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閑話.私はただ微笑むだけ

 ソフィアはキャンベル伯爵家に生まれた。生まれた時から美しくなると期待されその通りになった。成長と共に誰もが見惚れるほど美しくなり、幼い頃は天使のようだと言われた。年頃になれば妖精姫と持て囃される。

 社交界にデビューする前から縁談の申し込みは山のように来た。父はソフィアを一番地位が高く一番お金がある男のところへ嫁がせるつもりだった。もちろんソフィアに異論はなかった。


 人に褒められ羨望の眼差しを向けられると心が満たされる。ソフィアは常に賞賛されていたかった。

 社交界デビューの日は胸を高鳴らせた。王子様に見初められるかもしれない。自分は王太子妃や王子妃になれる。それだけの美しさを備えている。それは自分に相応しい将来だと思えた。ところが婚約を申し込んできたのはエイブラム・ガルシア公爵だった。我が国の三大公爵のうちの一つ。三大公爵は王族に次いで身分が高く権力もお金もある。立場だけを見れば不満はない。だけど見た目がまったく気に入らない。美しい自分の隣には美しい男が並ぶべきだ。だが両親は多額の支度金に目が眩んですぐに正式な婚約を結んでしまった。こんなはずじゃなかったのに。


 もう断ることは出来ない。それなら開き直るしかない。幸いエイブラムはケチではなかった。ただ嫉妬深く束縛が強いがソフィアの望むものは何でもくれる。贅沢と引き換えにこの男の妻になることを受け入れた。


 あまり期待はしていなかったがエイブラムは想像以上に役に立ってくれた。ソフィアは自分が学園中の憧れの存在でいたい。素晴らしいと褒められ称賛を浴びたい。その希望を叶えるために金に困っている令嬢たちの家に手を回し取り巻きを作ってくれた。彼女たちは援助という名の金と引き換えに毎日ソフィアを褒め称える。そこに心がこもっている必要はない。ソフィアが満足出来ればそれでいい。


 ソフィアは勉強が好きではない。勉強の時間を使えば髪を整え肌を磨くことが出来る。だが勉強が出来なければ美しいだけの頭の悪い女だと思われてしまう。それは我慢がならない。それを解決するためにテストのときは成績のいい令嬢を脅し彼女の答案用紙にソフィアの名前を書かせた。自分の答案用紙には彼女の名前を書く。結果は学年で一位だ。ソフィアは全てを兼ね備えた完璧な令嬢になった。


 テストの不正が見つかりそうになったときもエイブラムは力を使って握りつぶしてくれた。使い勝手のいい男だし、エイブラムの隣に並べばソフィアの美しさがより一層引き立つ。まさに『美女と野獣』だ。みな勝手にソフィアに同情したり励ましたりする。これはこれでいいのかもしれない。ソフィアは現状から逃げるよりも最大限いい所を見つけ満足するようにしていた。自分を磨く以外の労力は使いたくない。


 一応は満足しているつもりだが、美しい婚約者を持つ令嬢を見るとイライラが募り許せない気持ちが膨らむ。自分の隣は不器量なエイブラムがいるのに、自分より美しくない女がとびきり美しい男と婚約をして並んでいるのを見ると叫びたくなるほどの怒りが湧き起こる。許せない、許せない、許せない。


 だから破談になればいいと思っている。だからといってソフィアがその男と実際に浮気をすればエイブラムを怒らせてしまうので行動は起こせない。エイブラムを下手に怒らせれば監禁されそうだし、贅沢を咎められるかもしれない。生活の質を落とすようなリスクを冒すつもりはない。

 あからさまに相手を陥れる真似をすればソフィアが非難され完璧な女性でなくなってしまう。ソフィアは周りから『不釣り合いなエイブラムを慈悲の心で愛する、聖女のような素晴らしい女性』そう思われたかった。


 手段は限られている。そう、この美貌を使えばいい。ソフィアはただ瞳を潤ませ、切なげに溜息を吐く。そしてじっと相手を見つめれば、男は勝手に勘違いし自滅する。ソフィアのささやかな遊びだ。大抵の男性は見つめるだけでソフィアが自分に好意があると勘違いする。時折意味深に微笑んで期待を増長させるだけでいい。しばらくすればたいてい婚約は破談になる。それで留飲を下げていた。もちろんエイブラムはソフィアの行動を承知して黙認してくれている。彼なりに自分の容姿を気にしているのでそのくらいは大目に見てくれているようだ。実際に会話すらしていないので破談になった当事者たちもソフィアに文句を言うことは出来ない。


 数日前にサイラスとシャルロッテの婚約が白紙になったと聞いた。胸がスッとした。あんな平凡な令嬢が美しいサイラスと結婚して幸せになるなんて不条理だ。だから邪魔してやった。手を下していないのでソフィアに罪はない。


 誰かを不幸にしてもソフィアが幸せになれないことは自分でも分かっている。それでもきっとこれからも繰り返す。少しでも自分の心を満たす為に。


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