9.まずは一緒に
ジョシュアに誘われて街歩きをしたり観劇に行った。彼は喜劇を選んだので二人でお腹が痛くなるまで笑った。二人で過ごす時間に違和感はなくそれどころかとてもしっくりした。
「今日は気になるお店があるのだけど一緒に行ってくれる?」
「もちろん!」
上機嫌のジョシュアを連れて一カ月前にオープンしたミント専門店を訪れた。多くの女性客で賑わっている。男性には居心地が悪いかもしれないと心配したがジョシュアの表情を見る限り大丈夫そうだ。
シャルロッテは新しいものに飛びつきたいタイプだ。ジョシュアも好奇心旺盛なタイプなので二人で行動するとぐいぐい進んでいってしまう。でも冒険気分が味わえて楽しい。
お店に入ればミントの香りがする。さすが専門店だけあってミントの葉はもちろんミントの入った紅茶やクッキー、チョコレート、石鹸、ポプリと食品や雑貨が所狭しと並んでいる。奥にはカフェもあり二人目を合わせ頷き合った。早速席に着き注文する。
「ミントの紅茶とミントのシフォンケーキにするわ」
「私はミントアイスにしよう」
女性客はちらちらとジョシュアに視線を送る。本人はさらっと無視している。なかなか頼もしい。
ここに来る前に「もし行きたくないところがあったら遠慮なく言ってね」と伝えたが「ロッティとならどこだって楽しいから大丈夫」と言われた。そこに遠慮はなく素直にそう思ってくれていることが分かる。ジョシュアの笑顔がそれを裏付けてくれている。すごく嬉しい。
給仕が運んできた紅茶とケーキを前にドキドキする。まずは紅茶を飲む。スース―するけどさっぱりしている。暑い季節は爽快感がある。シフォンケーキには水色のホイップクリームとミントの葉が添えられている。ものすごいこだわりを感じる。早速一口食べてみる。見た目のインパクトからの想像よりミントは控えめで食べやすい。ジョシュアがこちらをニコニコ見ている。
「ジョシュのアイスも食べて感想を教えて?」
ジョシュアはアイスをスプーンに掬うとシャルロッテの口元に差し出した。
「まずはロッティからどうぞ?」
「じゃあ遠慮なく」
シャルロッテはぱくりと口に入れる。甘くてさわやかな味がする。
「美味しい?」
「うん。美味しい。ありがとう。はい。ジョシュ」
お礼にミントのシフォンケーキをフォークに乗せ差し出す。
大きな口を開けて頬張る姿は子供っぽくて懐かしく感じる。咀嚼をして味わうとパッと笑顔になる。なんだか可愛く見えてしまう。でも真剣な表情になると途端に凛々しくなるからドキッとしてしまう。あまり考えると顔が赤くなりそうなので目の前のケーキに集中した。その後はお互い自分が頼んだものをモクモクと食べ進めた。
「爽やかな味だね」
「でもミント味だけを食べるのはさすがにあきちゃうかな」
お水もミント水でここにいるとミントから逃れることが出来ない。ここまで徹底したお店はなかなかすごいと思う。店主のチャレンジ精神と勇気を称えたいところだ。最初は物珍しくてお客さんも多いだろうけど継続しての集客は上手くいくのかしら。
「確かに違うものが食べたくなるね。ところでロッティのそばかす消えたんだね」
「そう! 消えたのよ!!」
シャルロッテは力強く頷く。子供の頃は顔にそばかすがあったが大人になるにつれ消えていった。実はコンプレックスでお化粧で隠すのが大変(隠しきれない)なので本当に嬉しかった。
「ロッティはそばかすが嫌だったの? 私は可愛くて好きだったなあ。チャームポイントだったのに消えてしまってちょっと残念だった」
「えっと……ありがとう?」
ただでさえ平凡顔にそばかすがあると、大抵の人は残念か気の毒そうな顔をする。私にとっての憎いそばかすを可愛いと誉めるのは家族とジョシュアだけだと思う。
「ロッティ。今度の夜会行くよね。私がエスコートをしてもいい?」
「まだ駄目よ。お父様にしてもらうわ。ジョシュとはまだ婚約していないでしょ」
「う~ん。そう言われてしまうと諦めるしかないか。でもダンスの相手にはなってくれるよね」
「ジョシュと踊れるのは楽しみだわ」
ジョシュアとは来週の夜会で踊ることを約束した。シャルロッテは帰宅するとその時に着るドレスの候補を選んだ。髪型も考えてアクセサリーも決めないと……。
「シャルロッテはジョシュアとお出掛けするとご機嫌になるわね」
夕食のときにお母様がニコニコしながら言い出した。特に意識していなかったが確かにジョシュアといると自然体でいられる。それが機嫌よさそうに見えるのだろう。
「だってジョシュですもの。気を遣わなくてもいいし安心できるから楽しいのよ」
お父様はちょっと拗ねた顔をしている。
「シャルロッテ、ジョシュア以外の男性と交流を持ってもいいと思うぞ?」
お父様は反対まではしないがジョシュアのことについては後ろ向きだ。
「お父様はジョシュが不満なの?」
「ジョシュアがいい子なのは分かっている。問題はフィンレー一族だよ」
なるほど。名門公爵家に群がる縁戚のことを危惧しているらしい。
シャルロッテだって小さなころからフィンレー公爵家に出入りしていたのだから、お家のことは少しくらい分かっている。どこの家でも大なり小なり問題はある。それも家格が高くなればより厄介な人間が集まる。お父様はそこを心配してくれているが、シャルロッテとしてはフィンレー公爵夫妻に反対されていなければ特に気にならなかった。
「私はそれほど気にしていないわ」
「シャルロッテの心はもう決まっているのかしら?」
お母様の言葉に顔が赤くなる。
「ま、まだよ。ごちそう様。部屋に行くわ」
お母様はシャルロッテの反応を見て楽しんでいる気がする。それ以上の追及を避けるために、席を立った。
部屋で就寝の準備をしながら昼間のことを思い出す。ジョシュアとのお出掛けは本当に楽しかった。あっという間に時間が過ぎてしまう。
ジョシュアといるのは心地よい。最初はそれだけだった。でも頻繁に会う内に子供の頃とは違う感情が芽生え始めた。
エスコートの度に触れる手や腕の硬さにドキドキしたり、耳もとで囁く低い声に緊張したり、自分を見る時に目を細めて柔らかく笑う顔に心臓が跳ねたり。ジョシュアの口から頻繁に告げられる「ロッティ。大好きだよ」は子供の頃に散々聞きなれた言葉だったのに、今聞くと恥ずかしくて困ってしまう。
自分はジョシュアに恋をしているのだろうか。サイラスを想う時はいつだって切なくて苦しくて、振り向いてほしくて懇願するような気持ちでいた。息がつまるような想い、それが恋だと思っていた。
でも、ジョシュアといる時は穏やかで楽しくて、嬉しいでいっぱいになる。少なくとも自分はジョシュアの前だと自分のままでいられる。変に取り繕うこともしないし、過剰に良く見せようとは考えない。ジョシュアはどんなシャルロッテを見ても幻滅しないと知っているからだ。
ジョシュアは時々穏やかなだけでなく熱のこもった目でシャルロッテを見つめるときがある。それに気づくと何故か切なくなって心臓が締め付けられる。
これは家族を想う気持ちなのか、それとも、もっと別の……。シャルロッテは自分の気持ちの変化に薄々気付いているが、まだこの優しい時間を手放したくなくて答えを保留にして眠りについた。




