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さっきは一人だったが、今は4人で目指す最上階。
茉理の胸は緊張と期待で高鳴っていた。
(きっと帝先輩たちなら大丈夫。姫乃さんを助け出せる)
帝を先頭にすぐ後ろに茉理、その次に直樹、最後に雅人の順番で階段を上っていく。
「なんかものすごくRPGのような展開だねえ」
「のんきなこと言ってる場合か」
「だってさ、直樹君。これってすごく定番の設定だよ。おいしすぎる。まずキャラクターがそろってる」
「キャラ?」
「まずは勇者、これは帝だね。それから僕が攻撃魔法専門の魔法使い。君は治癒補助系魔法専門の僧侶。そして姫と来たら、もうこれはXXクエストの世界じゃないか」
「悪いが俺は僧侶なんて柄じゃないんだが」
「まあまあ、堅いこと言わない。どうせダンジョンに入るなら楽しまなくちゃ」
明らかに楽しそうな雅人に、帝は苦い顔をする。
「緊張感のかけらもない男だな」
「いいじゃない、帝。久しぶりに腕をふるえるこの感じ。君だって本当はかなりわくわくしてるだろ」
階段を上りながらの会話は、とてもこれから戦闘に出かけます、という感じには見えなかった。
(確かにどっかに遊びに行くみたいだわ。大丈夫かしら、こんなノリで)
彼らの間にはさまって会話を聞きながら、茉理は内心ため息をつく。
階段を上りきり、ついにさっきの廊下に出た。
「さて、ここからが本番だけど、どうする?」
雅人の質問に、直樹が発言する。
「まずはここの仕組みを説明しよう。封印結界は三重の構造になっている。三つの障害があると見ていい」
「三つの障害?」
「まずはこの12の扉。これは一つ一つが魔獣だ。これの扉のどこかに部屋があるわけではなく、この12体が結界の要になっている。まずはこの12体、すべてを倒すこと。扉を全部粉砕したら、おそらく奥に隠された空間の入り口が現れるはずだ」
「まったく凝った造りだねえ」
薔薇の花を片手に、やれやれと雅人は肩をすくめる。
「そして当然この扉に手をかけたら、さっきのように守護魔獣が背後から襲ってくる。これとの戦闘もある。これが2番目の障害だ」
「面倒だな。扉の魔獣と守護魔獣、一気に2体とやらなきゃいけないのか」
帝が眉を寄せた。
「そして12体すべてと守護魔獣を破壊したあと、おそらく本当の封印された部屋に通じるドアか何かが現れるだろう。それにもおそらく強固な魔術で封印が施されていると見て間違いない。これの解除が3番目の障害だ」
「はいはい、で、どうする?」
雅人がにっこり笑って帝を見る。
彼はしばらく考えていたが、目を上げて2人に指示を出した。
「俺と雅人で扉を破壊しよう。直樹、お前は守護魔獣をやれ」
「了解」
「わかった」
二人は、それぞれ返事を返す。
「魔獣は復活されると面倒だ。封印なんてまだるっこしいことするなよ。二度と出てこないように、完全に消滅させろ。それと茉理」
帝は手招きをして、茉理を下へ降りる階段のすぐ横に立たせた。
「じっとしてろ。動くなよ」
「うん」
すばやく帝は呪を唱え、茉理が立つ絨毯の足元に両手をついた。
彼の手のひらからすっと丸く光の線が現れて、茉理の半径1メートル以内を円で囲む。
円の中には不思議な光の筋が幾重にも走り、魔方陣を形成した。
「お前はこの円の中にいろ。もし万が一俺達が全員倒されたら、お前は走って下に降り、誰でもいいから家の奴を呼べ。わかったな」
「そんなことにはならないと思うけどね。大丈夫だよ、姫」
少し不安そうな茉理に、雅人がウインクして寄越す。
「怖いなら目をつぶってろ。すぐ終わる」
帝はそう言うと、俺は右に、雅人は左からな、と指示した。
「はいはい。ねえ、帝。どうせならどっちが早く魔獣をたくさん倒せるか競争しない?」
「お前な」
「いいじゃない。そうでもしないとこんなレベルのモンスター、張り合いがなくてつまらないよ」
「甘く見るなよ。仮にも大和が配置した魔獣たちだ」
特殊効果とか変なスキルを持ってるかもしれないぞ、と直樹が忠告する。
「ほいほい、じゃ、早速行きますか」
薔薇の花を口に咥え、片手を振りながら雅人は廊下の暗がりへ消えた。
帝もすっと反対側に歩いていく。
(うわーっ、なんか心臓がばくばくいってるよーっ)
高まる緊張感に、茉理は円の中で震えてしまった。
これからいよいよ戦闘開始だが、どうなってしまうのだろうか。
身を堅くして顔色を変えた少女を見て、直樹はふっと笑んだ。
「後野さん」
「は、はいっ」
思わず上ずった声で返事を返す茉理に、直樹はパチンと指を鳴らす。
「ここでただ待ってるのも退屈だろう。これを貸してあげよう」
「はあ」
渡された物を見て、茉理の目が点になった。
それは白いふかふかのウサギのぬいぐるみである。
ピンと立った二つの耳と首にはピンクのリボンがつけられており、直樹の趣味かこのウサギもグラサンをかけていた。
(なんでこんなぬいぐるみを持ってるの? 直樹先輩)
一瞬、呆けた茉理の前で、ウサギは突然小さな口を動かす。
「こんにちは。お嬢さん」
「えっ」
ぬいぐるみのウサギが声を出したので、茉理は思わずそれを落としてしまった。
「あったたたたっ、もう。乱暴なお嬢さんだなあ」
よいしょっと、と弾みをつけて、ぬいぐるみウサギは起き上がる。
茉理は驚いて、しりもちをついてしまった。
「ちょっ、ちょっ、ちょっと、あんた、しゃべってるーっ! 動いてるーっ!」
「そうだよ、悪い?」
ぬいぐるみウサギは、ふんぞり返って返事をする。
「僕は直樹様に作られた魔造知能入り人形 ラビさ。よろしく」
ウサギは、ふかふかの手を差し出して茉理と握手した。
「ラビ、仕事が済むまで、この人の相手を頼む」
「はあい。直樹様、まかせといてください」
ウサギは大真面目にうなずく。
(相手って……)
何がなんだが状況がよく飲み込めない茉理に、ラビはピョンッと飛び跳ねた。
「ではお嬢さん、何をして遊びましょうか」
「遊ぶって」
「じゃんけんでもしようか。3回勝負でね、じゃ、最初はグー、じゃんけん、ポン」
「あ、グー出しちゃった」
かけ声をかけられ、条件反射で茉理は手を出してしまう。
「ブブーッ、残念でした。お嬢さんの負け、負け、負け」
ウサギは得意そうに跳ねる。
(なんかむかつく)
茉理は、負け、負け、負けーっと叫びながら、飛び跳ねるラビに無性に腹立った。
「2回戦、いくよ、じゃんけん、ポンッ」
「やったあ、勝ったあ」
茉理は握った拳をあげて子どものように喜んでしまう。
「おおっ、すごいねえ。お嬢さん、最後はどうかな。3回戦、じゃんけん、ポン」
「あ……あいこだ」
茉理はまたグーを出して、結果に肩を落とした。
「あいこっ、あいこっ、勝負なしっ」
ラビはまたピョンピョン跳ねて、面白そうに騒ぐ。
(もう。なんか調子狂うなあ)
茉理はため息をつき、はっと周りを見る。
「きゃーっ」
魔方陣のすぐ横に、巨大な狼もどきが出現していた。
大きな口と牙が見え、茉理は悲鳴をあげる。
「駄目駄目。お嬢さん、あっちは見ないの」
ラビが寄ってきて言った。
「だってだってえっ」
「あれは六回首ウルフっていうんだ。地属性の魔獣だよ」
「六回首?」
「ほら、首を落としても、すぐにまた生えてくる」
「うそっ……」
茉理は目を大きく見開く。
丁度直樹のかまえる鋭い氷の刃が、ウルフの首を切断した。
しかしごとりと落ちた首とは別に、本体からは別な首がにょっきり這えてきたのだ。
直樹は氷の刃を構え、もう一度ウルフの首を落とす。
「うわっ、また這えてきたよっ」
「これを6回繰り返すんだ。大丈夫、6回目の首を落としたら、もう死ぬよ」
直樹はたくみに大きな四足での攻撃をかわし、6回目の首を落とす。
鋭い獣の咆哮があがり、どさっと巨体が倒れた。
「やれやれ、こいつはしんどいな」
直樹が汗を拭きながらつぶやく。
「やったあ、直樹様の勝利―っ」
ラビが声高らかに叫んだ。
「これで守護魔獣は倒したな。あとは帝たちが終わるのを待つとしよう」
戦闘でずれた黒眼鏡の位置を直しながら、直樹はふっと笑う。
茉理は、あたりの惨事に声も出なかった。
ウルフの巨体と6つの首だけではない。
以前、茉理を襲ったのと同じ巨大な蛇もどきが、廊下にその長い体をすべて凍り付かせて横たわっていた。
「そうだ、掃除をしとかないとな」
直樹は胸元で印を結び、呪を唱える。
すうっと周りの気温が下がっていき、ウルフの巨体と首が凍りついた。
パリパリに凍りついたそれに、直樹はポケットから出した小瓶の中身を一滴かける。
「魔法薬 <なんでも蒸発させますよ、貴方のいけない過去さえも>だ」
「はあ?」
茉理は、何だ、その名前、と思ったが、無言を守り通した。
その名の通り、一滴だけで魔獣の氷はすべて蒸発し、影も形もなくなってしまう。
あたりには水蒸気の煙が立ちこめ、しばらく何も見えなかった。
(すごい……蛇もウルフも水蒸気になっちゃった)
自分がじゃんけんをしていた数分間の間に、直樹は魔獣二体を倒し、蒸発させてしまったのだ。
改めて感心する茉理の横に、直樹はすっと立って左右を見渡す。
どちらもそれなりにスゴイ戦闘が続いていた。
「あっちの右側の魔獣はトラキング。左側はモルモンガイド」
ラビが一体一体説明してくれる。
帝が対峙している右の巨大なトラは尻尾がのこぎりのようにぎざぎざで、雅人が相手をしているモルモンガイドはモルモットのように可愛い顔をしているくせに4つ足どころが17本も足があり、それぞれに鋭い鍵ツメがついていた。
帝は右手に閃光の刃を持つ剣を握り、一閃させる。
あっという間にトラキングは一撃を受けて、消滅した。
と思うと、左からは獣の苦しそうな断末魔の悲鳴があがる。
モルモンキングが火だるまになって、のた打ち回っていた。
完全に燃え尽きると灰になり、それもまた消滅する。
(す、すごい……)
茉理は開いた口がふさがらなかった。
TVや映画の特撮でしか見たことないような光景が、目の前で繰り広げられている。
閃光と炎が左右どちらも上がり、しばらくするとしーんとなった。
「終わったな」
冷静な声で直樹がつぶやく。
埃と灰、塵や砂みたいなものが混じり、しばらく視界が悪かったが、やがてどこからか吹いてきた風の一吹きですうっと消えた。
そして12あった扉はすべて消え、廊下の中央の壁――茉理の魔方陣のすぐ前に、大きなガラスの扉が姿を見せていた。




