたく頂戴いたします」
町の人々もぽつぽつと集まってきた。
顔なじみになった宿の主人、鍛冶屋の職人、鉱山監督――
「またいつか来てくれよな!」
「気をつけて。旅人さん」
言葉少なながらも、ザトレムらしい静かで温かい見送りだった。
山道を歩き出したリリエラは、時折、振り返りながら進んだ。
町はもう煙の向こう。けれど、その手前でリリエラは立ち止まり、そっと呟いた。
「……また、ひとつ“主に誇れること”が増えました」
道中、山の斜面に沿って咲く白い花を摘み、食用になる葉を見分けながら歩く。
小さな川で顔を洗い、村人にもらった干し芋を少しずつかじる。
保存食は堅いが、甘味がほんのり残っていて、気力が少し戻る。
野営の夜は、木の根元に身を預け、野兎の足音に耳を澄ませながら、ひとり火を眺めて過ごす。
次なる目的地は、草原を越えた先の小さな町――ミルザン。
そこには、また新たな依頼と、かすかに“主の面影”が残された場所があるという。
リリエラの旅は、静かに続いていく――。




