セラフィーナの長くないお話。(後編)
どんより、しょんもり、ガックシのクリス様のお背中を頑張ってさすさすして、クリス様には何とか復活していただいた。
「正直に」との仰せだったのでなるべく正直に話したが、やはり多少の手心は必要だっただろうか……。
まあいい、まあいい。
クリス様も復活なさったのだから、結果オーライ(?)だ。
復活されたクリス様は、まだ少々虚ろなお顔でお茶を飲んでおられる。
でもホントにさー……、ゲームのクリス様と目の前のクリス様、全然と言っていいくらい別人だし。今のクリス様は、嫌う要素が見当たらないし。その『全くの別人』レベルの化け物王子にしたって、それがあっての今のクリス様だと思えば、それもまた必要な要素だったのかな……とか思えるし。……いや、化け物王子は好きにはなれそうもないけども。
……実際、マンガ読んでた時は好きじゃなかったし。
そんな事を考えていたら、隣から深い深い溜息が聞こえた。
見ると、クリス様が持っていたカップをテーブルに戻し、また項垂れてしまわれた。
「えっと……、クリス様……」
「うん……、ごめん。もう少し……、時間を貰えないかな……」
……あい。こちらこそ、何か申し訳ないっす。
項垂れるクリス様の回復を待つ事暫し。
深夜と早朝の間のようなおかしな時間なので、鳥の声すらしない。クリス様は項垂れたまま動かない。微かに時計の秒針が時を刻む音だけが聞こえる。
カッチコッチと規則正しい音を聴いているうちに、まあ当然といえば当然なのだが、眠くなってきてしまった。
このままクリス様が復活されなかったら、寝ちゃいそう……。
寝ちゃってもいいかな……。ダメだよな……。でもこの規則正しい秒針の音、ヤバいな……。寝……。
「とりあえず、夜明けまで寝るかい?」
ファッ!?
うとうと~……としていたところに、急に声をかけられて、思わずビクッとなってしまった。
隣を見ると、クリス様が苦笑するように笑ってらした。
「あ、いえ……、大丈夫です」
「無理しなくてもいいよ。……時間はまだあるんだから」
クリス様の「時間はまだある」という言葉に、思わず笑ってしまった。
クリス様の言う「時間はある」というのは、明日から暫くの間、公務も何もない事を指してのものだろう。『(自由にできる)時間はある』という意味だ。
「セラ?」
堪え切れずにくすくすと笑ってしまっている私を、クリス様が不思議そうに見ている。
「いえ、『時間はまだある』なんて、クリス様が言うものだから……」
「……何かおかしな事を言っただろうか?」
クリス様は思い切り怪訝そうに、眉まで寄せてらっしゃるけれど。
「クリス様の『やり直し』、本当に終わったんだなぁ……と」
言うと、クリス様は一瞬きょとんとされた後、「ふふっ」と小さく笑い声を零された。
「そういえば、そうだね」
クリス様のデッドエンドラインである二十五歳を無事に過ごし、デッドエンドからのループに突入する事なく、今ここに二十六歳のクリス様と十九歳の私が居る。
ループ系アドベンチャーゲームのエンディング後、という感じだろうか。
これまでの『やり直し』の中での大きなイベントを節目として、「ここまでにはこれを終わらせておかねば……」と、常にやる事に追われていたクリス様だ。
そのクリス様が「時間はまだある」などと、呑気な事を仰るのだ。
笑ってしまうじゃないか。嬉しくて。
「今出来る事を後回しにするくらいの余裕が、クリス様にも出来たんだなぁと。そう思ったら、何だかちょっと嬉しくなって笑っちゃいました」
「まあ、とは言え……」
クリス様は小さく息をつくと、また苦笑するように笑われた。
「『これから』、どんな事が起こるのかなんかは、さっぱり分からないからね。『二十五歳で死ななかった』というだけに過ぎない」
「『これから先、何が起こるか』なんて、そんなの世界中の誰にも分かりませんよ」
神様じゃあるまいし。
人生なんて、誰だって山あり谷ありだ。その山や谷が、他の人よりちょっと高かったり低かったり、深かったり浅かったりはあるだろうけれど。
……ただ、クリス様の『これまでの人生』、圧倒的谷感というか、断崖絶壁の底感というかがあるから、山は是非とも高く聳え立ってほしいとは思う。富士山? 小せぇ、小せぇ。チョモランマも超えて行こうじゃないか!
それに何より……。
「あの『石』はきっと、『誰かの願い』を叶える為に、クリス様をやり直しさせていたんですよね?」
「恐らくはね」
ループの渦中のクリス様は、石にループさせて欲しいなどと願ってはいない。だというのに、石は試練にも程があるデスループをクリス様に繰り返させた。
それはきっと、『そうしなければ叶わない誰かの願い』の為だ。
そしてその『誰かの願い』の中には、ご家族の健康と幸福を願った陛下のものもあるのだ。
「クリス様が『やり直し』を終えられて、それで『誰かの願い』が叶う状態になった……というのであれば、陛下の願いも叶う筈です。つまり、クリス様はこの先もずっと、健康で幸福に過ごせる……というワケです!」
だって石さん、叶えてくれる筈だもん。……知らんけど。
「父上の願い、か……」
クリス様はぽつりと呟くように言うと、私を見て微笑んだ。……相変わらずの、眩しそうに目を細めるあの笑顔だ。
「父上の願いは『家族の健康と幸福』で、私の願いは『君の幸福』だ。つまり君は、とても幸せにならなければならない」
成程……。
そうか。クリス様の妻となったのだから、私も『陛下の家族』の一員なのか……。
でも言うても、今、フツーに幸せだけどな。これ以上……となると、……ハッ!? もしや……叶うのか……? 私の『世界のふしぎを発見したい』という、ミステリーをハントしたいという夢が!
<無茶を言うな>
ファッ!? 石さん、聞いてらしたんですか!? ていうか、他人の思考を勝手に読まないで! そんでもって、ふしぎ発見は無茶なんすね!? ……無茶なのかぁ……。
いや、そら無茶だろうけども。分かってるけども。
しかし石さんといいクリス様といい、何故皆、勝手に人の思考を読むのか。
これじゃ、迂闊な妄想も出来ないじゃないか。
ていうか石さん、こんなとこまで出張して来ないで。話しかけるのは宝物庫の中だけにして。ビビるから。
脳内スケスケ・シースルー! とか、私の個人情報の扱いはどうなってるんだ……。私の思考は、それ程読みやすいのか……。いや、石さんのアレは、正真正銘のテレパス的なサムシングだけども。
「それにしても……」
呟くようなクリス様の声に隣を見ると、クリス様は苦笑しながら溜息を零された。
「『この世界とは異なる世界』、か……。君が以前居た世界というのは、『ここ』とは全く違っているのだろうか?」
「全く違いますね」
それはもう、大幅に。
目の前に居る『麗しの王子様』の存在からして、日本での日常では縁のないものだ。比喩やあだ名としての王子ではなく、モノホンの地位と権力を持った国王の息子だ。
『学園の王子』とか、『テニスの』とか、『カレーの』とかとは全く違う、『国の主たる国王の嫡子』だ。
そもそも、国家元首が国王である国自体、大分減っている。王様が一番の権力者で……という国は、今の地球にどれくらいあるのだろう。王室のない国も多いし。
そして何より、地球とこの世界では、文明レベルの開きがすごい。
地球で日常の交通手段としての馬車なんて、探さないと見当たらないだろう。……いや、牛が荷車引っ張ってたりとかはするけども。そうじゃなくて、『御伽噺に出てくるような馬車』だ。
観光客用にあったりはするけれど、「我が家は自動車ではなく、馬車を使っています」というご家庭はあるだろうか。
それこそ、百年以上昔にはあっただろう。
けれども『現代』では、道路を走るのは自動車やバイクや自転車だし、馬も居なければ牛も居ない。……もしかしなくても、馬車の為の馬を二頭以上所有するって、車一台の維持費よりお金かかるんじゃない?
この世界には電気もないし、娯楽にしてもやっと本が一般の人々にまで浸透してきたところだ。まあ本に限って言えば、市井の庶民の識字率の問題もあるのだけれど。
現代の地球では、その『本』という娯楽は、『物語を読む』という本質だけを残し、形のない『電子書籍』というデータへと移行しつつある。……ふらっと寄った本屋さんで、カバーと帯だけ見てパラパラ捲って買うの、好きだったんだけどな……。『近所の書店』が軒並み潰れちゃったんだよな……。
服飾文化にしてもそうだ。
いや、まあ、ドレスはセレブな人々がパーリィで着てたりするけども。そして男性に限って言えば、現代の地球でも何ら違和感のないスーツの人とかが多いけども。
なんかこう…、ちょっと面白いんだよね。
文化・文明レベルが地球に比べて『遅れてる』って感じるのが。
『遅れている』という事はつまり、『このまま順当に進めば、二十一世紀の地球に追いつく』という事だ。それは言うならば、『同じような進化の過程を辿っている』に他ならない。
地球の文明は様々な変遷を経て今日に至る。そこには多分の『必然』が含まれている。例えば「こうした方が便利」だとか、「こうした方が儲かる」だとかだ。
世界は違えど、こちらに居るのも同じ『人間』だ。……いや、正確なとこは分かんないけども。多分、同じなんじゃないかな……。血の色は赤いし。
だからこそいつかこの世界も、馬車ではなく自動車が走り、手紙ではなくネットでメールを送り、本は端末で電書を読むようになるのだろうな……と思っている。
その『いつか』が、いつなのかは分かんないけども。
「……そうか。君の居た世界というのは、とても先進的な技術のある世界なんだね」
「一概にそれが『良い事』なのかどうかは、分かりかねますけれどね。進んでいたのは確かですね」
新しい技術が生まれ、普及するのは、確かに良い事ではある。何しろ、それがある事で格段に便利になったり、楽になったりするのだから。
ただ、新しい問題も同時に生まれる事が多い。
まあそれは多分、仕方のない事なのだろう。技術が進んでも、扱う側の人間がそれに対応出来なければ意味がない……というところだ。
「君の持つ知識で、何かこの世界でも応用できそうなものなんかはないのかな?」
それは!
もしかしなくても、私に知識チートをぶちかませという事ですかな!?
……て、言われてもなぁ……。
当たり前に使っていたインフラなんかも、私はその『仕組み』を知らない。PCもスマホも使えるけど、作り方なんて知る由もない。自作PCの組み立ての話じゃなく、CPUとかグラボそのものの作り方の話ね。
それに何より……。
「生物の進化が一足飛びではなかったように、技術も『段階的に進化していくべき』なのではないかと思うんですよね……」
然るべき人が、然るべき気付きなどを元に、『この世界の知識だけを用いて』生み出すべきだ、と。べきべき煩いかもしれんが、実際そう思うのだから仕方ない。
そうしないと、進化の過程にミッシングリンクが生まれ、結局その技術はそこで終わってしまう可能性が高い。
まあ、そういった技術的な話でないなら、出来る事は幾らかはあるだろうが。……それこそ、義務教育制度だとか、義務教育の無償化だとか。
て言ってもそれも、私のプレゼン力にかかってくるだろうけどね!
「社会制度的な新しい施策に関しては、君に意見を聞くのも良さそうだね」
「……とはいえ、私も別に専門家などではないので、一庶民としての意見しか出せませんが……」
何と言っても前世は、政治家でも活動家でもない、ごくごく普通の日本人だ。自分が政策を練る側ではなく、それを受ける側だ。
「だからこそ逆に、君の意見というものを聞きたいんだよ。きっと、私たちでは見えない問題点なんかも、君になら見えるのではないかと思うからね」
「ああ……」
それはそうかもしれない。
今でこそお貴族様な私だが、かつてはスーパーの特売を愛する庶民だった。特売はいい……。あんなに心躍る空間は、そうあるものではない……。そして浮かれテンションで要らん惣菜まで買ってしまい、うっすら後悔するまでがセットだ。
「しかし……、うん。何だか色々と腑に落ちたかな」
何が? とクリス様を見ると、クリス様は少しだけ楽しそうな笑顔だった。
「君に『こことは異なった世界での記憶がある』だとか、『そこで一回目の私を見知っていた』だとかの話を聞いてね、少々疑問に思っていた事が解明されたよ」
「疑問……ですか?」
話の流れ的に、私に関しての疑問よね? 私、なんか不思議なとことかある? 至ってフツーのご令嬢じゃない? ……いや、庭を畑にしてるとか、そういう話は今はいいんだよ。
訳の分からないアホの子面をしている私に、クリス様はやはり楽しそうに「ふふっ」と笑っている。人の顔見て笑うのは、どうかと思いますよ?
「別に、大した事でもないんだけれどね。君に関して不思議に思っていた事がいくつかあって……」
幾つか!? え、一個じゃないんだ……? 私、そんなに不思議ちゃんなの?
「まずは、私の『何度も人生をやり直している』という話を、すんなりと飲み込んでくれた事」
……ああ(納得)。
「私自身、どのような仕組みでどうなっているのか……というのを理解出来ていないから、恐らくきちんと説明らしい説明も出来ていなかっただろうに、君は足りない部分を自分で補って理解してくれた。とても分かり辛く、説明し辛い現象であるにも関わらず」
「確かに、それはそうかもしれませんね……」
何しろ、私自身が『異世界転生』などという不可思議現象を体現しているのだ。そこにタイムリープした人が居たとて、「そういう世界か!」で何となく納得出来てしまう。
「もしや、君が居た世界では、そういう物語があったりするのかな?」
くすくすと笑いつつ仰るクリス様に、私は思わず苦笑してしまった。
「……はい。現実のお話ではなく物語などの世界のお話ですが……、設定としては珍しくない部類です」
「そうなんだね」
ふふ、と笑うクリス様に、私は何だかちょっと申し訳ない気持ちになってしまった。
ゲームやアニメと違い、クリス様は実際にご自身でデスループを経験し、それを潜り抜けてこられたのだ。「物語で見ましたー」と言われて、いい気持ちにはならないだろう。
「いや、別に責めたりしている訳ではないよ」
私が申し訳なさそうな顔をしていたからだろう。クリス様は私を安心させるように、穏やかに微笑んでいらっしゃる。
「むしろ、私にも説明が難しい話を、自身で嚙み砕いて理解してくれるのだから、有難いと思っているよ。そしてその荒唐無稽な話を、『そういうもの』と飲み込んで信じてくれた。……もしも君に、私がおかしくなったなどと思われたなら……」
「また、『離宮コース』ですかね?」
『厄介者』であったクリス様を閉じ込める為の離宮。……別に、離宮の用途はそれだけではないのだが、クリス様のループの中ではそういう役割だ。その離宮は、今もきちんと王城の敷地内にある。
そしてクリス様にとってその離宮は、『入れられたが最後、その周回はそこで終了する』というデッドエンドフラグだ。
「その可能性も考えたよ。君に全てを話そうと思った時にね」
やっぱ、そうですよね……。考えますよね。クリス様の『やり直し』の序盤の数回、離宮エンドだったんですもんね……。
それでも、話してくださったのか……。
今更ながら、クリス様にお話を聞く前に言われた「話す為の勇気と覚悟」という一言が、とんでもなく重たいわ。
「君が私の話を信じてくれた理由は、こういう『時間を遡ってやり直す』という物語を知っていた事が大きいのかもしれないけれど……、もしかして、『一回目の私』が『君の知る物語の中の私』と酷似していたから……という事はないかい?」
「あります」
思わず、めっちゃ深く頷いてしまった。
登場人物の名前や肩書は同じだし、漫画で見た出会いイベントそのままだし、クリス様のお人柄は……まあ、現実の方が数倍アレではあったけれども。
それでも、私以外に知っている人間が居るはずのない『乙ゲー展開』そのままだったのだ。
信じる・信じないは一旦脇に置いて、取り敢えず最後までお話を聞こう! と思うじゃないか。……聞いた結果、「乙、ゲー……?」となるお話だったが。
「あともう一つ、君の今の話を聞いて納得出来たのは、出会ったばかりの頃の君の態度について、だね」
「出会ったばかり……と言いますと、『一回目』の私、という事ですか?」
「いや、『毎回』かな。互いに初対面の挨拶をしてから、それなりに為人が分かるようになるまでの間なのだけれど……」
あ、そっか。
クリス様はループの継続した記憶を持ってらっしゃるけど、それ以外の全員は毎回「初めまして」だもんな。
で、その「初めまして」から、それなりに親しくなるまでの間? 私、変な態度とか取ってたかな?
「時々感じていた事なのだけれどね。君が、目の前に居る『私』を、『誰か』あるいは『何か』と比べて驚いているように見えてね。驚く……というか、『意外だと感じている』かな? 『まさか、この人がこんな事を言うとは』……という感じでね」
うわぉ。……え? そんな以前から、クリス様、私の思考を読んでらしたの? 何なの? マジでちょっと怖いんだけど。
「……何か失礼な事を考えてないかな?」
「爪の先ほども!」
ナチュラルな、ゼロ円で売れそうなスマイルで即答したのだが、クリス様はやはり「ふぅん?」と怪訝なお顔だ。
石さんへのお願い、しくったかな……。このスケスケ脳内を、イイ感じに覆い隠してくれるようにお願いしたら良かったかな……。
<だから、無茶を言うな>
無茶なんすか!? ていうか石さん、ナチュラルに割り込んで来ないで! 一瞬、ビクッとしちゃうから!
でもさっきから石さん、無理めなお願いはちゃんと「無茶を言うな」って断ってるな。て事は、「みんなでハッピーになれますように☆」は、本当に叶えてくれるんだ……。改めてスゲェし、怖ぇ……。
しかし、つまるところ――
「私は『私の経験と記憶』から、クリス様のお話を信じる事が出来て……」
「私も『自身の経験と記憶』から、君の話を信じる事が出来た……という事だね」
そういう事だ。
互いに、『通常では有り得ない事象』の渦中に居るのだ。自分以外に不思議体験談を持つ人が居たとしても、不思議ではないだろう。……不思議だけども。
……え? もしかしてなんだけども……。
「もしかしたら君は、私の『やり直し』を終わらせる為に、この世界に生を受けたのだろうか……?」
私が考えていた事をそのまま、クリス様がぽつりと呟くように仰った。
「もしかしたら、そうなのかもしれません」
石さんがわざわざ『異世界の娘』とネタバレをかましてくれるくらいだ。私のこの『異世界転生(前世の記憶付き)』は、石さんか、あるいは石さんの上司の仕業で間違いないのだろう。
では、何の為に? と考えると、わざわざクリス様に近いポジションに、私の為の椅子を用意してくれるくらいなのだ。きっと、クリス様のループを抜ける為の、何らかの鍵だったのだろう。
聖女ルート、見えてきたんじゃない!?
再び、脳内でお神輿ワッショイしていると、隣から深い溜息が聞こえた。
「……全てがあの石か、その上位存在かに仕組まれていたのだとすると面白くはないけれど……」
「確かに……」
特にクリス様はデスループだ。一回だけなら経験してみたい気もするけれど、それを『何周も』は絶対にゴメンだ。
「それでも……、そのお陰で君が今『ここ』に居るのだとしたら、生まれて初めて神に感謝してもいいかもしれない」
だから……、どうしてそう、一々セリフが重たいんですか、クリス様……。でも『感謝する』と言い切らない辺り、根が深いものを感じるな……。でもまあ、そりゃそうか。
「クリス様はあの石に、私の幸福を願ってくださったんですよね?」
「ああ」
「そして陛下は、ご家族の健康と幸福」
クリス様は「そうだね」と頷くと、「それが?」と続きを促してきた。
「私の願いは、『私の愛する人たちの幸福』です。それを石さんは、了承してくれました」
「愛する人、たち……?」
誰の事だろう、というお顔ですね。
ふふん。私だって、多少は顔色を読む事が出来るのだよ。
「はい。クリス様をはじめとして、陛下や妃殿下、私の両親や兄、フェリシアお姉様、その他のいつもお世話をしてくれる使用人たちまで、みーんなです!」
「それは……、中々に欲張ったね」
小さく噴き出すように笑うクリス様に、私は思わず胸を張ってしまった。
「叶えてくれるというのですから、欲張ってもいいんです!」
「そうかもしれない」
それに、石さんは無理ならちゃんとそう言うって、さっき分かったし!
「だからこれからはきっと、幸せに、平穏に暮らしていける筈です」
当然、ただそれをぼけっと享受するのではなく、『そうあるように』という努力はするけれど。
「だといいね」
「もしそうならなかったら、一緒に石さんを殴りに行きましょう!」
ぐっと拳を握った私に、クリス様は笑っているが……。
<…………>
うん。石さんが何か言いたそうな気配がするな。だが知らぬ! そっちは無機物で、殴られても痛くもないのだろうから、黙って殴られていて欲しい。
<………………>
石さんの無言が煩い。無言だが煩い。だが、退かぬ! 媚びぬ! 顧みぬ!!
「クリス様の『一回目』は確かに、私が前世に見た覚えのある物語でした」
「うん」
乙ゲーの『王太子ルート』と、そのエンディング後が、クリス様の『一回目』だ。結末はちょっと、納得というか、まさかの! というか、表現が難しいところだったが。
乙ゲーがエンディングを迎えての『2回目以降』は、さしずめスピンオフといったところだろうか。
……何故、乙ゲーのスピンオフが『ループ系サスペンス・ミステリ』になるのか、謎しかないが。
フツー、乙ゲーのスピンオフったら、攻略不可だけど人気だったサブキャラを攻略対象に格上げ、とか、正規エンドのIfルートだとか、そういうモンじゃないの? 知らんけど。
まあしかし、スピンオフが二七〇度くらい方向転換したサスペンス・ミステリであったとしても、物語の続きである事には変わりない。
ならば、締めの言葉はこれで良い筈だ。
「私の前世の世界では、物語の最後はこう締める……というお約束があるんです」
何かな? と小首を傾げて微笑むクリス様。はい、今日もあざと可愛い首傾げスチルいただきましたー!
物語の締めは、これに決まっている。
「みんないつまでも、末永く幸せに暮らしました――です」
ハッピー・エバー・アフターだ。めでたしめでたし、だ。
私の言葉にクリス様はきょとんとした後、ふわっと花が綻ぶように笑顔になった。……いちいちあざと可愛いのよ……。
「それは、素敵な物語だね」
「はい。そういう、素敵な物語にしていくんです」
これから、みんなで。
当然、『みんな』には石さんも含まれる。
おい、どうした石さん! 何故、返事をしないのかね? おい、返事ィ!
心の中で語り掛け続けると、うっすらと石さんの<知らんがな>という声が聞こえた気がした。
うむ、気のせいであろう。石さんはそんな言葉は遣わない筈だ。
期待しとるよォ、石くん!
<知らんがな>
……ハッキリ聞こえたぜ……。
まあいい。良くない気もするが、まあいい。
クリス様の壮絶なデスループが終わったのは、確かなのだ。
後は普通の人のように、一つしかない命を大切に、日々精いっぱい生きるのみだ。その結果、振り返った時に「幸せだったな」と思える人生であれば良い。
そういう風にしていけたら良い。
そんな事を考えつつ、思わずこみ上げた欠伸を嚙み殺した私に、クリス様がくすっと笑われた。
「もう少し眠ろうか。折角、のんびりしていても、咎める者もないのだし」
「そうですね……」
お話が終わって気が抜けたら、欠伸が止まらなくなった。
クリス様に促されベッドへと移動し、横になった途端に睡魔がやってきた。
余談だが、私と睡魔は前世からの大親友だ。『眠れぬ夜』というものを経験した事がない。私は睡魔に愛されし女だ。
そんな睡魔を愛し睡魔に愛されし私が、秒で眠りに落ちかかっていると、クリス様の手が私の前髪をそっと掻き上げたのが分かった。
「おやすみ、セラ。また後で」
額にそっとキスをしながら言うクリス様に、私も「おやすみなさい。また後で」と返したのだが、きちんと言葉になっていただろうか。
寝て起きたら、クリス様に聞いてみよう。
そんな事を考えるでもなく考えつつ、私は眠りに落ちたのだった。
以上、長々とお付き合い、ありがとうございました。
それでは、またどこかで!




