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春風のヒストリア  作者: モトハル
春風_神官学校編
53/61

変形

マロン達が無事に着地した頃、アクアルスの風に包まれたアルファン達本校の三人も無事地面に着地した。


飛ばした人間を無事に地上に降ろせと言われたアクアルスはその命を忠実に実行したのだった。


最初にいた場所から北西十キロメートルのところだった。


三人は飛ばされながら泣き喚いて気絶し、今も気を失ったままだった。


さきほどまでの嵐が嘘のように静まり返る雑木林の中で、気落ちの良い風が頬を撫でた。


体の下で硬い何かが動いた。


もぞりとした動きに揺り起こされるようにして三人のうち一人が目を覚ました。


「...んん?」


ここはどこだろう。


最初に目覚めたのはアルファンのお付きの友人の一人だった。


彼は自分のベッドで寝ているのかと思った。


貴族とは名ばかりで貧しい家柄の彼のベットは固くガタが来ていて、尻の下の感覚はよく似ていた。


しかし鼻を突く爽やかな強い緑の香りと、嗅いだことのない不快な匂いが入り混じっていて、ようやく飛ばされた事を思い出した彼は、目を見開いて当たりを見渡した。


周囲に危険はなさそうだ。


どうやら奇跡的に助かった。


横を見ると自分の脇にアルファンともう一人の友人がいた。


二人は流血もしておらず、無事のようだ。


二人を起こそうとした時、自分の尻の下の硬い物が動いた気がした。


嫌な予感がした。


たいてい当たる彼の予感は、今回も当たった。


尻の下に、羽を折りたたみイモ虫のようになった虎蜂がいた。


強い雨風に打たれた虎蜂は、変形する。


四枚の羽はまるで包帯のようにぐるぐると体に巻きつき、ラグビーボールのように楕円形になっていた。


この形態の虎蜂は固く頑丈で、不快臭を放つ。


この形態の虎蜂を剣や魔法で傷をつけるのは容易ではなかった。


楕円に固まった虎蜂は、水を吸った羽から水気がなくなるまでじっとしている。


濡れた羽がすっかり乾燥すると、体を覆う羽は自然に解けて元の姿に戻っていく。


羽の大部分はまだ湿っていた。


しかし羽の揮発性は高い。


自分達の体重がかかった部分からは水が押し出され、尻の下の羽はすっかり乾いていた。


自分達の下だけでなく、周囲にはいくつもの楕円形がごろごろしていた。


彼は自分のすぐ横でいたアルファンを揺さぶった。


「アルファン様、アルファン様!...」


小声で何度も名を呼ばれ、アルファンは目を覚ました。


「なんだ、うるさいぞ...」


目を擦りながらアルファンはしかめっ面で答えた。


「たた、大変です...!」


「どうした」


「しし、尻の下に、とと、虎蜂、ちち、がいます!...」


「尻の下に、なんだって?」


おつきの友人が言った言葉を理解したアルファンは、目を擦る手を止めた。


「なっ、なんだt...」


友人は手でアルファンの口を覆い、目を見据えて


「しーっ!静かに!そっと!早く!ここから!逃げましょう!」


と言った。


小声だが言葉にこもった気迫に押されたアルファンは黙って頷いた。


もう一人を起こすと、三人はそっと忍び足でその場を離れるべく歩き出した。


「おい、そろそろ(魔法で)飛ぶぞ」


アルファンがそう言った時、後ろで嫌な振動音がした。


震動音は短く、断続的だった。


三人は顔を見合わせ、そっと振り返った。


三人がベッドになっていた三匹の虎蜂の羽は、三人の体温で他の個体よりずっと早く乾燥した。


三人がその場を離れた事で羽に風が当たると、乾いた箇所の気化熱が全体へ伝わり、羽はどんどん乾いていった。


縮こまっていた虎蜂の体を覆う羽はだらりと解け、不器用に動くと音を立て、動きによって羽はさらに乾いた。


すると縮こまっていた体は、重なり合った九枚の平たい指輪のような体節がその重なりを解き、元の大きさに戻った。


灰色で正気を失っていた目はやがてぼんやりと点灯し、二本の触覚が周囲にあるはずの巣から出るフェロモンを探した。


巣がない事を察した虎蜂の目が一気に赤くなった。


断続的だった羽の音は甲高い音を立て、周囲へ怒りの目を向けた。


そこに、三人の人間を見つけた。


「走れ!」


魔法を詠唱する時間がない事を悟ったアルファンは叫んだ。


三人は雑木林の中をただひたすら走った。

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