龍蛇の巣へ
三人に見られてメロンはどぎまぎした。
「あ、あの、違ってたらゴメン...」
「違わないよ!俺達その実のせいで誰にも言えなかったんだ。でもなんで...」
そう言った春風は、そしてポルポも、なぜマロンやメロンにマンジュゲリの呪いが効かないのだろうかと不思議に思った。
「やっぱり」
メロンは納得して頷いた。
「やっぱりって何だ!ボクだけ仲間はずれにするな!」
とマロンは相変わらず怒り続けた。
メロンは立ち上がって三人を見ると
「えっと...」
と言って説明を始めた。
「マンジュゲリの実は、猫獣人にとって腹下しの薬なんだ」
メロンは腰に下げた小さなポーチから小さな黒い玉を取り出した。
その小さい球をつまんで見せながら
「だから、マロンも僕もこれにはよくお世話になってる」
と言った。
マンジュゲリの実の中心にある種を剥いて天日干しにしたこの薬は、東の大陸ローデンティアでは珍しい薬だったが、西の大陸では一般的でニャンコロの愛称で知られていた。
マンジュゲリの実の幻覚成分は人間にとっては強いが、猫獣人にとっては微々たるもので、獣人は小さい頃からこの薬を愛用するので、マンジュゲリに対して強い耐性ができていた。
驚く春風を見てメロンは少し得意げになって続けた。
「この実には呪いとかないんだよ。花に呪いの作用があるから実も同じだって思われてるんだ」
その一言に、春風とポルポははっとした。
「花には呪いがある、って事だよね?」
ポルポがメロンに聞いた。
「うん。花はだめだよ。あれはすごく危ない。でも大丈夫。花は確か百年に一回とかしか咲かないはずだから」
メロンは深刻そうな顔をする二人を見た。
「え?まさか、花食べたの?君たちが?ウーノが?」
「俺たちはウーノに実を食べさせられて呪い、じゃなかった、幻覚をかけられたんだ。だけどウーノは謎の男にたぶん花を食べさせられてる」
そこでマロンが爆発した。
「おい!いい加減にしろ!訳わかんない話ばっかりして!お前達ごまかす気だろ!巣をよこせ!」
マロンがポルポに飛びかかった。
「やめろ!離せ!」
必死で抵抗するポルポから巣を取ろうとあの手この手とマロンは手を伸ばした。
「わかった!」
と春風が言うと、ポルポとマロンが止まって春風を見た。
「何言ってんだハル!これはあげられない!絶対だ!」
「わかってる。でも、薬を作るにしたってそんな大きいの全部使うわけじゃないだろ?」
「そんなの作ってみなきゃわかんないよ!」
「だからね、薬を作って余ったらあげるって事でどうかな?」
と春風は優しく言った。
ポルポは少し考えて
「...。別に余ったらあげてもいいけど」
と言った。
「よし!でね、マロンとメロンにお願いなんだけど、俺たちを手伝ってくれないかな?」
「手伝う?」
「うん。俺達、あと二つ必要なものがあるんだ。ヴィラのメスの鱗と龍蛇の血なんだけど」
「どっちもまずそうだからいらない」
マロンが即答した。
「ちょっとマロン。手伝ってって言ってる友達を見捨てるの?」
メロンがマロンに言うと
「手伝わないとは言ってない。そのふたつはいらないから、余った巣は全部ボクがもらう。それでどうだ」
マロンは我ながら名案だと思い、口角が自然と可愛いらしく上がった。
「決まりだね。ポルポもそれでいいだろ?」
春風はポルポに言った。
「まあ、確かに人手はいくらあっても足りないし、二人が手伝ってくれるならうれしいけど。でも、余ったらだよ。どうしても薬を作らなきゃいけないんだ」
「それでいいかい?」
春風はマロンに念を押した。
「ゼッタイだぞ。余ったら全部もらうからな」
「メロンには何もないんだけど」
春風は申し訳なさそうにメロンに言った。
「僕は別にいいよ。友達が困ってるんだから、手伝うに決まってるじゃん」
メロンはへへ、っと鼻をさすって照れながら笑った。
「で、そのふたつはどこにあるんだ?」
「中に行こう」
マロンの問いにポルポが答えた。
「中?ウルガ山の中?」
メロンが驚いて聞いた。
「うん。この中に龍蛇の巣があるらしい」
ポルポは雑木林の北を指差した。
そこは迷いの森で、迷いの森にはウルガ山の中へ続くたくさんの洞窟があった。
たいていの冒険者は、迷いの森から出られない。
それほどに迷いの森は深い。
そしてさらに奥にあるウルガ山の中の洞窟は、相当腕の立つ冒険者パーティか王国の精鋭師団でなければ無事では済まない危険な場所だった。
ゆえに、神官学校の校則には、よらずの森に入ってはならないと明記してあった。
竜蛇の巣がウルガ山の洞窟の中にあるのだと聞いて、メロンは小さな声で"僕やっぱりやめようかな..."と言ったが春風とポルポの耳には聞こえていなかった。
「面白そうだ。全部やっつけてやる」
マロンは首をコキコキと鳴らし、手を閉じたり開いたりしてボキボキと指の骨を鳴らした。
「全部なんて無理さ。すごいたくさんいるって話だし、それに...」
「それに?」
「それに、小さい奴だとだめなんだ。血に含まれるマナの濃度が低い。出来るだけ大きい龍蛇を倒して血を取らなきゃなんない。だから狙うのは大きい奴一匹でいい」
がさがさ、っと何かが動く音がした。
四人は音のした方を振り返った。
茂る草の中から、春風の上腕くらいの大きさの蛇が顔を出した。
蛇は頭の先から尻尾まで真っ黒だった。
背中に沿って赤い一本線があり、白い目をしていた。
目をしばたかせた蛇はぴゅるりと青い舌を出した。
「龍蛇だ!」
メロンが後ろに数歩下がった。
マロンはつかつかとその蛇に近づくと、一瞬睨み合い、むんずと蛇の首根っこを抑えて持ち上げた。
蛇はだらしなく力を抜き、だらりとひものようにマロンの手からぶら下がった。
「これか?」
それを持ちながらマロンは三人のところに歩いてきた。
「あわわわわ!」
メロンはささっと逃げて木の影に隠れて顔だけを出した。
春風とポルポは、メロンの持つ蛇をまじまじと見た。
「これが龍蛇?」
春風はポルポに聞いた。
「うん。僕も実物を見るのは初めてだけど間違いない。この赤い線は龍蛇の特徴さ」
「ずいぶん弱そうだな」
マロンは蛇に顔を近づけてまじまじと見た。
確かに蛇に殺気はなく、なんだかしなだれた顔に見えた。
「これ、まだ小さい?」
春風はポルポに聞いた。
「さあ。どうなんだろう。メロン、知ってる?」
三人は木の影からこっちを見るメロンを見た。
「詳しくは知らないけど、龍蛇はうんと大きいらしい。たぶん僕らくらいは大きいんじゃないかな」
「じゃあこいつはいらないな」
そういうとマロンはその龍蛇を放り投げた。
どこを狙ったわけでもなかったが、蛇はメロンのいる方へ飛んだ。
「わあああっ!」
メロンは慌ててさらに雑木林の奥へ逃げた。
「あああああっ!」
さらにメロンの悲鳴が聞こえた。
「まったく。いくじなしめ。そんな蛇くらいで」
マロンが腕を組んでため息をついた。
春風はメロンの二回目の悲鳴が気になった。
「大丈夫かな?」
「うん。なんか今、声が遠ざかったような気がした」
ポルポも同様にメロンの悲鳴に違和感を覚えていた。
三人は顔を見合わせ、メロンが逃げた方へ走った。
三人は愕然とした。
アクアルスの台風で地割れが生じ、そこにはクレバスがあった。
地面に空いた細長い穴は地中深くに続いていて、底の見えない暗闇が広がっていた。
「やばい!」
マロンは崖を駆け降りた。
「マロン!」
春風はマロンに続いて降りようとしたが、崖は急過ぎて足が止まった。
「ハル!僕らには無理だ!魔法で飛ぼう!」
ポルポは腰にかけていた杖を取り出して掲げると、神聖魔法を唱えた。
ポルポの体が浮いた。
「ハル!早く!」
「え、あの、俺、飛べないんだけど...」
ポルポは、春風が魔法クラスでからっきしだめだった事を思い出した。
「あ、そうか...。でも、さっきのあれ!ハルがやったんだよね?」
「ん?ああ、あれか...。確かにそうだけど、あれで飛べるのかな?」
「とにかく!急いで!無理ならここにいて!僕マロンを追いかけるから!」
そういうとポルポは、虎蜂の巣を懐に押し込み、クレバスの中へ飛んでいった。
残された春風は悩んだ。
「アクアルスかあ。あいつの顔こわいんだよなあ。他にいい魔法なかったかなあ」
魔法書がここにない事を嘆いた春風が頭の中にある魔法を思い出そうとした時、声がした。
「契約者よ、我はここにあり」
「うわっ!」
急に頭の中に大きな声がして、春風は驚いた。
きょろきょろと見渡すと、頭上近くにアクアルスの顔があった。
それはさっきまでと違い手のひさサイズに小さくなっていたが、小さくなっても顔は相変わらず怖かった。
「ええっ!まだいたの?」
「我は其方の神となった。常にそなたと共にある」
「うわあ。なんかやだな...」
春風は声に出して言った。
「契約を反故にする事はできぬ」
「契約はいいんだけど、ずっと一緒ってやなんですけど...」
「我は契約者とともにある」
春風は少し後悔した。
ずっと一緒なんだと知っていたら、どうせならきれいで優しそうな女神様とかと契約したかった。
しかしそんな事を言っている場合ではなかった。
「あの、この下に行きたいんだけど、俺飛行魔法出来ないんだけど、飛べるようにしてもらえたりする?」
春風の体がふっと浮いた。
急に浮いたので春風はバランスを取ろうと手足をばたつかせたが、姿勢は安定していた。
「ちょ、おいアクアルス!浮かすなら浮かすって言ってくれよ!びっくりしたよ」
「我、契約者の命に従うのみ」
春風は困惑した。
うーん、なんかこいつ、コミュニケーション取りずらい系だな...。
浮いたものの動き方がわからない春風は、アクアルスに尋ねた。
「あのさ、浮いたまま動けないんだけど、どうやって動いたらいいのかな?」
「意のままに念じれば良い。我の力は其方の力」
念じるって言われても。
試しに春風は上を見て、そこまで飛ぶ、と心に描いた。
その瞬間、一気に体が加速して思い描いた場所まで上昇した。
アクアルスのマナに包まれた春風の体は周囲の空気を支配し、春風の行く先のすべての空気が春風に道を譲った。
まるで自分の体から重さが消えたかのようだった。
驚いた春風はしばし黙り込んだ。
なるほど。
確かに飛べる。
しかし、スピードが速すぎる。
激突したら大変だ。
コントロールできるだろうか。
春風はゆっくり降りるイメージをした。
すると、するりと思った通りに地面に着地した。
「おお。なんとか制御できる!」
もっと練習したいところだったが、もう三人は行ってしまった。
はやく行かなければ見失ってしまう。
春風は再び浮くと、メロンの無事を祈りながら暗いクレバスの中へ飛び降りた。




