ウーノの冷笑
ウーノが剣武場を飛び出した日から一週間が経った。
ウーノは落ち込む素振りを見せず、この一週間ずっと機嫌が良かった。
良過ぎる、と言っていいほどだった。
普段あまり騒ぐタイプではなかったのにすっかりムードメーカーになっていて、この日の魔法クラスの授業でもマロンと共に騒ぎ過ぎて先生に怒られていた。
ウーノと友達になって間がない春風でも少し違和感を感じるほどの変化だったので、ポルポが感じる違和感はさらに大きかった。
授業が終わりマロンとはしゃぐウーノを見ながら、春風はポルポに話しかけた。
「すごく元気になったね」
ポルポは浮かない顔で
「...うん。でも何ていうか、変だよ。ウーノが毎日あんなにはしゃぐなんて、今までに一度もなかった」
もしかしたらウーノは無理をして明るく振る舞っているのかもしれないなと思った春風は
「空元気なのかな?」
と言った。
ポルポは難しい顔をして黙った。
「ポルポ?」
「実はウーノ、学校帰りに毎日裏山に行ってるみたいなんだ」
「裏山?なにしに?」
「わからない。だから昨日直接聞いてみたんだけど、行ってないって言うんだ」
「え?」
「うそをついているんだ。ウーノは嘘がとても嫌いなのに」
「なんだろ?隠したいことでもあるのかな?」
「わからない。でも、もしかしたら何かおかしな事に巻き込まれているのかもしれない」
ポルポは深刻そうな顔でそう言うと
「だから今日、後をつけてみようと思うんだ」
と言った。
それってストーカーでは、と心で思った春風はポルポを止めようか迷った。
しかしウーノの様子がおかしいのも確かなので放っておくわけにもいなかい。
そうこうしているうちにすぐ終わりの会が終わり下校時間になった。
「行こうハル」
なし崩し的に春風はポルポとともにウーノの後をつける事になり、二人はウーノに続いて校舎を出た。
ポルポの言う通り、ウーノは寄宿舎ではなく裏門から出て裏山へ向かって歩いて行った。
その足取りは軽やかで楽しげだった。
ポルポと春風はウーノに気づかれないように少し距離を取って裏山の細道を歩いた。
細道は一本道だったので、二人は道の脇の木々に隠れ隠れウーノを追った。
いったいどこまで行く気なのかウーノはずいぶんと進み、これ以上行けばウルガ山の麓へ入ってしまう付近まで来た。
そこに大きな木があり、そこででウーノはようやく立ち止まった。
「止まったね」
「うん。何するんだろう」
春風たちは道のそばの木の影に隠れてウーノの様子を伺った。
ウーノが立ち止まった木の下に誰かがいた。
距離があってなおかつ影になってよく見えなかったが、その人物は長身だった。
シルエットから腰に長剣を下げているのがわかった。
「誰だろう?」
ポルポがつぶやいた。
ウーノの表情は読み取れないが、仕草は何か楽しげだった。
一瞬夕日の光が差し込んだ。
ウーノの相手をしていた人物は黒尽くめの防具に身を固め、鉄の兜をしているのが見えた。
鉄兜の人物がウーノを抱きしめた。
「あ!」
と声を出したポルポが口を開けたまま絶句した。
やがてウーノは鉄仮面の人物から離れ、寄宿舎へ向け一本道の細道を戻り始めた。
「あいつ、誰だろう」
とポルポは言った。
春風も気にはなったが複雑な心境だった。
鉄仮面の人物が誰であろうがウーノの彼氏だとすれば、もうこちらがどうするという事もない。
問題はポルポがウーノを諦められるのかどうかに移ってしまった。
ポルポをどう説得しようか考えているうちに、ウーノはもう二人のすぐそばまで来ていた。
気に隠れる二人の前をウーノが通り過ぎようとした時、ポルポが道へ出た。
止めようとして春風もつい道へ出た。
二人が急に道から出て行きて驚いたウーノが立ち止まった。
「びっくりした。こんなとこで何してんの?」
ウーノは少し動揺した様子で言った。
「あいつ、誰?」
ポルポが言った。
ウーノは最初とぼけようとしたが、つけられたのだと気がつき
「つけてきたの?」
と二人を非難した。
「うん。ごめんね。心配だったんだ。ウーノ、最近ずっと様子がおかしいよ」
ウーノは注意深くポルポと春風を見た。
それはまるで、密航を取り締まる検閲官のように他人行儀で冷たい目だった。
だがやがて何かを悟ったかのようにふと笑顔を浮かべると
「誰にも言わない?」
と聞いた。
優しいウーノとは思えない冷たい笑顔だった。
「うん。言わない」
ポルポは真面目な顔で即答した。
「ハルは?」
「え、うん。言わない」
なんだか聞きたくないような気がした。
「じゃあ二人とも誓って」
そういうとウーノは上着のベストのポケットから木の実を二つ取り出した。
「これを口に入れて、誰にも言わないって神に誓って」
二人が言われた通りにして神に誓った。
それを見てウーノは笑った。
その笑顔は先ほどよりも不気味で意味深だった。
「私ね、バルトと付き合ってるの」
ウーノは顔を上気させポルポの目を見据えて言った。
「うそだ」
ポルポが言った。
「うそじゃないわ。見たんでしょ?」
「え、さっきのバルトなの?」
と春風が言った。
「そうよ。学校だとほら、いろいろマズイでしょ。だからこっそり会ってるの」
春風は不安な気持ちになった。
さきほどの人物は確かに剣士風だった。
腰にも長い剣をさげていた。
バルトも長い剣をさげている。
しかし、先ほどの黒ずくめの剣士がバルトかと言われると何かが違う気がした。
「なんで鉄仮面をしてるの?」
ポルポが聞くと、ウーノは鼻で笑って答えた。
「だから言ったじゃない。こっそり会ってるって。私はともかくバルトは有名なんだから顔くらい隠すわよ」
「本当にバルトなの?」
「どう言う意味よ?」
「だってバルトにはマリアがいるじゃないか」
ポルトの言葉を聞いてウーノはまた笑った。
「そうなの。私もそう思ってたんだけど、付き合ってないんだって。マリアの事はなんとも思ってないって言ってたわ」
二人が付き合っていると思っていたポルポと春風には信じられない話だった。
「確かめたい。バルトと話してみる」
ポルポがそう言うと
「は?ダメに決まってるでしょ。内緒なんだから。あんたたち誰にも言わないって誓ったでしょ?だからバルトにも言っちゃダメ。マリアにも。誰にも」
と言った。
「でも...」
「でもじゃないの。言ったら絶交する。それに...」
ウーノは何かを言いかけてやめた。
「まあいいわ。あんたたち、もう私に関わらないでね」
「え?どうして?」
ポルポの言葉に耳をかさず、ウーノは一人で寄宿舎への道を歩いて行った。
その後ろ姿を見送りながら二人は何が起きたのかを咀嚼しようとしていた。
「どう思う?ハル」
「うーん。確かに何かおかしいね。特にあの笑顔...」
「僕、やっぱりバルトに聞いてみる」
「そうだね。それが良さそうな気がする」
二人はこの時、事の深刻さをまだ理解していなかった。




