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あなたの瞳に私を映してほしい ~この願いは我儘ですか?~  作者: 四折 柊


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8.幼馴染との再会

「ロッティ! 久しぶり。会いたかったよ」


 シャルロッテはその日、朝から幼馴染であり従姉弟の来訪を心待ちにしていた。

 最後に会ったのは四年前、自分より一歳年下で弟のような存在の彼はどんなふうに成長したのだろうと楽しみにしていたのだが彼を見るなりシャルロッテは目を丸くした。想像のはるか上を行っていたからだ。


「ジョシュ?」


 父の兄の息子。ジョシュア・フィンレー公爵子息。彼はフィンレー公爵家の一人息子で嫡男だ。幼い頃は女子のような可愛らしい顔をしてシャルロッテと一緒に人形遊びをしていた。

 ジョシュアは子供の頃は体が弱く同じ年頃の子供と比べてとても小さかった。守ってあげたくなる儚さと可愛さが同居するお姫様のような存在だった。会うといつもシャルロッテを慕いその後をついて来ていた。それが嬉しくてシャルロッテは幼いながらに騎士道精神を発揮して彼を守ることに余念がなかった。


 その彼が今目の前に想像もしなかった姿で立っている。身長は百八十五センチを超えていそうなほど高く、鍛えられた体は引き締まっている。可愛かった顔は面影を残しながらも美しくそして凛々しく男らしい。顔の造形は間違いなくジョシュアなのに別人のように男らしく成長していた。あっけにとられ口を開けたまま見上げる。


「ロッティ。可愛い」


 ハッと我に返り頬を膨らませた。


「もう、揶揄わないで。ジョシュ。久しぶりね。とにかく中に入って」


 シャルロッテはジョシュアに見惚れていたことを誤魔化し屋敷へ招き入れる。

 応接室で彼は向日葵の花束を捧げるように差し出した。


「私に? 嬉しいわ。フィンレー公爵家のお庭の向日葵かしら。ふふふ。懐かしい。私が向日葵を好きなことを覚えていた?」


「もちろん忘れるはずがないよ。今日咲いた綺麗なものを選んで持ってきたんだ」


 向日葵の花はシャルロッテの一番大好きな花だ。シャルロッテの父親は夏に近隣国へ仕事で長期間出かける。その間はフィンレー公爵家へ預けられていた。公爵家の庭には幼いシャルロッテよりはるかに大きな向日葵がお日様に向かってニコニコと咲き誇る。その花の下で夏の匂いを嗅ぎながらジョシュアと本を読んだり一緒に過ごしていた。懐かしさで胸がいっぱいになる。シャルロッテは向日葵を侍女に手渡し自室の花瓶に活けるように頼む。


「ジョシュったらすっかり大人になってびっくりしたわ。最後に会った時の身長は私の方が高かったのに、こんなに抜かされて見上げるほど大きくなっているのだもの」


 最後に会ったのは四年前でジョシュアは隣国へ留学して行った。シャルロッテに抱き着いて離れたくないと泣いていた男の子がこんなに逞しくなっているなんて誰が想像できるだろう。


「ロッティから見て私は格好良くなったかな? 子供の頃は女の子みたいな見かけでその上泣き虫で、思い出すと恥ずかしいよ」


 声変わりをした彼の声は低く、それでいて心地いい。きっと話し方が優しいからだ。


「すごく素敵な男性になっていてびっくりしたわ」


「ありがとう。ロッティも素敵な淑女になっていて見惚れたよ」


 ジョシュアはそう言ってくれるがシャルロッテを誉めてくれるのは両親とジョシュアとフィンレー公爵夫妻くらいだ。身内だけなのが切ない。自分を特に醜いとは思わないが特筆したところのない平凡顔だ。それでもジョシュアの言葉は嬉しかった。


「ありがとう」


 目を細め愛おし気にシャルロッテを見つめる。シャルロッテは急にドキドキと心臓が鳴り出し動揺した。彼は弟のような存在なのに見つめられただけで動揺するなんてどうしたんだろう。

 ジョシュアは立ち上がるとポケットからリングケースを出し、シャルロッテの前に膝を突いて差し出した。ケースの中には大粒のブルーダイヤモンドの指輪が輝いている。ジョシュアはシャルロッテに目線を合わせ瞳の奥を覗き込むように見つめる。


「シャルロッテ嬢。どうか私と結婚してください。ずっと、幼いころからあなたが好きでした」


「えっ?! ジョシュ?」


 突然のプロポーズに驚き固まる。確かに自分たちは仲が良かった。でも彼は名門フィンレー公爵家の後継ぎで自分は平凡な伯爵令嬢だ。従姉弟同志で結婚なんて考えたこともなかった。シャルロッテにとってジョシュアは家族で弟で大切な存在だが、男性として意識したことはなかった。


「ジョシュ。待って、急にそんなことを言われても。私たちはずっと家族で、それに従姉弟同士だわ。あなたには私よりもっと素敵な令嬢がいっぱいいるはず――」


 ジョシュアは首をゆっくりと横に振る。


「ロッティ。私にとって一番愛おしいのは君だけだ。他の令嬢なんて関係ない。ロッティが私のことをずっと弟のように思っていたのは知っている。でも私にとってロッティはいつだって大切な一人の女の子だったよ。返事は急がない、とは言えないけどとりあえず私との結婚を考えて欲しい」


 ジョシュアの懇願するような声音から冗談ではなく真剣なものだと分かる。それでも困惑は隠しきれない。結婚は家の問題でもある。次期公爵の結婚ならば一族からも反対の声が上がるだろう。なによりもご両親だって賛成してくれるのか。姪だと思うからこそ可愛がってくれているがジョシュアの伴侶となれば話は別だ。


「でも、おじ様やおば様は反対するのではないのかしら?」


「まさか! もちろん賛成しているよ。おじさんたち……ディアス伯爵夫妻に求婚の了解は貰ってある。ロッティがうんと言えば婚約を飛ばして今すぐ結婚したいくらいだ」


「このこと、ジョシュのご両親も、お父様とお母様も知っているの?」


 シャルロッテは何も聞かされていない。留学から帰国したジョシュアが遊びに来るとだけ言われていた。


「難しく考えないで、まずは四年分の時間を取り戻そう。これからはロッティをデートに誘うから覚悟をしておいて」


 ジョシュアは大きくウインクして笑った。その仕草が幼く見えて昔のジョシュアが垣間見えた気がした。

 翌日からジョシュアは宣言通りにシャルロッテをデートに連れ出した。今日は最近開店したおしゃれなカフェに入る。


「ロッティはミルクティが好きだったよね? 今日はどうする?」


「ミルクティがいいな」


「分かった。ケーキは?」


「じゃあ、チーズケーキにしようかな」


 ジョシュアは必ずシャルロッテの意見を聞いてくれる。昔の思い出にこだわるような決めつける言葉も言わない。今のシャルロッテの好みや何を考えているかを知りたいと言ってくれた。それがこんなにも嬉しい。ティーカップを持ち上げ口をつけ目線を上げる。するとニコニコ顔のジョシュアと目が合う。くすぐったく思いながら温かな気持ちになって微笑み返す。


 ジョシュアといる時に子供の頃の感覚でいると驚かされてしまう。自分と大差ない身長は見上げるほど大きく、エスコートに差し出された手はすっぽりと包み込まれてしまう。背中も肩も立派になって腕も固い。何もかも自分の知っているジョシュアとは違う。それを認識する度に彼は男性だと意識してドキドキしてしまう。もう、弟とは言えそうにない。でも男性としてすぐに気持ちを切り替えるのは難しかった。ジョシュアは焦らせたりしない。ただ一緒に過ごしたいという。それに昔のジョシュアは「僕」と言っていたのに今は「私」というのもシャルロッテを不思議な気持ちにさせた。


「ジョシュは私のどこがいいの?」


 これは本心からの疑問だ。社交界では留学から帰国したフィンレー公爵子息の話題で持ちきりだ。こんなに素敵な貴公子が現れれば当然そうなるだろう。実際にフィンレー公爵家にはお見合いの打診が引っ切り無しに来ているとお父様が言っていた。シャルロッテ自身も知り合いの令嬢に彼を紹介して欲しいと頼まれている。世間的にはシャルロッテとジョシュアは仲のいい従姉弟同士だと思われているからだ。もちろん適当にはぐらかしたが。


 なんとなくシャルロッテはジョシュアと過ごす心地よさを誰にも譲りたくないなと思い始めている。その理由はまだ自分の中で形にはなっていない。


「ロッティはとっても優しい。小さい頃私が寝込んでいるといつも一緒に手を繋いで眠ってくれただろう。ロッティの温もりがあると絶対に悪夢を見なかった。君の小さな手がずっと私を守ってくれていたんだ。でも、これからは私がロッティを守るよ」


「そんなことで?」


 ジョシュアは力強く頷く。


「私にとってはとても大切なことだったんだ」


 小さなジョシュアは体が弱くいつも熱を出していた。真っ赤な顔で苦しそうなジョシュアが早く治りますようにと祈りながら手を繋いでいたことはよく覚えている。


 フィンレー公爵家は家格が高い分、多くの縁戚が出入りしていた。その中には体の弱いジョシュアに心無いことを言う大人もいた。シャルロッテは本来、気が強く大人相手に物怖じしない性格だったので、ジョシュアを守るためによく言い返していた。今思い返すとサイラスに対しては恋する気弱な乙女状態で何も言えなかった。彼の反応を気にし過ぎて自分の気持ちをほとんど言葉に出来なかった。


 あのまま自分の感情を押し殺したままでは彼と居ても上手くいかなかっただろう。お互いの本心をさらけ出せない関係で生涯を共にすることは出来ない。

 最近はもし相手がジョシュアだったらと想像するようになった。

 幼馴染でもあるので彼の人となりは誰よりも知っている。ジョシュアはシャルロッテを裏切ったりしないと無条件で信じられる。人生を預けるのにこれほど信頼できる人はいないだろう。

 だからといってシャルロッテの心はすぐに婚約に同意できる所にまでは至っていなかった。


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