龍蛇の洞窟
あっという間だった。
マロンが瞬きをするよりも早く、マンソンは姉弟のところへたどり着いた。
疾風で飛んだマンソンは速すぎる自分を止めるために、マロンの周りを周回した。
落下する岩のひとつに乗りながら地面に落ちていくだけの二人の周囲に幾重にも光の螺旋が発生すると、その後に小さな竜巻が起きた。
金色に光っては消える爪先ほどの小さなマナの星々を振りまく光と風の螺旋に包まれて驚いたマロンはほんの一瞬目を閉じた。
自分の周囲を覆ったバラに似たいい香りに覚えがあった。
「マンソン先生!」
マロンが目を輝かせて叫んだ頃にはもう、二人を抱き抱えたマンソンは上に飛んでいた。
爆発した大地からみるみる下に遠ざかっていく。
マロンはマンソンの魔法に目を輝かせて感嘆した。
「すっげーっ!」
そのまま飛び続けたマンソンは落下物がない上空まで来ると、うなだれて浮かぶポルポを見つけた。
「マロン!背中に掴まれ!メロンを離すなよ!」
「うん!」
ソフィエの魔法で重さがなくなったポルポを掴むとマンソンは周囲をぐるりと見渡し、他に誰もいないと判断してその場を離れた。
自身の周囲に水の精霊をまとったソフィエが燃え盛る炎の中を進んでいた。
炎が岩を貫通した時、岩の中心から放射状に亀裂が入った。
春風までの道を遮る巨大な岩が、ソフィエの魔法の炎の矢によって音を立てて割れ、大岩は一気に砕け散った。
岩を砕き終わった魔法の炎は、まるでそこで燃え尽きる運命だったかのように収束して消えた。
岩を砕くのに必要なマナ量を完璧に見切った一矢だった。
その先に春風がいた。
春風の下に、ヴィラのメスがいた。
ヴィラゴトキシンが口へ入って来なくなったメスはすっかり口を閉じていて、目を見開いたまま全く動じる様子もなくただ落下していた。
「ハルーっ!」
ソフィエが叫んだ。
気を失った春風は仰向けになったまま落下していた。
腰には短剣を下げていたが、杖は持っていない。
下で、地震が起きていた。
地震は大地の揺れではなく、地面の中にいた巨大な生物によって引き起こされたものだった。
雑木林の地面が割れ、その中から真っ黒な影が飛び出し上空へ一直線に舞い上がった。
巨大で長いその影は龍蛇だった。
それは今まで発見されていたどんな龍蛇よりも巨大だった。
火山から立ち上る噴煙のような勢いで地面から飛び出した龍蛇は大きく口を開けると一直線にヴィラのメスに飛びかかり、二十メートルはあるこの魚をひと飲みにした。
龍蛇はヴィラ上下にあった木や岩もお構いなしに飲み込んだ。
ヴィラのすぐ上にいた春風も飲み込まれた。
あまりの速さと大きさに虚をつかれたソフィエは、目の前で春風が食われるのを呆然と見送った。
しまったと気づいたソフィエは再び呪文を唱え、聖なる炎の矢で龍蛇を攻撃した。
矢は龍蛇の胴体に当たった。
龍蛇は一瞬身じろいだが、大岩を砕いてみせたソフィエの魔法の矢は龍蛇の体を貫かない。
ソフィエは龍蛇の頑丈さにたじろいだ。
「そんな...」
龍蛇に飲み込まれた春風が龍蛇の体内でどうなっているのか予断を許さない。
完全に飲み込まれてしまう前に救出しなければ。
ソフィエは矢を打ち続けた。
何かが衝突するような騒がしい音がして、春風は目を覚ました。
真っ暗な中にいた春風は、そこが大きな洞窟のように思えた。
目を凝らして周囲を見ると、洞窟の内壁は黒光のする固そうな感じで、金属のように見えた。
地震が足元を揺らした。
揺れたというより、洞窟そのものが動いた。
岩や木と共に螺旋状に下へ下へと転がっていく。
同時に、自分のすぐ横の大きな岩が自発的に動いた。
一瞬飛び跳ねたそれは岩ではなくヴィラのメスだった。
飛んで着地したヴィラのメスの振動で横に飛ばされ春風は洞窟の壁に体をぶつけた。
洞窟を揺さぶる地震は起きては止みを繰り返した。
揺れるたびに春風は下へ下へと螺旋の洞窟の中へ落ちていく。
洞窟の外からも、洞窟を爆発させようとしているかのような大きな音が聞こえてくる。
「な、なにここ...」
春風がぼそりと言うと、返事が聞こえた。
「ここはママのお腹の中なんだ」
春風の横に小さな龍蛇がいた。
「へ、蛇がしゃべった...」
「驚かせてごめんよ」
春風はその龍蛇をよく見た。
雑木林でマロンが捕まえて投げ飛ばした細くて短い弱々しい龍蛇の子供だった。
「あ、あの時の...」
「ママは滅多にお家から外に出ないんだけどさ。今日はなんだかすごく騒がしかったら怒って飛び出したんだ、きっと」
春風は勝手に喋りはじめた小さな龍蛇を見た。
悲しそうな顔をしていた。
春風は会話をしてみる事にした。
「あの、ここ、君のママの、お腹の中なの?」
「うん。ごめんよ。僕ら食べられちゃったんだ」
とその龍蛇の子供はまるで自分のせいかのようにうつむき加減で言った。
「いや、まあ別に君のせいってわけでもないし...」
「うん。でも、ごめんよ。僕ら人間を食べたりしないんだ、ほんとは」
「そうなの?」
「うん。ごめんよ」
龍蛇の子供はただただごめんと言い続けた。
「あの、俺ここから出たいんだけど、どうしたらいいかな?」
「ごめんね。ここからは出られないんだ。この後ママの胃の中に行ったら僕ら溶けてしまうんだ」
「そ、そりゃあまずいね...。ここを登って口から出るってのはどうだろう?」
龍蛇が春風を見た。
「君が飛べるなら出られるかもしれないね。君、飛べるの?」
飛べるかと聞かれた春風はアクアルスの存在を思い出した。
「いるか?アクアルス」
「ここにいる」
憮然とした声が聞こえた。
春風の肩越しに手のひらサイズのアクアルスの顔があった。
「な、なんだよ。なんか機嫌悪いなお前」
「人間の分際で、我をお前などと。貴様、一体何者だ。貴様のマナはいったいどうなっている?」
「何の話しだよ?」
人間のようにコミュニケーションが取れないと思っていた嵐の神が急に流暢に話し始め、しかも機嫌が悪い。
その上文句を言い始めた。
「とぼけるな。貴様のマナは人間のそれではない。貴様のマナを全てを放出させるつもりで爆発を起こしたのにいささかも減っていないではないか。そんな事はあり得ない」
「なんか、何言ってるかよくわからんけど。それよりお前がいるって事は飛べるって事だな?」
「ふん。やれるものならやってみるがいい。我を縛る上位神の呪縛は解き放たれた。次は大嵐を起こしてやるぞ」
「おいおい、なんだよ。契約したんじゃなかったのかよ」
「契約はした。ゆえにお前は我の力を使うことができる。だがどう制御するかはお前次第だ」
春風の横に現れた手のひらサイズのアクアルスの顔は、春風を嘲笑っていた。




