婚約破棄を宣言して本当に申し訳ございませんでした、と 悪役令嬢が謝罪会見で号泣してみた
『わだ……わッ、わだって……わだじだってア゛ッア゛――!!!
ゼゼ、セッ政略婚ではなくウウッ、じ、ジ……自分のォ愛を貫こうと思ったらウッハッハーーンだめな˝んハッハァアでずがッ!?』
突然、号泣しはじめた私の様子に困惑を隠せない、彼等達。
話は、会見直前に遡る。
ギィィィィィィィィィィ
目の前の扉が開き、謝罪会見の広間が開くと
彼等の視線が一斉に私へ向けられ……ちょっと多すぎない?
王都の記者達も来るとは聞いてたけど、舞踏会より多いじゃない。
「マリアンヌ嬢のお姿が広間の入り口に現れました!
もうまもなく、謝罪会見が始まるご様子ですね」
「マリアンヌ・ロロカルト侯爵令嬢と、ロロカルト家の顧問弁護士デルバル様の
姿しかありませんが、お二人での会見でしょうか?」
「王族から勧められた、ナスナル侯爵家との婚約を建国祭で破棄するという
前代未聞の大事件。 はたして彼女の口から真実は語られるのか!」
パシャパシャという、私達を撮る撮影音と共に
つめかけた貴族や、記者達から、様々な視線や声が飛び交う。
私の謝罪会見が見たいなんて、見る目があるのね。
明日の一面は 私が独占か……
「デルバル、私達はどこへ?」
「あちらのテーブルが見えますか?
会見用の卓を、王族がご用意くださいました。 真ん中の席に、お座りください」
神妙な面持ちを崩さず、ヒソヒソと返してくる。
広間に一歩踏み出すと、益々、記者達からの撮影音とフラッシュが増える。
ちょっと!今、そんなにたくさん撮ってどうするの!
謝罪会見が始まってから、機材トラブルは勘弁してよ?
「マリアンヌ・ロロカルト侯爵令嬢が、入室されました。
いま静々と、会見用の卓へ向かわれています」
「これから謝罪会見なのに、晴れ晴れとしたご様子。
昨晩はぐっすりとお休みになられたのでしょうか?顔色が良いですね」
「ロロカルト侯爵ではなく、デルバル様とお二人での会見。
マリアンヌ様の婚約破棄の裏に、彼も関係あるのでしょうか?」
お父様なら昨晩 今日の謝罪会見が楽しみ過ぎて、飲み過ぎた結果
私が家をたつ時まで吐いていたことは、黙っていた方がよさそう……。
私達が卓上の前に立つと、デルバルが
「本日は、王族や貴族、そして記者のみなさまに、お集まりいただきありがとうございます。
陛下達からのご配慮もあり、本日はプライバシーの配慮をしながらも身分に囚われない
オープンな形式で、謝罪会見を実施させていただきます」
「本日の出席者を紹介させていただきます。
マリアンヌ・ロロカルト様と、私、ロロカルト家顧問弁護士のデルバル・ロメオです」
外面だけはいいのよね、彼。
中身? 知らない方がいいこともある。
『この度は、建国祭の式典中に、私の軽率な判断により
アラン・ナスナル様との、婚約破棄を宣言してしまったことで
王族をはじめ、貴族や国民のみなさまに、多大なるご迷惑とご不快をおかけしましたことを、申し訳なく存じます。
皆様の寛容なるご心中に縋り、何卒ご容赦賜りますよう、伏してお願い申し上げます』
『婚約破棄を宣言して、本当に申し訳ございませんでした』
パシャパシャパシャ
広間に集まる、王族や貴族から厳しい視線と
記者達による、激しいフラッシュ音が私へ向けられる。
横目で伺うと、デルバルはまだ頭を下げていた。
まだ下げてた方がいいみた……
あ、上げた。
二人で、用意されていた卓に座ると
デルバルが今回の婚約破棄を、簡潔に説明し始める。
「マリアンヌ様が、建国祭の式典中に、陛下からの打診で結ばれた
ナスナル侯爵家の四男、アラン・ナスナル様との婚約破棄を宣言されましたが……」
「――以上が、マリアンヌ様が婚約破棄を宣言するまでの経緯です」
ふぅ と、ひと息つくデルバルに、労いの視線を送る。
彼が居てくれて助かった。
私って、簡潔にまとめるのが苦手なのよね。
デルバルの話が終わる頃には
広間の空気が、緊張感に包まれた雰囲気に変わっていた。
やっと、私の出番か。
「それでは これより、質疑応答の時間とさせていただきます。
ご質問のある方は、順に挙手をお願いします」
「登壇者も、一時中座させていただくこともございますので、何卒ご了承ください」
デルバルの言葉を受け、貴族や記者達が次々と質問を投げつけてくる。
「どうして建国祭の真っ最中に、婚約破棄を宣言されたのでしょうか。
あの騒動で、建国祭はぶち壊されましたが、どのようにお考えですか?」
「マリアンヌ様が、ミーストス侯爵家のルーカス様と交際していたとのウワサも入っていますが
浮気は事実でしょうか?」
「アラン様という婚約者がいらっしゃる身での不貞行為。
この婚約を打診した王族や、ナスナル公爵家に悪いとは思わなかったのですか?」
順に、って前置きを聞いてなかったの?
質問をしてきた連中の口に、バゲットを突っ込みたいわね。
『順番に、順番にお願いします!
まず……建国祭で宣言したのは、若気の至りです』
私が貴族の成人として認められる、来月のデビュタント以降では成人した令嬢がやらかしたという醜聞になる。
建国祭のタイミングが、ギリギリセーフだった……セーフよ?
『次に、ミーストス侯爵家のルーカス様と交際しているという話ですが、一部訂正を。
私が片思いしているだけなので、浮気は事実無根です』
私が愛しているのはルーカス様だけで、アラン様は眼中になかった。
政略婚とはいえ、好みはあるし。
「それと、不貞行為と言われおりますが、私がルーカス様を一方的にお慕いしていただけで、ご指摘されてるような行為は、一切ございません。
婚約を打診していただいた王族……陛下には申し訳なく思っていますが」
数年前の舞踏会で、陛下が「マリアンヌ嬢は、ナスナル家と婚約すれば良いのではないか?」という
突然の提案で決まった縁談だが、私の人生をそんな簡単に決めないでほしい。
建国祭で婚約破棄を宣言したのも、陛下への意趣返しが含まれている。
「建国祭をぶち壊したことは、どのようにお考えなのでしょう?」
「学園では、悪役令嬢と呼ばれていると娘から聞きましたが、事実ですか?」
「王族から勧められた婚約を破棄したのは、貴族社会への反骨精神から来るものでしょうか!」
貴族や、記者達の追及が激しさを増す。
ここね……!
『わだ……わッ、わだって……わだじだってア゛ッア゛――!!!
ゼゼ、セッ政略婚ではなくウウッ、じ、ジ……自分ノォ愛を貫こうと思ったらウッハッハーーンだめな˝んハッハァアでずがッ!?』
突然 口調を荒げ、大声で泣きはじめた私の様子に
広間に詰めかけた皆様は、困惑を隠せない。
『そういう問題ッヒョオッホ――!! 解決じだいがだめに、私はネェ!
ブフッフンハアァア!!誰がね゛え! 誰が誰と婚約じでも゛おんなじや、おんなじや思っでえ!』
『愛がな゛い相手デモ゛ォ 、わだじがお慕いじてるルーカスざま以外のだれドォ結婚しでも
ア゛――――ア゛ッア゛――!!! この国˝のォ!ア゛ッ政略ゥ婚はアァア変わらないからッァア!
それやったらァ私がアッ!!ッウーン!真実のォ愛を国民のみなざまに!
ヒーフーッハゥ!!命がけでお伝えじようドォ!!』
私の号泣に貴族達からの追及だけでなく、記者達の撮影も止まっている。
完璧な釈明だわ!
『陛下にイイィィイ!ア゛ッア゛――!!決めら˝れだ政略婚ドいう˝ウウウウア゛ッー!
大きな、クッ、くァ、カテゴリーに比べたらぁ、貴族、キィッイッ、貴族社会との、社会のォォー
ウェエ、折り合いをつけるッテいうー、コトで、もう一生懸命ほんとに!!』
『アッ、ああ悪役、令嬢か?な゛んでどーでもいい゛問題ゥ˝を質問してきましたが、悪役令嬢ハアアアァア――!!はー!ハァハァ……
我が学園のみウッハッハーーン!! 我がァァァ学園の˝み˝ならァず!ごのアアアア!ごの国のォ問題じゃナイですかアア――ッ!!』
私の全力の釈明に、静まり返っている広間を見て
ますます号泣心が燃える。
手ごたえを 感じる……!
――――――――――――――――――――――――
――それは、謝罪会見前の控室。
「私に謝罪会見させるのがどういうことか、かれ等はわかっているのかしら。
デルバル、私は容赦しないわよ?」
「ことの経緯は私が説明しますので、マリアンヌ様は全力で釈明してください」
自慢のモノクルをハンカチで拭いながら、デルバルがいつもの無表情を向ける。
「入場時は、しおらしい姿と憔悴した姿を見せ、同情を引くことをお忘れなく」
「あら、うっかり忘れそう。徹夜して、ふらついておけばよかったかしら?」
相変わらず、無茶を言う男だ。
「彼等に何を言われても、最低限の釈明で留めてください……
反省してないじゃないか! と、余計な追及が増えますので」
「それと泣いていいのは、質疑応答が始まってからです。
会見が始まって早々に泣きだしたら、情緒不安定なヒステリッカー令嬢にしか見えません」
じろり、とデルバルの顔を見ながら睨みつけ
「誰、が、ヒステリッカー令嬢よ。
冒頭から、泣こうと考えていたのだけど?」
「ダメです。最低でも2~3問くらいは、彼等の質疑に応じてください。
質疑応答の最中に感情が高ぶった、という下準備が必要です。
本音は号泣中に、ご自由に叫べばよろしいかと」
「私が釈明終了の合図として、体を軽く揺らすので、釈明中も横目でご確認ください。
長時間の謝罪会見だと、王族や貴族達が、号泣に慣れてしまう恐れがありますから短期決戦です。
マリアンヌ様の涙で、広間を制圧し、半ば強引に、謝罪会見を終わらせましょう」
相変わらず デルバルは計算高いわね。
ま、私の泣きっぷりを見たら
この男の冷然とした顔も崩れるでしょう。
――――――――――――――――――――――――
泣き叫びながらチラッと隣を見ると、見事なポーカーフェイスのデルバルが座っていた。
この男には感情がないのかしら!?
『ッウーン!わ、わだじはぁッハーン!!ズ、ずっドォ、アラン様とのォ婚約を辞退してきたんですわ!
せやけど!変わらへんからーそれやったら私が!私がらァァァ婚約ゥアアン破棄をじて!
文字通り!ンアハ――ンッ!命がけでイヤッホーッア゛――!!!
……ッウ、ハァハァ、コック、コ……国王陛下ァ! あなたには 分からないでしょうねぇ!!』
『陛下が決めたああああア!婚約をハッ、ハ、破棄してェー、真実のォオギャー!愛を貫こうとずるウウウェェェイ!
みんなのォォぉバーカァァァ!本当に!誰が婚約してもォ!ンギャッパァァァ!
一緒だどおっしゃいまずけどオオオオ。じゃあ私からップハァああ!!破棄して!!』
あら、デルバルが今ちょっと揺れた?
もうすぐ終わりかしら。
『この貴族社会をォ! ウグッブーン!! ごの、こ、ごの貴族のブッヒィフェェエーーーーンン!!
ヒィェーーッフウンン!!ウゥ……ッツ!
勝手に˝ィィ私ノオオォォォ婚約をォ、決めるなア゛ッア゛ーー、バカ陛下ァアアア゛ーーーーーア゛ッア゛ーー!!!!』
『ゴノ!貴族の!世ガッハッハアン!! ゴ゛、ゴノーー貴族の世界を! ぅ変えダイ! その一心でええェ!!
ヒーフーッハァ。一生懸命、訴えて!ハァハァわたじのォ愛をづらぬこうと!思ったんでズ!!』
これだけの人間が呆然としている光景は、中々 乙なものね。
隣でデルバルが、体を揺らしたので、次が最後の釈明か。
『ですからァア!ウググッバァン!ミ˝、皆さまのォ、ご指摘を!
国民の皆さまノォォォォご指摘と受け止めでーーヒィッフウ!!
ア”ーハーア”ァッハアァーー!ッグ、ア”ーア”ァアアァ。ご指摘とうげ止め!
ア゛ーア゛ーッハア゛ーーン! ご指摘と、受け止めて!』
『1人の貴族として!令嬢として!片思いでも私の愛を!貫こうと!
そういうッハ、イ意味合いで、ハァハァ、私は、ゴッ婚約破棄したンです!!!』
シーンと、私の泣き声以外が無い、静まりかえった会見場。
私の全力の釈明に感動したのか、誰も言葉を発しない。
ふっ、つまらぬ号泣をしてしまった。
困惑した沈黙が続く中
「以上が マリアンヌ様の釈明となりますが、他にご質問はございますか?」
『ヒックヒック……ウウッ』
デルバルが、王族や貴族、記者達に確認を取るが
質問が言葉にならないみたいで パクパクと口を動かしている。
「では、ご質問もないようですので
以上で、マリアンヌ・ロロカルト様の、婚約破棄謝罪会見を終了とさせていただきます……プッ」
『申じ訳、ございまぜんでじた』
バルデルが最後に笑いを漏らしながら、会見を終える。
こうして、私は無事に謝罪会見を終え、広間から退席した。
――帰宅途中の馬車の中で、さっきまでの謝罪会見を振り返る。
「はぁー泣いたわ、二日分は泣いた!
これじゃあ、明後日まで涙のひと粒も出ないわ。
私の謝罪会見で、質疑応答が可能なのは、お母様か おばあ様くらいなのに」
「マリアンヌ様、見事な謝罪会見でした。
貴女は涙で見えなかったかもしれませんが、陛下や王妃達も唖然としてましたよ」
涙を拭う私の姿を見つつ、デルバルがモノクルを拭きながら褒めてくれる。
「おばあ様の号泣の方が、私よりも凄かったと聞いてるけどね。
強面のおじい様が、おばあ様の目元に、涙が浮かぶのを見るだけで及び腰になるのは相当よ」
「いえいえ、充分かと……。
それより、いきなり少子高齢化なんて叫び出した時は、私も困惑しました。
そんな問題、いつ、どこで起きてたのですか?
あれだけ号泣すれば、悪役令嬢も、号泣令嬢の名で掻き消えるでしょう」
モノクルをかけ直しながら、軽く目元を抑えてフォローする。
私の号泣は、おばあ様譲りだ。
祖母マーリエ様も学園時代、婚約破棄騒動がおじい様の実家で起きた時も
あの屋敷に居た、真実の愛を主張する令嬢が、裸足で逃げ出す勢いの号泣で解決した。
ロロカルト家の、全力の号泣を知らなかったみたいね。
こうして、私は馬車に揺られながら我が家へ帰る。
もしルーカス様に振られたら?
もちろん泣き落とすわよ、号泣して!
『泣く子と地頭には勝てぬ』らしいので、悪役令嬢なら謝罪会見でも負けないと思いました。
この会見は彼女の勝利ですよね?