距離感って大事だよな。
三国志を読んで、やたら寝食を共にするという表現多くありません?
実際は親しく付き合った程度の話と思うのですがどうなんでしょうね(笑)
劉備には悩みがあった。
いやもう、異様にモテるのだ。異様に…
それも、男にばかり異様にモテる。
モテるのは全く構わない。人から好かれる事は良い事だ。
皆、劉備と知り合うと、何故か距離感を詰めて来る。
まぁ楽しいからいいんだけれども。だけどな…
やはり距離感って大事だよな???
関羽や張飛、最近、二人の大男と知り合って、妙に意気投合した。
あまりにも意気投合したものだから、桃園で義兄弟の契りとやらを結んでしまった。
寝る時も生きる時も死ぬときもいつも一緒、なんだかそんな硬い絆を約束する契りだったような。
まぁ、二人の可愛い弟が出来た気分で、劉備としては嬉しかったんだが。
「兄者っーー。」
「今日も疲れたのう。」
関羽と張飛は毎日、劉備の屋敷に押しかけて来て、食事をし、夜も一緒に寝たがった。
狭い寝室のベッドに大男が二人、潜り込んで来るのである。
狭いっ。
暑苦しい。
今は夏だ。ムンムンとした大男二人に挟まれて暑くて暑くてまさに地獄だ。
劉備は大男二人に挟まれながら、文句を言う。
「お前ら、頼むから別の部屋で寝てくれっ。」
関羽はぎゅうううっと劉備を抱き寄せて来て、
「兄者の傍にいると落ち着くのだ。」
張飛も背中からぎゅううううっと抱き寄せて来て。
「俺も俺も。兄者の事が好きで好きでたまらねぇ。」
ミシミシと骨が音を立てる。
そのうち、二人のせいで圧死するんじゃなかろうか。
劉備は心中焦りながら、二人に向かって慌てて、
「お前らの俺を慕ってくれる気持ちはとても嬉しいっ。しかしだ。おかしいだろう?
寝る時も食べる時も、何をするもの一緒にしたいだなんて。」
関羽は目をキラキラさせて、
「我らは義兄弟の契りを交わした。当然だろう?」
張飛も背後から野太い声で、
「そうだそうだ。まさにその通り。ああ、あったけえな。兄者とこうしている時が俺は一番幸せだ。」
あったけえどころじゃねぇーーー。ひたすら暑苦しいんだよーーー。
これじゃ女を抱きに行くこともできやしねぇーー。
「ともかく、涼しく寝たいんだよ。俺はっ。」
関羽が悲しそうな顔をして、劉備をぎゅうううっと抱き締めて、
「そんな冷たい事を言うのか?兄者はっ。わしはこんなにも兄者の事を好いているのに。」
張飛も抱きしめる腕に力を籠めて、
「俺も俺もっ。関羽兄者より俺の方が兄者を好いているっ。」
生命の危機を劉備は感じる。
「解ったから、お前らを俺も愛しているっ。だから、少し腕の力を緩めてくれないか?」
自分を締め付けていた腕の力が緩んで劉備は安堵する。
もう、諦めるしかなかった。
二人は犬のように、劉備の事を好いていてくれているのだ。
いう事を聞かない犬だけどな。
まぁなんだかんだといっても、時は過ぎて二人も嫁を貰い、劉備から自然と距離を置くようになって、劉備はホっと安堵すると共にちょっと寂しい気がした。
可愛いペットたちが他の人に盗られた。まさにそんな気分で。
そんな落ち込んでいた劉備は、戦に負けて、関羽たちを連れて曹操の元へ身を寄せる事になった。
そして、再び劉備に悪夢が襲った。
曹操が、劉備を気に入ったらしく、片時も離さないのだ。
「おはよう。玄徳殿。一緒に朝飯を食べよう。」から始まり、ともかく、一日中べったりなのである。
しまいには一緒のベッドに寝ると言う始末。
曹操と一緒に寝るベッド。劉備はそれはもう、生きた心地がしなかった。
曹操はにこやかに、
「貴殿とはゆっくりと話をしたかった所だ。そなたの魅力は男をも引き付ける。」
「そ、そうですか?」
「ああ、俺は有能な者は多少難があろうとも使う男だ。どうだ?俺に忠誠を誓え。そうしたら、それなりに扱ってやるぞ。」
熱烈にベッドで口説かれた。
女性で愛を口説かれたのなら、それはもう、フラフラとしてしまうだろうが、自分は男で、口説かれたのは愛ではなく忠誠を誓えだ。
朝昼晩と付きまとわれて、それはもう劉備はげんなりした。
やっと犬ども(関羽と張飛)が自分から距離を持ってくれるようになったのだ。
しばらくは曹操とべったりな迷惑な日が続いたが、天下の情勢は動いている。
劉備は曹操と離れ、小沛の地へ行くことになった。
「名残惜しい。玄徳殿。」
曹操にぎゅううっとハグされて、劉備は非常に困ってしまったが、ともかく、この男との距離が取れる事に安堵した。
二人の義弟達の視線が何気に怖い。
関羽が劉備に向かって、
「我らが兄者なのに、曹操の奴、独占しやがって。」
張飛も頷き、
「許せんっ。今夜から我らが兄者のベッドで一緒にっ。」
劉備は二人に向かって、
「やっと曹操から離れられたのだ。焼きもちをやくでない。」
二人はふくれっ面をしている。本当に可愛いペット、いや、義弟達なのだ。
それから時が過ぎて、荊州にいた時の事である。
諸葛亮、字は孔明を三顧の礼を持って迎えたのだが、
この男も、何故か寝食を一緒にしたがった。
どうしてだ?やっとペットどもや曹操から離れられたのに。
「せっかく、私を気に入って下さったのです。寝食を共にし、もっと我が君の事を知りたい。」
「いやいや、寝食を共にしなくてもよいだろうに。」
「水魚の交わりをしたいのです。」
「へ???水魚?」
「貴方に私は言われたい。孔明は私の水だと。必要不可欠なものであると。」
えらく、諸葛亮から惚れられた。
ペットたちが恨めしそうにこちらを見ている。
「お前らと俺との付き合いはそりゃもう古い。お前らが一番大事に決まっているだろう。…そんな焼きもちを焼くな。」
関羽も張飛もそれはもう嬉しそうに、劉備を両側からぎゅうううっと抱き着いて、
「兄者っ兄者っ。」
「俺達が一番だっ。ずううっとずううっと一番だぞ。」
「解った解ったから。」
尻尾がついていたら、ぶんぶんと振っていたであろう。二人の義弟達。
劉備はそれはもうため息をつくのであった。
そんな怒涛の日々はあっという間に過ぎて、
いつしか歳を取って、劉備は寝たきりになった。
窓の外を見ながらふと思う。
関羽も張飛も先に逝ってしまった。
曹操には憎まれたな。余程。裏切られたのが悔しかったらしい。
元々、あの男は裏切りには容赦ない男だ。
先々、不安だが…まぁ残り少ない命、心配しても仕方ない。
孔明が上手くやってくれるだろう。
何はともあれ、楽しかったよ。
いい人生だった。有難う。お前達。