プロローグ
ある晴れた日の昼下がり。
救急治療室。
無数の電気コードで繋がれた少年が、ベッドに横たわっている。心電図は微かな反応を示しているが、直線と化すのも時間の問題だった。
周囲では医師や看護師たちが騒がしく動いている。彼らは山積みの仕事を抱え、少年だけを見ていればいいわけではない。しかし半ば諦めもあり少年の容態をさほど重視していないのも事実である。
浅い呼吸。そう少年はもはや浅い呼吸しかしていない。それすら反応があるからそう識別できるだけのことで、もしも医療機械がなければ彼はもう死亡したと見なされていただろう。
何十時間にも渡った手術はすでに終わっている。何度も何度も輸血が繰り返された。周囲の人間たちは医療関係者とはいえ、そして患者が子どもとはいえそれを「もったいない」と思ってしまう。身体中に怪我を負っているが、特に深刻なのは頭部と胸部だった。手術が終わったのもやれるだけのことを全部やった結果に過ぎず、執刀医は「成功した」などとは微塵も思っていない。全身の露出した部分を閉じ、血を止めた。それだけで上出来、そういう手術だった。
死神の足音が近づいている。病院とはそういう場所でもある。たとえ子どもだろうとそれは例外ではない。あるいは医師たちの足音がまさにその音なのかもしれなかった。
ある晴れた日の昼下がり。
少年が横たわる。
心電図は、今まさに波を打つのをやめようとしていた。もう、限界だった。
……その時、“なにか”が、来た。
いや、“来た”という表現が適切かどうかはわからない。あるいはずっとそこにいたのかもしれない。少なくとも周囲の人間たちは何一つ気づかなかった。誰ひとりとして何も感じなかった。
“それ”は死神ではなかった。少年と共にあろうとしていた。まるで主人に寄り添う猫のように、“それ”は少年のそばにいる。少なくとも、少年には“来た”と感じられただろう。なぜなら今まで気づかなかったから。
––––そう、今は気づいた。
心電図が、波を打ち始める……。