セラフィーナの長くないお話。(前編)
本編ラストで、石さんに「異世界の娘」とか言われてしまったセラフィーナさんによる、クリス様へのネタばらしストーリーです。
お楽しみいただけたら幸いです。
石さんにネタバレされた私は、クリス様と共に宝物庫から寝室へと戻った。……のだが、来る時と違い、帰り道にはきちんと騎士様や侍女さん、侍従さんなどが廊下や持ち場に居た。
さっきまで、人っ子一人居なかったのに、だ。
クリス様は、そういう人々を見かけては「先程は居なかったようだが、何処で何をしていたのだろうか」と訊ねて回っていた。
訊ねられた方は咎められるかと真っ青になってしまっていたが、クリス様は別に彼らを叱責する為に問うている訳ではない。
なので「別に、咎めるつもりなんかはないよ。ただ、姿が見えなかったようなので、心配になっただけだ」と微笑んで、彼らからそれぞれが持ち場を離れた事情を聞き出していた。
私はというと、騎士様や使用人に話を聞くクリス様を見て、改めて「この人、怖ぇ……」などと思っていたのだが。
何が『怖い』のかというと、クリス様の演技力がだ。
クリス様が彼らに事情を聴いている理由は、彼らを叱責する為ではない。そして、彼らを心配したからでもない。
それでも、穏やかな慈愛すら含んだ笑顔で「何かあったかと、心配してね」と、苦笑を混ぜたようなニュアンスで仰る。言われた方は「殿下が自分を心配してくださるなんて……!」的に、ちょっと感動している者もあった。
……人心掌握術とか確かに、帝王学で習うけどもさ。クリス様の場合、既にそういうの全部、実地で何度も繰り返してきてるんだもんなぁ……。
そら強えわ、この王子様。
寝室へと戻り、侍女さんにお茶をお願いし、その支度が調って侍女さんが退室してしまうと、クリス様はソファに深くもたれかかって溜息をついた。
「あの『石』は、本当に厄介だな……」
「そうですね……。思っていた以上に、出来る事が多いのかもしれませんね……」
石さんが『願いを叶えるメカニズム』のようなものは、さっぱり見当もつかない。けれど、あの石さんは宝物庫に安置されている状態でも、何やら色々な事が出来るらしい。
私が石さんに呼ばれた気がして部屋から出たら、全くの無人だった。
けれど当たり前なのだが、それは『城の中から人が居なくなった』訳ではない。どうやら、私たちの進路だけ、無人であったらしい。
それもしかも、私たちがそこを通るであろう数分間だけ、そこに人が居なかったようだ。
……という事が、宝物庫からの帰り道で判明した。
持ち場を離れてしまった人の理由で最も多かったのは「誰かに呼ばれた気がして」というものだった。
少し離れた場所から誰かが自分を呼んだような気がして、気になってそちらへ見に行った……というのだ。
まあそれは、石さんであれば朝飯前な芸当だろう。
実際、私もクリス様も、『何かに呼ばれた気がして』宝物庫へと向かったのだから。
次に多かった理由は、『忘れ物を思い出して』だ。
ある者は自室のドアに鍵をかけ忘れ、ある者は持ってきていなければいけない道具の不携帯に気付いて、またある者は暖炉の火をきちんと消したかがどうしても気になって……という具合だ。
これは、城の中に『自室』を持つ騎士様に圧倒的に多かった。
そして騎士様は「いつもならそんな事が気になったりしないのですが……」と申し訳なさそうに言っていた。更に、「たとえ気になったとしても、簡単に持ち場を離れるような事はないのですが……」とも言っていた。
ならば何故、彼らが持ち場に居なかったかというと、「私がここを離れても、『もう一人』は居りますので……、ならば大丈夫かと」思ったからだそうだ。
そう。
巡回の騎士様というのは、ルートごとに二人以上の組になっているのだ。
一人が不測の事態で持ち場を離れても、『もう一人(以上)居る』のが普通なのだ。
けれどあの数分間だけ、その『もう一人』は「何かに呼ばれた気がして」持ち場を離れていた。
話を聴いた騎士様たちの情報からすると、私たちが通った廊下のある一点で『完全に無人』であった時間は、ほんの二分程度でしかなかった。
石さんの計算が緻密過ぎて、怖いんよ!!
改めて、あの石さんは計り知れねぇな、とゾッとする思いだ。
……と、そんな事を考えていて、ふと思った。
石さんにはどうやらそういった『精神に干渉する力』的なサムシングがあるっぽい。実際、石さんが語り掛けてくる『言葉』も、『音声』ではない。同じ宝物庫に居ても、私には聞こえてクリス様には聞こえない、などという周波数帯を変えるような芸当も可能だ。
ならば、最初から『石さんがクリス様をループ出口へ誘導する』という事は出来なかったのだろうか。
ループを繰り返す……というのはきっと、石さんも本意ではなかった筈だ。
クリス様がご自身でデスループ、などというスパルタにも程があるやり方ではなく、石さんがそれとなく正解に誘導する……というやり方の方が、スマートにループを抜けられたのではなかろうか。
けれど、繰り返した果ての『今』、ループを抜けたと石さんは言っていた。
それはつまり、『今のクリス様でなければ、ループは抜けられない』という事になるのだろう。
そっかぁ~……。ループを抜ける条件の一つ、『クリス様の精神的な成長』かぁ……。なら、誘導なんてしちゃダメだわなぁ……。
あと恐らくだが、ループを抜ける条件には、『セラフィーナがクリス様より七つ年下』というものもあるのだろう。
毎回クリス様と同い年でループを抜けられなかったのだ。そして『抜けた』と石さんがはっきり言ってくれた今回、私はクリス様より七つも年下だ。
……別に私、『世界の命運』とか握ってそうにもないんだけど……。でもどう考えても、『私の年齢』っていうの、ループ脱出の条件くさいよね?
え!? もしかして私、『世界を救う』的な役割あったりすんの!? 『救世の乙女』的な!? 何ソレ、カッコいい!
「セラ? 何か考え事?」
すぐ隣に座っていたクリス様にそう声をかけられ、私はちょっとアレな妄想から帰ってくる事にした。……真っ白なヒラヒラの服を着て、豪華なお神輿みたいのでワッショイワッショイされてるとこまでは妄想した。
「いえ、別に」
考え事……という程の事はないです。単なる妄想です。
「クリス様が『やり直し』を終わらせる為の条件って何だろう……というのを、ちょっと考えてただけです」
それはホントだし。ただ最終的に、私がお神輿でワッショイされる図に行き着いただけで。
「『終わらせる為の条件』と言っても、まず『どうなれば終わり』なのかが分かっていないからね……」
苦笑しながら言うクリス様に、私も頷いた。
「確かにそうなんですけど、今回で『終わった』と石さんがはっきり言ったので」
「『今回』と『これまでの回』の差異を考えていた……というところかな?」
「はい」
流石クリス様。お話が早い。
ストーカー風味があるくらいに思考を読まれるのは怖いけど、こういう時は話が早くて有難いわね。
「……何か失礼な事を考えてない?」
「いいえ、全く」
会心の笑顔で否定出来たと思うのだが、クリス様が納得しておられない。怪訝そうな顔で「そう……?」などと呟いてらっしゃる。
「まあ、それはそれとして……」
はい。クリス様の方から話題を変えてくださるのは、有難い限りでございます。
「石の言った『異世界の娘』というのは、どういう意味だろうか?」
「えー……とですねえ……」
何をどう話そうかな。
……うん、こんな短時間じゃ纏まらん。思い付いた事を、思い付いたままにいってみよう。なんせ、今私の目の前に居るのは、『人生を何度もループしてやり直した』なんていう経験をお持ちの方だ。その方が『前世の記憶持ち』を「厨二かよwww」と笑う事はなかろう。
そもそも、中学校という施設もない。その世界には『中二病』など存在しないのだ! ……まあ『ちょっとアレな人』とか言われたりはするけど。
「私は『この世界に生まれる前の記憶』というのを、持っているんです」
『前世』だとか『輪廻転生』だとかの概念は、こちらの宗教観にはない。死んだ者は、天にある楽園か、地底の牢獄かへ送られ、その後はそこで過ごす……というのが、一般的な宗教観の『死後』だ。なのでその辺りの言葉が通じないのだ。
「生まれる前……というと、母親の胎内の記憶……とかだろうか?」
そういうの持ってるっていう人も居ますよね。全員が潜在的に持ってるとかも聞きますね。
でも、そうじゃない。
「いえ、そうではなくですね。……えーと、この世界に生まれる前に、『ここではない別の世界』で、生きて、死んだ……という記憶があるんです」
「別の世界……?」
「はい。それが、石さんの言うところの『異世界』です」
私の言葉を、クリス様はきっとご自分なりに解釈しようと考えておられるのだろう。暫し黙った後、クリス様が不思議そうに私を見た。
「石が君を『異世界の娘』と呼んだのだから、その記憶は確かなのだろうけれど……。『ここ』は本当に、君が『以前生きていた世界』とは、異なる世界なのだろうか?」
「……と、言いますと?」
「例えば、君の居た世界の過去であったり、未来であったりする可能性というのは……?」
「恐らくですが、その可能性は『ない』です」
文明の進み具合的に考えるならば、この世界は地球に比べ遅れている。なので、もしもここが地球であるなら、過去であると考えるのが妥当だ。
けれど私の朧げな知識の中には、この世界の地名は存在しない。私が今居るこの国の名前も同様だ。
そしてこの世界は、地球で言うなら中世というよりは近世寄りな文明度だ。ならば絶対的に、現代にも残る国名や地名は既に無ければならない。けれど、知った国名は何一つない。黄金の国ジパングもない。そんな島が存在しない。サムラーイもゲイシャもフジヤーマもない。ただ、ニンジャっぽい人たちは居る。ニンジャ!? ナンデ!? という気持ちだ。
一度、地球の文明が完全に崩壊し、そこから更に人類が文明を復興した世界……という可能性も考えた事はある。要は、二十一世紀から遠い未来の地球説だ。SF定番設定の一つだ。
けれど、たとい文明が崩壊したとても、変わらぬものはある筈だ。例えば地形だとか。
この世界の世界地図を見る限り、地球の世界地図とは似ても似つかないのだ。
もしも大規模核戦争的なものがあったとしても、南米大陸全土が消失する……というのは難しいのではなかろうか。ついでに、日本的な島も存在してないから、日本も綺麗に消失してる事になる。
何事かがあって陸地が消えたとしても、『完全に消失』はしないのではないだろうか。レムリア? 知らん、そんなもの。
そういう事を纏めきらないままにつかえつつ話すと、クリス様はまた何か考え込まれた。
「つまり……、君がこの世界に生を享ける前に生きていた場所というのは、この世界とは全く異なった世界であった……と」
「はい。その『異世界』の宗教観の中に、『輪廻転生』という概念がありまして……」
とりあえず、話の通りを良くする為に、『転生』と『前世』という言葉をザックリとクリス様に説明した。……正確に言うなら多分、『異世界転生』ってのは輪廻の輪からは外れてるんだけども。まあ細けぇ事ぁいいんだよ。
要は『前世の記憶を持って、異世界に転生』という言葉(というか概念?)が通じれば良いんだ。
説明を終えると、クリス様は「成程」と呟かれ、また考えるように黙り込んでしまった。多分、私の話をご自分の中で整理してらっしゃるのだろう。
クリス様がお考えを整理してる間、お茶でもいただこうかしらね~。折角、侍女さんに用意してもらったんだしね~。
夜も明けきらないという時間帯を考慮してか、お花の香りのお茶だ。リラックス効果があるとされている。流石、お城の侍女さんは気遣いが細やかね~。
私がお茶を飲んで一息ついていると、ずっと考え事をしてらしたクリス様が顔を上げた。
「……つまり、こういう事で良いのだろうか……?」
前置きするように言うと、クリス様は私の話を要約して繰り返してくれた。私の纏まり切っていない話を端的に、とても的確に纏めて下さっていて、改めて「この人、めっちゃ頭いいな……」と感心してしまった。
「そうか……。君は、『この世界』の人間ではなかったのか……」
「中身……と言いますか、意識としては、そうですね。……で、ここからが本題なのですが」
うん? と、クリス様が軽く首を傾げる。相変わらずのあざと可愛さだ。
「私はその『前世』で、クリス様を知っているんです」
「…………うん?」
今度はえらく怪訝そうに、軽く瞳を細められてしまった。
まあ、そうなるだろうけども。
さて、どう説明しようか……。
乙女ゲームなどと言って通じる筈がない。それ以前に、ビデオゲームが通じない。「テレビにゲーム機を繋いで~」の頭の単語二つがもうアウトだ。何せこの世界はテレビもねェ(そもそも電気がない)、ラジオもねェ(そもそも電ry)、車は全く走ってねェ(そもそry)、な前時代の文明レベルなのだから。
ゲームブックっぽいものは、あるっちゃある。ただ、ものすごく簡素なものだ。しかしそれも、種類は多くないので、クリス様がご存じかどうか……。
「クリス様は『テディの冒険』という絵本をご存知ですか?」
「知っている……けれど?」
それが? とクリス様は不思議そうな顔をされるが、私は「やったぜ!」という心境だった。
この『テディの冒険』という絵本は、物語の最後に三択が登場するのだ。そこでエンディングの変わる、『選択肢が一回しかないゲームブック』である。
「『テディの冒険』には、最後に三択が登場しますよね?」
そうだね、と頷かれるクリス様。
「私が前世に生活していた世界では、それをもっと複雑に発展させたゲームがあったのです」
もう『テレビ』とか『ゲーム機』とかの文明の利器たちには、ご退場願おう。あれらの説明をいちいちしてたら、どんだけ時間かかるか分からん。
そこからざっくりと、テキスト選択型のアドベンチャーゲームの説明をした。
テレビとか出さなくても、ゲームの形式が形式だけに何とかなった。……オートでページ送り機能のある本みたいなモンだしね、あの手のゲーム。
「……という事で、『アドベンチャーゲーム』に関しては、大丈夫でしょうか?」
「うん、大体分かったかな」
頭の良い人、万歳! 私のざっくりな説明でも、ご自身できちんと咀嚼して理解してくださる! 素晴らしいです、クリス様!
「そのアドベンチャーゲームの中に、『恋愛』をテーマにしたものがあるんです。男性向けのものなら、男性が主人公でお相手が女性。女性向けなら女性が主人公で、お相手が男性……といった感じで。その女性向けのものを『乙女ゲーム』と呼ぶんです」
「可愛らしい名だね」
ふふっと笑いつつクリス様は仰るが、実情は『乙女の欲望の宝石箱やぁ~!』みたいなものだ。けれどまあ、名前から受ける印象としては可愛らしいかもしれない。なんたって『乙女』だし。
「その『乙女ゲーム』の中の一つに、クリス様が『主人公のお相手』として登場するものがあるんです」
「は……?」
クリス様が驚いたお顔で固まってしもうた。けれどまあ、それはそうなるだろう。
異世界の『作り物のお話』に、自分が登場してる……なんて。
「……それは本当に、私なんだろうか? セラの話では、その『乙女ゲーム』というものは、多種多様に数多あるのだろう? その中で、たまたま私と同じ名であっただけなのでは……」
まあ実際、『クリストファー』という名前の王子なら、乙ゲーを隈なく探せば片手で足りないくらい居そうだ。けれど、そうじゃない。
「その登場人物のフルネームは、『クリストファー・アラン・フェアファクス』といいます」
クリス様がぽかんとして黙ってしまった。でも申し訳ないが、乙ゲーの衝撃の事実はまだ続くのだ。
「そして、そのゲームの主人公の女性の名は『フィオリーナ・シュターデン』です」
クリス様はもう、呆然としてしまっている。何か言おうと口を開きかけたようだが、言葉が全く出てこない。
「ゲームは、主人公である伯爵令嬢フィオリーナが、お城のパーティに初めて参加したところから始まります。初めてのお城で、城の中で迷ってしまったフィオリーナは、城内のどこかの庭園に迷い込みます。そこで庭園の美しさに見惚れていると、『そこで何をしている』と声をかけられるのです」
「……馬鹿な……、それは……」
呆然としたまま、やっとという感じで声を絞り出したクリス様に、私は頷いた。
「恐らくですが、『一回目』のクリス様とフィオリーナ嬢の出会い、そのままなのではないかと」
一回目なら、クリス様も私が前世マンガで読んだ『俺様花畑王子』だし。ヒロインちゃんも『この間伯爵家に養子に入ったばかりのゆるふわお花畑』だし。
クリス様から『一回目』のお話を聞いた時に、私の中のマンガ知識と違和感がなかったから、間違いはないだろう。……いや、実際のクリス様、マンガ(ゲーム)より大分『アレ』な感じではあったけど。
そんな事を考えていたら、呆然とされていたクリス様が思い出したような口調でぽつりと言った。
「ゲームの中では……、彼女の、最期は……」
真っ先にそこを気にされるクリス様が優しい。と同時に、それだけクリス様にとって、一回目のヒロインちゃんの末路は心の傷となっているのだろう。
……無理もない話だが。
「ゲームは『意中の男性との恋愛の成就』で終了するんです。ですので、主人公と王子の想いが通じ合い、将来を誓ってエンディング……です」
「成程……」
まあ、そこで終わるからこそ、その後が『ああ』であってもおかしくないのだが。
「……で、まあ、私は前世でそういうゲームを知っていたんです」
「うん」
「ですので、クリス様からの婚約の申し込みがあった時、『あのゲームの王子様が!? 何で私に!?』となったんですね」
私の言葉に、クリス様は「ふむ……」と小さく呟くと、また何かを考えこまれてしまった。
まあ、考え込むのも無理ないわね。
日本じゃ溢れかえりまくっている『異世界転生モノ』も、こっちじゃ全然知られてないんだし。
考え込むクリス様が何かを言うのを待っていると、やがてクリス様は小さく息を吐いて苦笑された。
「中々……理解の難しい話だね」
「そうかもしれません」
あと、私の説明が下手くそで申し訳ありません。
「えーと……、つまり君にとって『この世界』は、以前生きていた『異世界』で見聞きした覚えのある『物語の中の世界』だった……という事で良いのかな?」
「はい」
理解が難しいとか言って、ちゃんとご理解されてるじゃないですか! 素晴らしいです、クリス様!
「で、その『物語』の主人公はフィオリーナで、私もそこに登場する……と」
「そうです」
バッチリです!
頭の良い人相手って、話しするのラクでイイね! こっちの足りない説明なんかも、ご自身で補って下さるんだもん!
そんな風に感心していると、クリス様が僅かに瞳を細められた。
「一つ訊きたいんだけれど……」
「どうぞ、いくつでも」
クリス様にとっては訳の分からない話ばっかりでしょうし。疑問点なんて幾らでもあるでしょうしね。……それに私の頭で的確な答えが返せるかは、保証の限りではないが。
何を訊かれるのだろうか……と待っていると、クリス様はえらく真剣な表情と声で言ってきた。
「君は……、その『物語』の中の王子に、どのような感想を抱いていただろうか……?」
うぁ! それ、訊いちゃいますか、クリス様!
どうする? 正直に言う? 言っちゃう? ……うーん……。
考えつつ、クリス様をちらりと見てみたら、クリス様はやはりえらく真剣な表情をしておられた。
うー……ん。言っちゃうか? あくまで『物語の感想』だもんな。
「あくまで、『物語の感想』としてですが……。今ここにいらっしゃるクリス様とは、何の関係もない感想ですからね?」
「……うん。分かってるよ」
……「分かってるよ」の後に、(多分)とか付いてそうな口調なんですが……。まあいいか。
私があの『俺様花畑王子』に抱いていた感想は、ただ一つだ。
「『あり得ない』、と思ってました」
「……と、言うと?」
「この王子が王になったら、国が滅ぶだろ、と。そして主人公は、この王子の一体どこを見て『素敵』と言ってるのか、と」
「…………そう」
ああ! クリス様が項垂れてしまわれた!
「今のクリス様とは何の関係もないお話ですからね!」
「うん……。分かってる……。分かってるよ……」
項垂れたまま「ははは……」と、力のない笑い声が聞こえる。怖い。
「つまり……、君は、その『物語の王子』は、好きではなかったと……」
「大っっっ嫌いでしたね」
「………………そう」
更に深く項垂れて、もうギリギリ聞こえる程度の声でお返事をされるクリス様。
だから、今のクリス様の事ではありませんから! あくまで『前世の物語の中の王子』の話ですから! 今のクリス様の事は大好きですから! ……と、クリス様の丸ぅくなった背中をさすさすしながら言い募り、クリス様が漸くお顔を上げてくださるまで、十分以上の時間を要したのだった……。
 




