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黒翼のプール開き(私立クリスティ学園 魔法使いの生徒会編3)  作者: 月森琴美


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 夜の帳が周囲をすべて覆いつくし、三日月がぼんやり夜空に浮かんでいた。

 どんよりとした町の空は雲に覆われ、星ひとつ見えない。

『茉理!どこだ』

 夜空を駆け抜ける黒い影が、三日月にかかった。

 帝は必死に空を駆け回り、カラスの姿を探して彷徨う。

 どうしてもあきらめるわけにはいかなかった。

 別な地点では、直樹が仕掛けた『からすほいほい』にかかったカラスを回収。無効化の魔法薬をかけて確かめていた。

(こいつも駄目か。参ったな)

 どのカラスもさっぱり変化なし。

 直樹は疲れた顔を夜空に向けて、小さくため息を漏らす。

(朝までにみつかるといいんだが)

 疲労の色濃い目を閉じて、彼は心からそう祈った。




(うわっ、かなりやばいよ)

 ドームの上を飛びながら、茉理はあせっていた。

(すっかり夜じゃない。今、何時なの?)

 彼女はあわててドームから離れながら、そっと下を見る。

 先ほどの辛い別れが、茉理の胸を締め付けた。

(姫乃さん)

 彼女はまた一人の世界に戻ってしまった。

 永久にすべてをあきらめ、閉ざしたまま、生涯を過ごすであろう孤独な少女。

(そんなのないよ)

 茉理は白く光るドームを見つめ、心を決めた。

(わたし、絶対に約束守るから。人間の姿になって、必ず貴方を見つけ出してみせる。待っててね、姫乃さん)

 新たな誓いを胸に、茉理は夜空に羽を羽ばたかせて飛び去っていった。



 夜の空を旋回しならがら、茉理は静かな学園上空で途方にくれる。

(えーと、どうしようかな)

 どうしたら良いのか、茉理は困惑していた。

(学校に行っても、もうみんな帰っちゃってるよね。かといって家に帰るわけにも)

 この姿で入ったって、当然箒で追い払われるのが関の山。

 窓から部屋に侵入したとしても、シャワーも浴びれなきゃ着替えも出来ない。

(そろそろお腹もすいてきたな)

 茉理はへなへなと力が抜けてきた。

 そういえば結局カラスの姿になってから、何も口にしていない。

 朝食を食べたきりで、食事らしい食事は昼も夜もしていなかった。

(とりあえず鞄があるから、教室に行こうかな)

 茉理は心を決めた。

 校舎の中なら、この姿でいても見咎められなければ問題ない。

 運がよければ、宿直の先生とかに魔法を解いてもらえるかもしれないし。

 決めると茉理は羽を力強く羽ばたかせ、教室目掛けて飛んでいった。




 特館の屋根の上で、帝は力なく座りこんでいた。

 どんなに空を駆け回っても、必死に思念を送っても、茉理の姿はどこにもなかった。

(どうしたんだ、茉理。どうして俺の前に姿をみせない)

 あせりと苛立ち、心配と不安に、彼の心はどうしようもなく乱れる。

(何故見つからないんだ。どっかに隠れているのか? 俺にもう会いたくなくて)

 こないだケンカ別れしてしまったことが、痛く彼の胸を刺し貫く。

(ちくしょう。こんなことなら、さっさとあやまっておけば良かった)

 なんにせよ、彼女の気分を害したままでいるというのは気が滅入ることだ。

 自分の奥に眠るもう一つの心が、悲鳴をあげているのがわかる。

(何故、彼女を傷つけた。大切な存在なのに――何故いつもそうなってしまうんだ。彼女に悲しい顔ばかりさせてしまうんだ)

 憂いを込めた彼の瞳は、闘志や強い意志の力がすべて失せた。

 今、帝は身を震わせながら顔を膝にうずめている。

(こんな帝は初めてだ)

 直樹は生徒会室の窓から、誇りも自尊心もかなぐり捨てて気落ちしている帝の姿を、黙って見守っていた。




 バサバサバサッ。

 ふいに羽音がして、帝は顔をあげた。

 カラスが一羽、特館の屋根に止まる。

 首をちょっとかしげながら、よたよたとカラスは帝の方によってきた。

「ま……つ、り?」

 帝の唇から漏れた名前に、カラスは羽をばたつかせる。

『帝先輩。こんな時間に、こんな屋根の上で何してるんですか』

 よく知ってる声が、思念となって響いた。

「何してるだと? お前を探してたに決まってるだろーがっ」

 帝は青筋を立てて怒鳴る。

「どこへ行ってた。みんな、どれだけ心配したかわかってるのか、お前は」

 稲妻のような怒鳴り声に、カラスは身をびくっと震わせた。

『すみません。でも、こっちもいろいろあって……』

「話はあとだ。こっちに来い」

 帝は腕を伸ばして、カラスを捕まえた。

 そしてぎゅっと胸に抱きしめる。

『グエッ、く、苦しいです、帝先輩』

「暴れるな。今まで散々心配させやがって。これぐらい我慢しろ」

 抱き潰すかと思うほど強く、帝はカラスに回した腕の力を強めた。

「もう、どこへも行くな。俺の前から消えたら承知しない。いいな」

『帝先輩』

「もう、お前がいなくなるのは嫌だ。この数時間、俺がどんな気持ちだったと思う。二度とごめんだ。わかったな」

『はい』

 カラスは意外に素直な返事を返した。

(すっごく心配してくれたんだ、帝先輩)

 抱きしめてくれる力は強いが、体や腕、頬は燃えるように熱い。

 汗でぐしょぐしょになったワイシャツは、彼がどれほど駆け回ってくれてたのかを思い起こさせた。

(どうしよう。なんかすごく嬉しいんですけど)

 茉理は彼の腕に収まったまま、高揚する想いをもてあましていた。

(こんなことされちゃ帝先輩のこと、ますます意識しちゃうよ)

 好きになってはいけないのに。

 1年経てば目の前からいなくなってしまう人だから、絶対に好きになったらいけない。

 自分が傷つくだけの未来しかない。

 でも――。

 茉理は身を堅くしながら、必死に自分の沸きあがる感情と戦っていた。



(あ……雨?)

 突然、カラスの頭に水滴が数回落ちてくる。

 次の瞬間。

 しゅーっと白い煙が立ち昇り、カラスだった茉理の体が長く伸びた。

 徐々にそれは手足になり、すらりとした細身の体になり――完全に人間の姿に戻る。

(あっ、戻った)

 帝の胸の中で変化した自分に、茉理は目をぱちくりさせた。

 目を閉じ、帝はまだぎゅっと彼女を抱きしめている。

 カラスだったときよりも、数段茉理の胸はどきどきした。

(やだ、どうしよう。さっきよりももっとやばいよ、これ)

 少女は恥らいで頬を真っ赤に染める。

 何しろ今の自分の格好といったら――。

「茉理」

 帝は黒く深い瞳を開けて、目の前の少女を見た。

 いつもの小さな唇と瞳が見え、帝の心も燃え上がる。

 自然に彼は両手で少女の頬を包み、顔を近づけた。

(えええーっ)

 茉理が拒む隙もなく、彼の唇が彼女の唇に重なる。

 心臓がばくばくと音を立て、彼女の頭は一瞬真っ白になった。

(ど、ど、どうしよう)

 どうしようもなく、茉理はそのまま帝のキスを受け止める。

 彼の手が優しく少女の背中に回った。

 その素肌の感触に、帝の意識が突然戻る。

 彼は唇を離し、腕を緩めて腕の中にいる縮こまった少女をまじまじと見た。

「うわあっ、お前、いつ人間に戻った。なんて格好してるんだ」

 帝は顔を真っ赤にし、茉理をどんっと突き飛ばした。

「きゃあ、何するんですかっ」

「戻ったなら戻ったって言え。まったくなんなんだ」

(それはこっちのセリフよ。キスなんてしてくるから――戻ってることぐらい、わかってても良さそうなもんなのに)

 茉理は頬を膨らませる。

「ちくしょう、直樹の奴」

 俺に知られずにこいつに無効薬をかけたな、と帝はぶつぶつ言った。

 そしてちらりと茉理を見て、ため息を漏らす。

「その格好、なんとかしろ」

「なんとかと言われても、ここでなんとか出来るわけないでしょ」

 茉理は自分の腕で体を抱きしめながら叫んだ。

 そう、今の彼女はスクール水着姿。

 何しろプールに入ってるときに、カラスに変化してしまったからどうしようもないのだ。

「とりあえず、これ着てろ」

 帝は自分のワイシャツを脱ぐと、投げて寄越した。

 茉理は顔を真っ赤にしながら、彼のワイシャツを羽織る。

「お前の鞄は教室だな」

「あ、はい。でも着替えはたぶん更衣室かと」

 おずおず茉理が言うと、帝は少女を立ち上がらせ、腕をつかんだ。

「行くぞ、しっかりつかまってろ」

「え? わあっ、ちょっと、先輩」

 突然空中浮遊され、腕を引っ張られて、茉理は悲鳴をあげた。

 加速をつけて降下され、ジエットコースター並のスリルを味わってしまう。

 低く飛びながら、帝は校舎に駆け込み、更衣室に茉理を押し込んだ。

「さっさとしろ。雅人がお前のかわりに家に行ってる。家族の目をこまかしてくれてるはずだ」

「雅人先輩が?」

 あわてて着替えながら茉理は目を瞬かせた。

「あとの生徒は全員元の姿に戻った。まったくお前だけだぞ、ふらふら夜遊びしてやがったのは」

「ちょっと夜遊びはないんじゃないですか」

 こっちの事情も知らないで、と茉理は手早くスカートのホックを止めながら言い返す。

 脱いだワイシャツを、少し考えたが一緒にビニール製の水泳かばんに押し込んだ。

(一応、洗って返した方がいいよね)

 髪を整え、鏡でもう一度チェックすると、茉理は更衣室を出る。

「やあ、お帰り、後野さん」

 帝と共に、直樹が更衣室の外に立っていた。

「君の鞄だ」

 黒い学生鞄を渡され、茉理は恐縮して頭を下げる。

「ありがとうございます。えーと、どうもすみませんでした」

 こんな遅くまで、ともごもごつぶやくと、黒眼鏡がきらりと光った。

「いや、こっちこそすまない。俺の作った薬のせいで、余計なことに巻き込んでしまった。以後、気をつけるよ」

「はあ」

 茉理は、ため息交じりに答えた。

(ってことは今回の件も、直樹先輩の変な発明品のせいってこと?)

 こないだの空調設備の破壊に続く第二弾。

(よくこんな人の横にいられるわよね、帝先輩は)

 ちょっと感心してしまう彼女であった。




 帝に体を支えられ、一瞬にして自宅に戻った。

 瞬間移動して、着いたその先には――。

「おっかえりなさーい、茉理姫」

「なっ」

 自分の部屋なんだけど、そこはとても自室とは思えない空間と化していた。

 部屋のあちこちを彩る薔薇の花。

 そして花に囲まれ、フリフリネグリジェに身を包んだ、幸せそうなもう一人の自分。

 咄嗟に茉理はベッドの上の枕を取り上げ、偽者にぶつけていた。

「雅人先輩の、大ばか者-っ」

「なにするのよ、姫。危ないわねえ」

 にこにこと枕を受け止め、雅人はウインクする。

「今すぐその格好をやめてよ。この変態男!」

「ひどいわ。姫のかわりに、このベッドで眠ろうと思ったのに」

 枕に頬を摺り寄せ、彼女の姿で――思いっきりなりきった女の子の仕草で――雅人は身をよじらせる。

(やめてーっ、その格好でこっちを見るのは)

 茉理は顔を青くし赤くし、とにかくモウレツに体内が沸騰しそうなほどだった。

 こんな自分は知らない。

 ていうかあのネグリジェを着た自分ってこんな風になってしまうのかと思ったら、もっと恥ずかしさがこみ上げる。

(うううううっ、今すぐ消えたい。ここから逃げたい)

「ふふっ、み・か・ど。君にはこの格好は刺激が強すぎたかな」

 雅人の言葉に、茉理の背筋はすうっと薄ら寒くなる。

 横に立っていた帝のことを思い出し、更に顔が燃え上がった。

(げっ、どうしよう。そうだった、帝先輩も来てたんだ)

 わかっていて、わざとそういう態度を取ってる雅人に、ふつふつと許しがたき想いが沸く。

 こんな姿を帝に見られるなんて最悪だ。

 まともに帝の顔をみられず、茉理は俯いた。

 また雅人にからかわれてるのがわかるので、それがとても悔しい。

 顔をあげないでいる少女を、帝はちらりと見た。

 目の前の偽者など端から興味はない。

 どんな格好してようと中身が誰だかわかってるだけに、あきれ果てて何も言えないでいたのが現状だ。

 以前の自分だったらこの姿に惑わされて動揺し、それからわざとらしい人を弄ぶような態度に腹を立て、閃光の一発もかましていただろう。

 でもそれでは面白くない。雅人の思うがままの反応だ。

(俺を挑発して、楽しんでやがる)

 帝は何かを思いつき、ふっと笑む。

(悪ふざけがすぎるな。お前にはお仕置きが必要だ)

 彼はネグリジェをまとった少女を見つめ、低く冷静な声を出した。

「雅人、なかなか良い格好だな」

「そうでしょ。みかど様、わたしに惚れ直しちゃったでしょ」

 うふん、とウインクされ、帝の目が燃え上がる。

「ああ、最高だ。俺一人が堪能するのはもったいない」

 そして彼は指をパチンと弾いた。

「え?」

「うわわっ、ちょっと、帝-っ」

 瞬時に雅人の姿が部屋から掻き消える。

 茉理は目をぱちくりさせる。

(どうなってるの? 雅人先輩、消えちゃった)

「あ……あの、帝先輩」

 雅人先輩は、とつぶやく彼女の唇に、帝はそっと指を当てた。

「あいつのことは気にするな。今頃、自分のしたことを死ぬほど悔やんでるだろうさ」

「え?」

「今日はいろいろあったしな。ゆっくり休め。明日、またな」

 優しく彼女の髪に触れると、帝は笑んで窓から外に出て行った。

(どうなってるの? 雅人先輩をどこにとばしちゃったんだろ)

 茉理は首をかしげながら、三日月の側を飛び去っていく黒い影を見送っていた。

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