11.『蜘蛛の糸』は切れる。これぞ由緒正しきテンプレ。
父に個人的に時間を貰い、二人だけで話をさせてもらう事にした。
……流石に、あの場の全員になど聞かせられない。
ただでさえ信じ難い話なのだから。
一回目の私は、とんでもなく愚かな王子であった事。
一回目で起こった出来事の覚えている限りの事。
精霊の石での『やり直し』の事。
「……成程な」
全て話し終えると、父は深い息を吐きながら呟くようにそれだけ言った。
「到底信じられぬ話でしょうが、少なくとも私にとっては、それらは実際に経験してきたただの事実なのです」
まあ、信じられなくても仕方ない。
私も自分自身に起こった事でないのであれば、こんな馬鹿げた話は「下らん作り話」と一蹴するだろう。
暫く何事かを考えるように黙る父を、私も黙って見ていた。
果たして父は、私の話にどういう感想を抱いたのかと、少々不安に思いながら。
……もし、父が「私の頭がおかしくなった」と判断したなら、私はきっと離宮へと突っ込まれるのだろう。そしてまた『やり直し』だ。
けれどそうであったとしても、今回は色々な事が分かった。
それを足掛かりにしていけば、次回はもっと事態は進展する筈だ。
私は焦らず進んでいこう。
そして、焦る余りに事を急ぐシュターデンを、全員捕らえて見せよう。
この『やり直し』を終わらせるには、きっとそれしか手がないのだから。
「……お前がその『やり直し』とやらを繰り返すのは、私のせいなのかもしれんな」
黙っていた父がぽつりと落とした言葉に、私はとても驚いた。
私の話を丸ごと信じた上で、父は『やり直しは自分のせいかもしれない』と言ったのだ。
「どういう……意味ですか……?」
思わず声が震えた。
父の私室で、小さなテーブルを挟んで向かいに座る父が、顔が見えなくなる程に深く項垂れた。
「私はあの石に願ったのだ。……私の家族の、健康と、……幸福を」
父の言葉に、私は少し泣きそうになってしまった。
なんとささやかで温かく、そして優しい願いだろうか。
自分自身の事をしか願えなかった私と大違いだ。
「若くして殺される人生を、『幸福』などとは呼べまいよ……」
「そう……、かもしれません……」
幸か不幸かなど、これまで考えた事もなかったが。
確かに一般的に見て、『他者に殺される』というだけでも『不幸』な部類だろう。
「父上も石に願ったという事は……」
父も、あの光景を見たのだろうか。
「私も昔、何かに呼ばれている気がして、宝物庫へ行った事がある」
ああ……!
父も見たのだ。あの、不思議な光で満たされた光景を。
「恐らくはお前が見たというものと同じものを、私も見た。そこがどこであるかすら分からぬような、真っ白な場所と、ただぽつんと浮いている青い石を……」
正に同じだ。
「声ならぬ声も聞いた。それは確かに『願いは何だ』と問うてきた。突然そう言われてもと困惑し、私は『では、家族が健康で幸福に過ごせるように』と何気なくそう願った」
『何気なく』で己の幸だけを願わぬのだから、父は本当に優しい人だ。
「石は『承知した』とだけ言い、次の瞬間には、宝物庫はそんな現象が嘘のようにいつも通りに戻っていた。そして私が見た『青い石』は、場所はそのままに色だけを緑に変えていた」
……そう、なのか……。
あの石は、願いを聞き届けたならば、『元通り』になるのか……。
では、私に『やり直し』をさせているあの石は、『まだ願いを叶えていない』状態という事なのか。
石が叶えようとしている『願い』とは、誰のものだ?
一回目で私が石に願ったのは、『もっと私に相応しい死に様を』という、自分でもそれが何であるのか良く分からぬものだ。
それを願った時点での私は――もう大分以前の事過ぎて、自分でも良く分からなくなっているが、恐らく『豪勢な部屋の飾り立てられた寝台の上で、安らかに息を引き取る』というような事でも考えていたのだろう。
それは確かに叶っていない。
ただ、何度もやり直しを繰り返した『今』の私であれば、恐らく石に願いたい事は変わってくる。
全てを見通してでもいるようなあの石であれば、私のそういった心情の変化なども気付いているだろう。
あの石は、『誰の』『どのような願い』を叶えようとしている?
父の話を聞いて思ったのは、『父の願いは、少なくとも私に関して言えば、叶っていたのではないだろうか』という事だった。
父は私たちの『健康』と『幸福』を願ってくれた。
あの愚かな王子は、王子であるが故に体調管理などはきちんとされていたから、少なくとも不健康ではない。
そして、愚か故に『俺ほど幸せな者もないだろう』とも思っていたのだ。
という事は『とんでもなく愚かな私』が居る事で、不幸になる者が居た……という意味か。それはまあ、居るに決まっているのだが。
その『誰か』が幸福と感じるまで、私はこの『やり直し』を繰り返すのか?
そんな、私自身にも果ての見えないような話だったのか?
いや。
きっと、『終わり』はある。
ある筈だ。
そうでなければ、私は恐らく精神を保っていられない。
石が叶えようとしている願いが何であるかなど、きっと私が考えたところで分からない。
私は私自身の問題である、『シュターデンを何とかせねば、二十五歳で死を迎える』という事とだけ向き合っていこう。
その後、父には全てを包み隠さず話した。
宰相の前では言えなかった、『父の死』と『病に伏せる母』に関しても。
そしてそれらが、シュターデンの手によって招かれる事態なのではないかという事も。
「私が死ぬというのは、お前が幾つの時だ?」
「二十四です。……あと八年、です」
答えると、父は「ふむ……」と何か考えるように黙った。
父が言うには、父は定期的に医師の検診を受けており、現状で病の兆候などは何もないそうだ。けれど八年という月日は短くない。頑健な人間が病に倒れる事もあるだろう。
だがそうではない事を、私は繰り返しの中で知っている。
「その頃、厨房に素性の良く分からぬ下働きの男が居ります。それがどうやら、シュターデンの手の者らしいのです。……これまでの私では、人手も信用も足りず、詳しく調べる事などは適いませんでしたが……」
「今その男は居らんのか」
「居りません。……その男が、いつ頃から厨房に入り込んだのかも、良く分かりません」
「成程……」
父はまた何事かを考えるように黙ると、暫くして私の目を真っ直ぐに見てきた。
「後日また、お前と友たちから話を聞きたい。……対策を考えねばならん。連中がこの国の屋台骨を食い荒らす事だけは、何としても防がねばならん」
それは、『父』ではなく、『一国の王』としての言葉だった。
「……はい!!」
国が動く!
これで私たちでは手が届かぬ場所に、手が届くようになる。光を当てる事の適わなかった場所に、光を当ててやる事が出来る。
ああ、『信用を得る』とは、こういう事か。
どれ程馬鹿げて聞こえる話にも、こうして耳を傾けてもらえる。そしてそれを基に動いてもらえる。
何度も何度も繰り返した『やり直し』が、一つずつ実を結ぼうとしているのを、私は確かに感じていた。
* * *
国のトップオブトップの王が動いてくれるというのは、力強いなんてものではない。
『王の名の下』にどれ程の無茶でもまかり通る。
これはクリス様、勝ったんじゃない!? もしかしなくてもこれ、最後の『やり直し』なんじゃない!?
……いや、『最後』にはならないのか……。これが『最後』なら、セラフィーナは七つ年下じゃなきゃいけないんだもんな。
えぇ~~~……。
クリス様の『やり直し』、これで終わんないの……? クリス様『殺される度に巻き戻る』んだよね? てことは、ここまでいいカンジに進んでんのに、また殺されちゃうの……?
「それから私たちは、王と宰相、そして王が『信用できる』と見込んだ数人の者たちを交え話し合った。……やはり、『大人』が居ると違うものだね。私たちでは手も足も出せなかった場所に切り込んでいけるだけの信頼と実績を、彼らはきちんと持っている」
「国王陛下のお言葉とあれば、聞かぬ者も居ないでしょうしね」
「そう。それが一番強い」
ですよねー。
陛下のお言葉なら「何か言ってる事おかしくね?」とも言えないでしょうしね。
「……で、あのですね、クリス様……」
うん? と首を傾げるクリス様。その首を傾げるの、癖かなんかですか?
「クリス様の『やり直し』、この回で終わらないんですよ、ね……?」
言うと、クリス様がふっと小さく笑われた。
何だか少し寂しそうに。
「終わるのでは……と、期待していた。シュターデンをこれ程に追い詰められたのは、初めてだった。今度こそ、と……、思っていた」
* * *
宰相は、シュターデンの長男の友人であった伯爵をも巻き込んでくれた。
シュターデン邸へ押し入る為の口実として、長男の出奔に疑惑があるという事にしようか、と。
他の大人たちは、城の中でさりげなく「近い内にシュターデン伯爵邸に手入れが入るかもしれない」と噂を流した。その噂を聞きおかしな動きをする者を炙り出す為に。
それとは別に、「あー、あの家ね」と納得するような反応の者からは「何かそうされる心当たりでも?」とかまをかけ、あの家に纏わる噂などを細かく収集した。
結果として、シュターデン邸に行政として押し入る口実は、片手の指で足らぬ程になった。
私たちは見落としていたのだが、シュターデン伯爵家という家を維持するための費用は、どこから捻出しているのか、という疑問が大人からは出たのだ。
あの家は元々移民である為、領地などは持っていない。そして、特に事業なども展開していない。
こちらに移住してきた頃は爵位を購入できる程の金を持っていたようだが、そう出来た以上の金銭を所持していたとして、どう考えても百年はもたない。
ならばどこからか、資金を調達している筈だ。
その資金源は何だ? 何処だ?
面白い程に、叩けば叩いただけ埃が出る。
途中から、大人たちはもう呆れて笑っていた。
これ程に自ら『私は怪しい人物です』と喧伝しているような家を、何故今の今まで放置できたのだろうか、と。
王、宰相、内務と財務の高官、司法長官などが集まれば、動かせぬ組織など国内にはない。
関わっていそうな者たちに、司法長官の名前で捜査令状を発行させ、もしもおかしな動きをしたならその名を『黒に近いもの』としてリストに書き入れる。
騎士を動かし、二十年も前に居なくなった食堂の看板娘の失踪を改めて捜査する。
根も葉もない噂を餌に、人々の動きを観察する。
そういった事を、大人たちは実に手際よく一つずつ実行していく。
私たち子供はそれを見て、「自分たちもこれくらいの事が出来るようにならねばならない」と気を引き締めるのだった。
頼りになる大人たちの働きを間近で見られた事は、とても良い経験になったと思っている。
これがあったおかげで、私には『絶対的に信用できる大人』が誰であるのかが分かったのだから。
そして私も、彼らと同じくらいの年齢になれたなら、今見ている彼らくらいに働けるようになっていなければ、と目標を持てたのだから。
大人たちが動き始めて一年、とうとうシュターデン伯爵家に強制捜査が入る事になる。
罪状は『不正資金の流入』、『長男と一般市民の殺害』、そして『国家転覆疑惑』だ。
* * *
「追い詰めた……! 追い詰めましたよ、クリス様!!」
すげぇ! 大人すげぇ! 権力と財力持った大人、最つよ!!
ちびっ子探偵団に出来ない事を平然とやってのける! そこにシビれる! あこがれるゥ! いや、マジで。
自分の持つ権力の正しい使い方を心得た大人、っていうのが、多分一番怖い存在だからね。
そんでお話に出てきた司法長官様、カイゼル髭がめっちゃお似合いの、すんげーおっかねぇ方だしね。見た目も怖い。つよい。
でも何で、ここまで追い詰めておいて、『やり直し』が終わんないの……?
* * *
シュターデン邸へ踏み込んで、そこで得たものは大きかった。
まず、裏庭から、白骨化した遺体が二人分出てきた。
貴族の邸では、敷地内に一族の墓地のある家も珍しくない。
けれどその白骨は、墓地などでなく、庭の奥の目立たない場所に埋められていたという。墓碑なども全くなく、棺にも入れられていなかった事から、『埋葬した』のではない事は明白だった。
見つけた騎士の報告では、『あたかも穴を掘り、そこへ無造作に遺体を投げ入れたかのように、二体の白骨は折り重なって見つかった』とあった。それは『あたかも』ではなく、真実その通りでしかなかったのだろう。
見つかった白骨は、片方は恐らく男性、もう片方は恐らく女性という見立てであった。
衣服なども見つかれば身元も分かり易かったのだが、その程度の情報しか得られなかった。
だが、身長が失踪した二人と一致した。更に、女性の方には、左腕に骨折痕があった。失踪した女性は、以前、左腕を骨折した事があったそうだ。
これでほぼ確定だ。
邸の金庫からは、彼らの故郷からの送金のやり取りの証書が見つかった。
別にそれは、それだけであったなら問題はない。
問題があったのは、彼らに送金している相手があちらの国の法務大臣であった、という点だ。
国の要職であるのだから、給金を多く貰っていたとしてもおかしくはない。けれど、それだけでは到底納得できない金額が、そこには記載されていた。
それを元に国王から、あちらの国に宛て親書を送った。『我が国でこういうものが出てきたのだが、そちらでも少々調べてもらえないだろうか』と。
一月後、調査結果が返送されてきた。
結果は、黒だ。
大臣は国庫を着服していたのだ。そしてそれを、シュターデンへと送金していた。あちらの国は、大臣の更迭と例の集落の調査を約束してくれた。
更に一月後、再度あちらの国からの調査結果が届いた。
それには『シュターデンという連中は、そちらの国の精霊の石を狙って潜伏しているようだ』と書かれていた。
そして例の集落は、国王命令により解体される事になる、と。
シュターデンに協力していた者たちはあちらで捕らえ、外患罪として処罰する予定だとも書かれていた。
我が国はそれを口実に攻め込んだりするつもりはないが、あちらとしては誠意を見せねば立つ瀬がない、というところなのだろう。
しかし、協力者の捕縛は正直助かる。
その他にも、国内で起きていた不可解な殺人事件の数件に、シュターデンの関与が見られた。
どうやら仲間割れなども起こっていたらしい。
奴らは自分たちの思い通りに動かぬ者を、躊躇いなく文字通り『切り捨てて』きたのだ。
シュターデン伯爵家が全員捕らえられ、関与が認められる一族の人間もあらかた捕らえられ、私は「これで終わったのではないか」と、少し安心していた。
そして気付けば、また十八の生誕祝賀が目前に迫っていた。
* * *
「この『私の十八の生誕祝賀』という場面は、毎回、一つの大きな分岐点なんだ」
「そうですね」
毎度そこから、シュターデンが表に出始めますもんね。
一回目ならヒロインちゃんと出会う日だし。そうでなくても、『黒幕が城に入り込み始める日』だ。
これがゲームだったとしたら、このポイントで一つセーブデータを分けておきたい場所だ。
「でも今回は、もうシュターデンの者は居ない訳ですよね?」
「『伯爵家の人間』は居ないね」
うん?
引っかかる言い方しよんな……。
「それは……『伯爵家の人間』以外の、シュターデン一派の残党……とでも言うべき者は居る、という事ですか?」
「居たね」
クリス様は簡潔に言うと、深い溜息をついた。
「私はまだ、彼ら一派がどれだけ居るのか、正確に分かっていなかった。彼らの執念を甘く見ていた」
……なんか、クリス様のお話、ジェットコースターみたいすね……。登ったら下る、みたいな……。
* * *
シュターデンの関係者を捕らえ、これ程に穏やかな心持でこの日を待つのは初めてだ……と感じていた。
シュターデンの者は未だ取り調べ中であるのだが、既に二十人近くを捕らえている。流石にもう居ないだろうと高を括っていた。
城の中は、私の成人の祝いという事で、とても明るくそわそわとした雰囲気になっていた。
こういう雰囲気も初めてだ。
皆が私に「もう直ですね」と楽し気に声をかけてくれる。
『生誕を祝われる』というのは、こういうものなのか。何だか、面映ゆい気持ちになるものなのだな。
宴を二週間後に控えた日、私は父に呼ばれ、父の私室を訪れていた。
私室へ呼ばれるという事は、特に業務上の話ではないという事なのだろう。
何だろうか……と私室を訪れた私に、父はグラスに入ったワインを振舞ってくれた。私への成人の祝いだと、そう言って。
……父に成人を祝って貰うなど、何度もやり直した中で初めての出来事だった。
二人でゆっくりとグラスを傾けながら、今回の大捕り物を労い合い、私はとても温かな気持ちになっていた。
空虚にただ持ち上げられるのと違い、心からの祝福や労いの、なんと温かな事か。
私は確かに『幸福』を感じていた。なので、もしかしたら、私の繰り返した『やり直し』は今度こそ終わるのでは……と思っていた。
そんなふわふわと温かくなっている私に、父は楽し気に笑いながらとんでもない事を言い出した。
「で、お前はいつ、セラフィーナ嬢と結婚するのだ?」
ゴッフ! と、思い切り咽た。それまでの温かな気持ちは、一気に何処かへ吹っ飛んでいた。
ワインが気管に入りげほげほと咳き込む私に、父はやはり楽しそうな笑顔だ。
「私が見るに、彼女も満更ではないのではないかな? セラフィーナ嬢は使用人たちからの評判も良いし、『お似合い』と言われているようだぞ?」
お似合い……、そうか、そんな風に見えているのか……。それは何とも嬉し……、いや、そうじゃない。
私は取り出したハンカチで口元とテーブルを拭くと、溜息を吐いた。
「いつも何も、私と彼女はそういう間柄ではありませんので。それに、彼女にも恐らく、想い人くらい……」
居る……、のか……?
あのセラフィーナに?
* * *
「クリス様……、『あの』とは、『どの』でしょうか……?」
イヤな予感しかしないが、聞かねばなるまい……! 何をやらかして、そんな含みのある言い方をされているのだ、セラフィーナよ!
恐る恐る訊ねると、クリス様はふっと笑い遠くをご覧になられた。
何故今、その表情なのですか……。
「侯爵令息がセラフィーナに訊ねた事があったんだよ。『セラはどういう男性が好みなのか』と。『未来の旦那様の理想は?』と」
あー……、やっべぇ。何か分かった……。
ぶっちゃけ、私には理想などない。なので恐らく、つやつや猫ちゃんをぶん投げた私であれば、それをそのまま言うだろう。
「問われたセラフィーナは、『とりあえず、人間で男性であれば』と答えていた……」
ほーらね! 思った通りだよ!
……いい加減にしろよ、セラフィーナ……。お前、正直にも程があんだよ……。
「それ以外に条件はないのかと問われると、熟考の末『心身ともに健康であれば……。あと何か条件なんてあります?』と、逆に問い返してきた」
ははは……と、クリス様が虚ろな笑いを発している……。
申し訳ないこってす……。
「公爵令嬢は『他にもあるでしょう!? 例えば、えーっと……ほら、何かあれ、何かそういう、えっと……』と、彼女も大差ないのだなと思える言葉を発していた」
公爵令嬢様、お友達になりたい……。
「めげない侯爵令息が『なら、今好きな人は居ないのか』と問うと、『スキ……』と呟いたきり、遠くを見て固まってしまった……」
ああ……。痛い程に気持ちが分かる……。
分かるけどアカンやろ、セラフィーナ。
それは確かに『あのセラフィーナ』とか言われるわ……。
* * *
父には、「いつまでも『妃』という座を空位にしておく訳にはいかん。少し考えてみろ」と言われた。
それは確かにそうだ。
シュターデンを何とかできた今、次にやるべき事は『次代の王』としての地盤固めだ。『妃』という椅子は、王位に最も近い。ここを空けておくというのは、『簒奪派』に付け込まれる隙にしかならない。
しかし、妃か……。
どうしても、一回目のフィオリーナの結末がちらつくのだ。
私の妃などに収まらねば、彼女は処刑などされなかった。
現に『今回』、フィオリーナはあの小さな村で幸せに暮らしている。
隠密からの手紙によると、彼女は先日、村の青年と結婚したそうだ。……隠密の手紙に涙の跡が滲んでおり、何とも複雑な気持ちになったが。『娘の結婚祝いに、村人に配った菓子です。よろしければ殿下もどうぞ』と、またあの粉菓子が同封されていた。どうやらあの粉菓子は、おめでたい事がある時に作られ配られるようだ。
隠密の手紙には、彼女の結婚相手の青年への恨み言なども綴られていた。『あの野郎、笑顔で"彼女の作るパイは絶品なんです"とか言いやがりましたが、私はそれくらい知ってます! フィオリーナがパイを上手く焼けず、真っ黒にしてた頃から知ってるんです! 知ってんだよ、バーーーカ!!』と私に言われても、どうしたら良いのか……。
ともかく。
私の側に居ない彼女は、今はとても幸せそうだ。
余談だが、フィオリーナには年の離れた妹も出来た。その妹ともとても仲良く、妹も優しいお姉さんが大好きなのだそうだ。
もしも、私の妃という座に収まる者が、私が二十五で死ぬように、『そうある運命』なのだとしたら……?
セラフィーナを妃に迎え、彼女が殺されるような事になったとしたら?
私はきっと、私を許せない。
『やり直し』の決着がつくのは、私の二十五歳の年が無事に終わるかどうかだ。それまでセラフィーナを待たせる訳にもいかない。
女性の結婚適齢期というのは、男性のそれに比べると随分早いのだから。
生涯独り身という訳にはいかないだろうが、この問題に関してはもう少し先送りしておこう。
そんな風に決めた。
そして、十八の生誕祝賀の宴の当日になった。
当日はとても平和で楽しい宴だった。
シュターデンの者はもう居ない。会場にフィオリーナも居ない。一度席を離れ城内を歩いてみたが、騎士たちも侍女や侍従も、きちんとそれぞれの持ち場に居り、私を見ると礼をしてくれた。
会場へ戻ると、公爵令息が「どこへ行っていたんですか、今日の主役が」と揶揄うように声をかけてきた。
公爵令息に続いて、友人たちが続々と私の周りに集まってくる。
これも、何度も繰り返したこの宴で、初めての光景だ。
子爵令息が給仕の者からカクテルグラスを受け取り、私に手渡してくれる。皆もそれぞれグラスを手に取り、口々に「ご成人おめでとうございます」などと言ってくれる。
本来この宴は、このように楽しいものだったのだな。
そう思うと同時に、私は一回目のあの空虚な宴を思い出していた。
上滑りするような祝いの言葉に、ただ黙って頷くだけの私。恐らく誰も、私の生誕など祝う気持ちはない。そしてもしも心から祝福の言葉をかけてくれる者があったとしても、私に返すべき言葉などない。
それは空虚にもなろう。
一回目の時、この五人は何処で何をしていたのだろう。
今日だけでなく、国が滅ぼうというあの頃も。
きっと彼らは、彼らに出来る精一杯の事をしていたのだろう。それは、確信に近くそう思う。
けれど『今』、国を滅ぼす元凶であったシュターデンは捕らえられ、彼らは皆こうして私の周りに集い笑っている。
……私一人の在り方が変わっただけで、世界はこうも変わるのか。
宴はとても楽しく穏やかに終了し、私は何度も『やり直し』をさせてくれた石に感謝をしながら、幸せな気持ちで床に就いた。
翌日の早朝とも言えぬ時間。
まだ夜も明けきっておらず、暗くひんやりとした空気を裂くように、誰かがドアを猛烈な強さで叩いていた。
寝ぼけている私の返事も待たずドアは開けられ、何事かと寝台に身体を起こすと、開いたドアから侍従が転げるように走り出てきた。
何事か。
この慌てようは尋常でない。
どうした、何かあったか――と訊ねようとする私の言葉を遮り、侍従が叫ぶように言った。
「大変です、殿下! どうか落ち着いてお聞きください」
私より、お前が落ち着け。どうした? 何があった?
訊ね返しながら、私は不安で心拍数が上がるのを感じていた。
油断しすぎたか? もしや、父か母の身に何かあったか?
不安と緊張で侍従の言葉を待つ私に、侍従はやはり叫ぶように引き攣った声で言った。
「セラフィーナ・カムデン様が、何者かに殺害されました――!!」
* * *
ヘーイ……。
とうとうセラフィーナまで死んだぜー……。
おいおい、マジかよ、どうなってんだよ。……ていうか、私、死ぬの?
 




