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黒翼のプール開き(私立クリスティ学園 魔法使いの生徒会編3)  作者: 月森琴美


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16

 帝と茉理を乗せた車は、ゆっくりと本邸の玄関で停車した。

「こっちだ」

 後部座席から降りた茉理をエスコートし、帝は玄関からエントランスホールに入る。

「帝様、おかえりなさいませ」

 映画にでも出てきそうな執事とメイド達が、ずらりと左右に並んで二人を出迎えた。

「皆に紹介しておく。彼女は後野茉理。今年の俺の女だ。この家にいる間、俺だと思って良くしてやってくれ」

「は、はじめまして。後野茉理です。よろしくお願いします」

 緊張でかちこちになりながら、茉理は頭を下げて挨拶する。 

「ようこそいらっしゃいました。使用人一同、茉理様を歓迎いたします。どうぞごゆるりとお過ごしくださいませ」

 執事と思しき初老の男性の実に折り目正しいお辞儀と挨拶に、茉理は身の置き所がなくてもじもじしてしまう。

(こんなにも大仰に歓迎されるような客じゃないんだけどな、わたしは。もう、どうしよう)

 帝は慣れているようで、動じず自然に彼女を連れて、メイドたちの並ぶ間を抜け、大きな扉のついた部屋に入る。

 そこはとてもエアコンが効いて涼しい応接間だった。

 磨き上げられた胡桃色の家具と、実に座り心地の良さそうなソファがある。

 壁にはいかにも芸術作品のように思われる絵画がかけられ、飾り棚には高価そうなティーセットや銀のスプーンなんかが装飾品として飾られていた。

 ソファの前に置いてあるテーブルにはレースのクロスがかかっていて、染み一つない。

(なんて大きなシャンデリアなんだろう。おっこちないかしら)

 天井を見上げては口をぽかんとさせ、座るのももったいない柔らかなソファに身を沈め、横に飾られたいかにも年代物そうなアンティークの置物や、絵画のたぐいに目を瞬かせる。

「ちょっと待ってろ」

 帝はそう言うと、茉理を置いて置いて応接間を出て行った。

(チャンスだわ。そうよ、今度いつ来れるかわからないもの)

 茉理は立ち上がり、そっと廊下に出る。

 使用人がわんさといそうな家だったけど、幸い誰も廊下にはいなかった。

(見つかったら、ちょっとトイレを探してました、とか言えばいいし)

 心を決めて、茉理はすっと応接間を出る。

 とにかく人目を避けて、上に上がった。

 姫乃の部屋は、きっと最上階のはずだ。

 あのドーム型の屋根のすぐ下なのは確かだから。

 長い廊下をひたすら歩き、階段を見つけては茉理は上へ上へと上がっていった。

 不自然なほど曲がり角の多い迷路のような通路を進んでは、時々足音が聞こえたら身を潜め――。

 そうこうしているうちに、5階まで到達していた。

 窓から見下ろすと、前庭と噴水が小さく見える。

(そろそろ最上階かしら)

 上に上がれば上がるほど、茉理の胸はどきどきした。

 下の階は掃除が行き届き、とても豪華で美しかったが、上の階に近づけば近づくほど何故か寂しい気持ちが押し寄せてくる。

 悲しい、辛い、そんな陰鬱さを持った扉が、廊下のあちこちに姿を見せていた。

 どの扉もどっしりとして、不思議な魔方陣の模様が刻まれている。

(なんかファンタジー映画に出てくる魔法の扉みたい)

 迷宮か何かに迷いこんだようだ。

 茉理はふうっとため息をつき、座り込んだ。

(帝先輩、どうしてるかな)

 今頃、いなくなった自分を探してくれているのだろうか。

(置手紙でもしてくれば良かったかな)

 一瞬そう思ったが、何を書くことがあろう、少女は頭を振り、疲れた体を休めた。

 誰かにみつかりやしないかという緊張と慣れない革靴のせいで、全身に疲労が走る。

 目を閉じ、茉理は少しの間、壁にもたれて動きを止めた。




「茉理、どこに行ったんだ」

 応接間に戻ってきた帝は、彼女がいないのに気付いた。

 いぶかしみながら廊下に出て、あちこち歩いて彼女の姿を探す。

 1階をくまなく探し、庭に出てみた。

 噴水が勢いよく噴出しており、涼しさを演出している。

 そこここに配置された優美な彫刻の影にも、彼女はいなかった。

(どうしたんだ。一体どこへ――)

 苛立つ帝の脳内に、更に苛立つ声が聞こえる。

『はあい、み・か・ど。姫の家庭訪問はどう?』

 能天気な声に、帝は気分を害して思いっきり無視した。

『そろそろ君の部屋で、二人きりの甘い時間を過ごしている頃かい。まさか姫に手荒なことはしてないだろうね』

『うるさい』

 いらいらしながら帝は思念を送る。

『ふふっ、そうむきになるなよ。僕もせっかくだからお邪魔させてもらおうかな。姫に尋ねてくれないか。薔薇の花はどの色が良いか、返事を送ってくれって』

 君の横にいるんだろう? と思念でささやかれ、帝は唇を噛み締める。

『悪いが今、茉理はいない』

『いない?』

『ああ。居間で待っているように言ったんだが……』

 困惑した表情の帝の横で、シュッと空間が揺れる。

 雅人がいつになく真剣な表情で現れた。

「帝、姫がいなくなったって?」

「ああ。いったいどこに行ったのか」

 くそっと舌打ちする帝に、雅人はいつになく難しい顔をした。

「何か姫は言ってなかったかい? 今日、ここに来る前に」

「何も聞いてない」

「よく思い出せ。姫の態度に、いつもよりおかしなことはなかったか。些細なことでもかまわない。冷静に考えてみろ」

 帝は目を閉じ、静かに心を落ち着けた。

 そしてこれまでの経緯を思い返し、眉を寄せる。

「変だな」

「君も気がついたかい。どうもこれはただ事じゃないみたいだよ」

 雅人はいつもの茶化した芝居口調から、真剣な声色になった。

「そもそもあいつが自ら俺の家に来たがるということ自体が変だ。それに今日は、やたらと気合の入った服を着てやがった。あまりにも不自然だ。あいつらしくない」

「姫は、ただ単に君の家の人に紹介してもらいたいとかそういうんじゃなくて、何かこの邸に入らないといけない目的があったようだね。それも怪しまれずに」

「なんだ、それは」

「僕にもよくつかめないんだが、斎からある情報が入ってきた。どうも姫は<やまと>という魔術師と接触したがっているみたいだ」

「なんだと」

 帝の表情が瞬時に変わる。

「<やまと>? まさか、あの大和か」

「さあね。でももしそうだとしたら、ろくなことじゃない」

 雅人は、薔薇の花の香りを吸い込みながらつぶやく。

「あいつがやることは、すべて危険だ。どんな犯罪が絡んでいてもおかしくない」

「クリスティ総帥の影――一族存続のために闇の責務をも担う、あの狂人か」

 吐き捨てるように帝は言うと、きっと顔を上げた。

「斎は自宅に戻したよ。英司は何も知らない。今、直樹もこちらに来るはずだ」

「そうか」

「万が一のことがある。大和との戦闘もありうることを考えておいてくれ。姫が一体、何をしようとしているのか、何か秘密を知ったのか――へたにあの大和の秘密を知ったなら始末されかねない。姫を取るか、クリスティを取るか」

 真剣に問いかけてくる雅人の顔から、帝は辛そうに目をそらす。

「――俺に、クリスティを捨てることが出来ると思うのか」

「そうだね、それは僕も同じだ」

 雅人はふっと体の力を抜き、帝に微笑んだ。

「でも一つだけ確かなことがあるよ。帝、僕はいつでもクリスティより君を取るからね」

「お前な」

「僕のこの熱い想いを、君なら受け止めてくれるだろう? もし君がクリスティを滅ぼすつもりなら、僕は喜んで君に従う。僕にとっては大切なのは君で、家なんかどうでも良いからね」

 彼はにこっと笑うと、邸の方を向いた。

「ではぐずぐずしてないで、姫の捜索開始といこう」

 帝も先ほどとは違う、緊張した面持ちでうなずく。

(茉理……待ってろ)

 強い意志が、黒い瞳に宿る。

(必ずお前がどこにいるのか探し出してやる)

 二人は逸る心をたぎらせて、二人は邸に走っていった。




 5階から上に上がる階段はみつからなかった。

(やっぱりここが最上階なのかな)

 廊下をうろうろしながら、茉理はそう思う。

 ここが最上階ならば、この並んだ扉のどれか一つが姫乃の部屋に通じているはず。

 彼女は、十二ある扉を一つ一つ見ながら考えた。

(えーい、立っててもしょうがないわ)

 今まで扉を開けようなどと思わなかったが、今度はそうもいかない。

 一か八か、中に人がいたら、すみません、迷っちゃって、と言えばいい。

(仮にもわたしは帝先輩の知り合いだし――)

 最悪怒られたとしても、殺されることはないだろう。

 一番右端の扉の前に茉理は立った。

 その扉は木材で出来ており、不思議な紋章のようなものが彫り付けてある。

(なんだろ、これ……ドラゴン、かな)

 紋章に彫られた動物を見ながら、茉理は思った。

 西洋風ドラゴンが、つる草に幾重にも絡まれている。

 一瞬、模様に吸い込まれそうになり、茉理は首を横に振った。

(やだやだ、じっと見てたら、今にも襲いかかってきそうな気になるじゃない。ただの模様だっていうのに)

 彼女は一回深呼吸し、そっと金のドアノブに手をかける。

 思い切って回してみたが、鍵がかかっているのかびくともしなかった。

(うーっ、やっぱり駄目か)

 どこかで鍵を調達しないといけないようだ。

 茉理はうめき、次の扉に向かった。

 次の扉もやはり木製で、今度は虎のような生き物が彫られている。

 ドアノブを回したが、やはり開かなかった。

(そう簡単にはいかないか……ようし、次)

 どこか一箇所でも開けられないか。

 茉理は12の扉を全部試してみた。

 でもどれも同じように鍵がかかっている。

(あー、疲れた。ここまで来て、どうしようもないなんて)

 茉理は脱力して、廊下にしゃがみこんだ。

 そう簡単には見つからないとは思っていたが、これ以上打つ手がないことが、流石に気分を滅入らせる。

(最初からやり直しだわ。今日はここまでにして、次は帝先輩か誰かに最上階の扉の鍵が、どこにあるかを聞き出さないと)

 また下に戻って鍵のありかを見つけ出すのには、今日はもう遅すぎるだろう。

(絶対、下に下りたら見つかるもんね。ああっ、何て言い訳しようかな)

 茉理があれこれ考えていると――。

 ふっと廊下の灯が消えた。

 あたりは突然、真っ暗になる。

(やだ、停電?)

 彼女は身を震わせた。

 全身に悪寒が走る。

(えーと、落ち着いて。下へ降りる階段は……)

 廊下の真ん中に、下へと降りる階段があったはず。

 茉理は手探りで移動し、階段を見つけようとした。

 でも。

(ええっ、ない?)

 少女の顔が引きつる。

 階段を探っていたのに、廊下の一番端まで来てしまった。

(おかしいな、もう一度)

 反対側に向かって、壁伝いに移動する。

 でもやはり階段を見つけることは出来ずに、反対側の壁の端まで来てしまった。

(どういうこと? 下に降りれないの?)

 不安が胸を締め付けた。

 どうやら閉じ込められてしまったらしい。

 さっき明かりが消えたのも、停電だからなのか、それとも――。

(やだやだやだ、お化けやしきじゃないんだから、やめてよーっ)

 茉理は体を両腕で抱きしめ、がたがた震えた。

 しかし本当にそれらしい状況になってきた。

 なにやら、自分のいる反対側の端から足音がする。

 ギシッ、ギシッ、ギシッ……。

(な、何? 何かいるの)

 少女の顔は恐怖で歪んだ。

 獣のような大きなものが、こちらに近づいている。

 荒々しい息遣いは、どう見ても人間の物ではない。

 加えて背後からも、シューッという変な音と、何か大きなものを引きずるような音がする。

(ほ、ほえーっ)

 茉理は左右から来る得たいのしれないものに、心臓がばくばくした。

 しゅーっという音は次第に近くなり、とうとう何かぬめっとしたものが茉理の体に押し付けられる。

「いやーっ」

 彼女はあわててそれを振り払い、逃げようとしたが、逆に大きな綱のようなものに足元をすくわれた。

 それはとても冷たくぬめぬめとしていて、きらりと光る鱗がひしめいている。

(まさか……蛇!?)

 ぬめぬめした綱――巨大な蛇は少女に巻きつき、首筋に長い舌をちろりと這わせた。

 茉理はもう声も出ない。

 次の瞬間、蛇は彼女を思いっきり締め上げた。

「くっ、苦し……い、助けて……」

 あえぐ声は、次第に小さくなる。

 体中が痛みで震え、茉理は必死に心の中で叫んだ。

『助けて! 誰か……帝先輩!』




 シュッと閃光が煌いた。

 ぐええええーっと鈍い声がして、茉理を締め付けていたものが緩む。

 ぐったりした少女の体を力強い腕が抱きとめて、床への転倒を防いだ。

(誰?)

 薄れゆく意識が、暖かな胸を認識する。

 よく知っていて安心出来るぬくもりが、彼女を包んで守っている。

 そのことを感じ、彼女の中の全身の力が抜けた。

 安堵感とこれまでの緊張がほぐれ、茉理は意識を手放して、すべてを彼の腕の中に委ねた。

「おいっ、しっかりしろ」

 帝はぐったりと動かなくなった彼女を支え、後ろに跳び退る。

 巨大蛇は切りかかられた痛みと獲物を奪われた怒りに燃えて、長い巨体を振り回し、彼と少女に襲いかかってきた。

「ちっ、しつこいな」

 更に背後から別な魔獣が迫ってくるのを感じ、帝は舌打ちする。

「帝、下がれ。こいつは僕が片付けよう」

 力強い声がして、蛇と彼の間の空間が揺れる。

「君が手を下すまでもない小物だしね」

 瞬間移動してきた雅人はにこっと笑むと、薔薇の花を蛇に投げた。

 それは蛇の巨体に触れるとぼおっと加熱し、炎となって燃え広がる。

「おいっ、邸に引火させるなよ」

「ご心配なく」

 炎は見事に蛇だけを包み、燃やしてしまった。

「やれやれ、こっちは大丈夫だけど、そっちはどう?」

 すでに燃え尽きた蛇を背に、雅人は振り向いて笑う。

「終わったよ。俺に抜かりはない」

 冷静な声と黒眼鏡が光った。

 直樹の後ろには、大きな虎もどきの魔獣が横たわっている。

 その猛々しい全身は、完璧に凍り付いていた。

「おやおや、剥製じゃなくて冷凍保存か」

「こんな悪趣味な剥製が欲しい奴の気がしれない。ま、お前が欲しいなら、薬をうって剥製化してやらんでもないが」

 にやりと笑うと、直樹は帝の方を向く。

「後野さんは?」

「無事だ」

 帝は彼女を抱き上げ、険しい目をした。

「こんな所まで来ていたとはな」

「最上階は禁断の扉――そう大和に言われたよね」

 耳にたこが出来るぐらいね、と雅人はにっこり笑う。

「確かに妙な作りだな」

 直樹は12並んだ扉を見て、顔をしかめた。

「帝、姫を連れて雅人と先に行け」

 黒眼鏡がきらりと光る。

「俺はちょっとこの扉を調べさせてもらうぞ」

「好きにしろ」

 帝はそう言うと、しゅっと瞬間移動した。

「直樹君、気をつけてね」

「ああ、部屋で待っててくれ」

 雅人も直樹に手を振ると、帝の部屋まで一瞬で移動する。

「さて、と」

 直樹はポケットから白い手袋を取り出して両手にはめる。

「実に興味深い。どこからやるか」

 闇に包まれた廊下の扉は、今や好奇心旺盛な少年の興味の対象となっていた。

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