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吸血鬼怪談

先生の吸血鬼退治 

作者: H2O
掲載日:2026/01/31

挿絵(By みてみん)


「あなたに、私の気持ちなんかわかるわけないわ!」


少女は悲痛な声で叫ぶ。


「親友を殺さなきゃならない私の気持ちなんて!」


「わかるさ。」


男はそう答えた。


「おれは親友をこの手で殺したんだ。」


男の瞳は深い悲しみと罪の意識で満たされていた。





私がその儀式を目にしたのは、偶然であった。

その日、日直だった私は放課後、日誌を担任に渡しにいった。

そこで授業中の居眠りを咎められた。

長いお説教の後、担任は「おれは先に帰るが、エツコは日直なのだから戸締りをしておけよ。」と私に言い渡した。


戸締りをしに教室に戻った時は、黄昏時であった。

がらりと教室の扉をあけたとき、私は驚いた。


「あれ、何してるの?」


西陽がさす薄暗い教室には、数人の人影があった。

人影が振り向く。

なんのことはない、同窓の女生徒である。


けれども異様なのは、彼女たちの手だ。

白く細い手首に赤い血が滴っていた。

少女たちはガラスの瓶にその血を集めていた。


少女たちは私の顔を見ると、くすくすと笑う。

夕日に赤く照らされた教室で笑う血濡れた少女たちは、日常と乖離した存在のように思えた。


「うふふ、どうしましょう。

エツコさんにも教えてあげようかしら。」


「だめよ、秘密にしておかなきゃでしょ。」


「でも、見られてしまったからには仲間になってもらうのがいいのでなくて。」


少女たちはお互いをこづきながら囁き声で話す。

グロテスクな赤い手とは対照的に、少女たちは楽しそうにはしゃいでいる。

そして少女たちは私に微笑む。


「ねぇ、エツコさん。

誰にも言わないのなら教えて差し上げてもよくってよ。

あなた、秘密を守ることができて?」


私は彼女たちが何をしているか、どうしても知りたかった。

これは恐ろしい儀式だと予感したから。

だから、「もちろん。」と即答した。

少女たちはまたくすくす笑った。


「うふふ、約束よ。

私たちはね、人助けをしているのよ。」


私の予感は的中したのだと、その言葉で確信した。




学校を出た私は、まっすぐに家には帰らず、とある屋敷に駆け込んだ。

慣れた足取りで広い庭を抜け、西洋造りの離れへと向かった。

その扉の前にはいつも通り、「吸血鬼退治」と書かれた看板が下がっていた。


「凛太郎、いるんだろう。」


挨拶もそこそこに扉を開ければ、「どうした、エツコ。」と男の声が答えた。

予想通り、濃紺の袴に山高帽を被った男が西洋風の椅子に腰掛けていた。


「さっきぶりじゃないか。

授業の板書なら教えてやらないぞ。

居眠りしたお前が悪い。」


凛太郎はそう言っていじわるな笑みを浮かべた。

この男こそ、つい先刻授業中の居眠りを叱った私の担任教師なのだ。

再びお説教されることを避けたかった私は、すかさず「そんなんじゃないよ。」と言った。


「凛太郎に知らせなきゃならないことがあるからきたのさ。」


「エツコ、呼び捨てはよせって。

いつも言ってるだろう。」


そうは言われても、私と凛太郎が知り合ったのは凛太郎が教師になるよりももっと前なのだ。

私からすれば、昔から何かと縁の深かった近所のお兄さんが担任になったのだから、仕方ないだろう。


凛太郎も諦めているのか、それ以上は叱らず「それで、そんなに急いで何を知らせにきたんだよ。」と先をせかした。


「放課後血液クラブって知ってるかい。」


「なんだそりゃ、初耳だな。」


「うちの女学校にある生徒たちの集まりなんだよ。」


凛太郎は「やたら物騒な名前だが、何をしてる集まりなんだ。」と首を傾げた。


「あの子達、吸血鬼に血をあげてるかもしれない。」


「なんだと。」


凛太郎は目の色を変えた。



私も通う女学校の教師をしている凛太郎には、副業がある。

それこそが吸血鬼退治だ。


吸血鬼とは、蘇った死人であり、人の生き血を啜る怪物だ。

その吸血鬼を残らず退治することが使命なのだと凛太郎は言う。


だから私は放課後血液クラブのことを彼に伝えにきたのだ。

吸血鬼という言葉が出た途端、凛太郎は真剣な顔で「詳しく教えろ。」と言った。



「放課後血液クラブは、その名の通り放課後に集まって血液を寄付するクラブらしいんだ。」


私が目撃したのは、放課後血液クラブの少女たちが工作用の小刀で手首を切り、血液をガラスの小瓶に集めているところだった。

少女たちが教えてくれたことには、彼女たちはその血液が入った小瓶を校舎裏の銅像の前に置いていくらしい。

そうすると、翌朝には小瓶が回収されているのだそうだ。


「その子達は、血の入った小瓶を回収しているのが誰かは知らないんだな。」


凛太郎の問いに私は「そうなんだ、誰も知らないんだよ。」と頷いた。


「そして、血を集めてるのは人助けのためと言ったんだな。」


少女たちは私に、血液を集めるのは人助けのためだと言ったのだ。

血液を必要としている人に寄付しているのだ、と。


「輸血のための血液を集めるにしても、衛生的でないだろう。

誰の手に渡っているかわからないというのはどうもきな臭いぞ。」


凛太郎は顎を摩り、「そのクラブに所属している子は何人いるんだ。」と問うた。


「うちの女学校の生徒だけが所属しているらしいんだけど、正確な人数はわからないのさ。」


私が目撃した、教室にいた生徒たちはクラブのメンバーのほんの一部らしい。


その子たちは、部活の先輩から誘われたのだそうだ。

先輩は同窓の友人から、その友人はさらに別の友人から、とクラブのメンバーは人数を増やしているのだという。


クラブのメンバーは全員で集まるということはない。

だからお互いに誰がクラブに所属しているかは知らない。

血液を指定の場所に毎日提出することだけがクラブに所属していることの証明であり、絶対の義務なのだ。


凛太郎は「聞けば聞くほど怪しいじゃあないか。」と渋い顔をした。


「子どもたちからすりゃ、ただの遊びに過ぎないんだろう。

でも、遊びで吸血鬼に血をやるのはいけない。」


もしも放課後血液クラブが集めた血が吸血鬼の手に渡っているのなら、少女たちは吸血鬼に餌をやって生かしていることになる。

それがどれほど危険なことかもわからずに。


「吸血鬼は残らず退治しなければならぬ。」


凛太郎は低い声で言った。


「そうはいったって、放課後血液クラブの実態がつかめないんじゃあ退治できないのじゃないかい。」


「それはそうだが…。」と言葉を濁す凛太郎に、私は「そこであたしの出番さ。」といってやる。


「どういうことだよ、エツコ。」


「あたしが放課後血液クラブを調査してきてあげるよ。

あたしは同じ女学生だから警戒もされにくいだろう。」


私は、この男の役に立ちたいのだ。

どうしても放っておくことができない。


「おい、危険なことはするんじゃないぞ。」と声を上げる凛太郎に、「へいきへいき。」と返して私は彼の屋敷を後にした。





翌日の放課後、私は校舎裏の茂みに身を隠し件の銅像を見張った。

ここで待っていれば、いずれ誰かが血液の入った小瓶を回収しにくるはずだからだ。


日暮れまで待っていると、数人の少女たちがかわるがわる血液を出しにきた。

少女たちは大抵二、三人組で出しにくるが、出しにくる時間帯もばらばらだった。


日が落ち、すっかりあたりが暗くなったときだった。

一人の少女が、銅像の前へとやってきた。

少女は銅像の前に置かれた小瓶を鞄へつめ、人目を気にしながら校門の方へ向かった。

私は彼女の後を追った。


少女は鞄を抱きかかえて、人通りのない暗い道を早足で歩いていく。

私は後を追いかけながら、彼女はきっと吸血鬼へ血を届ける運び屋の役目を負っているのではないかと考えていた。

吸血鬼なら、血液を前に理性を保てるはずがない。


「ねぇ、待って。

あなた、それをどこに持っていくの。」


声をかけると、少女は肩をびくりと震わせて振り返った。


「もしかして、吸血鬼に渡しているの。」


私が問えば、か細い声で彼女は言う。


「吸血鬼を知っているの…?」


艶のある黒々とした髪をおかっぱに切り揃えた、可憐な少女だった。





「それで、エツコはその子をここまで引っ張って来たのか。」


凛太郎は呆れたような、気が抜けたような声でいった。


「エツコ、無理に連れて来たんじゃないだろうな。」と凛太郎が聞くと、おかっぱの少女は「いえ、別に。」と私を庇った。


彼女の名はうめと言い、私の一つ上の学年の女生徒だ。

私はうめと共に凛太郎の屋敷を訪ねたのだ。


凛太郎に「うめ、血液を回収しているのはお前か。」と問われれば、うめは俯いたままこくりと頷く。


「血液を集めるのは、人助けのためだそうだな。

誰のためにやってるんだ。

これを誰に渡してるんだ。」


「それは言えません。」


うめはがばりと顔をあげて言った。


「別におれはお前を責めるつもりはないさ。

ただ、もしも血液を渡している相手が吸血鬼なら、それは危険なことだと伝えておきたいんだ。」


「なぜですか。」


うめは反抗的な態度で言う。


「吸血鬼は、元は人間でしょう。

見た目も人間のときとまったく変わらないし、記憶だって失ってない。

人格も生きてたころそのものです。」


「だが、そいつはもう人間じゃない。

人の生き血を啜るのだから。」


必死に訴えたうめに、凛太郎は低い声でそう告げた。

それでもうめは怯まない。


「それは吸血鬼が生きるために必要なことでしょう。

どうして吸血鬼を生かしちゃいけないんですか。」


「もう既に死んでいるからだ。」


凛太郎は、ひどく悲しそうだった。


「生まれて生きて、そして死ぬ。

それが生き物の理だ。

何人もそれに逆らってはならぬ。

生者と亡者は共存できないんだよ。」


凛太郎の言葉に、うめは「そんなことない…。」と泣きそうになりながら反論する。


「だって、こうして血をあげて共存できているでしょう。」


しかし凛太郎は「いつまでもそのままではいられないぞ。」と厳しい。


「お前だってわかっているだろう。

飢えれば理性を無くして人を襲う吸血鬼がどれほど危険か。」


凛太郎はうめの首元を指差し、「その首の傷は、吸血鬼にやられたんだろ。」と指摘する。

その白い首には、赤黒い傷が残っていた。

うめは唇を噛んで押し黙った。


「さぁ、教えてくれ。

吸血鬼はどこにいる。」


「あなたに、私の気持ちなんかわかるわけないわ!

親友を殺さなきゃならない私の気持ちなんて!」


うめは悲痛な声で叫んだ。

吸血鬼を退治する、それは蘇った死人に永遠の別れを告げることなのだ。


「わかるさ。」


凛太郎はそう答えた。


「おれは親友をこの手で殺したんだ。

それが、吸血鬼になってしまったあいつにおれがしてやれる唯一のことだったから。」


うめは言葉を失った。


「吸血鬼は、お前の親友だな。」


うめは涙をこぼしながら頷いた。





月明かりが照らす夜の公園に、吸血鬼は佇んでいた。


「さくらちゃん。」


うめの呼ぶ声に、吸血鬼は振り返る。


「うめ、遅かったじゃない。」


吸血鬼は鈴のなるような声で高飛車に言った。

波打つ柔らかな髪と鳶色の瞳が印象的な、華やかな少女だ。


さくらはうめが一人でないことに気づくと、「その人たちはどうしたの?」と私と凛太郎を指差した。

凛太郎は淡々と、「吸血鬼退治に来た。」と答えた。


「吸血鬼退治…?

うめ、あなたまさか私を…!」


咎めるようなさくらの言葉にうめは「違うの!」と叫ぶ。


「なにが違うのよ。

私の世話をするのが面倒になったから、退治しに来たんでしょ。」


糾弾するさくらに、うめは「違うの、私、さくらちゃんに謝りたくて…。」と弁解する。

けれどもさくらは聞く耳を持たない。

さくらは「どうして私が退治されなきゃならないのよ。」と凛太郎にづかづかと歩み寄る。


「私だって、好きでこんな身体になったんじゃないわ!

人間の血を啜る、穢らわしい身体になんかなりたくなかったわよ!」


つかみかかってくるさくらを見る凛太郎の瞳に、彼女を責める色はなかった。

凛太郎は優しい声で「つらかったな。」と言った。

さくらはその言葉に面食らい、そして涙をこぼした。


「つらいわよ。

人の血を飲むのも、いつ人を襲うともわからないのも、もう嫌よ。

でも、退治されるわけにいかないの。

だって私がいなくなったら、うめは…。」


「さくらちゃん、もういいの。」


うめはさくらの薄い肩にそっと手を添えて言った。


「さくらちゃん、ごめんなさい。

私が卑怯だったから、嘘をついたから、さくらちゃんを吸血鬼にしてしまった。

もう、嘘をつくのはやめる。」


うめは泣きながら話した。


一ヶ月前、うめとさくらは二人で仲良く下校していた。

お互いの肩を叩きながら、ふざけ合って笑っていた。


悪ふざけがすぎたのか、力が強かったのか、うめがさくらの肩を押したときさくらはバランスを失った。

運の悪いことに、それは階段の前であった。

さくらは階段から転げ落ちた。

その場にはうめとさくら以外、誰もいなかった。


うめは、頭が真っ白になった。

彼女はまずさくらの家に行き、さくらの両親に今夜さくらはうめの家に泊まる、と嘘をついた。

隠そうとしたのだ。


そんな嘘をついたところで、いずれ死体が見つかれば事故のことは露見するはずであったが、何の因果かさくらは吸血鬼となって蘇ったのだ。


「さくらちゃんは優しいから、かえってきてくれたんでしょ。

あのことも、誰にも言わないでいてくれた。

私の罪を無かったことにしてくれた。」


「ごめんなさい。」と涙をながすうめに、さくらは「あなたのためじゃないわよ。」と言う。


「私はただ、もっと生きてたかっただけよ。」


さくらの言葉を聞いたうめは糸が切れたようにわんわんと泣いた。


「私だって、さくらちゃんともっともっと一緒にいたかった!

ずっとずっと、さくらちゃんの親友でいたかったのに!」


しゃくりあげてなくうめの頭を、さくらは優しく撫でた。

「ばかね。」とうめをなじるが、その声は愛おしさを滲ませていた。

その様子を、凛太郎は苦しそうに見つめていた。


吸血鬼は恐ろしい。

吸血鬼になってしまった者も、吸血鬼を生かそうとした者も、深い悲しみに苛まれるから。

凛太郎は、誰よりもそれをわかっている。

だから彼は吸血鬼を退治するのだ。


「吸血鬼は、どうやって退治されるのかしら。」


さくらに問われた凛太郎は、「心臓に杭を刺すのだ。」と答えた。


「そう、それは痛そうね。」


そう言いながらも、さくらのその横顔はもう引き返さないことを決めていた。

さくらは「ねぇ、うめ。」とうめをよぶ。


「手を握っていてちょうだい。」


うめはさくらの手をしっかりと握った。

凛太郎は懐から杭と金槌を取り出し、構える。


「うめ、覚えていて。

あなたはこの先もずっと私の親友。

忘れたら承知しなくてよ。」


それがさくらの最期の言葉だった。


かん、と音がした。

金槌が杭を打つ音だ。

こうして吸血鬼は退治された。





うめを自宅まで送り届け、私は凛太郎と共に帰路を歩いていた。


「これでよかったのかな。」


隣を歩く凛太郎は、「よかったんだよ。」と言う。


「うめがエツコについて来たのは、助けてほしかったからだろう。」


凛太郎は「エツコ、お前はよくやったよ。」と優しい声で言った。


「そうだろう、あたしはよくやっただろう。」


珍しく褒められたので胸を張ったが、凛太郎は「だが、これきりにしろよ。」と叱る。


「もう危険なことはするな。」


「わかってるよ。

なにかあったらまた凛太郎に教えるから。」


凛太郎は「エツコ、お前なぁ。」と顔を顰めるが、知らぬふりをした。


だって仕方がないじゃないか。

たった一人で吸血鬼と闘い、悲しみを背負い込もうとするこの男を、私は放っておけないのだから。





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