序章
そこは小さな空間だった。
頭上には満天の星空。
前後どこを見ても、深遠の闇をたたえた宇宙空間のようだ。
真ん中にほんのりと浮かぶ小さな機械は、まるで人工衛星のように、この空間にすんなり溶け込み、調和していた。
すっとほの明るい光が、東から差し上る。
朝が来たのだ。
空間は東から白々と空け始め、瞬く間に宇宙は消えた。
天井は丸く白いドーム。
前後左右も同じ白の空間となって、すべての映像は終了した。
機械の横にある小さな椅子に座っていた少女は、静かに立ち上がる。
(終わったのね)
もう一度見ても良かったが、また同じ宇宙空間が広がることを考えると面白みなどなかった。
(いつか本物が見れるのかしら)
少女はため息をつくと、プラネタリウムの外に出る。
外と言ってもやはり建物の中――プラネタリウムの横は彼女の居間だ。
こじんまりとした小部屋の中はさりげなくも高価な家具であふれ、どう見ても少女はそれなりに裕福な家庭に生きていることがわかる。
ガラスのテーブルの上には、いつの間にか冷たく冷えたオレンジジュースのグラスがあった。
少女は虚ろな瞳でそれを捕らえ、手を伸ばしてグラスを取る。
一口飲むと冷たさと甘酢ッぱさが広がり、彼女を落ち着かせた。
黒い髪、黒い瞳の少女だった。
整った顔立ちに、驚くほど白い皮膚。
それは生まれてから一度も、日の光を浴びたことがないせいなのかもしれなかった。
人差し指をすっと本棚に向けると、少女の瞳が赤く染まる。
指の指し示す方にあった書物が一冊、ヒユッと飛んできた。
少女は椅子に深く座り、ページを繰る。
この小さな居間と寝室、そして先ほどのプラネタリウム。
この3つだけが、彼女の知っている世界だった。
あとは何も知らず、ただ天井まで届くほどある高い本棚の書物だけが少女に知識を教えてくれた。
でも本の中の情報も、もしかしたら本物ではないのかもしれない。
(どうでもいいわ、そんなこと)
少女は、本に目をやりながらそう思っていた。
(どうでもいい。わたしには、この空間がすべて)
決して自分は外に出ることは出来ない。
そんなことは考えることもなかった。
『外』という世界が自分にはまったく関係ないことを、彼女はよく知っていた。
死を迎えるまで、ここにいる。
ずっと一生。
それが自分の幸せなのだ。
そしてそれがすべてを予定通りに進める道。
(わたしは外に出てはいけない。外にとって、わたしは災いなのだから)
あえて世界を壊そうなどという考えを、少女は持ってはいなかった。
むしろここに居る。
あの人のために。
でも。
(あの人って誰?)
考えても思い浮かばない。
自分は確かに誰かのために、ここに閉じ込められているのに。
一体、誰のために……。




