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黒翼のプール開き(私立クリスティ学園 魔法使いの生徒会編3)  作者: 月森琴美


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 土曜日は蒸し暑さが最高潮に達したかと思われるほどの温度だった。

「待たせたな」

 黒塗り高級車から降りてきた帝は、目の前に立つ少女に目を丸くする。

 いつもの彼女とはまったく違う、青い清楚なワンピース。

 裾にはフリルと花を模った紺色のコサージュが飾られており、胸元にレースと紺色の花があしらわれた、とても可愛いデザインだ。

 腰にはベルト代わりに紺色の細布が巻かれ、脇で綺麗な蝶結びになっている。

 髪は今日は後ろでポニーテールに纏められ、白いリボンが結ばれていた。

「もう、そんなにじろじろ見ないでください」

 茉理は、帝の視線にあさっての方を向く。

「よく似合う。俺のために、わざわざ着てくれたのか」

「別にそういうわけじゃないです……ケド」

 顔を真っ赤にしながら、茉理は俯いた。

 今日は帝の家――伊集院本邸にお邪魔する日だ。

 先週は口げんかになってしまって行かなかったが、茉理は自ら帝の家に行きたい、と昨日ねだった。

 もちろん帝のためではない。

(伊集院本邸に入る良いチャンスだわ。これでわたしが帝先輩の知り合いだって、皆さんに認識してもらえたら)

 本邸に時々遊びに行くことも出来るだろうし、姫乃の部屋を探す機会が増えるというものだ。

(怪しい者じゃないってことを、まずはアピールしないとね。外見もきちんとしてないと)

 そう考えて、本当は不本意だったが雅人が以前自分の部屋に買い込んで置き去ったお嬢様系の服を物色、一番おとなしそうな色のワンピースを選んで着る。

 帝は彼女の意図など何も知らず、自分の都合の良いように思いこんで、ご機嫌になった。

(やっぱりお前も俺の女になるという覚悟と自覚が出てきたらしいな)

 最初からこうしていれば良いものを、素直じゃないな、とつぶやいて、彼は茉理を車にエスコートしてくれる。

 着慣れない服と車に思いっきり緊張して、茉理はシートに座った。

 横でそんな彼女を見て、帝は肩に手をまわしてくる。

「そんなに堅くなるなよ。お前らしくしてればいいんだ」

(そう言われてもね)

 茉理は肩に置かれた彼の手と、まわされた腕にどきどきしながら、内心ため息をついた。

 うまく振舞えるだろうか。

 チャンスを狙って、邸の奥に入り込まないといけない。

 そして何としても姫乃の部屋を見つけ出し、『やまと』という魔術師を出し抜いて、彼女を外に出してあげなければ。

 そっと帝の方を見ると、彼は丁度窓の方を向いていた。

 綺麗な横顔を見つめていると、茉理の心に不安がよぎる。

(帝先輩、怒るかな。わたしのこと……どうにかしちゃうかな)

 今の彼は、とても優しい。

 高圧的で威厳たっぷりの俺様風だが、一応茉理を大事にしてくれている。

 でももし彼女が、クリスティの禁忌の秘密に触れようとしたらどうするだろう。

 それまでの態度は変わり、以前、彼女をいたぶっていたあの怖い顔に戻ってしまうのか。

 それを思うと、とても辛くなった。

 あまりにも側に近寄りすぎて、いろんな彼を知ってしまった。

 彼は自分にとって、嫌われることにおびえるほどの存在になってしまっている。

(駄目だよ、こんなの)

 茉理は俯いた。

 きちんとわかっておかないといけない。

 彼との関係は、所詮一時的なものにすぎないと。

 どんなに優しく大切にされても、本当に彼が自分を好きというわけではない。

 そのことを絶対に忘れてはならない。

 骨の髄まで――体の細胞すべてにそのことを記憶させ、絶対に心を許してはいけない。

 茉理は、何度もそう自分に言い聞かせた。




(なかなかみつからないな)

 新聞の山を前にして、斎はため息をついた。

 土曜日の午前中だというのに、彼は制服を着て特館にいる。

 特別書庫の中で、一生懸命<やまと>に関する情報を探していた。

 でも過去の新聞やなんかに目を通しているが、そんな魔術師は見当たらない。

(やっぱり特定の誰かを探すのに、ここの文献や資料だけではどうしようもないよ)

 特別書庫の中にあるのは、ほとんど大昔や過去の知識。

 現在、存在するかもしれない情報は、すべてクリスティの専用コンピューターにデータ化されているはずだ。

 アクセス権が斎にないことはないが、それでも膨大な量のデータを片っ端から調べつくすだけの能力は、ほとんどないに等しい。

 やはり情報収集はその手の専門にまかせないと、一生かかってもみつかりっこないだろう。

 八方ふさがりの状態に再度ため息をついていると、彼の前にすっと薔薇の花が差し出された。

「随分、難しい宿題なんだね、い・つ・き」

 ふふっと優雅に微笑まれ、斎は顔を赤面させた。

 何時の間に入ってきたのか、雅人が彼の横に優雅に立っている。

「土曜日までも使わないと出来ない宿題なんて、かよわい1年生に罪な難問を出す先生もいたもんだね。おおっ、青少年の貴重な青春の一日が宿題という枷に縛られ、奪われていく時間のなんと貴重なるかな。燃え上がるこの夏の季節に、君の青春はしぼんで枯れてしまった冬の花のようだ。なんと嘆かわしい。学生としての責務と重責を取るか、すべてを捨てて自由奔放に生きる道を取るか、さあ、君はどちらを選ぶ?」

(聞いてるだけで疲れるなあ)

 斎はそう思い、首を項垂れた。

「ふふっ、でも安心したまえ、斎君。君には心優しき兄がいるってことを忘れないでくれよ。さあ、君の心を占める悩みを、僕にすべて打ち明けるのだ。可愛い弟のためならば、たとえ火の中水の中、どんな苦労も惜しまない。安心してまかせてくれたまえ」

(言い方は妙だけど、要するに手伝ってくれるってことなんだろうな)

 斎は首をかしげる。

 そして真っ直ぐに雅人を見た。

 彼が自分の所に宿題ごときで押しかけてくる人間ではないとわかっている。

 そして斎自身も不思議に思うことがあったりするのだ。

(後野さん、絶対に変だ)

 彼だって、そのぐらいのことはすでに読んでいた。

 いくら直樹に協力を要請しようと言っても、彼女はかたくなに拒む。

 理由を問うと、馬鹿にされたくないということだが、どうも引っかかるのだ。

(違う。それが本当の理由じゃない)

 知られたくないのだ、斎以外の生徒会メンバーに。

 本当に、ただ探して会わせてあげたいのだったら、誰に馬鹿にされようが何と言われようが可能性のある道を彼女は選ぶ。

 自分を罵倒されようと、どう思われようと関係ない。

 必死に探して、あらゆる手を尽くして頑張ろうとするだろう。

 なのにどうしても知られまいと必死になっているということは――。

(この<やまと>という人、あるいは後野さんが出会った少女、どちらかがクリスティに何か関係があるのかもしれない)

 クリスティにばれたら都合の悪い事情がある。

 だからあまりクリスティ一族の中に入っていなさそうな斎に、協力を頼んできたということなのだろう。

「斎君、どうしたんだい?」

 少々、真剣な口調になって雅人は問うた。

「君がこないだから様子がおかしいのはわかっている。何を気にしているのかは知らないが、僕たちに知られたくないというのなら無理には聞かない。でも君自身も何か戸惑っているって感じがするんだ。君が調べているのはなんだい? 君個人の問題なのか、それとも別の――」

 斎は目を閉じた。

 約束を破ることになるのはわかっている。

 でも嫌な予感がした。

 もう一つ思い出したのだ。

(そういえば後野さん、今日は帝先輩の家に行くって言ってた)

 彼女からぜひ行きたいと言ってきた、と昨日生徒会室で帝がご機嫌になっていたことが、斎の脳裏に思い浮かぶ。

(変だ。やっぱり後野さん、おかしいよ)

 自ら距離を置こうとしてる帝の家に、何故彼女は行きたいなどと言い出したのだろう。

 体中が嫌な予感で締め付けられて、斎は一瞬めまいがした。

「斎君、どうしたんだい」

 彼の変化に驚き、雅人は斎を背後から支える。

 目を開け、雅人の顔を見て、斎は心を決めた。

 そして静かにレポート用紙に鉛筆を走らせる。

 こないだまでの経緯をすべて記し、黙ってそれを雅人に渡す。

 真摯な瞳に雅人も真剣な顔になり、用紙を受け取って記された内容を読んだ。

「そんな……」

 雅人の顔が、今までにないほど強張る。

 挑むように何度も用紙を見つめ、読み返し、雅人はぐっとこぶしを握った。

 見たことのないほど堅い表情の雅人に、斎は戸惑う。

(どうしたんだろう。やはり何かクリスティにとって、とんでもないことなんだろうか)

 <やまと>という魔術師は、一体どんな人物なんだろう。

 不安そうな視線に気付き、雅人は少し表情を崩した。

「斎君、君はこのことを誰にも話してないね」

 斎は白い顔でうなずく。

「いい子だ。ではこの件は忘れて、すぐに家に帰ること。僕の指示があるまで家に待機だ。決して出てはいけない。わかったね」

 驚く斎に、雅人は微笑んだ。

「大丈夫。これは僕と直樹で対処しておくよ。英司君にも他言無用だ。<やまと>の名を、絶対に口にしてはいけないよ。君の母上にも。いいね」

 穏やかながらも凄みを帯びた口調に、斎はまたうなずく。

(やはり<やまと>という魔術師は、大変な人物みたいだ)

 係わり合いになってはならないというのだから、そうなのだろう。

 おびえた表情の斎を見て、雅人は手をポンと彼の頭にのせた。

 そのままくしゃくしゃと、白い髪をかきまわす。

「そんな顔しない。大丈夫だよ。茉理姫は僕と直樹でちゃんと守るから。それに思ったほどの大事にはならないと思う。そこまで大変なものではないだろうからね。念のためだよ」

 首をかしげる斎に、雅人は声を潜めてささやいた。

「<やまと>は、たぶんクリスティ一族の魔術師だよ。茉理姫が探している経緯がはっきりしないから断言できないけど――やまとなんて名前、この国にはいくらだっているからね。でももしクリスティ一族の<やまと>だとしたら、ちょっと面倒でね」

『そうなんですか』

 思念を送ってみる。もちろん雅人には届かない。

 でも斎の表情から、彼は言いたいことを読み取ったらしい。

「彼はクリスティ一の魔術師にして、現総帥たる伊集院雷導様――帝のお祖父さんの影と言ってもいい。それくらい親密な間柄の魔術師だ」

『そんな人がいたなんて』

 首をかしげる斎に、雅人はふうっとため息をついた。

「彼のことはね、クリスティ一族の中でも、ほんの一握りの人間しか知らない。そして知ってる人間は彼の力をよくわかっている。彼は総帥の影として、クリスティ一族を統率していると言っても間違いじゃないよ。それくらい大物にして秘められた存在なんだ」

 斎は黙って雅人を見た。

 彼の表情は、とても辛そうだ。

 まるで思い出したくないことを、よみがえらせているようで――。

(<やまと>という人は、雅人先輩にとって、何か悲しい記憶を持つ人なのだろうか)

 斎はそう思い、そっとレポート用紙に鉛筆を走らす。

 メモのように書かれた一行を、雅人に渡した。

 それを見た雅人の目が一瞬緩む。

「ありがとう。斎君」

 元の優雅な微笑みに戻って、雅人は言った。

「君の気持ちは嬉しいよ。僕も少し気が張っていたようだ」

 そうだよね、僕は一人じゃない、とつぶやくと、雅人は薔薇の花を口元に持っていく。

 高貴な香りを吸い込むと、いつもの陽気な口調に戻る。

「さ、もう行くといい。また連絡する」

 斎はうなずくと、人差し指をすっと立てた。

 くいっとまげて動かすと、それだけで積まれた新聞の山が宙に浮く。

 指で棚を指すと、新聞はぱらぱらと元の通りにしまわれた。

『失礼します。後野さんのこと、よろしくお願いします』

 ぺこっと頭を下げ、斎は自宅まで瞬間移動して帰っていった。

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