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黒翼のプール開き(私立クリスティ学園 魔法使いの生徒会編3)  作者: 月森琴美


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3/12

 そろそろ夕方のため、駅の構内は家路に着く人でごった返していた。

「今日も混んでるな」

「そ、そうですね」

 茉理と帝は、電車に揺られていた。

 一応、二人は学校内公認のカップルとなっている。

 5月末に行われた生徒会主催のイベント――会長 伊集院帝の彼女の座をめぐる競争(バトル)に、茉理は偶然と運の良さで勝ち抜いてしまい、帝の彼女の座をGETしたのだ。

 でも――。

(ひーん、予定では、こんなはずでは……)

 勝利の喜びなどつかの間、彼女は人生始まって以来の戸惑いと困惑の中にいる。

 もともと茉理は好きな人がいた。

 初恋で幼馴染、近所に住んでいた水沢明人(みずさわあきと)という少年と、幼いながらも思いあう仲だったはずなのだ。

 しかし両親の再婚に伴って明人は転校してしまい、苗字も早川になり、義理の妹まで出来た。

 茉理は彼に会いたい一心で、明人の転校先クリスティ学園に転入したのだが、何と再会した明人には彼女の記憶は一切無く、義理の妹である早川響子(はやかわきょうこ)と禁断の恋に落ちているという、なんともしがたい事実があった。

 それだけでも十分に複雑なはずなのに、イベント勝利によって今度は会長にせまられ、一年という期限付きの彼女にされてしまい、何がどうなっているのか茉理自身もわからない現状にある。

 横に並んで立つ帝をちらっと見て、茉理はため息が出た。

 彼の整った顔立ちは、どちらかというとクールなジャニーズ系。立っているだけで、その辺の少女たちの注目を集めてしまう美形だ。

 今も電車のあちこちに固まった違う制服の女の子たちが、目線をこちらにむけているのが感じられる。

 自分も帝と同じ学校の制服を着て、並んで立っているわけだが、そういう視線が彼女には痛いほどぐさぐさ突き刺さって決まり悪いことこの上なかった。

(どうせつりあわないって思ってるわよ)

 茉理は下を向いて、ため息を落とす。

 横にいる自分は、はっきり言って美少女でもなんでもない。

 平凡な普通の目立たない存在だ。

 そんなのを時々帝がいかにも大事そうに髪に触れたり、混んできたら他のおやじ達に触れられないようしっかりと抱きしめてきたりするわけで、どう見てもいちゃついてるカップルにしか見えないから、余計に羨望と嫉妬の眼が突き刺さるわけなのだ。

(あーもー、早く着かないかなあ)

 いらいらしながら茉理が思うことはそれしかなかった。




「あの、今日もありがとうございました」

 家の前まで送ってもらい、茉理は深々と頭を下げる。

「礼など言う必要はない。俺が好きでやってるだけだ」

 照れくさそうにそう言うと、帝は表情を緩め、茉理の長いお下げに触れる。

「髪……いつも縛ってるのか」

「え? あ、はい」

 動きやすいですから、と答える彼女に、帝は目を細め、シュッと指を動かした。

(あ……)

 茉理のお気に入りのリボンが左右ともはずされる。

 黒い髪がふわっと背中に垂れた。

 彼は満足げに微笑む。

「ほどいた方がいいな、お前」

 見つめられ、茉理は真っ赤になった。

(うわうわっ、なんかとっても恥ずかしい)

 気まずくなってもじもじする彼女を引き寄せ、耳元で帝はささやく。

「ほんと、可愛いよ、茉理は」

(うっ、うわわわわーっ、やめてーっ)

 拒絶反応が起こり、茉理はあわてて帝の腕を振りほどこうともがく。

 でも予想に反して彼の腕は強く彼女を抱きしめていて――結局、あきらめておとなしくするしかなかった。

(こういうの、なしだって。本当にもう)

 茉理は顔を赤くし、青くし、とにかく早く彼が帰らないかとそればかりを願う。

 ただでさえその手の経験ゼロ。こういう風に誰かに思いを寄せられるなど、これまで一度も体験したことはなかったので、どうしてよいかわからないのだ。

「なあ、今度の土曜日、ひまか」

「土曜日って明日ですか」

 茉理はぶすっとして聞き返した。

「俺の家に来い。まだ家の連中に、お前を紹介していなかった」

(家の連中って、家族のこと?)

 茉理は、連中なんてちょっとひどい言い草かも、と思う。

「あの、お父さんとかお母さんとかですか」

 茉理の口に出した疑問に、帝の眉間が険しくなった。

「いや、家の使用人たちだ。お前のことをきちんと広めておかねば。そのうちクリスティ5家代表の晩餐会に出席してもらう。そこでお前のお披露目だ」

「はあああっ。い、いいですっ、そんなの」

 茉理は驚いて、彼の腕から暴れて逃れる。

「そんなの絶対に欠席しますっ。わたし、そういうの柄じゃないし」

「柄とかそういう問題じゃない。お前は俺の女なんだから、義務は果たしてもらう」

「なっ」

「俺の愛を受けるんだから、伴う義務と責務は当たり前にお前が果たすべきことだろう」

 当然のごとく威圧的に言われ、彼女はとても腹が立った。

(何よそれ)

 少女は怒りで体中が燃え上がる。

(義務って、責務って、どういうことよっ)

「どうした」

 茉理の表情が変わったのを見て、帝は驚いた。

「もう嫌っ。大体、愛を受けるってなんですか、それ。そっちが勝手にわたしに気持ちを押し付けてるだけじゃないですか。それなのに義務と責務ですってえっ。付き合ってる女の子に当然みたいに見返り要求するんですか、会長」

「お、おい」

「俺が付き合ってやってるんだから、お前も俺の言うことを聞けってこと? 冗談じゃないわ」

「……」

「そんなつもりで今まで一緒に帰ってくれたの? そんなのしてもらわないほうがずううっといいですっ。明日からはもう送ってくれなくていいですから」

「何を怒る。俺は当然のことを言ったまでだろう」

 茉理の怒りがどこにあるのかわからず、帝はぶすっとして続けた。

「お前はどうしてそうわけがわからないことで怒るんだ。いいか、お前は俺の女として、クリスティ家次期総帥の相手として、みんなの前できちんと挨拶をすべきだ。それはこれから先、お前が俺の横にいたいと思うなら当たり前のことじゃないか」

「……どうせ一年で捨てるくせに」

 茉理は目を真っ赤にしてそうつぶやくと、唇を噛み締めた。

 わかっているが、自分の口から言葉にすると辛いものがある。

 そう、一年。

 帝との交際期間は一年と決まっている。

 そのあと彼が継続して彼女との交際を望むなら別だが、そんな奇跡は起こらないことを茉理はよくよく知っていた。

 伊集院財閥の跡取り。そして魔術師として名高いクリスティ家の総帥。

 そんな肩書きを持つ彼が、どうして自分などを選ぶだろう。

 自分が今、帝の側にいられるのは、たまたま今年のイベントに勝ち抜いてしまったというだけのこと。

 無条件に――たとえそれが自分の憎み抜いている相手でも――イベント勝利者に一年、心を捧げるというのが帝の家の家訓になっていた。

 茉理に愛をささやくのも一緒に帰るのも、優しいまなざしを見せるのも、全部一年という期限付きの相手だから。

 来年進級したら彼はまたイベントを行い、他の少女を相手に選び出す。

 そしてそのうち気に入った子を見つけ、本当の彼女にするのだ。

(でもそれはわたしじゃないよ。魔力ゼロ、家も普通の一般借家家庭。きわめて平凡な、何のとりえもない女の子なんだから。そんなのにクリスティ家総帥夫人だの、伊集院財閥夫人だのが務まるわけないじゃない)

 たった一年のお試し相手。

 その自分が、どうして義務だのなんだのを要求されないといけないのだ。

 どうせ一年経ったら、そんなの何にも意味が無くなるのに。

 ただ弄ばれてるようで、茉理は無性に悔しくなった。

(もう嫌っ)

 少女はきっと強いまなざしを向けると、彼を一睨みして叫んだ。

「とにかくわたしは、そういう形式ばったものには出ませんから。誰にも紹介してもらうことも、広めてもらう必要も一切ありませんから。失礼します」

「お、おいっ。待てっ」

 あわてて腕をつかもうとする帝を振り払うと、茉理はダッシュでマンションのエレベーターに駆け込む。

 突然の成り行きに彼女をつかもうとした手が浮いて、帝はしばらく呆然とマンションの外に立っていた。





 ぼすっ、ぼすっぼすっぼすっ……。

 茉理は部屋で枕に向かって拳を打ち込み、やりきれない思いを解消していた。

(何よ、何よ、何よっ。義務と責務のかたまり男! そんなので甘い言葉をささやかれたって、いい迷惑よ。あったまきちゃう)

 本当に人のことを何だと思っているのだろうか。

 茉理は腹立たしくてしょうがなかった。

 最近、少しはまともに話せるようになったかと思ったのに。

 自分の見込み違いだったことに、茉理の神経は苛立っていた。

(何よもう、あの馬鹿最低男。そういう態度は、ちゃんと本命が出来たときにやるもんでしょうが)

 一年だけじゃない、それこそずうっと側にいたいと彼が願う相手だけが、彼の想いを受ける資格があるのだ。

 そんな誰でも知ってる簡単な事に、どうして彼は気付かないのか。

(いくら説明しても、よくわからないみたいだし。ああっ、もう嫌。どうしようかな)

 茉理は頭を枕に突っ込み、ベッドの上で寝転ぶと、もう、知らないっとつぶやき、目を閉じた。





「ふーん、それで浮かない顔をしてるわけ? み・か・ど」

「うるさい」

 自家用車(茉理の家の近くに、実は待機させてあった)で本邸に戻った彼は、さっそく雅人に捕まえられた。

 英司に飛ばされたのをいいことに雅人はちゃっかり生徒会業務を放棄し、帝の家で待っていたのである。

(たまには彼をからかって遊ばないとね。茉理姫と良い具合にいってるみたいだし、ふふっ)

 そんな事を考えながら機嫌良く待っていたら、お目当ては目も当てられぬほど不機嫌になって帰ってきたのだ。

 別な意味で好奇心が沸き、雅人はほっといてくれと叫ぶ帝を捕まえて、彼特有の口調であることないこと聞き出してしまう。

「やれやれ、君も素直じゃないからね。義務と責務って、女性が嫌う言葉の上位に位置してる単語を、よくもまあ並べ立てたものだよ。茉理姫のご機嫌を損ねるのも無理ないね」

「俺は別に悪いことなんて言ってない」

 変なことで怒るあいつが悪い、とぶすっとしてつぶやく帝に、雅人はすっと薔薇の花を差し出した。

「つまり君は、クリスティ本家総帥たる者の義務だから茉理姫と付き合ってる、というわけだろ。別に彼女が好きなわけじゃなく」

「そうだ」

 帝は苦々しげに答える。

「でも好きだから付き合うわけでしょ、普通」

「まあ、そうだな」

「だけど君は、茉理姫にこう言ったわけだ。お前のことは好きじゃないけど、義務で付き合ってるんだからお前も俺に対する義務を果たせ。なんか会社の押し付けがましい上司と部下って感じかな。恋人同士でもなんでもなく」

「……」

「きっと姫はひどく傷ついただろうよ。君に、はっきり好きじゃないって言われたようなもんだからね」

「別に……俺は」

 そういうつもりで言ったんじゃない、と帝は小さな声で反論した。

「君にそのつもりがなくても向こうはそう取っちゃうんだから、それはそうさせてしまった君にも半分くらいの責任はあるよね。それよりもっと素直になって、本当の気持ちをぶつけてみればいいのに」

「何だと」

「本当はさ、帝。君はこう言いたかったんだろ。身近にいる人たちに、心から大事な人だと姫を紹介したい。君は誰はばかることなく僕の愛を捧げられる唯一の人なんだと、皆に宣言したい。まあ、こんなところじゃないの?」

「だ、誰がそんなこと言うかっ。俺はただ……」

 思いっきり真っ赤になって、帝は怒鳴った。

「ふふっ、赤くなった。図星だねえ。もう可愛いんだから、帝は」

 雅人はぎゅっと帝に抱きついた。

「は、離せっ。そういうのはやめろと言ってるだろう」

「やだよ、君が可愛すぎるのがいけない」

「お前なあ」

 遊んでるだろ、俺で、と帝がぶすっとしてつぶやくと、雅人は、ピンポーン、君の拒絶反応は面白いからね、とささやき、すっと腕を緩めた。

 そしてぽんぽんと彼の黒い頭に右手を乗せる。

「お兄ちゃんの忠告はちゃんと聞きなさい、帝。明日、姫にあやまるんだよ」

「……」

「おそらく姫のことだから、君がちゃんとあやまったら許してくれると思う。でもこの機会にもっと姫には素直になること。いいね」

 帝の顔が少し歪んだ。

「君は素直に自分の気持ちを言うことを、ずっと否定されてきた。君の心の奥を誰にもみせてはいけないように教育されてしまったんだ。でも本当はそれでは駄目だ。それでは本当の強さは出せない」

 雅人の真剣な口調に、帝は深い瞳で彼を見つめる。

「茉理姫は君が今まで接してきた人間とは違う。姫は君の本当の気持ちだけを喜んで受け止めてくれる人だ。君が必死に強気で演じる帝王の姿には、興味のかけらもない。これまで君の周りにいたのは、強そうに見える帝王の態度をこそもてはやして喜んでる連中ばかりだったけど――イベントの最終課題のことを覚えているよね」

「ああ」

「あのとき姫が君に言った事は、姫が心から思っていること――そして、君に願っていることだ。それを思い出して、少しずつ自分を変えていくといい」

「……」

「大丈夫。君は一人じゃない。茉理姫はきっと君の側にいてくれるよ。それに僕たちもいるしね」

 雅人は手を下ろし、じゃ、と軽く微笑んで、彼の前から立ち去った。



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