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黒翼のプール開き(私立クリスティ学園 魔法使いの生徒会編3)  作者: 月森琴美


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21

 白いレースのカーテンの端が、茉理の目に入った。

(うーん……ここって……)

 茉理は起き上がって、まわりを見る。

 まったく知らない部屋だ。

 こじんまりとして居心地の良い寝室。

 小さなベッドに、茉理は寝かされていた。

 家具も寝台もいわゆる普通の物で、茉理は少しほっとする。

「気が付いたのね」

 部屋の中に、知らない女性が入ってきた。

 茉理は首をかしげる。

「あの……」

 女性は優しく微笑むと、茉理の側に寄ってきて額に手を当てた。

「良かった。熱は下がったわね」

「熱? わたし、どうしちゃったんですか」

 問いながら、茉理の脳裏にこれまでのことが走馬灯のように浮かぶ。

(そうだ、姫乃さん!)

 寝てる場合ではない。

 茉理は布団を跳ね除け、ベッドから飛び出そうとした。

「駄目よ、まだ休んでいて」

 やんわりと女性は、茉理を引き止める。

「でも、あの、そういうわけにはいかないんです。友達が死にそうになってて」

 興奮して八つ早きにしゃべる茉理に、女性は悲しそうに微笑んだ。

「大丈夫よ。貴方のお友達は無事。だから貴方はもう少し休んでいてちょうだい」

「ほんとに? 姫乃さん、無事なんですか」

「ええ、そうよ」

 だから横になっていて、と言われ、茉理は体中の力が抜けた。

 ほっとすると、急に全身を疲れが包む。

 おとなしくベッドに横になり、彼女は静かに目を閉じた。

(姫乃さん、無事だったんだ)

 それだけで涙が出てくるほど嬉しい。

 今の彼女にとって、もうその事実だけで十分だった。

 あとのことは後で考えればいい。

 茉理は目を閉じ、疲労感に包まれながら、またぐっすりと眠ってしまった。



 伊集院家の本邸。

「どういうことなのか説明してもらうぞ、大和」

 高級すぎて重々しい調度品の配置された客間。

 帝は目の前に澄ました顔で立つ男を凝視した。

 歳の頃は30代半ばに見えるが、実際誰もがその10年以上生きていることを知っている。

 帝の横には、支えるように雅人と直樹が立っていた。

 二人とも平静を装ってはいるが、心の中では臨戦態勢を忘れてはいなかった。

 大和と呼ばれた男は、帝に睨まれてもまったく表情を変えない。

 蝋人形のように白く冷たい顔は、面のようにいつも涼しげだ。

「これはすべて御前の仰せのままにされたこと。わたしに怒りをぶつけられても困ります」

 無表情に一定のトーンを崩さぬ機械的な声で、大和は答える。

「ふざけるな! 総帥の意思だかなんだか知らないが、こんな人道にはずれた行為を俺が認めるとでも思っているのか」

 帝は青筋を立てて怒鳴った。

 しかし大和は、まったく動じない。

「冷静におなりください、帝様。貴方はこのクリスティ家をすべて掌握し、魔族の頂点に立つべきお方。些細な出来事で感情を乱さぬよう、ご教育申し上げたはず。わたしの力不足ですな。まったく嘆かわしい」

 みっともないとは思いませんか、と馬鹿にしたような口調で言われ、帝はぐっと詰まった。

「おやあ、大和が自分のミスを認めるなんてめずらしいね」

 雅人がにやりと茶々を入れる。

「帝の教育不足だってさ。そうだね、帝をこんな風に育てたのは君だもんね」

「黙りなさい。分家の分際で、帝様の教育に関して口出しするとは分が過ぎましょう。こんな輩が帝様の側近なんて、これもまた悲惨なこと」

 じとっと大和は雅人をねめつけた。

「では分家の代表としてお聞きしたい。これは一体どういうことですか」

 直樹が冷静沈着な声で発言した。

「我々分家は一言も聞いておりませんでした。本家跡取りにしてクリスティの魔力をすべて受け継ぐ者は、伊集院帝ただ一人だったはず。なのにもう一人いたとは、まったく意外な事実です。ぜひあきらかにしていただきたい」

「本家の事情をわざわざ分家に話す必要などない。これもまた分が過ぎる申し出だ。答える義務はありません」

 まったく取り合わない大和に、直樹は薄く笑う。

「そうですか。ですがこちらも、このまま引き下がるわけにはいきませんね」

「なんだと?」

「もちろん我々は分家だ。でも何も無条件に本家に忠誠を誓っていられるわけではないのですよ。絶対の忠誠を求められるなら、それなりの誠意を見せていただかないと。貴方が今、我々に見せる態度が、本家の分家に対する姿勢だと我々は取らせていただきます。場合によっては、今後の分家の対応を考えさせてもらうことでしょう。これはわたしだけではない。4の分家、5の分家、そしてここにいる2の分家も、わたしと同意見であることを申し沿えておきます」

 直樹の落ち着いた言葉に、大和はふうっとため息をついた。

「いいでしょう。ですがここでご説明することは、代表のみがご承知置き下さいますように。末端まで行き渡りますと、混乱が生じます」

「わかりました」

 直樹はうなずき、先を促す。

「クリスティ本家には固い掟がございます。以前は分家にもありましたが――言うまでもなく、先祖アルツール・クリスティの魔力をすべて子孫に伝授させることです」

 大和は、まったく表情を変えずに続けた。

「そのために定められた相手を見つけ、子孫を残す。今、アルツールの魔力をすべて受け継いでいる家は、もはや本家のみ。なんとしてもこれを絶やすわけには参りません」

「それはよくわかっています。だがどうしてあの少女を監禁せねばならなかったのですか。魔力を受け継ぐ者が増えることは、むしろ良いことではありませんか。彼女にも当然、いずれは定められた相手が現れる。その人との婚姻により、アルツールの魔力を受け継ぐ子孫は増えるでしょう。来るべき時を思うなら、彼女を監禁してメリットがあるとは思えませんが」

 直樹の冷静な状況分析に、大和はしばらく無言だった。

 やがて挑むような目をして、彼は答える。

「すべては帝様のためです。御前の帝様に対する期待と愛情は並々ならぬものがある。姫乃様は確かに帝様の前に、クリスティ直系の血を持って生まれてきました。もし彼女が普通の状態だったら、御前もこんなことはなさらなかった。しかし姫乃様は生まれつき口と耳がご不自由で、クリスティ本家総帥の座を担うには荷が重過ぎると、御前は考えられたわけです」

「確かに彼女の状態では、分家の我々も総帥としては認めないでしょうね」

「それでも姫乃様は本家の血筋の方。十分にクリスティ本家を継ぐ大義名分はお持ちになれます。将来、もし帝様が総帥になられたとして、それを不満に思う魔術師のたぐいが現れたとしたら」

「伊集院姫乃を利用、懐柔することで、十分にクリスティの権力を手中に出来る。傀儡の総帥にするにはもってこいの人材、というわけですか」

 直樹は、黒眼鏡を煌かせて言った。

「魔術師同士の余計な内乱や混乱を避けるため、姫乃様の存在を他家に知られるわけにはいかなかったのです。もちろん分家にも」

「そうですか」

「申し訳ないが分家のすべてを信用することは、本家の我々には出来ない。過去に起こった様々な権力争いの小競り合いを鑑みれば、警戒せざるを得ないのです。帝様のためにも」

 うやうやしい口調で名を呼ばれ、帝は顔をしかめる。

「何が俺のためだ。全然ありがたくないな」

「ほう! これはこれは意外なことを」

 大和は帝を凝視する。

 その目線は先ほどのうやうやしい口調とはまったく別で、自分より幼い者を馬鹿にしている――そんな視線だ。

「彼女は俺の唯一の肉親だ。俺の姉なんだ。そうだろう」

「遺伝子の上ではそうですね」

「何が遺伝子だ。俺には肉親がいない。父親も母親も知らん。そんな俺のたった一人の姉に対し、あんなむごい振る舞いをするなんて許さん」

 帝は激昂して叫ぶ。

「いいか、今後、彼女に関する一切の干渉は禁ずる。総帥にもそう伝えてくれ」

「御前は、余計なことに帝様が気をそらされるのを不快に思われるでしょうな」

「何が余計なことだ。俺が自分の姉を守って何が悪い」

「姫乃様はあなたのお荷物になるだけです。確かに魔力はおありですが、耳も口も満足に使えぬ者が、あなたをどうやって支えるというのです。戦闘も出来ず、いつかは貴方の障害となるやもしれぬ者をそこまでかばうとは、正気の沙汰ではありません」

 大和はそう言うと、少し顔をゆがめた。

「どうなさったのです、帝様。少し見ぬ間に貴方はすっかり変わってしまわれた。わたしが側にいたときには、誇り高く、弱者を側に寄せ付けず、感情に支配されず、常に王者のごとく威厳を見せておられた貴方が。何か貴方を、こんな風にみじめでおろかな者に貶めてしまったのですか」

「俺は何も変わってはいない。昔も今もだ」

 帝の言葉が終わるや否や、シュッと空気を切る音がした。

 3人は咄嗟に椅子から飛び退る。

 大和は、顔色一つ変えずに手に持つ鞭を振るった。

「貴方には、まだこれが必要なようですね、帝様」

 冷たい目線が、じとっと帝に注がれる。

「丁度いい。この機会にもう一度、これで教育し直して差し上げましょう」

 ビシッ、ビシッ。

 鞭が俊足の速さで帝に飛んだ。

 彼はすばやく身を翻し、鞭を避ける。

 幼い頃からずっとそれで打ち据えられ、鍛えられてきた。

 いや、ほとんど拷問に近い。

 あの鞭の威力は、体でよく知っていた。

 一度捕らえられたら、逃れるすべはない。

 必死に避ける帝の様子を、まるで楽しむかのように大和は鞭を躍らせた。

(あいかわらず嫌な奴だな)

 雅人は隅に退避し、大和を見守った。

 幼い頃からずっとそうだ。

 彼の目には帝しか映っていない。

 帝をしごき、体罰を与え、自分好みの帝王に仕立て上げることこそが、大和の至福の時間だった。

 その目に宿る濁った野望に気付いたのは、いつだったか。

 幼い頃、打ち据えられる帝の悲鳴を聞きながら、雅人はいつしか思っていた。

(いつか絶対に、あいつを倒す!)

 帝に――彼の大切な存在に、あんな悲惨な声をあげさせる悪魔など絶対に許さない。

「くっ」

「ほら、捕らえましたよ、貴方はやはり成長してませんね。右側にいつも隙が出来る」

 面白そうに大和は、帝の右腕に撒きついた鞭を締め上げた。

「うわああーっ」

 鞭から威力倍増した電撃が走り、帝の全身をえぐる。

 激しい電気ショックを受け、帝はのたうちまわった。

「ふふふ……帝様、これを受けて思い出すのです。かつての貴方を――強さこそがすべて。強者こそ王者たる貴方の隣にふさわしい」

「ふ……ざけるなっ……」

「まだ意地を張るんですか。素直な帝様はどこに行きました? 貴方は御前より教育を全任された、この大和に従順で良いお子だったのに。さあ、もう悪ふざけはやめるのです。でないともっときついお仕置きをして差し上げないといけないでしょうね」

「くっ……」

「さあ、姫乃様はどこです? わたしに姫乃様を渡すのです。これは御前の意思であり、貴方のためでもあるのです。もっと苦しみたいですか。反抗期というやつですかね」

 さっきより何十倍も威力のある電撃が鞭にかかる。

 帝は全身に力を込め、必死に抵抗した。

 しかし彼の生身の体が、次第に限界に近づく。

「ぐっ……」

 帝はついに瞳を閉じ、意識を手放した。

「ふう、最後まで強情ですね。まあ、いいでしょう」

 大和は鞭を緩め、帝の体を床に倒す。

「貴方の意識を探らせてもらいます。そうすればすべてがわかる」

 つかつかと帝の側により、彼の腕をつかんで引っ張ろうとしたそのとき――。

 シュッ。

 大和は、突然自分の手のひらに突き刺さった異物に目を細めた。

 真っ赤な薔薇の花が鋭い棘を大きく突き出し、彼の手のひらに貫通している。

「――これは」

「悪いがここまでにしてもらうよ。大和」

 帝と大和の間に雅人が立っていた。

 倒れた帝の体を、そっと直樹が支えている。

「お前達、何のつもりだ」

「何って帝のためさ。命をかけて彼を守るようにって僕に教えたの、あんたじゃないか、大和」

 雅人は面白そうに答えた。

「ふん、分家の分際で、余計な手出しは無用。下がれ」

「嫌だね。これ以上、帝に手は出させないよ」

「何っ、お前達、御前の意思に逆らう気か」

「御前の意思? 違うでしょ。大和、あんたの意思じゃないか」

 雅人は含み笑う。

「僕達の目を欺けるとでも思ってるのか。僕達は帝に忠誠を誓うけど、あんたに従うつもりはないからね」

「小ざかしい口を利く。己の分をわきまえろ。伊集院雅人」

「その言葉、そっくりあんたに返すよ、大和」

「小僧が粋がるんじゃない。誰のおかげで分家の代表になってられると思ってるんだ。お前のかわりに第二の分家代表になれる者など、いくらでもいるんだぞ」

「あーそう。じゃ、さっさとお役ごめんにしてくれないか。僕は代表なんて元々そういう柄じゃないんでね」

 雅人は動じずに、薔薇の花をかざしながら言った。

「貴様……」

「悪いけど、僕が代表でいるのは帝の力になりたいからさ。でも別にいいよ。解任したかったら、解任すればいい。僕が帝の側にいられることに変わりはないしね」

「お前など、帝様のお側に上げん」

「そうかな。あんたにも僕を束縛することは出来ないんじゃないかな。僕は自分の意思で帝の側にいて、彼を助けるよ」

 雅人はきっと大和を睨んだ。

「くだらないことしてないで、さっさと帰って総帥の延命作業をがんばるんだね。 分家代表じゃなくたって、僕はいくらでも帝の側にいられるし力になれる。従兄弟だし、先輩だし、幼馴染だしね。でも君はそうはいかないだろう?」

「くっ……」

「御前が亡くなったら、君の持ってる権力と野望はおしまいさ。クリスティ家に対し、何の力も持っていられなくなる。そうだろう」

「帝にも少しは色をつけといた方が、あなたの今後のためでしょうね、大和」

 直樹も強い口調で付け加える。

「現総帥もかなりのお歳だ。体調を崩されてからは、一歩も外に出てはおられないとか。分家としては心痛む話ですね。さて、貴方の運がどこまで持つか」

「お前ら……」

 まったく無表情だった大和の顔が、鬼のように憤怒の情をたぎらせていた。

 ぎりぎりと歯を噛み締めながら、大和は叫ぶ。

「今日はここまでにしといてやる。だが覚えておけ。貴様らは必ず始末する。そして帝様を御前の元に返してもらうぞ」

「あーらら、また御前?」

 雅人はひらひらと薔薇を振る。

「『御前』じゃなくて、『わたし』の間違いでは? 大和」

 直樹も冷たい声で返した。

「くそっ」

 覚えていろ、と叫ぶと、大和はパチンと指を鳴らして姿を消す。

 あとには鞭の痕がついてぼろぼろになった壁や絨毯、あちこちに散在する調度品が残された。




「やあっと帰ったか。あーあ、疲れた」

 雅人は全然余裕の顔で、茶化すようにつぶやいた。

「僕らの王様は?」

「大事無い。一瞬気を失っただけだ」

 直樹はもう一度帝の状態を確認する。

「しかし何だな。正直意外だ」

「大和の事? 帝があいつに屈した事が、かな」

 雅人は薔薇を手に憂い顔を見せた。

「帝が本気で覚悟を決めたら、あんな小物すぐ瞬殺さ。でも子どもの頃に受けた教育というものは、嫌でも体に染み付いて容易に消えない。帝は幼い頃の鞭の痛みと侮蔑の言葉に対する心の傷(トラウマ)をまだ引きずっている」

「やっかいだな」

「ま、それも今後の課題だね。僕と君が側にいるときは、色々フォロー出来るんだけどさ」

「俺たちがいなくなったあとの事も考えないといけないな」

 直樹は黒眼鏡を鈍く光らせ、帝の体を支えて立ち上がる。

 雅人は床に転がっている金の呼び鈴を拾うと、軽快に鳴らした。

 すぐに執事のお仕着せを来た青年が入ってくる。

 客間の惨事に動じることもなく、彼は深々と頭を下げた。

「お呼びでしょうか」

「お客様が今やっと帰ったんだ。悪いけどこの部屋、元通りにしといてくれないか。僕達は帝の部屋にお邪魔するよ。彼はしばらく休ませるから、部屋には呼ぶまで誰も近づけないようにね」

「かしこまりました」

 雅人は指示を出した後、直樹と帝と共に瞬間移動する。

 帝を自室のベッドに寝かせると、直樹は彼の額に手を当て魔力を注いだ。

「神経を鎮めて気を整えておいた。でも少し眠った方が良さそうだ。大分緊張していたようだしな」

「おじいさまに帝は会った事がないからね。すべての指示は大和を通して伝達されてきた。つまり帝にとって、大和はおじいさまの意思を知る唯一の存在。おじいさまも同然だからね」

「何故総帥――伊集院雷導(いじゅういんらいどう)様は、帝に会おうとしないんだ」

「おじいさまは帝以上に歪んだ教育の元で育てられた人だからね。不器用で頑固で偏屈で、エベレスト山より高い自尊心を持ってるよ。帝を嫌っているというより、自分に反抗して本家を出奔した帝のお父さん、伊集院皇(いじゅういんこう)様の事が未だに許せないんだよね」

「それでその息子たる帝に声もかけないというわけか」

「まあ、そういう事かな。ちなみに僕ぐらいだと思うよ、孫の中でまともに扱ってもらってるのは。おかげで色々我侭を聞いてもらえて助かってるけど」

 雅人は面白そうに笑う。

「おじいさまには今回の件は、僕の方から報告済みさ。大和には悪いけど、もう許可は得てるってわけ」

「総帥は何と?」

「僕達の好きにしていいってさ。大和が来たら、適当にあしらって追い返せって」

「適当に……か。その対応、あの大和が本当に側近なのか疑うな」

「ああ、それはあいつが勝手に側近だと思い込んでるだけのことさ。おじいさまにとっては、あいつは汚い仕事をさせる汚れ役専用の駒の一つにすぎないというのにね」

「それを聞くと、嫌な奴だが逆にあわれになってくるな」

 直樹の言葉に、雅人は少し含みを持たせて応じる。

「あわれむ必要はないよ。僕達だって、おじいさまにとっては大和と大差ない駒の一つに過ぎない存在だ。彼をあわれに思うなら、僕達だって十分あわれな道化だよ」

「違いない」

 直樹はつぶやくと、帝の表情を見た。

 先程までの強気の表情ではなく、歳相応のあどけない少年の顔をして寝息を立てている。

 雅人も側に来ると、そっと指を伸ばして帝の頬を突っついた。

「ほんと世話のかかる可愛い弟だよね。そう思わない? 直樹君」

「まあな」

「斎君も英司君もね。僕は愉快な弟達にめぐりあえて、本当に幸せだよ」

「愉快ってお前な」

「十分僕を楽しませてくれるじゃないか。おかげで毎日退屈しない」

 雅人は満足そうに笑う。

「茉理姫もね。それとあの」

「姫乃嬢か。どうする気だ」

 直樹の問いに、雅人はピンクの薔薇の花を取り出して花びらに唇を寄せた。

「もちろん僕がいただくよ、あのお姫様はね」

「いいのか」

「ずっと塔の中に閉じ込められていたラプンツェルのごとく、美しくて純真な姫君だ。たっぷり愛して僕好みにしてあげよう」

 口調は愉快そうであるが、直樹は彼が人生の重大な決断をしたことを理解していた。

「悪いな。厄介事を押し付けて」

「なんのこれしき。それに一族の中では僕が一番適任でしょ。君じゃあ彼女を守れない」

「そうだな。力になれず、すまない」

「適材適所って奴だよ。ま、帝は反対するだろうけどさ」

 その時は一緒に帝を説得してくれよ、と親友の肩を叩いて、雅人は大事な弟分の寝顔を満足そうに見守った。


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