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春風のヒストリア  作者: モトハル
春風_神官学校編
52/61

生路

春風の目に、岩や大木とともに飛ばされていくマロンの姿が映った。


「マロン!」


春風がマロンの姿を追うと、上空にメロンとポルポの姿もあった。


ついに三人ともが暴風に耐えきれず、まるで重さがないかのように軽々と飛ばされてしまった。


上空に遠ざかる友達を見ながら春風は叫んだ。


「アクアルス!風を止めてくれ!」


「我は契約者の言葉に従う。さあ、汝我と契約せよ」


「契約したら友達を、飛ばされたあいつらを助けてくれるのか?!」


「我は地上の契約者に従う」


呼び出した魔法の主との契約など、学校では教えてくれなかった。


なんのために、どうやって契約するのか、この契約が何をもたらすのか何もわからない。


しかし春風には後先を考えている余裕はなかった。


すでに三人は飛ばされてしまっている。


友達を助ける事ができるかもしれない唯一の可能性は、この凶悪な顔の魔法の主、アクアルスの力を借りる以外にない。


「わかった!俺はお前と契約する!」


春風がそういうと一本の強い稲光が走り、アクアルスの口がさらに大きく開かれた。


「おお!我、新たなる契約を得たり!汝我にマナを捧げる者となり、我汝の神となった!」


春風にはアクアルスの口上を聞いている心の余裕など全くなかった。


「友達なんだ!あいつらを地上に降ろしてくれ!無事に!」


春風は気色の悪い顔で笑う嵐の神に向かって叫んだ。


風がぴたりと止んだ。


空中に舞い上げられた物体が上昇をやめ、放物線の頂点で一瞬止まった。


舞上げられた全ての物質が静止から落下へ転じるまでのほんの一瞬に、マロンが動いた。


はるか空高く飛ばされながらマロンは、どうやってここを切り抜けようか機を伺っていた。


二日前の祭壇事件で、祭壇から足を踏み外し落下する中マロンの頭の中は真っ白だった。


そしてその日の夜、食堂で晩めしの焼き魚を頬張りながらマロンははたと思い当たった。


「あのまま落ちて死んでたらもうごはん食べられニャいじゃニャいか!」


そんなのはいやだ!


マロンは祭壇から落下しながら頭が真っ白になった自分に怒り、そして恥じた。


"あんな事くらいでごはんを諦めるなど、どうかしている"


"どんな状況だろうが、死んでしまったらおしまいだ"


食堂でばくばくと焼き魚を平らげたマロンは、これから何があっても、どんな状況になろうとも絶対にあきらめない事を自分の心に誓った。


そして今、前回とは比較にならないほどの高さに舞い上げられ、絶望以外にどうしようもない中にあってマロンはその誓いを忘れてはいなかった。


嵐の雲が覆う空へ飛ばされたマロンは風が強すぎて身動きが取れない中、状況を把握すべく目をキョロキョロと動かしていた。


皿のように大きく広がった彼女の大きな両目は、地上への経路を探す過程ですでに自分同様空に飛ばされたメロンとポルポの場所も捉えていた。


自分達を空へ放り上げた風が緩みを見せ止まる気配をあらわした一瞬、マロンは今だ、と思った。


爪を立ててしがみついていた大木を両脚の力の限り蹴った。


自分のすぐ横に浮かぶ岩へ飛ぶと、すぐにその岩も蹴って今度はその横の大木へ飛んだ。


そうして幾度か付近に浮かぶ岩や木に次々と飛び移りながら、マロンは瞬きする程度の間にメロンにたどり着いた。


メロンは恐怖で震えて目をつむり、


「もうだめだもうだめだもうだめだ...」


と唱えながらこのまま落ちてマナに帰る自分を想像していた。


だからマロンが自分を抱えて飛んだ時、あ、落ちた、死んだ、と思った。


そうしてメロンは自分を抱える姉の右脇に抱えられながら気を失った。


メロンを抱ながらマロンはさらに下の方にいるポルポに向かって跳躍した。


そのポルポは暴風に飛ばされながらも、自分同様に飛ばされたはずの虎蜂の巣の場所を探して周囲の空に目をやっていた。


そしてポルポはついにそれを見つけた。


ウーノを救うための命綱の一つ、虎蜂の巣は手を伸ばせば届きそうなほどの距離にあった。


もしポルポの状況にウーノがいたなら、飛ばされながらすでに飛行魔法を唱え終え今頃はもう虎蜂の巣を手にしていただろう。


しかし、ポルポはメロンのように気絶こそしなかったものの、動転し飛行魔法を唱えるのをすっかり忘れていたし、詠唱していたとしてもウーノのように上手に飛べていたかはわからない。


どちらにせよこの時ポルポは、巣を見つけてようやく飛行魔法を唱えなければ、と思い立った。


ポルポが飛ばされた虎蜂の巣を見つけ歓喜に叫び詠唱を始めようとしたまさにその瞬間、マロンがポルポの背中の服の首根っこ付近を左手でひっ捕まえて左脇に抱えると、二人を抱えたマロンはそこからさらに木々を蹴って一目散に下へ飛んだ。


マロンから見るとポルポもまたメロン同様空中で身動きが取れず縮こまっているように見えた。


急に体を捕まれたポルポは、自分の顔を覆うふさふさした茶毛から放たれた懐かしい香りが自分の鼻腔をつくまで何が起こったかわからなかった。


「離せマロン!」


巣を手にする事しか頭にないポルポは、遠ざかっていく巣を見つめながらマロンに怒鳴った。


マロンは二人を捕まえたまま何も言わずひたすら駆け降り続けた。


風が止んだこのほんの一瞬で二人を捕まえたマロンは、このまま全速力で駆け降りても地面に無事降りられる見込みが薄い事を悟っていた。


彼らのいる位置はあまりにも高すぎた。


この後、舞上げられた物体は下へ落ち地面に叩きつけられる。


全く足りない時間しかない中で出来るだけ下へ、しかもこれらの岩や木が降ってきても当たらない場所へいかなければならない。


それはあまりに絶望的な状況だとわかりながら死を断固拒否するマロンに、ポルポの言葉に耳を傾けているまったく余裕はなかった。


そうしているうちに、飛ばされた物体はすべて自由落下を始めた。


木々や岩が次々と雑木林へ落下していく。


木々が抜けて緩んだ地盤は、打ちつける巨大な質量に絶えかねて悲鳴を上げ、地響きとともに山崩れを起こした。


同時に、行き着くべき地面が崩れて動揺したマロンの体制も崩れた。


暴れるポルポがマロンの脇からするりと抜け落ちた。


そこに風が吹いた。


風は落ち行く二人の猫獣人と一人の人間を包むと、まるで大きな風船になり、空気の風船に包まれた三人はふわりと浮きながら春風の目の前に降り立った。


風船はまるでやわらかいクッションのように、頭上から降ってくる岩や木から四人を守った。


気絶したメロンを含め風船内の三人はあっけにとられて声を失った。

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