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授業がすべて終わり、少しは日が陰る放課後も、またうだるような暑さが続いていた。
生徒会室も同様で、英司が風魔法を微妙に操作してなんとか座っていられる空間にする。
「あちーっ、こうも暑くちゃやりきれないですね」
「うちのクラスは、今日は扇風機まで故障してしまった。やはりああいう電気と機械だけなのは、限界があって駄目だな」
「だからってそれを即座に改良し、魔力を与えて吹雪まで噴出させる必要はなかったんじゃないのかい、直樹君」
雅人が、いつものあでやかな微笑みを浮かべてさらりと言った。
「扇風機の修理を請け負ったときに、ついでに例の『ペンギン気分スプレー』を後ろにつけて、風と一緒に噴射させるなんて、なんという突拍子もないことを! おかげで3年D組は、午後から全員凍りついて凍死しそうになってたよ」
「また騒動が起こってたんですね」
英司は聞くなり、ため息をつく。
「そしてどうしようもなくなって、眉目秀麗、正義の味方のこの僕が、颯爽と救いの手を差し伸べたというわけさ。僕の炎魔法は華麗に華やかに燃え上がり、凍りついた生徒たちを暖め、解かして、元の世界に戻すことに成功した。ちゃんと氷の一粒に至るまで蒸発させたから、掃除の必要もなし。ああ、なんて僕の作戦は完璧なんだろう。我ながらぞくぞくするよ。こんな天才の自分が怖いね」
思いっきり薔薇の花を撒き散らしながらポーズを決める雅人に、英司はまた掃除しないと、とぶつぶつつぶやく。
「ところで帝の奴、今日は顔を見せないな」
「朝はともかく昼休みも――どうしたんでしょうね」
首をかしげる英司に、雅人はふふっと微笑む。
「昼休みはちょっと忙しかったみたいだよ。姫を探して校舎を駆け回る彼の姿は、最高に熱く燃え上がっていた。ああっ、もう彼の瞳には他の乙女たちは映らないだろう。こんなにも熱愛しているというのに、肝心の姫は別な少年と二人きりで熱いまなざしを交わしあっていたなんて、彼の心がどれほどかき乱されたか想像がつくかい? 英司君」
「なんですか、それは」
「たいしたことじゃない。斎が後野茉理に連絡網のことを説明してやっていただけだ。何が熱いまなざしだ。お前のそういう言葉から、誤解や人間関係の亀裂が広がるんだぞ。少しは慎め、雅人」
黒眼鏡にぎろりと睨まれ、雅人は苦笑した。
「はいはい、善処させていただきます」
「そうだ、斎から提案がありましたよ。なんでも今度から斎だけで請け負っている後野さんの魔術に関する自習教師を、僕達にもローテーションで代わってもらえないか、って言ってました」
「やれやれ、斎なりに気を使ってるみたいだな」
直樹はふうっと息を吐く。
「どういうことですか」
「簡単なことだよ、英司君。王様が余計な嫉妬に悩まされないようにという斎君の気遣いさ。今日、少しの時間、二人が鴉舎の前にいただけで、帝はかなりご機嫌斜めになったろうからね。最もいくらひと気がないといっても告白の場所に鴉の飼育所を選ぶなんてこと、斎君はしないと思うけど」
「はあ、そうですね」
「英司君、君ならどこで胸に秘めたる熱い想いを打ち明けるかい。告白に最高のスポットはどこだと思う。夕日に染まる海? それとも夜景の見えるおしゃれなレストラン? 映画の帰りに肩を並べて上っていく家路に続くあの坂の上? ああっ、愛しい人と一緒に揺られる公園のブランコなんてどうだろう。後ろからそっと彼女の背中を押してあげるのさ。そして耳にささやく……いつまでもこうして君といたいって」
「飛ばせ、英司」
絶対零度に匹敵する冷声が生徒会室に響いた。
自分の言葉と妄想に酔いまくってる先輩を、英司はしょうがないですよね、とパチンと指を鳴らして突風で生徒会室から吹き飛ばす。
「この陽気にテンションの高い奴だ」
帝はぼそっとつぶやくと、鞄を円卓に置いた。
「今日の生徒会業務は?」
「えっと夏休みの部活動について――校内・校庭の使用時間を各クラブごとに割り振ること、生徒会主催の夏休みイベントの企画、それから夏休み中の生徒会活動について、簡単に決めとかないといけないようです」
「そうか」
うなずくと、帝はプリントを手にした。
「部活道の時間帯や割り振りは、直樹、お前にまかせる。明日までに、おおまかな計画を立てておいてくれ」
「素案はもう出来てるけどね」
直樹は黒眼鏡をきらめかせ、にっと笑った。
「PCに送るから、チェックしてくれ。ああ、不都合があれば言ってくれよ」
「生徒会主催のイベントはどうします?」
「あとでいい。こういう話には、お前がさっき飛ばした奴がいたほうがいいだろう」
「夏休みの生徒会活動は?」
「5人で曜日を決めればいい。月曜日が帝。火曜日が雅人。水曜日が俺。木曜日が英司。金曜日が斎、これで決まりだな」
「すっごくあっさり決まりましたね」
あまりにも即決なのに英司は驚く。
直樹はちらりと笑った。
「別にたいしたことじゃない。校内で部活道を行ってるときだけ、誰かいればいいだけの話だ」
「宿直教師でもないのに、僕達もよくやるよね」
そうは思わないかい、帝、と艶のある声が割って入った。
帝は苦味虫を噛み潰したような顔で、もう戻ってきたのかとつぶやく。
「だって僕がいないと始まらないでしょ。生徒会主催の夏イベント企画」
「別にお前がいないほうが仕事が進むんだがな」
「直樹君、つれないねえ。親友になんたるお言葉」
ああっ、僕はもう傷ついて、立ち上がれないよ、としなやかにポーズをとる雅人を、全員が無視した。
「じゃ、メンツがそろったことだし、さっさと決めるか」
「あ、じゃ斎を呼びますね」
英司は思念を送って、斎を呼び出した。
ほどなく瞬間移動してきた斎は、少しやつれた顔で椅子に座る。
「どうしたの? 斎君。なんだがエネルギー切れのようだけど」
『すみません。ちょっと調べ物をしてたので』
斎の思念を受けて、英司はけげんそうにした。
「調べ物? 何を」
『あ、その、宿題でです、ははっ』
さりげなくごまかした彼を、一瞬だがちらりと雅人は目に止めた。
「――宿題ね」
(そういうことにしておいてあげようか)
人の仕草や表情を読むのに長けている雅人は、ふふっと優雅に笑む。
「じゃ、さっそく決めるぞ。今年の夏のイベントは――」
暑さに負けず、生徒会室ではそれから30分ほど、白熱した議論が交わされたのだった。
(ふう、疲れたな)
茉理はうーんと大きく伸びをする。
外の熱気はどこへやら。ここ、特館の特別書庫には冷やりとした空気が漂っていた。
先ほどまで斎が一緒で、二人で魔術師に関する最近の情報を見たり、魔術師の起こした事件簿や記録などを見て、どこかに<やまと>という魔術師の名がないか、かたっぱしから調べていた。
でも捜査は難攻しており、どこにも手ががりはない。
(やっぱり無理かな)
茉理は少しあきらめ気味だった。
斎も流石に疲れた顔で、もしどうしても見つからなかったら直樹先輩の力を借りた方がいいかもしれないよ、と遠慮気味につぶやいていた。
(森崎先輩に頼めば、きっとあっという間よね)
でもそれ以上の問題が発生するかもしれない。
(<やまと>って人を探し出せないとしたら――あと残る手は一つよね)
姫乃のいる場所を見つけること。
場所はわかっているのだ。あの伊集院邸の中だと。
外から見ても広大な屋敷。
部屋がどれだけあるのかわからないが、その中の一つに姫乃の部屋に通ずる扉があるはずだ。
(なんとか邸内に入り込んで探さないと。どの扉かさえわかれば、姫乃さんにまた会えるわ)
そして位置さえ特定できれば、そこからの出入りに関してもなんとか出来るかもしれない。
一度、外に出ることが出来れば、姫乃も魔法使いだから、自由に魔法で外へ行き来することが可能だろう。
(その<やまと>って人に見つからずに時々外に遊びに出たって、誰も文句は言わないわよ)
当然のことだ。何か理由か知らないが、あんな場所に閉じ込められていること自体が異常なのだから。
(待っててね。姫乃さん)
胸のペンダントをぎゅっと握り締めながら、茉理は強く思った。
(わたし、絶対約束守るから――必ず、あなたのとこに行く。そして外に――一緒に遊びに行こうね)




