白銀の魔術師と疾風の魔術師
ソフィエが放ったシーラたちが生徒の数と居場所を突き止めた。
生徒は四人。
一番上空にポルポ、そこからだいぶ下の大岩の影に春風、そしてずいぶん下にマロンとメロンがいた。
四人とも生きている。
が、シーラでは生徒たちの怪我の程度まで調べられない。
ポルポの元へ飛ぶソフィエはなんとか四人全員を救う方法がないか瞬時に思いをめぐらせた。
上空に吹き飛んだ全てが、すでに惑星の重力に惹きつけられて地面へ向けて加速を開始している。
ほんの一瞬しか猶予はない。
ポルポを助けた後大岩をぐるりと回って春風のところに行くのは時間がかかりすぎる。
そんな事をすればその間にマロンとメロンが地面に墜落してしまうのは目に見えていた。
かといって今から進路を変えて春風のところに行けば、マロンとメロンは助けられても今度はポルポに手が届かない。
ソフィエは魔法の攻撃で大岩を破壊する事を決めた。
大岩の影にいる春風に攻撃が当たらないと言う保証はない。
むしろなんらかの傷を負わせてしまうのは避けられないだろう。
ソフィエの頭の中で、四人を救出する算段がたった。
ポルポのところに辿り着くまでに、炎の魔法を飛ばして岩を破壊する。
ポルポにたどり着いたら回復液を飲ませると同時に浮遊魔法をかける。
その間に炎の魔法が岩を割っているはずだ。
岩が割れた隙間から春風のところへ行き、春風に浮遊魔法をかける。
そのままマロンとメロンのところへ急降下して、二人を両脇に抱えて救出する。
これがソフィエの考えついた四人を救う唯一の方法だった。
一秒でも遅れたら全てが無に帰す。
自分を含め五人同時に飛行魔法をかけるなどこれまでに試した事はなかった。
さらにその前に、精霊魔法を使いながらの状態で岩を砕くために神聖魔法で炎を飛ばさなければならない。
その炎は小さ過ぎれば岩が割れず、大き過ぎれば岩影にいる春風に致命傷を負わせてしまう。
どんな高位の魔術師でも言い訳を並べ立てて尻込みするのが精一杯の状況の中、ソフィエの頭の中には後ろ向きの考えは一切なかった。
正確に制御されたシーラたちは春風のそばの巨大な岩の大きさや材質を丹念に調べ、ソフィエにその情報を伝え続けた。
シーラたちが届けてくれたマロンとメロンのいる場所までの距離を知りソフィエは神の加護に感謝した。
間に合わない距離ではない。
全てが正確に進行しさえすれば、生徒たち四人全員を助ける事ができる。
ポルポに向かって飛びながらソフィエは眼下の大岩に杖を向けて神聖魔法を詠唱した。
「我、全能神カノンの名において命ず!炎の精霊たちよ、我が道を照らす光となれ!聖なる炎の矢!」
ソフィエの掲げたマーヴォーンの角杖の先端に光が集約するとそれはすぐに大きな炎となり、ソフィエの見つめる大岩へ放たれた。
炎の矢は進むごとに炎を増していった。
鍛え抜かれたソフィエの魔術師としての凄さの一端が垣間見えた。
炎の矢は寸分違わず完璧に大岩の中心を捉えた。
大岩の中心を捉えた矢の炎は岩を溶かし、稲妻のような音を立てながらめり込んでいった。
矢が命中すると確信したソフィエはすぐに岩から目を切り、腰に下げた小さな魔法瓶を取り出しフタを開け、そしてポルポのところへたどり着いた。
落下するポルポを抱き抱えたソフィエはすぐに小瓶をポルポの口に咥えさせた。
瓶から白い光がポルポの体内へ入ると、神聖魔法の治癒力でポルポが白い光に包まれた。
瓶は小さく、ポルポを完全に回復させるには到底足りないマナしか入っていなかったが、これ以上ポルポの治癒に当たっている時間はなかった。
ソフィエはポルポの胸に手を置くと、最短に縮めた形式で神聖魔法を詠唱した。
「乙女の守護神バリスよ。この者に空を泳ぐ力を与えよ!空中浮遊!」
バリスの神聖魔法によって青緑の光に包まれたポルポは、気を失ったままうつ伏せにだらりと力無く手足を垂れその場に浮遊した。
ソフィエはそこから大岩へ飛んだ。
炎の矢はまだ大岩を貫通していない。
ソフィエは自分の放った炎の矢が、必ずこの大岩を貫くと信じた。
心にひとつの穢れもなく放った聖なる炎の矢には、必ず神の加護があるとソフィエは心から信じた。
ただまっすぐに大岩の燃え盛る中心点に飛んだ。
もし炎が岩を貫かなければ、炎の矢が大岩を割らなければ、岩に激突し、そして自ら放った炎に焼かれて死んでしまうだろう。
だが速度を緩めれば、たとえ春風を助ける事ができてもマロンとメロンの救助に間に合わない。
ソフィエは疑わなかった。
神を信じ、自分を信じた。
ソフィエのその様子は、遥か後方から鳥の神イラと風の上位精霊テュリオンの力を使って超高速で追いついてきたマンソンの目に写っていた。
祠を飛び立ってすぐ、空に浮かぶアクアルスの顔が消え巨大な爆発音がした。
そして想像に絶する量の水が上空へ打ち上げられるのを見た。
いやな気分がマンソンの心を襲った。
あんな巨大な爆発は先の戦争に参加した時にだって見た事がない。
もしあそこに生徒たちがいたら、ただでは済まないに決まっている。
鳥神イラの神聖魔法、鷹目を使っていたマンソンの目に、炎の矢を放つソフィエが飛び込んできた。
ソフィエは魔法の矢で岩を攻撃していた。
マンソンはその岩の後ろに助けるべき誰かがいると直感した。
そして、ソフィエが岩の後ろに回り込まない理由を想像した。
そうしなければならない理由があるはずだ。
迂回していられないのだとしたら、その時間がないのだとしたら、岩影の誰かの他にもまだ助けるべき人間がいるのかもしれない。
マンソンは飛びながら目を凝らした。
鳥の神を守護神に持つマンソンでなければ見つける事ができなかっただろう。
マンソンの鷹目は、メロンの特徴的な白と緑の縞模様を見つけた。
「あそこか!」
マンソンにすら、時間的余裕は皆無だった。
マンソンは自身を包む風の上位精霊テュリオンに叫んだ。
「最大速度で俺を運べ!疾風!」
マンソンは音と風を置き去りにして、猫獣人の双子の元へ飛んだ。




