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8.アナタハ神ヲ信ジマスカー?


 五歳に戻った私は、まずその五人の子らと友誼を結べるよう努力した。


 繰り返す中で、流石に『貴族らしく見える立ち居振る舞い』はなんとか身に付けた。彼らに初めて出会った時の、あの傍若無人な化け物より、幾許かはましになった。

 彼らは皆、その年齢にそぐわぬ知識や知恵を持っていて、それ故に礼儀作法なども完璧であった。


 あの子らに認めてもらうには、私も相応の努力をせねばならない。

 『貴族らしく見える』程度ではなく、『王族として恥ずかしくない』者になる必要がある。

 そう考えた。


 上から頭ごなしに命令するだけであった化け物は、五歳から全てをやり直した。


 その五年間で既に私を遠巻きにしていた侍女たちも、理由までは分からないが私が以前までと違うと気付き、私の為に手を貸してくれるようになっていた。


 彼らが私を友と認めてくれるのに、一年の月日が必要だった。

 一年間、私は必要な知識を詰め込み、『出来て当然』の礼法を学び、粗野な口調や所作を改めた。

 その『一年』という月日は、かつての化け物であった私を彼らが見限った期間だった。

 一年であれば、私を真っ先に見限った公爵令息も子爵令息も待ってくれる。けれど、一年内に結果を出せなければ彼らは去ってしまう。

 そんな思いで必死に様々な事を身に付けた。


 友人となった彼らはやはりとても優秀であったし、信用も信頼も出来る相手ではあったのだが、私は自身の身の上に起こっている現象については口を噤んだ。

 話したとして、理解できる者が居るのだろうか。

 私自身ですら、何が起こっているのか、どうなっているのか、説明など出来ないというのに。

 そういう思いからだ。


 出会いからやり直した私たちは、とても良い友人関係を築いていた。

 五人はそれぞれ得意な分野も異なっていて、皆で話をするだけで楽しかった。


 ……そう。

 とても楽しかった。


 思い返せば一回目から今回まで、『楽しい』と感じる事があっただろうか。

 周囲に友も居らず、信を置く相手も居らず……。

 『自分自身』しか見えていない私は、己の孤独にすら気付いていなかったのだ。


 一回目のフィオリーナは、確かに私を愛してくれたのかもしれない。けれどそれは、鳥のヒナの刷り込みと何が違うのだろう。

 馴染めぬ貴族社会で「そのままでいい」と甘やかしてくれる私に、縋っただけなのではないだろうか。

 そして私も、私を持ち上げ褒めそやしてくれる彼女に、優越感などは抱いても、愛情はもっていただろうか。

 離宮に幽閉されて以降、それなりに長い時間を二人で共に過ごした。

 けれど、そこで何を話したのか、何をして過ごしたのか、それらはもう思い出せない。


 フィオリーナにとっては縋れる相手なら誰でも良かったし、私にとっては私の気分を悪くさせない相手なら誰でも良かった。


 なんと無味乾燥な関係性だろう。


 フィオリーナには申し訳ない事をしたな、と思ったが、それを謝ろうにも彼女にはやり直した記憶などないだろう。そしてもしも記憶があったとしたならば、謝って済むような事態ではないのだから、謝罪など無駄だろう。


 せめて次に妃を選ぶ時は、私が心から望む相手にしよう。

 そう決めた。


 余談だが、私はフィオリーナ以外の妃を持った事がない。

 そんな心の余裕もなかったし、いつ殺されるかも分からぬ身の上で妃など、という気持ちもあったからだ。

 そのフィオリーナにしても、婚姻の避けられぬ状態からのやり直し回以外では、私は彼女を妃に望む事はなかった。

 彼女は私の妃になると必ず処刑されてしまう。逆に妃にならなければ、幸せになる道もあったからだ。


 日々はとても楽しく、充実していて、私はすっかり忘れそうになっていた。

 私がやり直しを繰り返しているのは、決して友人を作る為ではない。


 あのシュターデンという家が何であるのか。そして彼らの目的が何であるのかを暴かねば、私はまた二十五歳前後で死ぬ事になるのだ。

 そしてその頃にはまた、国は荒れている事にもなる。


 さて、どこから手を付けようか……。



  *  *  *



「君ならどこから手をつけるかな?」

「そうですねぇ……」

 問題が多すぎて、本当に何処から手を付けたものかが全く分からない。


 とりあえず、クリス様がこのデスループを抜けるには、シュターデンを何とかしないとならない。

 けれど……。

「クリス様は、そこまでのやり直しで、シュターデンの尻尾は掴んでらっしゃいましたか?」

「いや、全然。分かっている事は、『連中には何か企みがある』という事と、『連中を何とかしないと、私は必ず殺される』という事だけだね」

 ん~~~……、情報が少ない!


「クリス様を殺しにくる相手というのは、必ずシュターデンの者なのですか?」

 だとするならば、尻尾を掴むまでいかなくても、シュターデン家の動きを注視していれば防げる可能性はある。

 どうだ? どうなんですか、クリス様!?

 じっと見ていると、クリス様は僅かに楽し気に笑われた。

「その答えは『確証がない』だね。私が死ぬ前後、城の中にはシュターデンの他に『王位簒奪を目論む者』というのも存在している。恐らく、どちらからしても私は邪魔者だ」

 うあ、そっか。そんなのも居たか!


「ただ、私を殺す為には、私に付く警護が薄くならねば不可能だ。……それこそ、国が荒れ、騎士たちが私たち王家を見限るような事態がね」

 あ……!

「それを引き起こすのが、シュターデンなのですね……」

「そう」


 一番初めの『国を崩壊させる引き金』を引くのが、シュターデン家だ。

 それが恐らく、今回早々に処刑されたあの人々なのだろう。

 リストには結構な人数が居た。あれら全てが城の主要な部門のそこかしこに散っていたとするならば、警戒するのはとても難しい。

 では、シュターデンを城の中に食い込ませないようにするには?

 シュターデン伯爵家というのは移民だ。それが何故貴族となっているかというと、金で爵位を買ったからだ。

 彼らが移住してきた頃、この国は少々財政に難を抱えていた。そこで、手っ取り早く大金を作る方法として、幾らかの爵位を売り出したのだ。

 シュターデン『伯爵』家というのは、その一つだ。

 他にも幾つかある爵位を買った家々は、皆総じて要職などには就いていない。正確に言うのであれば、『就けない』だ。金で爵位を買うような品性の下劣な者を、生来の貴族と一緒にされては堪らない、という「ああ……、そっすか……」的な事情によるものだ。

 そういう事情があるので、シュターデンの人間は城の中には通常入り込めない。

 そのシュターデンが城へ食い込む『きっかけ』を持っているのは、多分ヒロインちゃんだ。けれど、ヒロインちゃんを名指しで「王太子の生誕祝賀に来るな」とは言えない。

 ならば……。


「ヒロ……、いえ、フィオリーナ嬢が初めて城に来るクリス様の生誕祝賀の際、彼女を城の深部へ侵入させない……というのは?」

 言うと、クリス様はにやっと悪い笑みを浮かべた。

「時間稼ぎくらいは出来るだろうね」

 あー……、時間稼ぎくらいにしかなんないのかー……。

 そんじゃあ、そうだな……。


「まだやり直せるとするならば、時間をかけて一つずつ詰めていく……ですかねぇ?」

 もうそれくらいしか思いつかない。

「それと同時に、国が荒れた時の為の備えを考えるのと、そもそも荒れないようにするにはどうしたら良いのかを考えるのと……」

 やる事、多!!


 う~んう~んと唸る私に、クリス様が小さく笑った。

「私には他に、それまでのやり直しで分かっている事もあった。たとえば、父の死因だとか」

 陛下の死因!! 確かに、『崩御された』と聞かされるだけで、詳しい状況なんかは聞かされていなかった。確か、『体調を崩された数日後に亡くなる』だったかな?

「何が原因なのですか?」

「毒だね。蓄積型の。それが恐らく、食事か飲み物かに、極少量ずつ混ぜ込まれていた。母が体調を崩していたのもこれだ。気付いた父が、母に『なるべく食事に手を付けるな』と忠告したらしい。体調を崩されていたのは事実なようだが、父の忠告に従い、『体調を崩した事にして、信用できる侍女たちに食事を用意してもらう』という事にしていたらしいね」

「その毒は、誰が……?」

「シュターデンだ。調理場の下働きで、調理には携わらない者の中に、シュターデンの者が居た」

 調理場はダメだってぇー!!

 そんなとこ、何でもやり放題じゃんー!!

 いくら直接調理に関わらないって言っても、やろうと思えば出来んじゃーん!!


「じゃあそれも追加ですね。調理場の人事を何とかするのと、身元調査の徹底」

 やる事が~、多すぎる~♪

 しかも多分というか絶対、まだやっとかなきゃいけない事、いっぱいある……。

 これマジでループ前提じゃないと片付かないんじゃね?



  *  *  *



 やるべき事が多すぎて、さて一体何から片付けようか……と思案する中で、私は気付いた。

 これら問題を一人で解決しようとするならば、これまでのやり直しと何も変わらないのでは? と。


 私が今回五歳からやり直したのは、『信用できる味方』を作る為だ。

 そしてあの五名は、それに足りる。


 これまでの事を話してみよう、と、私は決めた。

 ただ、事実として語るにはいささか荒唐無稽が過ぎる。私がおかしくなった……などと噂が立ってしまっては、あの離宮に逆戻りになりかねない。

 過去のやり直しから、私があの離宮へ幽閉されると、生涯そこから出される事はないと知っている。離宮へ放り込まれた時点で私の負けだ。


 話すにしても、どう話そうか。

 色々と考えて、私は手っ取り早く「そういう内容の物語を読んだのだけれど……」という事にした。


 ある日、意を決してその話をしてみた。

 何度も何度も同じ時間をやり直す王子の話として。

 王子が『やり直し』をするのは、自身の死を回避する為。その死の訪れる条件となる、『国が荒れる』という状況。いつの間にか国に入り込んでいた『謎の貴族家』と『王位の簒奪を目論む者』。『謎の貴族家』の目的は特に物語には描かれておらず、彼らが何を目的として国の中枢へ入り込んだのかは分かっていない事。

 そういう条件下で、王子が死を回避するには、何をどうしたら良いだろうか……と。


 いかにも書物を読んだのだと思わせる為、一週間もかけて概要を書き出したりもした。おかげで皆は、本当にそういう書物があるのだ、と思ってくれたようだった。


 ……少々予想外だったのは、セラがやたらとこの話に食いついてきて、暫くの間私に「その本は何処で手に入れたのか」「タイトルは?」「作者は?」「出版社は?」「どれも覚えていないなら、厚さだとか表紙の色だとかだけでもいいから、何か覚えている事は?」と、やたらと訊かれた事だった。



  *  *  *



「……何やら、申し訳ありません……」

「ふふ。構わないよ。君はそういう、ミステリなんかが好きなのかな」

「はい……」

 『今』の私じゃないけど、間違いなく私だ。

 そんな話聞かされたら、食いつくに決まってる。


 この世界にある『ミステリ』は、地球の推理小説とはちょっと違う。

 いや、元は同じだったのだ。

 不可解な状況での殺人事件に、切れ者で有名な男爵が挑む……というものだ。それが、この世界で『最古』とされるミステリだ。最古といえど、ほんの三十年ほど前に刊行されたものだが。

 ポーやドイルを今読むとノスタルジーを感じるように、この話も私にはノスタルジックな田園調で悪くなかった。トリックと推理に破綻がなく、美しくすらあった。

 だが、この小説が刊行された後、この手口を模倣した阿呆が居たのだ。

 娯楽小説というものは、純文学などに比べて低俗なものと扱われる事が多い。この小説もご多分に漏れずそうだった。しかも題材が『殺人』だ。低俗なだけでなく野蛮とされた。

 しかしミステリ作家とミステリファンは、そんな逆風には負けない。オタクの一念は岩をも通すのだ。

 ミステリ作家たちで作るペンクラブ『一本の鍵』という団体が、「じゃー、現実的でなきゃ文句あれへんねやろ!!」とブチ切れ、『三つの鍵穴』という地球で言う『ノックスの十戒』のようなものを作って掲げた。

 曰く『一の鍵 事件には必ず、超自然な要素を入れなければならない。 二の鍵 それら要素は全て、読者に解決編までに提示されなければならない。 三の鍵 探偵は嘘をついてはならない。』だ。

 ……これねー……、『不誠実な語り手』は禁じてないのよねー……。いいけどもさ……。

 ともあれ、今現在刊行されている『ミステリ』というジャンルの物語は、殆ど全てがこの『三つの鍵穴』を順守している。

 ここまで踏まえて、クリス様のお話だ。

 この三つの鍵穴を、しっかりと踏襲してくださっている。しかも今現在、私が読んできたミステリには『時間逆行』『タイムループ』というトリックを用いたものはない。

 そらぁ食いつくさ! 入れ食いだわ!


「ミステリに仕立てる……というのは、確かに良い案かもしれませんね」

 前述したとおり、ミステリは『低俗で野蛮』なものとして、特に貴族には好まれない傾向がある。そして『殺人』がほぼ必須な為、女性には好まれないどころか忌避されるまである。

 そんな本が存在しない事など、博識な彼らであっても気付かないだろう。……ミステリファンの私が気付かないのだから。

 しかも近年、ちょっとしたミステリブームが起こりつつあり、刊行数が跳ね上がってきている。良きかな、良きかな。その中から一冊を……というのは、砂漠で砂粒を探す如しだ。


「セラが異常に食い付いてきた事を除けば、悪くなかったね」

「……ぐ……」

 申し訳ない……。でもそれ、物語としたら面白そうじゃないですか……。

 クリス様には単なる現実でしかないから、『面白い』なんて言ってる場合じゃないでしょうけども……。



  *  *  *



 お茶の時間の雑談として振った話題であったけれど、皆興味を持ってくれたようで、それぞれが様々な意見を出してくれた。

 私は事前に、この場の会話を記録してくれるよう侍従に頼んでいた。

 恐らく、記録を取らされていた侍従は、訳が分からなくて大変だっただろう。

 お茶会を終えた後、侍従から受け取ったメモは、実に十枚を超えていた。


 ミステリというジャンルに造詣の深いセラは特に、『謎の貴族』が気になっていたようだ。

 何故なら、彼らは目的すら分かっていないからだ。目的が分からないながらも、『彼らが中枢へ入り込むと国が荒れる』のだ。それは『国を荒らす必要がある』という事に他ならない。

 ただ『国家の転覆』を目論んでいるのだとしたら、王や王子を殺害するのにそこまでの手間と暇はかけないだろう、と。

 その二人さえ消えれば、『王位簒奪派』という連中が居るのだから、簡単に体制は瓦解する筈だ、と。

 瓦解までしなくとも、簒奪派と尊王派とで争いが起こる。その時点で既に国政は麻痺する。『国家』が『国家』として体を為さなくなれば、国家転覆は成るのだ、と。

 確かに、と納得した。

 言われてみたら、その通りだ。


 だとしたら本当に、あの連中の目的はなんだ?

 今まで見てきた中で、連中の目的の手掛かりとなりそうな言動はどこだ?

 思い出せ。そこにきっと、このやり直しを終わらせる鍵がある。


 連中と一番近くに居たのは、一回目だ。

 だが残念なことに、一回目の私は最も愚かな化け物だ。自分自身の記憶であるのに、それが『見た事』『聞いた事』が正しいのかすら確信が持てない。

 だとしても。

 不確かであやふやな記憶としても、きっと私は何か見聞きしている筈だ。


 一回目の自分の記憶と向き合うのは苦痛ではあったのだが、そうも言っていられない。

 思い出せ。連中は何を言ってきた? どう動いていた?


 やがて私は、一つの記憶に辿り着いた。

 そう。

 王が崩御された後、私に『玉璽を取る為に、宝物庫を開けろ』と言ってきた、あれだ。

 そして、宝物庫の入り口を打ち壊そうとしていた痕跡。


 連中の望むものは、あの中か――!


 その回の私は、きちんと両親から『次期王』と認められていた。

 それはそうだ。『優秀で聡明』とされる子ら五名と渡り合わねばならんのだ。『それなり』どころか、『これ以上ない程』の学習量が必要だった。

 それらを半ば意地で修め、彼らに『王族たるに相応しい』と認めさせたのだ。

 畢竟(ひっきょう)、私の立太子に異議など出よう筈がなかった。


 正当に王太子として選出され認められていた私には、これまで知らされる事のなかった宝物庫の中身や入口の開け方などが教えられていた。

 そして父から「一度、きちんと中を見ておきなさい」と言われていた。

 私はその時は、やる事が多すぎてそれどころではないと「いずれ、機会がありましたら」と答えていたのだけれど。


 連中の目的があの中にあり、それは恐らく玉璽などではない。

 だとしたら、何だ?

 国家転覆の大罪人となってまで手に入れたいものとは何だ?


 私は折を見て、宝物庫へと入ってみる事にした。

 扉を開け、一歩足を踏み入れ、思わずそこで立ち止まってしまった。


 宝物庫の一番目立つ場所。

 入り口の真正面の一際豪奢な台座。

 そこに、あの石が置かれていた。



  *  *  *



 ……ん?

「クリス様は、『やり直し』をさせているのが、この石だと気付いてらっしゃらなかった……?」

「いや、それは気付いていたのだけれど……」

 クリス様は言葉を切ると、パリュールのケースを見て苦笑した。


「私に『やり直し』をさせている石は、()()()()()()()()()、なんだ」

 …………は?


 いや、待てよ?

 この石、最初に貰った時は黄味がかった緑だったのが、今では()()()()()()緑になってるな……。

 そんでそれをご覧になったクリス様が仰ったな……『大分、青味がかってきたね』と。


「もしかして……、この石、どんどん青くなるんですか……?」

「どうも、そうらしい」

 やはり苦笑するクリス様。

 つまり何だ? 黄色っぽい緑からどんどん青くなっていって、黄色成分が抜けると魔力発動! みたいな?

「恐らくだけれど、あと五年もすれば私が見た光景が見られるのではないかな」

 ……多分、そうなんでしょうね……。

 怖ぁ! てかマジで、何でそんなモン私にくれたんですかねぇ!? 守ってくれるからとか何とか以前に、マジカルアイテム過ぎて怖いですよ!


 ひえぇ……となっている私に、クリス様は少し楽し気に笑われた。

「セラも教育の過程で見ただろうが……、宝物庫に収められる品は、目録に一覧となって記載されているね」

「はい」

 見ました。そんでもって、一通り覚えさせられました。

「あれには、収められた品の名称、素材、形状、由来なんかが『全て文字のみ』で書かれている」

 そうだ!

 そうだった!

 そしてこの石については――

「『緑色』……」

「うん。そう記載されている」


 私たち一家がこの石を見て『国宝』と理解したのは、『文字で記された情報と、目の前の品物が()()()()()()()をしているから』だ。

 国の公文書として存在する国宝の目録を疑う、など、普通はしない。というか、する必要もない。


 けれど、同じ形・同じ大きさであっても、色が違えばどうか。

 目録には当然、色が変わる事がある、などという情報はない。そして通常ありふれた宝石であれば、短時間で色が変わるなどあり得ない。


 目の前にある『青く透き通った石』が精霊の石だなど、きっと思いもしないだろう。


「目録にあった精霊の石と、目の前にある石は、特徴などが全て合致する。では、私にやり直しをさせているあの石は何だ? 初めはそう思った。けれど、位置関係的に、あの青い石は宝物庫のあの辺りにある。精霊の石と同じ場所だ。……という事は、私にやり直しをさせているのは、『精霊の石』なのか。……という事に、やっと気付いた」



  *  *  *



 目録や由来などを学んでいる時には、『精霊が授けた』だの『願いを叶える力』だの、全てが眉唾物だと思っていた。

 私にそれを教えてくれた管理官にそう言うと、管理官も苦笑するように頷いていた。

「正直、私も同様ですが。それでも、『正確な由来が知れない』という点と、『あの石が既知のものではない』という点は事実です。その二点だけでも石を厳重に保護し、未来へ繋ぐというだけの価値はあるのです」

 成程。つまり、稀少性に価値があるのか。

 その程度の理解であった。


 けれどこの石は、そんな可愛らしいものではない。

 稀少性という点においては、断言してもいい、世界に一つしかないだろう。

 これを授けた『精霊』などが本当に居るのかは分からないが、これが真実誰かに授かったものなのだとしたら、授けてくれた相手は人などより余程上位の存在だ。……それこそ、精霊や神のような。


 宝物庫には、それ以外にも非常に価値のある品物が数点ある。盗み出したとしても、恐らく買い取れる者も居ないだろうと思われるような品々だ。


 シュターデンがここから何を持ち出そうとしているのか。

 玉璽でない事だけは分かっている。

 他に、この宝物庫にしかない唯一無二の品となると、この石か……?


 この石について、もっと詳しく調べる必要がある。

 そう考えながら、私は宝物庫を後にした。


 石について調べる……とは言っても、分かっている事は『地上に存在するどの鉱物とも特徴が合致しない』という事と、『精霊に授けられ』云々という神話だけだ。

 あの石が不思議である事は、既に身に染みて理解している。

 そうではなく、連中があの石を欲する理由だ。

 何か叶えたい願いでもあるのか? しかし、その肝心の『願いを叶える方法』などは、一切伝わっていない。

 しかも、子供であっても信じるか分からないお伽噺だ。そんなものに、一族郎党が命運を託すだろうか。一国を傾けてまで欲する理由としては、少々足りないのではなかろうか。


 様々な文献を当たる中で、あの石が登場する『宗教』を見つけた。


 同じ主神を崇めながらも、教義や神話の解釈で齟齬を生み、現在の主派から分離していった一派だ。

 その一派は小さなコミュニティを形成し、とても閉鎖的で排他的である事と、狂信と言っていい程の教義への忠誠で知られる、とされていた。

 その一派のコミュニティは、シュターデンの故国にあった。二百人ほどの、小さな集落だそうだ。


 彼らの経典では、あの石は精霊から彼らの始祖が授かったもの、とされている。

 この国では『精霊から授かった石』や『精霊の石』と呼ばれる石だが、彼らはあれを『嘆きの石』と呼んでいる。

 本来の主である彼らの手を離れ、我が王家に簒奪された事を、石はずっと嘆き悲しんでいるのだ、と。

 『石の怨嗟の声を聴く』などという異能者も存在するらしい。


 まさか、シュターデンはその一派なのか?

 そんな『石の怨嗟の声』などという話を、心底信じているのか?

 その為に、宝物庫からあの石を奪おうとしているのか?


 だがこの一派は、主派の教義を軸に考えた時、教義が反転していると言って差し支えない程に歪んでいるのだ。

 通常の主派の教義では、無益な殺生や盗みなどは禁じている。だが例の一派の教義では『強き願いを持つ者は、強き力を揮うに能う』と謳うのだ。つまり、どうしても金が欲しければ盗んでも仕方ないし、憎い相手であれば殺しても許される。

 むしろそれこそが、神の御心なのだと。


 そんな教義を掲げた上で、それを盲信するのだ。しかも狂信的に。

 故にこの一派は、様々な国家で『要注意』とされている。彼らであれば、どのようなとんでもない事でも、『神の御心』のままに実行してしまうからだ。


 我が国には、この一派の信者は居ない……とされている。

 だが、国民一人一人に、入信している宗教を訊ねて回った訳ではない。心の奥で何を信奉しようが、そんなものは他者からは知る術がない。


 繋ぐ糸としては強引である感は否めないながら、私はとりあえず、シュターデンがその一派であるならば……というところから仮説を組み立てる事にした。


 この一派の厄介なところは、外側からそれと分かる象徴のようなものがない事だ。

 異教の過激な宗派などは、刺青や焼き鏝などを入れるものもあるが、そういったものもない。

 本当に、連中の心の中にだけにあるものなのだ。


 一派の教義を調べていくと、『一切の改宗を認めない』というものを見つけた。棄教も許していない。

 世界の宗教について書かれた書物によれば、この一派は親が信者であるならば、その子も生まれ落ちたと同時に入信させられる。そして物心もつかぬ内から、童謡などではなく教義を刷り込まれる。

 彼らにとっては『狂信』でも『盲信』でもない。『ただ当たり前に教義を守り、正しい道を歩んでいる』だけなのだ。


 百年ほど前に移住してきたシュターデンがその一派であったなら、今でも『嘆きの石』を求める事に不思議がなくなってくる。

 そして『教義』という絆によって繋がった、彼らとは一見縁のなさそうな者が居てもおかしくなくなる。

 私の敵は『シュターデン』という一つの家やその親類縁者ではなく、『ある特定の宗教一派』である可能性が出てきた。


 そしてそれは、私を殺す敵であると同時に、国を滅ぼす敵なのだ。


 何としても見極めてやる。

 そしてこの『やり直し』を終わらせる。

 私は死んだりしないし、この国だって好きにはさせない。


 改めて、そう心に決めた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] あああ!? ちょっと忙しくて本腰入れないと読めないこの小説から目を離した隙に、完結しとる〜〜!!? おめでとうございますー? [一言] ほほうほうほう!ミステリみたいになってきましたなぁ!…
[一言] 色々と確信に迫ってきて非常に続きが気になります。ループ1回でこれほど俺様王子の性格は変わらないかと思っていたので非常に説得力があり、面白く読ませて頂いています。 SF好きとしては是非謎解きを…
[良い点] いよいよ核心に迫ってきやしたね 大変楽しみです。 [一言] 伝説の石の意思による石小説期待しております 完結した後のおまけで是非に…
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