1.王子と婚約……だと……?
伝統的なテンプレのテンプレ包み焼き、テンプレソース添えでございます。使用しております器は、『ご都合主義』になります。どうぞお召し上がりください。
多分コレ、乙女ゲーム転生だ。
物心つき始めの頃、そう思ったのだが。
ゲームはかなりプレイする方だ。
一番プレイ時間の長いゲームは、総プレイ時間が二千時間を超えている。しかも完全オフライン、スタンドアロン形式のRPGがだ。MO? MMO? なんでゲームでまで他人に気を遣わねばならんのだ。意味分からん。
一人で黙々と、好きな世界で好きな事をしているのが楽しいのに。
PvP? ざけんな。相手が中身入りの人間じゃ、グリッチも使えねぇだろうが。白い霊体くらいの緩いオンライン要素ならアリだが、ガッツリ『対人間』なゲームはお呼びじゃねぇ。
寝る、食事を摂る、仕事をするなどの時間以外は、殆どゲームをしていた。まあ後は、マンガを読んだりネットサーフィンをしたりもするけれど。
そんなゲーム大好き人間であった私だが、手を出さないジャンルのゲームはあった。
『恋愛』を主軸に置いたゲームがそれだ。
オープンワールド系のRPGなんかでも、恋愛イベントが存在するものは多い。……が、私はそれらイベントは、『やらなくていいなら、絶対に手を付けない』性質だ。
何故なら、面倒くさい。
私は一人で野山を駆け巡ったり、農業に勤しんだり、建築に精を出したりしたいのだ。
恋人や伴侶ときゃっきゃしたい訳ではないのだ。
恋愛イベントや結婚イベントのあるゲームでは、一度だけそれらイベントをこなし実績を解除した後は、即座に新しいキャラで新しい周回を始めるのが私だ。
……家に帰ると伴侶が居るとか、ちょっと嫌だからだ。私が頑張って入手した家なのに!
いや、あくまでも『ゲームの話』よ? 現実とは別よ?
そんな人間なので、『乙女ゲーム』などの『主軸が恋愛』というより、『もはやそれしか目的がない』みたいなゲームは全スルーで生きてきた。
ミステリ要素などでもあってくれたら、まだプレイするかもしれない。ほぼミステリ要素で構成されている、白馬村のペンションで起こる惨劇のノベルゲームなどは、普通に面白かったし好きだからだ。ストックで彼女にさっくり刺殺された思い出が蘇るわぁ……。
自身でプレイした乙女ゲームは一本もない。
男性向けエロゲは何本かプレイした事がある。何故なら、『ストラテジー+エロ』とか『シミュレーション+エロ』のように、何かのゲームにエロいイベントがくっついているだけ、みたいなゲームが結構あるからだ。
そして私は、プレイするゲームに『ストーリーの面白さ』を殆ど求めていない。長いイベントシーンなどがあると、一周目でもスキップしたくて仕方ない気持ちになる。
そんな人間なので、『ストーリーを読ませる』ノベル系ゲームとの相性がすこぶる悪い。ストーリーの出来が良いだとか、謎が散らばっていて先が気になる!だとかの場合は別だが。
さて、そんなプレイスタイルのゲーマーであった私が、何故自身が『乙女ゲーム転生』なるものを果たしたと分かるかというと。
とても人気があったらしい乙女ゲームの、コミカライズ版を読んだ事があったからだ。
実際のゲームであれば、攻略対象が数人いて、誰を攻略するかでシナリオが分岐していくのだが。
コミカライズ版では、恐らくメインであったのであろう王子とヒロインとの恋物語だけに焦点を当てていた。
何というか、突っ込みたい気持ちを堪えるのが大変なストーリーだった。
そもそも全くそういうゲームに興味のない私に、友人が無理やり押し付けてきたのが、件のコミックスだ。
絵はめっちゃ綺麗で見やすかった。キャラデザをやった少女漫画家さんが、そのまんまコミカライズを担当したらしい。
すんごい綺麗な絵だし、コマ割りも見やすいし、背景なんかも丁寧で綺麗だしで、その漫画家さんのオリジナルのマンガを買ってしまった程だ。オリジナルの方は文句なしに面白かった。
「すんごい王道のキュンキュンするお話だから、読んでみて! で、気に入ったらゲームも貸すから!」
友人はそう言ってマンガを貸してくれたのだ。
ファンを増やしたかったのだろうが、私にとっては逆効果でしかなかった。
何故なら、メインの王子にしろヒロインにしろ、読んでいて「アホ程ウゼぇ……」としか思わなかったからだ。
まあ、お気に入りの漫画家さんを一人見つける事は出来たので、それは友人には感謝している。
その、唯一内容を知っている(王子ルートだけだが)乙女ゲームの世界に転生したらしい。
物心ついた頃に、王太子殿下のご尊名を知り、「あいった~……」と思ったのだ。
だがしかし、だ。
私が読んだマンガに、現在の私に該当するキャラは居ない。
という事は、だ。
モブ転生。いや、物語に登場すらしていないのだ。モブ未満だ。
『ストーリーに全く関係ない転生』だろうか。それすなわち、単なる『異世界転生』なのではないだろうか。
しかも王太子殿下は、私より七つも年上だ。絡む要素すらない。
多分、メインの攻略対象が七つ上って事は、ヒロインもそんくらい上よね? 他の攻略対象の人も。
もう世代違うくらい歳の差あるから、まず関係ないよね?
転生した家がやたら爵位高いけど、そんなの偶然だよね?
私の前世の徳が高かったから、良いお家に転生できただけだよね? ……徳など積んだ覚えはないし、多分あったとしても相当低いだろうが。
……ハっ!? もしや、殺すに忍びなくて、見つける度に窓から外へぽいっとしていたクモたちの恩返しだろうか!?
……いや、『窓からポイ』では恩は売れないか……。
まあ、爵位の高いお家のご令嬢に転生してしまったのだから、後は両親の提示するルートに粛々と乗っかり、貴族令嬢としての務めを果たすのみだな、と思っていた。
* * *
「婚約」
「ああ。……まだ早いと思うんだがな……」
父に呼び出され、何の用かと思ったら、「婚約が決まった」と告げられたのだ。
現在、私は六歳だ。
日本人の感覚からしたら、相当に早い。
子供同士が「おっきくなったら結婚するー」と戯れに言っているのと違い、こちらはきちんと大人が決めた話だ。
だがこの世界の結婚適齢期は、十代後半だ。あと十年ちょっとと思えば、そう早い話でもないのかもしれない。
「お相手はどなたなのですか?」
父に訊ねると、父は「ふー……」と溜息をついた。
溜息をつくような相手なのか。それとも単純に、娘に早々に相手が決まってしまい、面白くないだけなのか。……この父に、そんな感傷があるのかという点はさておき。
「お相手は、クリストファー殿下だ」
……ん?
「お父様、すみません。もう一度よろしいですか?」
聞き間違いかな? なんか、あり得ない名前が出てきたけども。
「セラの婚約者となったのは、王太子クリストファー殿下だ」
私に言い聞かせるように、ゆっくりと、一音一音をはっきりと発音するお父様。
これはどうやら、聞き間違いなどではないらしい。流石に「もう一回」とは言えない。
いや、マジすか……?
王太子殿下って、乙ゲー攻略対象の『アレ』でしょ? 脳内に広大なお花畑をお持ちの、「国政? 何それおいしいの?」みたいな、後ろ頭ぶん殴りたくなるあの……。
そして、それ以前にだ。
「王太子殿下は、私よりも七つ年上だったかと記憶しているのですが……」
別に、歳の差のある夫婦はそう珍しくもないが。
王太子殿下となると、話はちょっと変わってくる。
王族なのだから、あちらが好きに相手を選べる立場だ。
しかも、王の成婚や王妃の懐妊に合わせ、貴族の間でも結婚ラッシュやベビーブームが起こるのだから、殿下方と歳の近い貴族の令嬢や令息は非常に多い。
その中から、何故に七つも年の離れた私を? しかも我が家は、穏健・中立派だ。取り込んでも、さほどの得にならない。派閥としては極小というか、我が家に追従する家は二つくらいしかない。派閥などないに等しい。
となると、可能性としては――
「もしや……、殿下は幼女がお好きだとか……」
「セラ、それは思っても黙っていなさい」
口元に指を立て、お父様が軽く片目を細められる。
ていうか、お父様もそう思われたのですね……。
しかし、殿下が特殊な嗜好をお持ちの場合、問題が生じる。
そう。
私は今でこそ愛くるしい幼女だが、時間の経過とともに麗しい淑女へと変貌を遂げる事になるのだ(希望的観測込み)。
そうなった時、殿下はどうするつもりなのだろう。
勿論、『イエス、ロリータ! ノー、タッチ!』をスローガンに掲げる、とてもジェントルな変態である可能性もある。……紳士であろうが、変態は変態だが。
だがそうだった場合にしても、私を婚約者に据えるメリットが特にない。
あるとすれば、可愛い盛りを間近で見られるくらいか。
「私が麗しいレディへと成長した頃に、婚約話が立ち消えになったりするのでしょうか……?」
「麗しくは成長しそうだが、きちんと『淑女』となるかどうかは怪しいと言わざるをえんな」
クッ……! お父様、お厳しい……!
「殿下は私に向かって、不誠実な真似は絶対にしないと、ご自身と国の名に懸けて誓ってくださった」
何故、そこまで……。
「私の美貌に、目が眩まれたのでしょうか……?」
「……六歳児の美貌に眩むような目なら、潰してしまった方が良さそうだが」
お父様……! 本当に手厳しくていらっしゃる……!
「それ以前に、お前は殿下とお会いした事もなかろう?」
「そうですね」
そうなんだよね。
こちらは一方的に知っているが。何といっても、自国の王太子だ。次代の王だ。「知りませんでしたぁ」で不敬を働く訳にいかないのだ。
が、向こうからしたら私など、『自国の貴族の令嬢』でしかない。ほぼ有象無象の一員だ。
しかも、政治的に重要な家という訳でもない。
爵位こそ高いが、我が家は政治の中枢などには居ない。むしろ、国政にほぼ関わっていないポジションの家だ。
殿下が私に目を留める理由は何だ?
………考えれば考える程、殿下が幼女趣味である可能性が強まるばかりだ。
「来月、殿下がこちらへご挨拶に来られるそうだ。エレナと相談して、準備を整えておきなさい」
「は? ……こちらがお城へご挨拶に上がるのではないのですか?」
王太子がホイホイ城を空けるの、どうかと思うし……。
「殿下がそう仰られたのだ。向こうが無理を通した話だ。出向くのが礼儀だろう、と」
「……無理を通してまで、何故、私を……」
「考えても分からんのだから、考えるな」
さてはお父様、既にこの件に関して思考を停止していますね……?
とはいえ、考えても分からん事は確かだ。
ここは私も、ちょっと思考停止しておこう。
何といっても、私は王太子殿下ご本人を全く知らないのだ。もしかしたら、ジェントルな変態ではなく、ガチものの可能性もある。
いや、変態でない可能性もあるか。あるか……? ある、かも、な……?
「お断りなんかは当然……」
「無理だな。幸か不幸か、お前になんの瑕疵もない。いや、なくもないが、取り敢えず目立った瑕疵はない」
……何故言い直すのです、お父様……。
そこはただ『ない』でいいじゃないですか……。
「この珠のような美幼女に、瑕疵などあろう筈がないでしょう」
「そうだな。球のような娘だな……」
ん? 何か、私とお父様で『たま』という言葉にニュアンスの違いがあった気がするぞ?
「ところでお父様」
「何だ? 球よ」
……娘を『たま』呼ばわりはどうかと思いますが。猫じゃあるまいし。
「王太子殿下は、どのようなお方なのでしょうか?」
私が知るのは、精々が公式なプロフィール程度だ。
ご尊名やご尊顔、生年月日(国の祝祭日になってるしね)程度だ。
為人なんかは、全く知らない。どうせ絡む事も噛む事もなかろうと、全く興味の外にあったからだ。
「見目麗しい方だな」
とりあえず、という風情で父が言う。
「絵姿の何掛け程度ですか?」
「……セラ、『不敬』という概念を知っているか?」
「知識程度に」
頷いた私に、父が深い深い溜息をついた。
「大丈夫です、お父様。私とて場を弁える程度の知恵はあります」
「本当か?」
「お疑いになられるのですか?」
「……逆に問うが、ならんとでも思うのか?」
「お父様は私の被る猫を過小評価しておいでです。それはそれは毛並みの良い、つやっつやの可愛らしい猫ちゃんを被れます」
「……その、無駄に良く回る舌が信用ならんのだが……」
また溜息! しかもさっきより深い!
「殿下はとても真面目なお方だ。見目は、絵姿そのままと思っておけ」
「王族への忖度で割り増しがあるのでは?」
「つやつやの猫はどうした?」
「昼寝中です」
猫は『寝る子』だからね!
「……当日お前は、最低限以外口を開かんでいい。初顔合わせが不敬で断罪など、……ちょっと面白いが、中々に情けない話だからな」
『ちょっと面白い』とか、本音ダダ漏れてますけど……。
確かに、ちょっと面白いけど。
しかし『断罪』とか、乙女ゲームっぽい単語キタね。
ヒロイン苛めとかでも何でもなく、初顔合わせで不敬により断罪!
やべぇ! マジでちょっと面白え!
「当日は、風邪を引いて声が出ないという設定でいくか」
そんな! お父様! 私がちょっとワクワクしたからって!
「折角いま、ちょっと殿下との顔合わせに対して前向きになりましたのに!」
食ってかかった私に、お父様がまた溜息をつかれた。
「前を向くなら、真正面を向け。斜め前方向を向くんじゃない」
チッ。
流石は父親だぜ……。まるっとお見通しってか……。
「声が出ない設定が嫌ならば、つやつやの可愛い猫とやらをきちんと被れ」
「はい……」
まあ、端からそのつもりだけども。
しっかし、王太子殿下の婚約者かぁ……。
家格からいえば、何もおかしな事はないけど。
あ、申し遅れました。わたくし、セラフィーナ・カムデンと申します。カムデン侯爵家の娘でございます。
国に八つある侯爵家の、序列で言えば四位でございます。
上から数えた方が早いレベルの家格なのだから、王太子殿下の相手としておかしな事は(色々あるけど)特にない。
ていうか、前世で読んだマンガ、王太子に婚約者なんか居なかったけどなー……?
夢見がちな少年少女が、夢見たまんま突っ走るようなマンガだったんだけど……。
お父様、殿下の事「真面目な方」って仰ってたしなー……。
……まあ、マンガはマンガか?
殿下が真面目な方で、且つ変態でもないなら、私に断る理由はないしな。
* * *
そして顔合わせ当日。
『声が出ない設定』は、お母様の「お話も出来ないなんて、セラが可哀想でしょう?」の一声でなくなった。
ありがとう、お母様! フフフ……、お父様の弱点など、私には分かり切っているのですよ……。このために、お母様に切々と泣きついた甲斐があったというもの!
しかしお母様には、にっこりと優しい笑顔で「セラも殿下と仲良くしなさいね」と言われてしまった……。
お母様も、私を見抜いておいでですね……。
五つ年上の兄は、着飾った私を見ると、いかにも楽し気に笑った。
「やあ! 今日のセラは可愛いなぁ!(被った猫が)」
……副音声で、何か聞こえたな……。
「王太子殿下をお迎えするのに、粗相があってはなりませんから」
「そうかぁ。そうだねえ。逃げられないよう、頑張りなさい(猫にも、殿下にも)」
「はい」
お兄様の副音声、うるせぇなぁ……。
私が美幼女であるように、兄も兄で美少年だ。が、齢十一にして、この兄は中々歪んだ『イイ性格』をしている。
恐らく、父に似たのだろう。
いや、お父様は別に悪い人じゃないけども。……絶対的に『善人』でもないけど。
兄は当然だが同席はしない。
王太子殿下との面会に臨むのは、私と父だけだ。
……とはいえ、どうせお兄様、どっかから覗いてそうだけど。自分基準で『面白い事』が大好きな人だし。
今日は初夏でお天気も非常にいい。なので、庭の木陰にテーブルをセットしてある。
どこからでも覗き放題だぜ!
しかし残念だったな、お兄様よ! 私の猫ちゃんは、今日は絶好調だ!
王太子殿下よ! どこからでもかかって来い!
そんな空回り気味の気合を入れ、王太子殿下のご到着を待つ。
ええ天気やなぁ~……と、ぼけーっと待つ事しばし。王家の紋の入った豪奢な馬車が、騎士様の馬に先導されやってきた。
ていうか、派ッ手だなぁ、おい! いやまあ、正式な訪問だから当然っちゃ当然だけども。
因みに我が家は、派手派手しいものを好まない性質の人間ぞろいなので、馬車も非常に地味である。父曰く、「地味すぎて夜会なんかでは逆に目立つ」のだそうだ。
「可愛いつやつやの猫の準備は大丈夫か?」
並んで立った父が、ぼそっと小声で言ってくる。
「準備万端です。どこからかかってこられても迎え撃てます」
「……お前は何と戦うつもりだ?」
「それくらいの心積もりで臨んでいる、という話です」
父はただ深い溜息をつくだけで、もう返事もしてくれない。……そんな態度じゃ、娘がグレちゃうぞ?
遠目に見てもそれと分かる王家の馬車が、ゆっくりとスピードを落とし我が家の玄関前までやって来る。
二頭立ての馬車だが、流石は王家所有だ。引く馬もとても立派な体躯で毛並みも美しい。装具もえらい高級感がある。
まあ、こういう箔付けって大事よな。頂点たる王族が侮られちゃ話になんないし。
父の目線が「余計な事は言うな、するな」と訴えてきているのが分かる。
お父様、ご自身の娘に対して信用がなさすぎでは?
従僕がフットステップを設置し、馬車の扉を開ける。
それに合わせ、私と父は深々と頭を下げる。カーテシーなんかは、めっちゃ練習したからちょっと自信がある。
これまでの私に余りに縁のない所作なので、ちょっと面白かったからだ。あと、礼儀作法は出来ていて損は絶対にない。
殿下の足音が聞こえる。音だけならば、きびきびとしているようだ。顔を上げて歩く姿を見たいが、それが出来ないもどかしさよ。
父と私の前で足音が止まり、静かで穏やかな声がした。
「二人とも、顔を上げてもらえるだろうか」
……あれ? 何か意外と、下手に出るんだな? もうちょっとこう、支配階層らしい上からの声掛けになるかと思ってたのに……。
お声に合わせ、父と二人、下げていた頭を戻す。
あらぁ~……。
絵姿まんまの美少年だわぁ~。
色味の薄い金の髪は、プラチナブロンドというのだろうか。さらっさらで、陽光にうっすら輝いてすら見える。少年らしい線の細い、けれどひ弱そうには見えない体に、すらりと長い手足。今日は略式の礼装をお召しだが、とても良く似合っておられる。
色白だが決して不健康そうに見えない肌は、毛穴をどこにやったのか問い詰めたいレベルでぴっかぴかだ。……乙ゲーヒーローにして、少女漫画のヒーローには、毛穴など存在しないのだろうか……。
ヘイゼルの瞳は、陽光の加減だろうか、緑や青が混じって見える。宝石のような瞳だ。
当然、お顔の全てのパーツは完璧なバランスで配置されていて、文句のつけようのない美貌だ。
……正直、すまんかった。
絵姿なんてどうせ、『王族忖度フィルター』というSNSもびっくりの最強の画像加工ツールによって、上方修正されているものとばかり思っていた。
が、生身の存在感がある分、実際の殿下の方が絵姿よりも美しい。
「わざわざのお越し、恐悦に存じます」
頭を下げる父に倣い、私も再度頭を下げる。
「いや、無理を言ったのはこちらだ。礼を言うべきは私だろう」
殿下の言葉に、父と揃って身体を起こす。
何ていうか、言葉遣いとかめっちゃしっかりしてるな。
マンガのイメージと、大分違う。
でももしかしたら、原作であるゲームの方とマンガとで、ちょっと違ってたりとかするのかも。……でもあんまり改変しちゃったら、ファンから文句出るよな……。
良く分からん。
良く分からんが、マンガの『夢見る花畑王子』よりは好感が持てるので、良しとしよう。
場所を移動し、セットしてあるテーブルへとつく。
我が家の庭はちょっとしたものだ。イングリッシュガーデン風と言えば聞こえがいいが、色々な植物が雑多に植わっている。
植生を考慮したとか、景観を重視したとか、そういう事は一切ない。
ただただ雑多な庭だ。
しかも広大なので、ちょっとした野原だ。
……王太子殿下をお通しするのに、これで良かったのだろうか……。
殿下は何やら物珍しそうに周囲を見ておられる。
……お城の庭は、さぞかし美しいでしょうからね。この野生の野原感は珍しいだろう。というか、貴族の邸宅の庭として、かなりアウトな部類の庭だろう。
だが、他に類を見ないという一点においては自信がある! ……間違ってる感がひしひしとするが。
「何というか……、個性的な庭園だな」
微笑んで仰る殿下。
大分言葉を選んでくださったようだ。気遣いが出来る。これは中々の加点対象だ。
「お気遣い、痛み入ります」
父が深々と頭を下げている。しかしテーブルの下では、父の足が私の足を蹴りつけている。
……角度的に、殿下の護衛の騎士様とかには見えちゃってんじゃね? 別にいいけど。
父の蹴りの理由は、この庭のごちゃっと感がほぼ私の仕業という一点に尽きる。
異世界の初めて見る野菜やら果物やらが面白く、種が採れたものをバカスカ庭に植えまくったのだ。
そしたら意外とフツーに芽が出て成長してしまった。しかも現在は、勝手に増殖している。季節とか土壌とか、なーんも考えずに植えたんだけどなぁ……。逞しきかな、植物。
庭師たちは、途中から『美しく整える』という作業を放り投げてしまった。現在の彼らの職業は、殆ど『農夫』だ。美味しい野菜と果物を育てる事に熱心だ。
それでもきちんと、季節の花々が植わっている区画もある。
……野菜に浸食され始めてはいるが。
王太子殿下はこちらに向き直ると、私に向かって微笑んだ。
「まずは、挨拶を。クリストファー・アラン・フェアファクスだ。こちらの一方的な提案を受け入れてくれた事、感謝している」
「勿体ないお言葉でございます。カムデン侯爵が娘、セラフィーナでございます。拝謁出来まして、光栄でございます」
「こちらこそ、会えて嬉しい」
……声がマジで嬉しそうなんだよな……。何でだ?
下げていた頭を戻すと、微笑む殿下と目が合った。
……なんか、殿下の私への好感度、初対面にしちゃ高くない? やっぱこの人、ジェントルな変態なのかな……?
「セラフィーナ嬢」
「はい」
呼びかけられて返事をしただけなのだが、殿下が何やら嬉しそうに微笑まれる。……言っちゃ何だが、ちょっと怖い。
隣のお父様をちらりと窺うと、お父様も僅かに怪訝そうなお顔をされている。
そうなりますよね。
「貴女を『セラ』と呼んでも、気を悪くしないだろうか?」
「どうぞ、ご随意に」
婚約者となったのだから、何事もなければいずれは夫婦となるのだ。
他人行儀であるよりは余程いい。
……ちょっと、距離の詰め方が早い気もするけど。
ていうか、愛称で呼んでもOKよと承諾しただけなのに、やはり殿下がめっちゃ嬉しそうだ。
マジで何なの? 何で殿下、そんな好感度高いの? そんなにこの珠のような美幼女がお好みなの?
「可能であれば、私の事はクリスと呼んでもらえないだろうか」
「承知いたしました、クリス様」
「ありがとう」
うぅ~……ん……。
何なんですか、殿下。その、眩しいものを見るような笑顔は。
お父様! この王太子、何か怖いんですけども!
そんな思いで父を見ると、父は「堪えなさい」と言うように小さく頷いた。
……初手から好感度高いって、悪い事じゃないんだろうけど、こんなに居心地悪いものなのか……。
しかもそれが何に由来してるのかさっぱりだから、余計にだ。
この開幕スタートダッシュの理由、いつか分かるのかな……。その『理由』が、殿下が幼女がお好きとかいうんでなければいいけどな……。
多少の(というか多分の)不安を抱えながらも、クリス様との初顔合わせは何とか無事に終える事が出来たのだった。
……ついでに、何のトラブルもなかった事を、兄に「らしくないぞ☆」と言われイラっとするのだった。