マンジュゲリの実
寄宿舎に戻ったポルポと春風は、三階のバルトの部屋へ行った。
ポルポが部屋の扉をノックしてしばらくするとバルトが扉を開け出てきた。
湯気が出た汗まみれの上半身にバスタオルをかけていた。
膝丈の綿の半パンは随分と使い込まれていて、貧乏貴族の子息だという噂がもっともらしく見えた。
「すまん、待たせたな。入ってくれ」
二人は部屋の中へ入った。
六回生と言えどバルトは剣術師範もしているので、三階の教師用の部屋を使っていた。
生徒たちの部屋は1DKだったが、バルトの部屋は2DKだった。
入ってすぐの応接室にはいくつかのトレーニング用具があり、剣術稽古で使用される事の多い浮遊水晶が三つも応接室の空中に浮いたままになっていて、剣の稽古の途中だった事を窺わせた。
ソファに座るよう言われて二人が座ると、バルトはバルデラコーヒーを淹れて二人の目の前のテーブルに置いた。
バルトはコーヒーを飲みながら
「部屋に来るなんて珍しいじゃないか。どうした?」
と聞いた。
ポルポはウーノについて聞きに来た、と言おうとした。
しかし、言葉が出てこなかった。
何を話しに来たのかを思い出す事すらできなくなっていた。
「あれ?なんで来たんだっけ?」
とポルポが春風に聞いたが
「うーん、なんだっけ?」
と春風が答えた。
春風も何を話すか忘れてしまっていた。
「おいおい、からかってるのか」
バルトが笑いながら言った。
「いや、そういうわけじゃなんだけど...」
そう言って困惑しながら二人はコーヒーを飲んだ。
思いのほか美味しくて、そこからコーヒーの話しになり、料理の話しが盛り上がった。
だが結局、ウーノの話しにならなかった。
バルトの訓練を邪魔しても悪いと思った二人はまた思い出したら出直すという事にしてバルトの部屋を出た。
いったい何しに来たのかわからないまま二人はポルポの部屋に戻った。
「結構大事な事だった気がするんだけど」
「うん。俺もそう思う」
「だめだな僕。だからいつもウーノに怒られちゃうんだよ」
二人は同時に
「ウーノ!」
と言った。
「そうだ!ウーノの話しをしに行ったんだ。なのにどうして?」
「とにかく、バルトのところにもう一度行こう!」
春風が玄関へ走ると
「待ってハル」
とポルポが春風を止め
「先に図書室に行こう。調べたい事があるんだ」
と言った。
二人は校舎と寄宿舎を繋ぐ渡り廊下を渡って校舎二階の図書室へ行った。
ポルポは魔法の樹木、魔樹に関する書籍を集めるように言った。
「今日、ウーノに渡されて口に入れた木の実覚えてる?小さくて丸くて、半分濃い茶色で半分白かったあれが何なのか調べよう」
それらしい本を棚から手当たり次第持ってきて机の上に山と置くと、二人は木の実の絵を探した。
二時間以上探し続けてようやく二人はそれと思われるページにたどり着いた。
「ブリテン魔樹図鑑」という本の真ん中付近のページに、確かに今日口に入れた木の実と同じ絵が描かれていた。
〜マンジュゲリ〜
双子葉植物に属する科で、多年草と低木を含み、東の大陸ローデンティア全域で生育が確認されている。
マンジュロイドを含み薬用になるものや、有毒なものもある。
ウルガ山中腹の迷いの森で確認されるウルガマンジュゲリは、花、実ともに幻覚作用成分マンジュロイドを含むため、ブリテン王国法にて採取が禁止されている。
実を口に入れ言葉を発するとその言葉に縛られる事から、奴隷商人が好んで使う事が知られている。
〜
「これだ...」
二人は唾を飲んだ。
この木の実は幻覚作用によって人を縛る事ができる。
二人はウーノに誰にも言わないと誓わされたせいでウーノの話しができなくなっていた。
「これじゃあまたバルトのところへ行ってもきっとまた同じ事だ」
「紙に書いて渡すとかどうだろう?」
二人はウーノの件について書いた紙を持ってバルトのところへ行ってみた。
しかしドアを開けたバルトを見る頃にはもう話す事を忘れていた。
バルトに訝しまれながら帰ってきて、また二人は正気に戻った。
「これじゃあ埒があかない」
いったいどうすればいいのか、二人はさらに本を調べた。
「魔樹の効用と解毒」という本を見つけた二人は、マンジュゲリの項に書かれた解毒方法を見つけた。
ヴィラのメスの鱗、竜蛇の血、虎蜂の巣の蜜を煮込んで作る結晶を粉末にして飲めば解毒されるという事を突き止めた。
だがそこに、恐ろしい文言が書かれていた。
注)マンジュゲリの実の幻覚作用は三日もすれば自然に消失する。しかし花の抽出液を使用した場合、解毒剤が必要になる。もし抽出液を吸ってから十日以上解毒剤を使用しなければ死に至る。
「僕らの幻覚作用はあと三日待てば消える。けど、もしウーノが花の抽出液を吸わされてたとしたら...」
ウーノがおかしくなってからもう七日が経過している。
あの黒尽くめの鉄兜の人物に、木の実ではなく花の抽出液を吸わされている可能性があった。
後三日以内に解毒剤をつくりウーノに飲まさなければウーノは死んでしまうかもしれなかった。
「この三つはどこかで売ってるのかな?医務室にあったりする?」
春風はぽルポに聞いた。
「医務室にはないよ。売ってる店を探すのはたぶん無理だし、あったとしてもとても買える値段じゃないよ」
「じゃあどうしたらいいんだろう?」
「取りに行こう」
ポルポが言った。
「取りにって、どこに?」
春風はポルポに聞いた。
「全部、迷いの森に行けばある」
とポルポは言った。
迷いの森には入っては行けないと、分校に入学してから教師たちにさんざん言われていた。
行くにしても二人で行くのは心もとなかった。
しかし、ウーノの命に関わる事態で、今動けるのは自分達しかいなかったので春風はポルポの提案を受け入れ、
「いつ出発しよう?」
と聞いた。
「ちょうど明日から合同魔法訓練がある。みんなで山の近くまで行くから、そこで抜け出して森へ行こう」
こうしてポルポと春風は、解毒剤に必要な三つ品を手に入れるために二人で迷いの森へ行く事になった。




