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4.思いを寄せる女性

 サイラスはクラーク侯爵家の後継ぎとしての自覚を持ち相応に振舞っていた。もともと穏やかな気性で人と争うことは好まず、だからといって気弱になることもない。身分で相手を見下すこともなく気さくに人と接するので男の友人も多く、敵を作ることもなかった。友人には八方美人なだけだと言われることもあるが人間関係を良好に築ければそれに越したことはないはずだ。


 サイラスは自分の容姿が整っていることを知っていた。更にもろもろの条件を考えても自分はかなりの優良物件で令嬢に人気があることも自覚していた。

 だが残念なことにサイラスには女運がない。温厚な彼であってもサイラスの妻の座を望む一部の積極的な令嬢の行動には辟易していた。約束もなく屋敷に押しかけ不在であれば待っていると屋敷に入ろうとする。もちろん断っているがそういう厚かましい人間は簡単には引き下がらない。騎士を使いその家に抗議する所まで発展することもあった。


 誕生日にプレゼントを受け取れば、中身に怪しげな呪いの人形や薬が入った食べ物を贈られた。優しく振舞った結果、押せば何とかなると思われてしまったのかもしれない。付け込もうとする過激な令嬢に付き纏われる。


 そうなれば女性に対する警戒心は強くなる。学園で縁を結びたがる令嬢に対しては明確に距離を取った。こんなことで自分は将来結婚できるのかと不安になったが、いずれ父が利のある相手を探してくるだろう。自分自身の結婚になんの期待もしていなかった。


 自分は一生恋を知らずに生きていく。その考えが変わる出来事が起こった。

 サイラスは幼い時に母を失くしている。母の写真を入れたロケットペンダントをお守り代わりに持ち歩いていたのだが落としてしまった。慌てて教室、自分が歩いた廊下を戻り探し回ったが見つからなかった。教師に落とし物が届いていないか聞いたがないと言われた。自分の迂闊さを呪いたくなる。ひどく落ち込み屋敷に帰宅すれば、家に届いていた。


「ああ、よかった!! 一体誰が届けてくれたんだ?」


 ロケットペンダントを受け取り写真を確かめる。間違いなく自分のものだ。無事に戻ってきたことに心から安堵した。


「今回は本当にサイラス様が落としたのですか?申し訳ありません。またいつもの手を令嬢が使ったと思いそのまま追い返してしまいました」


「それでは礼が言えないではないか……」


 執事は深く頭を下げた。彼を怒る気にはなれなかった。何故なら学園でサイラスに近づくために机から私物を盗み、後日落とし物を届けにきたと屋敷に来る令嬢が何人かいたのだ。そして婚約者になりたいと言い出す。執事はそれを危惧して追い返したのだ。


「その女性は礼を要求したのか?」


「いいえ。ただ届けただけだとおっしゃっていました。以前もそう言って屋敷に入ろうとする方がいたので同じ手口だと判断してしまいました。申し訳ございません」


 過去にお礼にサイラスの部屋に入りたいと言い出した女性がいた。断ると帰ったふりをして庭から侵入してサイラスの部屋を探しているところを発見して追い出したこともある。同じ類の女性だと判断したことは早計だった。せめて名前くらい聞いておいて欲しかった。

 普段なら令嬢と親しくなろうとは思わないが、見返りを求めずに届けてくれた令嬢に興味が湧く。なにより母の形見を届けてくれた人なら母が縁を引き寄せてくれたような気がした。


「仕方がない……とはいえ、その人を見つけたいな。どんな人だった?」


 執事は眉を寄せ僅かに考えた。


「普通の女性ですがただ髪は綺麗なチョコレートブラウンでした。瞳もブラウンだった気がします」


 漠然とし過ぎて手掛かりにならない。老齢な執事からしたら若い令嬢は皆普通の女性に見えるだろう。


「そうか。学園の生徒であることは間違いない。地道に探してみよう」


 翌日、友人にその出来事と届けてくれた女性を探している話をした。見つけたい一心とは言えサイラスはその軽率な行動を悔やむことになる。その話を聞いていた女生徒が「それは自分だ」と名乗り出てきた。その女性は金髪だった。同じように名乗る女性が何人も出て来て困惑する。髪色も瞳の色も一致しない。一致したとしても信じていいのか分からない。


 サイラスは途方に暮れ諦めかけていた。そんなときソフィア・キャンベル伯爵令嬢が話しかけてきた。


「サイラス様。大事なものが戻ってきてよかったですね」


 彼女は妖精のような美貌に優しい笑みを浮かべている。心臓がドクリと大きな音を立てる。ソフィアの髪はチョコレートブラウンで綺麗なサラサラの髪だ。瞳の色はグレーだが執事がブラウンだと言ったのは記憶違いだったのだろう。きっと彼女に違いない。


「キャンベル伯爵令嬢が届けてくれたのだろうか?」


 彼女はニコリと笑うだけ。自分の行いを誇示せずなんて奥ゆかしいのだろう。その上とても美しい。元々彼女は成績優秀で振る舞いも淑女として評価が高い。男女問わず彼女を悪く言う人間を聞いたことがなかった。


「ありがとう。ぜひあなたに何かお礼をしたいのだが、なにか希望はないだろうか?」


 ソフィアはゆるゆると首を振って微笑む。


「サイラス様の笑顔を見ることが出来て嬉しいです」


 サイラスは柄にもなく頬を染めて口ごもってしまった。


「そ、そうか……」


 何もしないわけにはいかないと思い後日、王都で評判の菓子を贈った。彼女にはガルシア公爵という婚約者がいる。誤解を招く行動は出来ない。それは彼女にも迷惑をかけてしまうことだ。


 それでもソフィアを見ると今までに感じたことのない胸の高鳴りが生まれる。彼女から目を離せない。これが恋なのか。たったあれだけのことで人は恋に落ちるのか。女性を苦手としている自分がまさかと信じられない。


 もし……もし彼女に婚約者がいなければサイラスが婚約を申し込めたのに。生まれて初めて女性に好意を抱いたのに親しくすることは出来ない。


 ソフィアとはクラスメイトを交えて談笑することはあったが、二人きりで話すことは出来なかった。彼女は大勢で話をしていても控えめで笑みを絶やさない。サイラスが今まで話をした令嬢の多くは自分の話を捲し立てるタイプばかりだった。感情的にならずに穏やかに人の話を聞く姿勢はサイラスにとって理想的な女性像だった。

 ソフィアには彼女を慕う令嬢がいつもそばに居る。人徳がある上に、男性とはきちんと距離を弁えた付き合いをしている。彼女を知るほどサイラスの心はソフィアに傾倒していった。


 気安く話しかけられなくてもサイラスは彼女の後姿を毎日見つめることが出来る。サイラスの席は一番後ろで、ソフィアはその斜め前だ。彼女の後姿は美しい。特に背を覆うサラサラなチョコレートブラウンの髪が目を引く。その髪に見惚れつつ仄かな想いを抱き続けた。婚約者がいる令嬢に懸想するなどと自嘲しながら、その思いを告げることなく密かな思慕を心に残したまま学園を卒業した。


「サイラス。お前の婚約者を決めた。今、業務提携をしているディアス伯爵家のシャルロッテ嬢だ。しばらく様子を見て問題なければ正式に婚約を結ぼうと思う。まずは距離を縮めなさい」


「はい」


 サイラスは不満を口にしなかった。ソフィア以外なら誰でも同じだ。父が選んだ相手なら問題はないだろう。屋敷に押しかけてくるような悪い意味で積極的な令嬢でなければいい。


 サイラスは婚約者に過度な期待はしていない。まともでさえあればいい。愛情が芽生えるとも思えなかったし、この婚約は政略なものなのだから相手も同じ気持ちだろう。

 それでもいずれ夫婦となったときに体裁が保てるようそれなりに良好な関係を築くつもりではある。サイラスは早速挨拶に向かうことにした。


「サイラス様。ご挨拶に伺うなら花束を持って行かれたほうがよろしいでしょう」


 執事のアドバイスになるほどと頷く。花か……何の花を選べばいいのか。そういえばソフィアがクラスメイトと談笑していた時に白薔薇が一番好きだと言っていた。


「白薔薇の花束を手配してくれ」


「かしこまりました」


 白薔薇を手に挨拶に行って、婚約者となった女性と対面する。シャルロッテとは同学年ではあるが在学中に接点はなく面識はない。


 彼女の第一印象は普通、だった。シャルロッテは特に醜いわけでもなく、だからといって特筆するほど秀でているところはない。サイラスは学園でソフィアを見つめてばかりいたのでソフィアが美醜の基準となっている。大抵の令嬢は普通に見えてしまうことに気付いて心の中で苦笑いをした。


 それでも一つだけとても目を引くところがある。それはソフィアと同じチョコレートブラウンの髪だ。腰に届きそうな長さでサラサラと輝きとても綺麗だった。その髪を見てサイラスの心は高揚した。ソフィアを彷彿とさせる髪の婚約者。これも何かの縁、なのだろうか。



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