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2.キレイな俺様は、好きですか?



 乙女ゲームの世界(多分)に転生したらしいのだが、色々とメインヒーロー様の様子がおかしい。

 そもそも、そのゲームを全くプレイした事のない私の感想なので、実際にプレイした人からしてみたらおかしな事など何もないのかもしれないが……。


 こういう時、日本が恋しくなる。

 現在の私の疑問も、『【急募】○○ってゲームやった事あるヤツ、ちょっと来い』とでもネットで呼びかけたら、きっと優しい賢者たちが数人は集まって教えてくれる筈だ。

 だがこの世界にそんなものはない。『掲示板』っつったら、当たり前だが木で出来た板だ。


 ゲームを原作としたマンガでは、王太子殿下は十八歳だった。主人公であるヒロインちゃんは二つ年下の十六歳だ。多分。もしかしたら一つ下かもしれない。『年下』という事以外、詳しい事は覚えていない。

 とりあえず、現在、王太子殿下は十五歳である。

 ゲーム開始まで、後三年という事だろうか。


 王太子殿下の七つ年下の私は、現在八歳だ。すくすくと健やかに成長中だ。


 王太子であらせられるクリス様とお会いして、二年ちょっと経ったのだが。

 クリス様の距離の詰め方と囲い込み方がエグい。


 初っ端から好感度がめちゃ高で、それだけでも「えぇ……(引)」てなったのだが。


 初対面の数日後、早速『婚約成立の記念に』と贈り物が我が家に届いた。


 私はダークブラウンの髪に、深緑の瞳というカラーリングだ。どうでもいいが、兄も全く同じカラーリングをしている。

 クリス様から『記念に』と贈られてきたのは、私の髪に良く似た色の黒檀と、瞳に良く似た色のエメラルドを使った、王太子の象徴花であるダリアの意匠の髪飾りだった。

 何やら執着と独占欲が垣間見え、家族全員で「うわぁ……」となってしまった。


 婚約の成立から約半年後に開かれた婚約披露の会では、ずっとクリス様に手を握られていた。

 通常のエスコートの体勢だと、身長差があり過ぎて不格好だからというのは分かる。だが、ちょっとくらい放してくれてもいいのではないだろうか。

 三時間ほどの会の間、ずーっと、誇張でも何でもなくマジでずーっと手を握られていた。


 その会で着用したドレスや宝飾品なども、全てクリス様からの贈り物だ。

 王太子妃の象徴花である蔓薔薇が様々な箇所に金糸で刺繍された、とても豪華なドレスだった。……いや、まだ『王太子妃』じゃないんだけど……。

 案の定、それに関してチクっと嫌味を言ってきたオッサンやマダムがいらしたが、彼らは皆一様にクリス様にやり返されていた。


 その日つけていたアクセサリは、所謂パリュールと呼ばれるセット物で、収納されている箱を開けてやはり家族全員で絶句したものだ。

 ネックレス、イヤリング、ティアラがセットになっていたのだが、ネックレスのど真ん中に鎮座する石がどう見ても国宝だった……。


 ていうか、婚約者風情に国宝なんか贈るなよ! おっかねぇな!!


 それに関して、お父様から国王陛下に奏上していただいたのだが、返却や交換などもあちらから却下されてしまい、家族全員で途方に暮れた。

 二十四時間体制で警備が付いている王城の宝物庫に収められていた品だ。

 だが、我が家ではそれ程のガチガチの警備体制は無理だ。

 おっかないんで返させてください!と何度もお願いしたが、「まぁまぁ、いいからいいから」的になあなあな返事しか貰えない。

 どうなってやがんだ、国王!! 更にどうなってやがんだ、王太子!!


 その「返させてくれ!」「いやいや、いいからいいから」なやり取りは、王に近い廷臣たちの間では既に有名になっている。

 そしてそのやり取りから、『王太子殿下はご婚約者様にご執心』というのが既成事実として出来上がってしまっている。


 ついでに我が家は、『欲に目の眩む事のない忠臣』などという過分な評価をいただいてしまっているようだ。

 必要ない高過ぎる下駄を履かされた気分だ。

 お父様が心底忌々し気に舌打ちしてらした……。


 王太子妃教育なるものも始まったのだが、現状、特に躓くような部分もない。

 王太子妃には必要ないのだが、ストレス解消の為に剣術の授業も入れてもらっている。状況が訳が分からな過ぎるので、棒(模造剣)でも振り回さないとやってられない。



  *  *  *



 どうやら私に対して執着だとか何だとかがあるらしいクリス様だが、それ以外にもマンガと違い過ぎていて訳が分からない。


 マンガでは、それはそれは尊大なお方であった。

 王太子であり、幼い頃から周囲に持ち上げられて育ったが故に、世間知らずで我が強い。まあアレだ。世に言う『俺様タイプ』だ。


 その俺様王太子様が、ヒロインちゃんと出会い変わっていく……という、確かに王道な話だった。


 ヒロインちゃんは名前は憶えていないが、とある伯爵家の娘だったと思う。

 良くある、『当主となる筈だった嫡子が、平民の女性と恋に落ち出奔。ヒロインちゃんが生まれてすぐに彼は亡くなり、ヒロインちゃんは己の出自を知らずに市井で伸び伸びと育つ』という設定だ。

 そして『母親が病気で亡くなり途方に暮れている所に、父の生家である伯爵家から迎えが来て、一夜にして平民から伯爵令嬢となる』みたいなアレだ。


 そんな彼女は当然、周囲の貴族男性から「気取ったご令嬢とは違い、素朴で素直で可愛らしい」とか、「明るく元気で見ている方まで元気になる」だとか評される。

 ……気取ってない令嬢も居ますけどね。気取らないせいで、男性から全く相手されないみたいだけども。『明るく元気』なご令嬢も幾らでも居るが、正式な茶会や夜会ではっちゃけた言動など出来ないので、これも男性諸氏が知らないだけだ。


 まあ、そんなヒロインちゃんは、初めて出席した夜会で王太子殿下と出会うのだ。



(♪ズンチャッチャ、ズンチャッチャ タラリラリラリラ~)←夜会なので多分、ワルツ。

「どうしよう……、迷っちゃったかも……」

 初めての王城での夜会で、お手洗いへ行った帰りに道に迷うヒロインちゃん。

 遠くからかすかに、舞踏曲が聞こえている。


「音がするのは、あっちの方かしら……?」

 かすかに聞こえる音楽を頼りに歩き出す。

 が、一向に会場の大広間へは辿り着かない。

「……こっちじゃなかったかな……? 何か誰も居ないし、どうしよう……」

 きょろきょろしてみても、周囲には誰も居ない。


 立ち止まっていても仕方ないとばかりに、廊下を歩きだすヒロインちゃん。

 てくてく歩いていくと、どこかの庭園に出た。


「わぁ……、すごい。綺麗なお庭……」

 流石はお城だわ、とかなんとか、呑気な感想を抱くヒロインちゃん。

 と、そこへ――

「そこで何をしている?」

 厳しい声に驚いて振り向くと、そこには豪華な衣装を纏った一人の青年が。

 ヒロインちゃんはやはり呑気に『わぁ……、すごくカッコいい人だわ……』とか思ってる。


「聞こえなかったか? そこで何をしていると言ったのだが」

「あ、えと……、お花を摘みに行ったのですが、迷ってしまいまして……。大広間はどちらでしょうか?」

「逆方向だ」

 呆れられちゃった……と、やはりどこまでも呑気なヒロインちゃん。


 青年は「ふー……」と溜息をつくと、ヒロインちゃんに背を向ける。

「こっちだ。来い」

 スタスタと歩き出す青年を、小走りで追いかけるヒロインちゃん。



 ――と、これが私が読んだマンガでの、ヒロインちゃんと王太子殿下の出会いである。


 さー、サクサクと突っ込んでいこうか!


 とりあえずヒロインちゃんは、初めて訪れた王城で、トイレへ行った帰りに迷子になる訳だが。

 考えてみて欲しい。

 人が大勢集まる場所だ。そこにある女性用トイレは、大抵えらく混雑している。混雑する商業施設のトイレが無人であったためしがない。逆に無人だと「え? 今、清掃中とかじゃないよね? 入っていいんだよね?」とちょっと不安になる。


 それは当然、この異世界においても同様だ。


 むしろ、着飾ったご婦人しか居ない夜会だ。

 衣装や化粧を直そうという女性は、ひっきりなしに化粧室を訪れるだろう。夜会という場所でのご婦人ならびにご令嬢の、外見への執念は恐ろしいものがある。一筋の髪の乱れにすら不機嫌になる女性が居るくらいだ。


 そこでおかしな方向へと歩き出そうとする少女を、見咎める人間が居ないものだろうか。


 あと、戻るべき方向が分からなかったなら、誰かに訊くとかしないだろうか。どうせ人は溢れかえっているのだから。


 だがヒロインちゃんはそれをしない。

 間違った方向へ、ズンズンと突き進む。


 城だぜ!? うっかり変な場所に入り込んだら、痛くもない腹探られて拘束されてもおかしくない場所だぜ!? 良くつき進めるな!


 そして進んだ先で青年(王太子)と出会う。


 この場の殿下の言動が偉そうなのは仕方ない。

 変な場所に居る変な女を誰何(すいか)しようとしているだけだ。当然の対応だ。

 だが王太子よ、何故貴様も供も連れず一人でそんなところに居るのか。王城主催の夜会だ。お前はつまりホスト側だろう。会場を離れて何をしているのか。


 そしてヒロインちゃん、「カッコいい人~」じゃねえよな?

 自国の王子くらい覚えておけよ。

 この後、広間に戻ってから「えぇ!? あの方が王太子様だったの!?」とかなるが、事前に知っとけ! 主催者やぞ!


 ……と、ここまでが、前世にマンガを読んだ時点で突っ込んでいた箇所だ。


 王妃教育などを受けている現在、城の内情などを多少なりとも知ると、突っ込み所はさらに増える。


 まず、『王城主催の夜会』というのは、基本的に年に三度しかない。

 シーズンの開始と終了を告げる『大夜会』、そしてシーズンの中盤の折り返しの夜会だ。


 他には賓客歓迎の宴や、陛下の在位〇周年(基本的に三の倍数)を祝う祝宴、王族の婚姻などを祝う宴などが催されるが、それらに招かれるのは高位貴族の当主たちが主だ。『ついこの間、伯爵令嬢になったばかり』の小娘が臨席する事はまずない。


 という事は、彼女が参加していたのは、年に三度ある夜会のどれかだ。中盤の夜会は他二つに比べて規模が劣る。

 恐らく、二度ある大夜会のどちらかだろう。


 この『大夜会』、伊達に『大』などと付いていない。

 国内のほぼ全ての爵位持ちに招待状がばら撒かれる。『貴族に』ではない。『爵位持ちに』だ。

 つまり、普段は貴族として扱われない一代貴族や、騎士爵のような準貴族までほぼ全てが招待されるのだ。


 当然、当日集まる人数は相当な数になる。少なく見積もっても二百人は居る。


 それを捌く為、城内の使用人たちも総動員される。その数はざっと、千人近くになる。会場付近に詰めている給仕や従僕、侍女たちだけでも数百人だ。

 そして警備の為の騎士たちも、王城勤務の者は全員動員、更に市街警備の騎士たちからも応援を借り、彼らもまた千人近い人数となる。


 それら全員が、会場となる大広間を中心として動いている。


 そして婚約披露の宴の際に知ったのだが、大広間から一番近い女性用化粧室は、広間から廊下を進み、一回曲がっただけの場所にある。しかも、そう遠くもない。

 そして、何か困った事があった時の為、お城の侍女さんが二人ばかり常に立ちんぼしている。彼女たちは、ご令嬢の衣服の乱れを直したり、髪型や化粧直しの為に待機しているのだ。

 見えない場所には騎士様も待機している。侍女さんが合図を送れば、彼らがさっと物陰から現れる。


 ……イジメなんかのトラブルは、こういう密室で起こりやすいからね。

 世界は異なっても、そこに暮らすのは同じ人間。『女子トイレでイジメ』は、やはり定番らしい。


 そして通路のそこかしこに、侍従や侍女さんが配置されている。

 廊下の分岐点には、騎士様が二人一組で立っている。

 これは、城の主要な部分への部外者の侵入を阻むものだ。


 それ以外に、騎士様たちは廊下を巡回もしている。


 これらを全スルーして、「テヘッ☆ 迷っちゃった。ここどこかしら?」は、はっきり言って無理ゲーだ。

 可能だとするならばそれは、騎士様たちがどこに配置されているか、どのルートで巡回しているかを完全に頭に叩き込んだ上で、忍者ばりの隠密スキルを駆使する必要がある。

 もう『乙女ゲーム』ではなく、『ステルス系アクションゲーム』の域だ。

 そしてそこまでやったなら既に、それは偶然でも何でもなく、『故意に城の深部へ潜入した』に他ならない。


 本当の本当に『偶然迷っただけ』で城の奥へ行けるとしたら、それはもう天文学的数字の可能性による奇跡に他ならないだろう。


 婚約披露の宴の打ち合わせの際、このマンガのエピソードをふと思い出し、クリス様に訊ねてみたのだ。

 もしも、城の奥深い部分で「迷っちゃった」とか言う人が居たらどうしますか? と。


「普通に迷ったとして、数歩も歩けば道を訊ねる事の出来る誰かは居るだろうからね。もしも本当に迷っただけなのだとしても、申し訳ないが拘束して事情を訊ねるかな。それが難しいようでも、せめて素性と背後を調べるくらいはするだろうね」

 ですよねー。


 マンガのクリス様は、そのどちらもしなかった。

 ご親切に大広間まで案内してやり、それでおしまいだ。

 王太子として、この対応はかなりマズい。


 模倣犯が出た場合、「あの令嬢は見逃して、自分は拘束されるのか?」と言われたら、ぐうの音も出ないからだ。


 現実のクリス様からは、非常に現実的で納得できるお答えがいただけて、何だかほっとした。

 やっぱ、ゲーム・マンガと、今居る『ここ』はちょっと違うのかな。


 とりあえず言えるのは、クリス様がマンガの『俺様王太子様』と真逆くらいの人で、ほんッとーに良かった!という事だ。

 あの『俺様花畑王太子様』相手では、私の良く躾けられたつやつやの毛並みの猫ちゃんも、数分と経たずに逃げ出す事請け合いだろう。



  *  *  *



 クリス様の婚約者となって二年ちょっと。

 その間に分かった事が幾つかある。


 まず、クリス様はどうやら、幼女がお好きな訳ではないようだ。

 心底ホッとしたね!!

 別に個人の嗜好にケチつける気はないけども、でもホッとしたね!!


 何故それが分かったかというと、以前、クリス様とご一緒に、王立の養護院へ視察へ行ったのだ。

 そこには孤児や、何らかの事情で親元で生活できない子らが集められている。

 問題なく運営できているのか、何か不足はないか、要望などはないか。そういった事を、職員のみならず、そこに暮らす子らにも訊いて回った。


 マンガのクリス様は、「お前、ちゃんと仕事してんのか?」と問いたくなるレベルでヒマそうだったが、こちらのクリス様はきちんとご自分のすべき事はこなしておられる。そしてかなりお忙しい。


 その視察の合間、クリス様は入所している子供たちと遊んでいた。女の子にせがまれ絵本を読んだり、クリス様が腰から下げている剣に興味を示した男の子にその辺の棒切れで剣術を教えたりと、とても良いお兄さんぶりだった。

 そうして遊んでいるクリス様は、終始笑顔でいらした。

 その笑顔は、保育士か好々爺(こうこうや)の如き『慈愛の笑み』だったのだ。


 とても可愛らしい女の子なども居たが、その子にも他の子にも、同じ慈愛の笑みだった。


 どうしても、マンガの『俺様』のイメージが抜けなかった私は、子供たちを微笑んで見守るクリス様が意外で仕方なかった。

 ……クリス様が幼女趣味ではないらしい事が分かって、ほっとしていたのもある。

 思わずクリス様に「子供、お好きなんですか?」と訊ねてしまった。


 私の質問に、クリス様は少し苦笑するように笑われた。

「特段、好きという訳ではないけれど……」

 あ、そうなんですか。その割に、嫌がる素振りもなく相手してらっしゃいましたけど……。

「昔ね、言われたんだ。『子供は国にとっての財産だ』とね」

 あー……。全くもって、その通りですねぇ。


 少子高齢化が極まっていた国の出身だけに、その言葉には同意しかない。

 誰かは知らんが、良い事を言ってくれたものだ。

 国のトップである王太子殿下が出産・育児に理解を示してくれるとなると、女性からの支持も得られそうだ。

 そして大切に育てられた子らはきっと、自分を慈しんでくれた国を嫌う事はしないだろう。

 良い循環ではないか。


 養護院の中庭にあるベンチでまったりとそんな話をしていたのだが、いきなり隣に座るクリス様に手を強く引かれ、ぎゅっと抱きしめられた。


 何事!? クリス様、ご乱心!?


 一瞬そんな風に思ったのだが、直後、バンっと大きな音がした。

 何!? 何起こってんの!?

 目の前、クリス様の胸元しか見えなくて、何起こってんのかさっぱりなんだけど!


 うっすらパニックになっていると、クリス様が抱きしめていた腕を緩めてくれた。

 音のした方を見てみると、鞘に入ったままの剣を持つ護衛の騎士様と、足元にはボール。そして「やっちゃった……」的な顔で青ざめている少年。


 ポク、ポク、ポク、……チーン!

「あの少年が放ったボールが、こちらに飛んできてしまって、それを騎士様が叩き落とした……?」

 どうだ!? 状況判断的に、正解だろう!?

 私の言葉に、クリス様は「正解」と苦笑しつつ頷かれた。

 イェー! 正解!

 そして騎士様の立っている位置的に、ボールはどうやら私の方へ飛んできていたようだ。


 ボールの持ち主らしき少年が騎士様に駆け寄り、ぺこぺこと頭を下げている。

 その少年に、騎士様は足元からボールを拾い上げ、手渡している。


 『ボール』といっても、ビニールやゴムではない。そんなもの、発明されていない。

 布を硬く縛り、それを核に紐をぐるぐると巻き付け球形にしたものだ。

 ゴムボールなどより重いし、硬い。

 あれ当たったら、かなり痛いだろーなぁ……。

「……『かなり痛い』くらいで済めばいいけどね」

 あ……、やっぱそんだけじゃ済みませんか。まあ何にせよ、騎士様に感謝だわ。

 それと……。


「クリス様」

「うん? ……ああ、すまない。不躾に触れるような真似をしてしまって……」

 言いつつ、クリス様は未だ私の背に回したままだった腕を退かしてくれた。

 

 この人、ホントにジェントルなのよ……。

 幼女がお好きな変態なのでは……と疑って、正直スマンかったという思いだ。

 基本、私に不用意に触れるような真似はしない。……まあ、エスコートが必要な場では、未だにしっかりと手を繋がれるが。慣れてきたので、もう気にしなくなっている自分が居るが。

 マンガの『俺様クリス様』は、ヒロインちゃんに対して結構やりたい放題だった。

 定番の壁ドンは二度目か何かの邂逅で早々にクリアし、至近距離からの顎クイやら、不意打ちでのハグやら、「貴族としてというより、人として距離感バグりすぎててアウト」な感じだったのだ。

 だがこちらのクリス様は、適切な距離を保ってくださる。おかげで安心していられる。

 以前、城を散歩していた時に私の髪に何かが付いていて、それを取ろうとした際にも、きちんと「少々いいだろうか」と断りを入れてくれた。

 ……余談だが、髪についていたのがデカめの芋虫で、超音波並みの声にならん悲鳴を上げてしまった。その場に居た侍女さんや騎士様たちは微笑まし気な表情でこちらを見ていたが、涙目で固まってしまった私を前にしたクリス様はあたふたしてらした。


 そんなジェントルなクリス様のさっきの行動。あれはつまり――

「私を庇おうとなさったのですか?」

 それしかない。

 けれど私の言葉に、クリス様は苦笑するように微笑まれた。

「積極的に『庇う』という意識があった訳ではないけれど……。結果的に、そうなるかな」

「ありがとうございます」

 礼を言い、頭を下げる。クリス様は「いや、礼など……」と仰っているが、庇って貰ったのは事実だ。だがしかし、だ。

 下げていた頭を戻し、クリス様を真っ直ぐ見た。

「私を庇ってくださるそのお心は、嬉しくも有難くも思います。ですが、私を庇うより先に、御身を大切になさってください」

 可愛げのない台詞である事は承知だ。

 けれど、()げ替えの効く婚約者風情と違い、クリス様は唯一の王太子殿下なのだ。

 有事の際、何があろうとも守られねばならないお立場だ。その人が私を庇うなど、あってはならんだろう。あっても良いが、優先順位はもっと下げてもらわねば、警護の騎士様たちも困るだろう。


 私の可愛げの欠片もない台詞に、クリス様は一瞬きょとんとしたお顔をされた。

 ご気分を害してしまっただろうか。けれどこのクリス様は、マンガでの『俺様』の欠片も見当たらない程に穏やかな人格者であらせられる。

 小娘の小生意気な説教くらいで、ご気分を害されるような方ではなかろう。


 そうは思いつつもちょっとビクビクしていると、クリス様は握った拳で口元を隠すような仕草をされた。

 ……うん? 何か、笑ってる? 何わろとんねん。

「……クリス様?」

 小娘の背伸びした説教が面白かったのだろうか。

 クリス様は「ふふっ……」などと、小さな声を漏らしながら笑っている。

 せやから、何わろとんねん。


「……すまない。君が可笑しい訳ではなくて……」

 くすくすと笑いながら言われるので、説得力もへったくれもない。

 クリス様は気持ちを落ち着けるように、はー……と深い息を吐いた。そして私を見ると、とても綺麗に微笑んだ。

「何だか、嬉しくて」

 何がやねん、と思ったのだが、口に出せなかった。口に出せなかった理由は、エセ関西弁だからではない。

 私はその時、目の前のクリス様の笑顔に見惚れていたからだ。


 マンガのクリス様も、今目の前に居るクリス様も、ちょっとビックリするくらいの美人だ。

 マンガのクリス様は、コミカライズの漫画家さんの超絶技巧で、ちっちゃいコマ一つすら鑑賞に堪える美しさだった。……その分、お花畑思考の俺様の残念感が際立ちまくったが。

 現実のクリス様はマンガよりまだ三つ年若いが、「間違いなく三年後にはあの絶世の美形になる」と確信できる麗しさだ。


 その超絶美少年が。

 こちらを真っ直ぐに見て、眩しいものを見るかのように目を細め、とても穏やかに幸せそうに微笑んでいるのだ。

 見惚れるでしょー! こんなの、ガン見するでしょー!


 その絶世の美少年の極上の笑顔をほけっと眺めていた私は、ちょっと忘れかけていた疑問をふと思い出した。


 クリス様は何故私を婚約者に選ばれたのか、という疑問だ。


 あの『俺様残念王太子』ですら、言い寄ってくるご令嬢には事欠かなかった筈だ。

 この『有能人格者ド美人王太子』なら、わざわざ七つ下のガキを選ばんでも、国の内外を問わず相手など掃いて捨てる程居るだろう。

 私などより、もっと国益となる相手も居るだろうし、もっと釣り合いのとれる美女だって居る。

 けれどその中から、クリス様は私を選んだ。

 そして初対面から今に至るまで、謎の高い好感度をキープしている。ちなみに私は、特に好かれるような事をした覚えはない。

 まあね? 私も言うても美少女ですからね? 人を惹きつける力? そういうのはあるかもしれないけどね?

 ……自分で言うと、虚しい事この上ないが。


 折角思い出したんだし、いい機会だから聞いてみるかな。

「クリス様」

 呼びかけると、クリス様が「うん?」と返事をしつつ、軽く首を傾げられた。え、なに? 無自覚のあざとさまでお持ちなの? クリス様、無敵じゃない?

「一度、お訊ねしてみたかった事があるのですが、よろしいですか?」

「私で答えられる範囲なら」

 きっちり予防線を張るその姿勢、嫌いじゃないです。だが……。

「クリス様にしか答えられぬ事かと思います」

 何せ、クリス様のお心の中の事だ。


「……何故、私を婚約者に選ばれたのですか?」

 私の問いに、クリス様は答えを探すように目を伏せられた。

 睫毛、ながぁい。小説なんかにある『伏せられた睫毛が頬に影を作り』って、ホントにあるのねぇ……。美人って凄いわぁ……。


 そんなどうでもいい事を考えながらクリス様を見守る事暫し。

 ややして、クリス様は伏せていた目を上げると、私を見て少しだけ困ったように微笑まれた。

「理由は、きちんとあるのだけれど……」

 けど?

「いつか必ず話すから、もう少し、待ってもらえないだろうか」

「構いませんが……」

 いつか話してくれるというなら、その日を待つだけだが。

「もしも差し支えなければ、『今、話せぬ理由』をお伺いしても?」

 差し支えるようなら、そう言ってくれたらいいし。もしかしたら、高度な政治判断なんかがあるのかもしんないし。……なさそうだけど。


 クリス様はやはり、少しだけ困ったような笑顔だ。

「理由は……、まず、単純に長い話になるからだね」

「成程」

 納得。

 視察にやって来ただけの養護院のベンチだ。何時間もここに居られる訳ではない。

 そんで、『まず』って言ったよね。て事は、他にも理由あるんだよね?

「それと……」

 クリス様は軽く言葉を切ると、私を見て微笑んだ。

 やはり眩しそうに目を細めた笑顔だ。けれどその笑顔が、何故か少しだけ寂しそうにも見えた。

「もう少しだけ、時間が欲しい。……君に、全て話すだけの勇気と覚悟を、準備する為に」


 ……なんか、えらく重いトーンと単語じゃね?

 え? なんかそんなヤバい話なんですか?


 茶化せる空気でもないので、そんな言葉は言えなかったが。


 分かった事は、私を婚約者に選んだ理由というのは、クリス様にとっては『話すのに覚悟が必要』なくらい重要な話であるらしい、という事だけだ。


 ……もしかして、「やっぱ幼女が好きなんで、成長したセラフィーナはお呼びじゃない」とか、そういう話になんのかな……。


 だとしたら切ねぇな、などと思うのだった。


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[良い点] 『乙女ゲーのテンプレ』に対する考察(突っ込み)がいちいち的確で、納得しかないところ。 [一言] 勇気と覚悟とは…⁉︎ もしやその辺りの事情が、この物語を「コメディ」と区分しなかった所…
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