18.不安を誘う視線
シャルロッテはジョシュアの顔を眺めていた。
今、二人でレストランに来ている。食事中でもついカッコいいなあと目が向いてしまう。目が合うとジョシュアは嬉しそうに笑う。
ジョシュアは家を継ぐために忙しくしているが、時間を作ってはシャルロッテを連れ出してくれる。ただの街歩きのときもあれば、観劇や食事にも行く。プレゼントももらっている。小物から宝石までなんでも贈りたいという。あまりの多さに慄いて「もう、十分だ」と伝えれば「留学して離れていた四年分を取り戻すまでは止めないよ? ロッティとしたいことがいっぱいあったんだ。全部叶えるつもりだから覚悟してね」と言われた。
シャルロッテは幸せ過ぎて怖くなるくらいだ。
食事が終わり馬車を待たせて公園を二人で手を繋いで歩いた。
すると正面からガルシア公爵とソフィアが歩いてきた。とくに面識はないし公式な場所ではないのでお互いに会釈をしてすれ違ったが、シャルロッテの心の中は穏やかではなかった。
何故ならソフィアはすれ違う瞬間までジョシュアのことを瞳を潤ませてじっと見つめていた。ソフィアはいつ見ても綺麗だ。女性の自分が見ても女神のように美しいと思う。男性ならば尚更だろう。恐々とジョシュアを見上げる。もしうっとり見惚れていたらどうしよう。
ジョシュアはいつも通りシャルロッテを愛おし気に見ていた。思わず首を傾げた。ジョシュアがソフィアに見惚れている様子はない。
「ねえ。ジョシュ。今すれ違ったソフィア様のことどう思った? とても綺麗な人でしょう? 気にならない? 見惚れない?」
ジョシュアはきょとんとして瞬きをする。予想外のことを言われたという表情だ。
「どうでもいいかな。私にとって一番綺麗なのはロッティだから」
「あ、そうなのね」
嬉しいけどあまりに真っ直ぐな言葉に恥ずかしくなる。耳が熱い。
「ロッティ。可愛い」
ジョシュアがシャルロッテを見下ろしながらくすくすと笑っている。
繋いている手にジワリと汗をかき気持ち悪いに違いないと離そうとしたが、逆にぎゅっと握られてしまった。ジョシュアにとっては誰もが想いを寄せる美女も眼中になく、シャルロッテが一番らしい。自分の平凡さは自分がよく分かっているが、それでもジョシュアの言葉に胸がいっぱいになった。
そんな幸せな時間も夜会に出席すると台無しになる。
最近は絡んでくる令嬢がいなくなった。今まで文句を言っていた令嬢たちはジョシュアを見ると怯えたように距離を取り、シャルロッテにも近寄らない。もしかしたらジョシュアが何か忠告をしたのかもしれない。やっと平穏な心を取り戻せると思ったのだが、別の悩みが生まれてしまった。
ソフィアだ。彼女は結婚後、公爵夫人としての勉強が多忙になり限られた社交場にしか現れなかったが、最近少しずつ夜会にも出席している。
そして夜会で鉢合わせるたびにジョシュアに甘く纏わりつく視線を向ける。既視感があった。シャルロッテがサイラスと婚約していた時に彼女がサイラスに向けるものと同じ、いやそれ以上に熱の籠った眼差しを向ける。
(ソフィア様は何故そんな目でジョシュアを見るの? まさか、ジョシュアのことを好きになったとでもいうの?)
ソフィアの真意が分からない。
以前、ソフィアがサイラスと見つめ合っていた時二人は噂になった。二人の悲恋を同情する声とシャルロッテを邪魔者だと嗤う言葉を聞かされた。でもよく考えればサイラスはもちろんだが、ガルシア公爵と婚約しているソフィアだって不貞と責められてもおかしくないのに二人を悪く言う人はいなかった。
シャルロッテだけが悪者のように言われるのはおかしいはずなのにあの頃は気付かなかった。その後、シャルロッテはサイラスと婚約を白紙にしたが、その途端にソフィアはサイラスに興味を失くしたようで、あの熱い眼差しを向けることもなくなり今はもうサイラスを見ることすらしない。ソフィアはサイラスを好きではなかったのだろうか。それならば何のためにソフィアはあの視線を向けていたのか。
そして今度はジョシュアだ。
今のソフィアはガルシア公爵夫人だ。婚約時代は大目に見られても今軽率な行動を取れば酷い醜聞になる。あんなに熱心にジョシュアばかりを見ていれば周りの貴族たちだって気付く。現にご婦人方は扇子で口元を隠しているがヒソヒソと噂をしている。
それなのにソフィアは周りを気にすることなくサイラスの時と同じようにジョシュアを恋焦がれるように見つめている。
シャルロッテはジョシュアを信じている。それでも不安は消せない。たとえ好きにならなくても男としてあれだけ美しい人に思いを寄せられれば嬉しいに違いない。
(ジョシュアをそんな目で見ないで)
「ロッティ? 顔色が悪いね。今日は早めに切り上げよう」
「うん、ごめんね。そうしてくれると助かるわ」
ソフィアに「ジョシュアを見ないで」と言ってしまいたい。思わずジョシュアの腕をぎゅっと握ってしまう。するとジョシュアはその手を外してしまった。一瞬、嫌がられたのかとヒヤリとしたが、すぐに指を絡ませ握ってくれた。そして握った手を自分の口元に持ち上げるとシャルロッテの指にそっと口付ける。ジョシュアのその仕草に胸の奥が熱くなって無性に泣きたくなるのを我慢した。
(ジョシュアなら大丈夫。ジョシュアは口に出さなくても私の不安を敏感に感じ取って安心させようとしてくれている。だから私は彼だけを信じればいいんだ)
不安を振り払うようにそう自分自身に言い聞かせた。




