第1話 どくどくと真っ赤な血が流れてる。これは誰の血なんだろう? 私の血かな?
地獄にようこそ
どくどくと真っ赤な血が流れてる。これは誰の血なんだろう? 私の血かな?
「たのもー!! 誰かいないか!!」
牡丹姫は、じっと強い目をしながら、怯えることなく、とても立派で大きな、大きな固く閉ざされている門の前でそう大きな声で言った。
しかし、門の向こう側からの声はなにも聞こえてこなかった。
「牡丹姫。あなたにはここがどんなところに見えていますか?」
牡丹姫のうしろに立っている小笹姫は小さな声でそう言った。
「ここがどんなところかって、とっても大きなお屋敷に見えるよ。今まで見たこともないような立派で豪華なお屋敷にね。私のお家よりも大きいわ」
と小笹姫を見ながらにっこりと笑って牡丹姫は言った。
「なるほど。それはよかった。牡丹姫にはこの場所の『本当の姿』が見えていないんですね」
と小さく笑って小笹姫は言った。
「本当の姿?」
顔をななめにして牡丹姫は言う。
「はい。私には牡丹姫とは違った風景が見えています。とても禍々しき風景です。ここは『地獄』です。この禍々しい風景を見て、牡丹姫がお目や心を汚すことがなくてよかっです」
と嬉しそうな顔で小笹姫は言う。
「それが『神の目』の力なの?」
牡丹姫の凛とした美しい鈴のような声に、にっこりと笑って小笹姫は「はい」と言った。
「いいな。私も地獄を見て見たい。本当の姿が見えないと戦いのときに不利だから」
と牡丹姫はその細い腰にさしている、鬼を斬ったと言われている古い名刀のつかをぎゅっと握りながら言った。
「見えないままでいいんですよ。地獄なんて」
と小笹姫は言った。
その日の夜はとても月の明るい夜だった。牡丹姫の姿も小笹姫の姿も夜の中ではっきりと見える。
周囲の様子も見える。
ぱちぱちと音を立てて燃えているたくさんの松明と、大きな大きな固く閉ざされている門とどこまでも続いているように見える高い壁があった。
牡丹姫は空を見上げて、明るい月を見た。
明るい月夜の空には薄い雲がゆっくりと動いている。
それから鳥が二羽、どこかに飛んでいく影が見えた。
牡丹姫は目を戻した。でも、世界に変化はなかった。
「無理やり通ってもいいかな?」
と牡丹姫は言った。
「ええ。そうしましょう」
と小笹姫は言った。
それから牡丹姫はもう一度、大きな声で「誰もいないのなら、勝手に門を通らせてもらう!! 『門よ!! 開きなさい!!』」
と堂々と門の前に立ったままでそう叫んだ。
すると不思議なことが起こった。
牡丹姫が叫んだ通りに、『本当に、ぎーっという音を立てながら大きな、大きな門がゆっくりと開いていった』のだった。
これにはちゃんとわけがあった。
小笹姫がその美しい夜のような瞳に紋様と一緒に『神の目』と呼ばれている力を宿しているように、牡丹姫はその赤い小さな舌に紋様と一緒に『神の声』と呼ばれる不思議な力を宿していた。
神の目は千里の土地と真実を見通し、神の声は声に出した言葉に現実の力を与える。
……、やがて大きな、大きな門は完全に開いて道を作った。
牡丹姫は一度、小笹姫と目と目を合わせてからゆっくりと歩いて、その『大きな、大きな地獄の門』をくぐって、もののけたちの棲まうこの世ではない『地獄』の中に入っていった。