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春風のヒストリア  作者: モトハル
春風_神官学校編
59/61

それぞれのその時

春風を中心に支流川の水が渦を巻き集約されると、爆発音とともにすべての水が上に吹き飛んだ。


水中ですでに気を失っていたポルポはもちろん、空気の球の中にいた春風やマロンとメロンも例外ではなかった。


爆発音の発生を感覚で予見し、いち早く頭の上の大きな両耳を閉じたマロン以外の三人は音にやられて失神し、四人は木や岩とともに、クレバスの高さよりもさらに上へと飛ばされた。



「ふはははは!我、呪縛より開放されたり!」



空一面にアクアルスの顔が浮かんでいた。


水によって描かれたその顔はまがまがしく、そして、歓喜に満ちていた。



その少し前、虎蜂から全速力で走って逃げていたアルファン達本校の三人は、偶然合同レクのゴールの祠にたどり着いた。


教師たちの姿を見つけたお付きの友人が叫んだ。


「せ、先生っ!助けてー!」


マンソンを取り囲み身構えていた五人の本校教師たちがその声のした方を振り向いてみると、雑木林をほうほうの体で駆けてくるアルファンの姿があった。


「ア、アルファン殿下!」


教師たちは生徒三人の後ろから迫ってくる虎蜂に気づき、各々が攻撃魔法を唱えた。


それらはどれも火の玉で威力こそあれ、飛んでいった火の玉は木に当たり幹や葉を燃やすだけで、全く虎蜂に当たらなかった。


その魔術の程度はもはや教師のレベルになく、実践からかけ離れた魔術師の成れの果てとも言える体たらくだった。


火の玉は次々と繰り出された。


教師たちには火の玉を連続して出せる程度のマナはあった。


しかし当たらない。


雑木林の木が焦げて煙を上げている。


このままでは山火事になりかねないほどだった。


その様子を見たマンソンが小さな声で魔法を詠唱すると、マンソンの姿が消えた。


消えたと同時に虎蜂が一匹、また一匹と気を失い地上に墜落し、最後の一匹が墜落した時には、マンソンの姿はそこになかった。


マンソンはアクアルスの方角へ飛び立ち、その行きがけの駄賃として虎蜂を杖で打ち失神させたのだった。


アルファンと二人のお付きの友人は、本校の教師の魔法攻撃で虎蜂が討たれたと思った。


教師たち自身ですらもそう思った。


マンソンの行動はその場にいた誰にもわからなかったし、立ち去った事すら誰も気が付かなかった。



へたり込んだ三人を本校の教師たちが囲んだ。


「大丈夫ですか?!アルファン殿下!」


息切れし三人とも話せない。



マンソンが祠を離れる少し前、先に飛び立ったソフィエは空に浮かぶアクアルスの大きな顔を見た。


不気味に笑う顔の周囲には、いったいどれほどの量なのか想像も出来ないほどに水が舞い上がっていて、飛び散った水が日を反射して虹がかかっていた。


その水の中に生徒の姿を見た。


ソフィエが見つけたのは一人で、距離があり誰なのかはわからなかった。


上空へと打ち上げられたその生徒は、さらに上へ上へと登っていく。


その後落ちれば助からない高さだ。


「たいへん!」


ソフィエは思った。


あれは嵐の神アクアルス。


きっとハルが召喚したに違いない。


だが合同レクは二人一組なので他にも生徒がいるはずだ。


どこかに他の生徒が飛ばされていないだろうか。


ソフィエはありったけのマナを使い移動魔法を加速させると同時に、飛びながら水の精霊シーラを次々と召喚した。


現れたシーラたちは実体と幻影の姿を入れ替えながら、ソフィエを超える速さで巻き上げられた水の中へ飛んでいき、生存者の探索を開始した。



太古の昔、アクアルスは悪行を重ねていた。


アクアルスの行動を制限するために上位神はアクアルスにその力を制限する魔法をかけた。


こうして嵐の神アクアルスは、人間との契約なしにその力を発揮する事ができない神、二級神になった。


その制限魔法をアクアルスは呪縛と呼んだ。


アクアルスは力を思うままに使う事を欲した。


意のままに動く自由を渇望した。


だが、アクアルスを召喚できる魔術を身につけた人間は限られた。


そして召喚されたとしても、その魔術師のマナはどれもアクアルスが望むには足りず、アクアルスはさして大きな力を振るうことが出来なかった。


制限魔法さえ解ければ。


そのためには強いマナがいる。


制限魔法を超える強いマナが。


そのマナを持って最大限に力を発揮することができれば、制限魔法を破ることができる。


アクアルスが上位神の呪縛を解き自由を取り戻すにはそれしか方法がなかった。


アクアルスは強いマナを持つ人間が現れるのを長い年月待ち続けた。


そしてついに、春風に巡り合った。


春風の中に強大なマナを見たアクアルスは思った。


この人間が自分の力の解放を望めば、制限魔法を壊す力が出せる。


春風が命じた言葉に従い、春風のマナの力を存分に借り、大きな爆発を起こしたアクアルスは思った通り、制限魔法を解く事に成功した。


アクアルスは世界を自由に駆け巡るためにその場から姿を消そうとした。


しかし、自由が効かなかった。


「?!」


太鼓の昔にかけられた制限魔法は、強大なマナを爆発させ一気に放出する事で完全にうち破った。


自分を縛ってきた呪縛は解除されたのだ。


なのに動けない。


理由はなんだ。


アクアルスは空に浮かぶ春風を凝視した。


すべてのマナを吸い取ってやったはずの人間が生きている。


それどころか、これほどのマナを消費したのに、この人間のマナはいささかも減っていないではないか。


「バカな!」


この人間が死ななければ契約が終わらない。


人間との契約が終わらなければ、その人間のそばに居続けなければならず、この後も縛られ続けてしまう。


制約魔法の呪縛が解けるほどのマナを使えば人間は死ぬに決まっていた。


いかに強いマナを持っていようとも、脆弱な人間との契約など容易く終るはずだった。


アクアルスの目論見が外れた。


「人間め!」


アクアルスは叫んだ。


怒りでその形相は更に悪鬼と化した。


しかし、契約者の命なしには力を発揮できない。


アクアルスは怒りの中で考えた。


どうすればこの人間を殺すことが出来るか。


今この人間は空にいる。


人間は脆い生き物だ。


このまま地面に落下すればこの人間は死ぬだろう。


そうすれば契約は終わり、自由になれるではないか。


今、この人間は気絶している。


手は出せないが、見届ければよい。


春風の落下に確実な勝機を見出したアクアルスは再び笑った。



その頃ゴールの祠では、三人がようやく会話できるほどに落ち着いた。


「ここは、どこだ?」


「ここは目的地の祠です、殿下」


もみ手の教師がへりくだった声で言った。


「そうか。して、俺は何番目だ?」


「殿下が最初でございます」


「おおっ!やりましたねアルファン様!」


お付きの二人が声を上げた。


アルファンはまさかこんな流れで一着になれると思っていなかったのでいささか照れたが、


「ふん。まあこんなもんだろう」


と照れを隠しながら言った。


「さあ、殿下。あれが祠です」


教師は祠を指差した。


そこには青緑に塗られた手のひらほどの大きさの楕円形の石が置いてあった。


アルファンはスタスタと歩き祠へ行くと、その石を手にとった。


「全く。実在しないにしても、もっと精巧に作ったらどうだ。これで竜の卵のつもりか」


「図鑑の絵とそっくりですよアルファン様!」


「そうです!いずれにしても優勝、おめでとうございます!」


教師もお付きの友人も口々に褒めそやした。


まんざらでもないアルファンはその石を高々と掲げると


「竜の卵は俺が取ったぞーっ!」


と高らかに叫んだ。



アルファンがしてやったりの顔で石を掲げた頃、はるか空高く放り出されたマロンはどうやって切り抜けるかを考えていた。


考えていた、というのは正確ではない。


正しくは本能に身を委ね、生還するルートを探していた。


爆発音が起きる前、空気の球の周囲の水の様子が変化したのをマロンは察知していた。


何かよくない事が起きる。


そう感じてメロンの胴体に手を回してぐっと力を入れた瞬間、音を察知し耳を閉じた。


次に気がついた頃にはマロンは上空にいた。


そして、三人の周囲にはさっきまであった空気の球がなかった。


すべてを巻き上げろという命令に上書きされて球が消え失せていた。


もはや落下しても助けてくれるものはない。


マロンの目は春風を探した。


もう一度空気の球をつくってもらうのが助かる唯一の道に違いない。


だが、春風が見つからない。


代わりにマロンはポルポを見つけた。


自分たちよりずいぶん上空に飛ばされたポルポはうなだれていた。


マロンの目でも遠すぎて生きているか死んでいるかもわからなかった。


どのみちここからではポルポのところまで行くすべがない。


自分にはポルポを助けられないと悟ったマロンは、春風を探す事にすべてを賭けた。


「どこだっ!ハル!」


マロンは叫んだ。

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