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7.上手くいかない

 しばらくすると父からの勧めで新たな婚約者候補となる令嬢と顔合わせをすることになった。格式ばったものではなく、まずは当人だけで外で気軽に会って話をする。家の利害関係がない年が釣り合う相手というだけなので家に招いたり招かれたりせずまずは相性をみるといったところだろうか。もちろんサイラスに対してガツガツするような相手は避けてくれている。令嬢側も相手を選ぶ権利があるということだ。


 サイラスは一人目の令嬢を以前シャルロッテを連れて行った古いカフェに誘った。もちろん前日にプランを練っての上でだ。カフェの後に公園による予定だ。ところが令嬢は建物の外観を見るなり、眉を顰めここは嫌だと言い出した。


「見た目は古いがなかなかいい店なんだ」


 ここは一番のお気に入りの店だ。入ってみれば納得してもらえると思っている。シャルロッテは喜んでいたから大丈夫だと考えていた。サイラスは物事を計画通りに進めたいと考えている。今回は断られる可能性を微塵も考えていなかったので代替案を用意していない。だからどうしてもこの店に入りたかった。


「サイラス様は私に嫌がらせをしているのですか? 私はもっと素敵なお店がいいです」


 気の強そうな令嬢は侮辱されたと思ったようで不機嫌なまま帰ってしまった。数日後に断りの返事が来た。

 この失敗を踏まえ次の令嬢とは図書館で会うことにした。シャルロッテとはよく図書館で過ごしていたので問題ないと思った。静かに本を読んで感想を語りあうのもいいだろう。


「図書館? 随分と安上がりですわね……。私は本が好きではありません」


「それならこれをきっかけに本の良さを知って欲しい」


「私は観劇に行きたいです!」


 令嬢は今流行の劇がどうしても見たいと譲らない。サイラスは令嬢をエスコートしながらしぶしぶ劇場に向かった。だがその公演のチケットの当日券は完売していた。


「サイラス様ってもっと紳士的で素敵なエスコートをして下さると思っていましたけどガッカリしました。あと流行にはもっと敏感であるべきだと思います。そのようなデートしか用意できないのなら女性は喜びませんわよ」


 その台詞に思わず言い返した。


「そちらこそ、随分と我儘ですね。だいたい流行ばかり追いかけて本が嫌いなんて無教養なのでは?」


 令嬢はものすごい形相でサイラスを睨んで帰って行った。その日のうちに縁談を断るとの連絡が来た。サイラスはすぐに新しい婚約者が決まると思っていた。それなのに全く上手くいかない。大体二人の令嬢は強い香水を付けて来て側にいると吐きそうになるのを我慢していた。その上サイラスにお姫様のように扱うことを望んでくる。サイラスの見た目で判断し過剰に期待してくるところも甚だ迷惑だった。


 シャルロッテだったら笑顔で全部を受け入れてくれていたのに……。彼女は香水を付けていなかった気がする。一緒にいて不快な思いをしたことがなかった。サイラスはついシャルロッテと他の令嬢を比較し落胆してしまう。なぜか夜会に行かなくなるとソフィアのことは思い出さなくなった。あれほど夢中で恋をしていたのにペンダントの結んだ縁ではないと知ると途端に気持ちが冷めてしまった。


 くさくさした気分のまま帰りたくなくて目についたパーラーに入ることにした。この店は新しくできたばかりで令嬢に人気らしい。令嬢に流行を知らないことを馬鹿にされたから入るわけじゃないと自分自身に言い訳をしながら扉を潜る。

 そういえばシャルロッテも一度は行ってみたいと言っていたが、サイラスは流行に乗るのが好きではないので聞き流していた。

 案内された店内は全室個室になっている。これならたとえ男性でも、もしくは一人でも気兼ねせずに入ることが出来るし、友人ともゆっくり話が出来そうだ。流行なりにいいところもあるのだと毛嫌いしたことを反省する。せっかくならシャルロッテと来たかったと後悔する。

 給仕にコーヒーを注文するとすぐに出て来て驚く。あまりにも早い。香りを確かめ一口飲んでみる。

(まずい……)コーヒーは作り置きされたものだとすぐに分かった。

 落胆しながら溜息を吐くと隣の個室にお客が入ったようで女性の甲高い笑い声が聞こえてきた。

(個室はいいが壁が薄くて筒抜けだな)いい点もあるが悪い点が多い。この店に二度来ることはないだろう。


 おしゃべりをしている令嬢たちは話に夢中で隣の部屋に声が聞こえていることに気付いていなさそうだ。


「ねえ。ソフィア。聞いた? サイラス様とディアス伯爵令嬢の婚約無くなったらしいわよ。これでソフィアのせいで破談になったの何組目?」


 壁があるにもかかわらずはっきりと隣の話し声が聞こえる。壁が薄すぎる……いや、問題は話の内容だ。くすくすと話す女性の言葉にぎょっとする。今、自分の名前が出ていたはずだ。


「もう数えていないわよ。本当、男って簡単よね。見つめればすぐに自分に気があると思い込んでのぼせあがって。お馬鹿さんが多すぎるわ。でも私のせいじゃないわ。だって私は何もしていないでしょう? 二人が勝手に婚約をやめたのよ」


「本当にソフィアって悪い女よね~。最悪の趣味よ? あなたの本性を知っている人からは壊し屋令嬢(クラッシャーレディ)って呼ばれているのよ。あなたの見かけに騙される男たちが憐れだわ」


 返事をした声は間違いなくソフィアだった。サイラスは顔色を青くし聞き耳を立てた。


「サイラス様は学園に居たとき落とし物をしたでしょう? みんな自分が拾って届けたと名乗り出て面白かったわね。だから私もちょっとしたイタズラのつもりで交ざってみたの。でも嘘をついてあとから追及されるのは困るから、意味深に言葉をかけて控えめに微笑んで。そしたら勝手に勘違いしてくれてお礼にお菓子を贈ってきたのよ。でも正直ガッカリ! お礼がお菓子って!! もっといいものをくれると思ったのに期待外れだった」


「あはは~。お菓子? せめてアクセサリーとかにして欲しいわね」


「それからサイラス様は何かと私を見つめて来るようになったの。夜会で自分の隣に婚約者がいるのに私から目を逸らさないのは呆れたわ。もう笑いを堪えるのが大変だったし。本当に美しいって罪よね。でも崇められるのは気分がよくてやめられないわ」


「ソフィアの信者は多いからね」


 自分を馬鹿にしている内容に耐えられなくなり席を立って店を出た。ソフィアの本性を知り頭の中が真っ白になる。美しい顔と同じように心も清らかな女性だと信じていた。でも違う。あんな女を好きになりシャルロッテとの婚約が無くなってしまった。サイラスは自分が間違えた行動をとっていたことを本当の意味でようやく理解した。

 自分が信じていたものはなんだったのか。どうやって屋敷に戻ったのかも覚えていない。そのまま自室にこもり頭を抱えた。自分の全てが否定されたような気がして胸が苦しい。


 サイラスは無性にシャルロッテに会いたくなった。平凡で穏やかな顔が見たい。彼女が自分に笑ってくれれば心の平穏を取り戻せるような気がした。だが父に言われている以上会いに行くことは出来ない。

 全ての真実を知ってシャルロッテの大切さを思い知った。ソフィアに騙されたのは容姿だけで判断してしまったからだ。自分は愚かだった。シャルロッテこそがサイラスにとって理想的な女性だった。誰といるよりも楽しかったのにソフィアを妄信するあまりに気付かなかった。


 その後も数人の令嬢と顔合わせをしたが付き合っていけそうだと思えた女性はいなかった。シャルロッテの良さが浮き彫りになってしまい、他の令嬢に心を開けない。

 情けない息子にそれでも父は寛大だった。今のサイラスは父の考えを正確に理解している。家の繋がりや利益を考えずに令嬢を探し顔合わせをさせてくれている。性格が合わない女性と悲惨な結婚生活を送らずに済むように考えてくれている。そのことに心から感謝していた。


 数人の令嬢たちとの顔合わせが一区切りついた所でサイラスは父の執務室へ向かった。誰と過ごしても上手くいかない。どちらかといえば女性不信に拍車がかかっている気がする。だからもう一度だけチャンスが欲しかった。そうしたら今度はシャルロッテを敬って大切にすると誓う。今度こそ……。


「父上。お願いです。ディアス伯爵にもう一度、シャルロッテとの縁談を申し込んでください。今度はシャルロッテを大切にします。それにこちらの家格の方が上です。シャルロッテにとっても悪い話ではないはずだからきっと受け入れてくれるはずです」


 父は悲し気にサイラスを見た。


「お前は家格で己を誇示するのか? 言っておくがディアス伯爵家は大変な資産家だ。伯爵家だからと侮るな。我が家より上の家ともシャルロッテ嬢が望めば縁付けるだろう。今もディアス伯爵家とは業務提携を継続しているが、なくなってもあちらにとっては大した痛手にはならない。困るのは我が家の方だ。侯爵家だからと言って自分の方が上だという傲慢な考えを捨てきれないうちは、ディアス伯爵はお前を受け入れないだろう。しばらく見合いは見送るから仕事に専念するように」


「はい……」


 家格で判断したことを指摘されて目を伏せた。返す言葉も見つからずサイラスは引き下がった。それでも諦めることは出来そうになかった。



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