第1章 雨宿り・・・・
あかねさす・・・ 第1章 雨宿り・・・・
私たちの出会いは、金曜日の夜のこと突然の雨が降りだした時だった。繁華街を歩いていたら雨・・・・あわてて軒下借りて雨宿りしていたら、若い女の子が隣にきて声をかけてきた。
「雨降ってきたね・・・」
いきなり声をかけられたのであたりを見まわす。誰もいないから私に話しかけているのだよな。そう確認して。
「本当、突然ですね・・・」
「傘持ってないないの。」
「私もです。」
「これから、雨宿りしない?」
「雨宿り?」
「そこ・・」
彼女の指さすところはホテルだった。
「ホテル代別で2枚で・・・」
AKANEはストレートに誘ってきた。びっくりして彼女の顔を見た。きれいに化粧をした水商売をしているような華やかな女の子だ。売春行為ってこんな風に誘われるのか。繁華街を歩いているとよく客引きに声をかけられることはあるけど、直接声をかけられるのは生まれて初めてのことだった。妻やこどももいる家庭円満なわたしが考えられないことなのだが、ドキドキしながら答えてしまった。
「いいよ・・・」
魔がさしたというかその時の気持ちはよく覚えていないが、何の躊躇もなく彼女の誘いのままホテルに行ってしまった私は要求されるままお金を出す。
そして彼女に質問をした。
「年はいくつなの?」
「19歳」
さすがに18歳未満ではこのような行為はできない。お金を渡すと彼女は
「ありがとう。確かに。」と大事そうに自分の財布にしまった。
「私ね・・・現役のキャバクラ嬢、お店ではナンバー1だから。」
キャバクラにつとめているのね。つまりお店で口説いたらこんなにふうにはならない。なるほどあらためて彼女をしげしげと見てみると確かにナンバー1でもおかしくない美形だ。
「それからバストFカップだから・・・」
そういわれると当然のごとくは胸に目線がいく。よく見るとスリムなからだにふつりあいな胸のふくらみがある。私の視線の目先を見てニコッとほほえむ。
「服を脱ぐね・・・」
「えっ・・・」AKANEのしぐさに私は緊張が走る。
19歳の若さにこれだけの美貌とプロポーションだ。しかし本当のAKANEの魅力は、そのくったくのない笑顔と優しさだ。
「きれいだ。」
AKANEの生まれたままの姿は芸術的で汚れのない美しさだった。
「素敵!」
「ありがとう。こう見えても私、けっこう中学の頃まじめに勉強したのよ。」
「へ~」
「偏差値だって高い高校に行ったのよ。中退だけど・・・」
「そうなの?どんな勉強していたの?」
「国語と歴史が好き。歴史は特に飛鳥時代かな・・・・
『あかねさす 紫野行き標野行き 野守は見ずや 君が袖振る』この歌知っている?」
びっくりしたキャバ嬢からそんな難しい話が出るとは思わなかった。
「いや?なにそれ?」
「万葉集よ。」
「万葉集?」
「そう、私の名前『AKANE』は本名なの。」
「あかねさんか・・・それってその万葉集からとったの?」
「名付け親の父親はただののんだくれだから、そんな深い意味で付けたわけじゃない。どうせどこかの女の名前からつけたのよ?でもね、私はすごく気に入っているのだ。この名前、
この歌って「額田王」っていう人の歌なの。額田王って知っている?」
AKAMEは近くにあった紙に「額田王」と書く。それを私はそのまま読んだ・・・
「がくたおお?」
「違う、『ぬかたのおおきみ』って読むの。」AKANEは笑いだした。
恥ずかしながら私は聞いたこともない。
「どこかの偉い王様?」
「ちがうわ、この人女性なの。」
「そうなんだ、女性らしくない名前だよね。」
「そう、この人の名前『AKANE』のほうがぴったりくると思うの。」
「なるほど、それその額田王はどんな人なんだい。」
「天智天皇の奥様、天智天皇は聞いたことあるでしょ?」
「ああ・・聞いたことがある。百人一首の歌人だよね。」
「そうそう、天智天皇は、天皇になる前つまり皇太子の時にね中大兄皇子と言って中臣鎌足と一緒に蘇我氏を滅ぼした。」
「ああ・・・そういえば聞いたことある名前だなあ・・・日本史の時間習ったかな。」
私は社会科が苦手だったのであまりよく覚えていない。AKANEはかなり勉強したのか詳しく知っていた。
「今から1500年前の話だよね・・・645年 大化の改新。聞いたことない?」
社会科苦手の私もそれは聞いたことがある。645年大化の改新 虫殺(645)しの大化の改新。なんて覚えた記憶がある。
「知っている!大化の改新がなんだかわからないけど覚えているよ。」
「この歌ね、天智天皇とその弟と額田王の三角関係の歌なの。」
「そうなの?詳しく教えて。」
「いいけど・・・それより私のこと抱きたくないの?」
そう、目の前にはまぶしいばかりのうまれたままのAKANE、万葉集よりもそのほうがいいにきまっている。ぼうーっとしているとAKANEの方から私に抱き着いてきた。
「ちょっと待って。」
「どうしたの?」
「だって、私にもAKANEと同じくらいの年の娘がいるんだ。だから・・・」
AKANEはじっとわたしを見つめてそれから口を開いた。
「優しいのね・・・お父さんにそっくり、でも似ているのは顔だけ・・・なかみはあの飲んだくれのくそおやじとは似ても似つかない。」
「お父さんに似ているの?」
「うん。とっても・・・最初は大嫌いなお父さんに似ているから、お金ふんだくってやろうと思って声かけたんだ。でもAKANEの本当のお父さんは今目の前にいるあなた。ねえ?パパってよんでもいい?」
「えっ?パパか・・・もちろん・・・いいよ。」
「パパ~~」そう言って私に抱きついてきた。
「パパ~パパ~」
そう何度も連呼して。
AKANEを抱きながら10年くらい前の話を思い出す、4歳の幼いむすめをデパートに連れて行ったことがある。キッズコーナーの遊び場で遊ばせておいて、自分の買い物に夢中になってむすめをしばらく一人にしてしまったことがある。買い物をすませてあわててしまった。気づくとあれから1時間くらいが経過している。キッズコーナーに戻ったが、そこにむすめはいなかった。迷子になってしまった。館内放送で呼び出した。すると4歳のむすめはひとりで遊んでいた。私が戻った時たまたま一人でお手洗いに行っていたのだ。私と入れ違いになったというだけだ。店員さんから
「ずっといい子にしていました。しっかりしたお子さんですね。」と言われた。
私を見た瞬間「パパ~パパ~」と泣きながら抱き着いてきた。
「ごめんね・・・」
あの時の声を思い出す。
あのときはすまない気持ちからむすめをしっかりだきしめて
「パパがわるかった。もう絶対に一人にしないからね。」そんなことを言った。
AKANEもきっとあの時のむすめと同じようにさびしいのだろう。そう思うと私もぐっとAKANEを抱きしめた。頭では抱きしめてあげたい気持ちだったが、体はそうは反応しない。私の下半身の異変は隠すことはできない。娘を抱きしめる感情とは違うものがあった。AKANEはそれに気づきにっこり笑った。
「いいよ、いつも本当の父親にやられているんだから、パパもAKANEを抱いていいんだよ。」もう私たちは2度と会う事もないだろう。所詮お金でつながっている関係だ。私だって割り切ってあそべばいいのだ。生まれて初めての経験、複雑な思いだった。罪悪感はあるが最高のひとときだった。
しかしこの関係はここで終わらなかった。
「ねえ?パパ~また会ってくれる?携帯の電話番号教えて?」
私はいわれるがままに番号を教えた。
「あ~17年前に戻ってパパの子どもに生まれたかったなあ。」
私は笑いかけたが、今のAKANEの一瞬の言葉を聞き逃さなかった。
「えっ?17年前?」
「あっ・・まちがえた。19年前だ。」
自分の年を間違えするわけがない。
「AKANEは17歳なの?」
「ばれちゃったか・・・」
「でも・・・17歳の子がキャバクラで仕事できるの?」
「そりゃあ、履歴書とか提出するわけじゃあないし、いくらでもごまかせるよ。」
そういうものなのか・・・17歳か・・・ますます罪悪感は募るのだが忘れられないひとときだった。その日はそれで帰った・・・