葛藤に忍び寄る影
バルト同様同い年のマリアはすらりと背が高く、どこも隙なく何もかもが綺麗で、皆に優しく、気品があり、剣の腕はブリテンで叶う者はないという完璧な女性だった。
バルトとマリアの二人は特別な関係であるようなそぶりは見せなかったが、マリアがバルトを見る目が特別なのは勘のいいウーノにはすぐわかった。
バルトはウーノに優しかった。
だが、ウーノにだけでなく誰にでも優しかった。
マリアもまた同様に優しかった。
ウーノにはそれがつらかった。
自分の事をなんとも思っていない意中の相手と、何一つ敵わない恋敵が現実として目の前にあった。
それでもなんとか近づこうとして毎日必死に剣を振るった。
当初めきめき剣の腕は上達し、練習にのめり込んだウーノの腕前は分校で四位になった。
このまま剣の腕が上達すれば、もしかしたら自分がバルトの特別な存在になれるかもしれないと必死で毎日努力を続けた。
しかし分校の代表として剣武大会に出るのはいつも決まった三人で、ウーノは四番手の補欠止まりだった。
その差はこの二年、まったく縮まらなかった。
寄宿舎へ帰る気になれず分校から出て裏山への道を歩いていたウーノは、足元の小石を蹴飛ばしながら思った。
自分は所詮平民の出のただの人間なのだ。
貴族や猫獣人とは住む世界が違うのだ。
バルトに近づきたくて始めた剣だったが、もうこれ以上どうしようもない。
自分には家柄も才能も何もなかったのだ。
たとえもし剣の才能がまだ眠っていてこの先開花するのだとしても、マリアがいる以上どうしようもない。
もうここにいるのは耐えられない。
村に帰ろう。
涙がぽろりと頬を伝った。
その時後ろの方からポルポが呼ぶ声が聞こえた。
「ウーノ!待ってよウーノ」
息を切らし追いついたポルポに、涙を見せまいとツンとした顔でポルポのいる方と反対側を向き
「何よ」
と言った。
「心配かけてゴメン」
ポルポはそっぽを向いたウーノの顔を覗き込んで言った。
「近い」
と言ってその顔を手で押し退けた。
ポルポはウーノより三歳下で、ウーノはポルポの事を弟のように思っていた。
彼の素直なところには好感を持っていたが、こちらの心持ちを意に介さず顔を近づけてくるようなこういう子どもっぽさにはうんざりする事が多かった。
そうしていると春風が走ってやってきた。
「何よあんたまで」
ウーノは鼻をぐずらせながら平静を装って言った。
春風はウーノの目が充血しているのに気がついた。
自分が子供になっている事を忘れていた春風は、悲しそうな顔をした子供を慰めようと思わずウーノの頭を撫でた。
「ちょっと!」
と言ってウーノは春風の手を払い
「あんたの国では普通かも知んないけど、ここでは女の子に普通そういう事はしないのよ」
と怒った。
年下の男どもというのはどうしてこうもデリカシーがないのか。
ウーノはため息をついた。
「あ、ごめんつい」
しまったと春風はあわてて謝った。
「だめだよハル。ウーノはバルトが好きなんだから」
とポルポが言った。
顔を赤くしたウーノが
「は!?あんたバカなの?何言ってんのよ?鞭でやられすぎて頭おかしくなったんじゃないの?」
と言った。
さらにポルポが
「隠さなくていいと思うよ」
と続けた。
「隠してないし!」
「バルトはいい奴だよ。好きになって当然だと思うよ。かっこいいしさ」
たんたんと続けるポルトに
「うるさい!もうあっち行って!」
と言ってウーノは進む方向を変え、寄宿舎の方へ走っていった。
春風にはウーノの背中が悲しそうに見え胸が痛んだ。
ウーノがバルトの事を意識している事を、春風は以前から気がついていた。
「ポルポ。だめだよああいう事言っちゃ。女の子はデリケートなんだか...」
春風は自分の所作を棚に上げポルポの顔を見て言いかけた。
が、ポルポのつらそうな顔を見て言うのをやめた。
ポルポの顔は親友を怒らせてしまって困っている顔ではなく、フラれた男の顔だった。
そこで初めて春風はポルポの気持ちに気がついた。
「ポルポ...」
ウーノの姿が見えなくなると、ポルポは春風を振り返った。
「ウーノは素敵な女の子だよ。なんとかバルトとくっつけてあげられないかな?」
「ええっ?それは難しいというか何というか。てかポルポはそれでいいの?」
「僕は平気だよ。ウーノ、ここ最近ずっとつらそうでさ。見てられないんだ」
バルトに恋をしてうまくいかないウーノ。そのウーノに恋をしてうまくいかないポルポにそんな事を言われ、春風は困った。
「うーん。できることがあればしてあげたいけど...」
「ウーノが元気になる方法、一緒に考えてくれないかな?」
春風はポルポの目を見た。
真剣な目だった。
「わかった。でもこういうのはデリケートな問題だから、おせっかいな事はしない方がいいと思うんだ」
「うん。なんでもいいんだ。ウーノが元気になってくれれば」
そうしてポルポと春風は、ウーノを元気づける方法を模索する事になった。
春風たちが去ると、道の脇の木の枝の上にずっといた人影が声を出した。
「これは使えそうだ」
ぽつりとつぶやいた。
「ソウダソウダ!」
「報告だ!」
「ダダダダダ!」
「報告しろ!」
「黙れ」
「ケケケケケ」
一人しかいないはずの木の枝の上で口論のような会話があった。
甲高い笑い声と共に、人影はいつの間にか闇の中に消えた。




