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春風のヒストリア  作者: モトハル
春風_神官学校編
43/61

剣武クラス2 それだけは

全員が剣武場中央に整列した。


入口と反対の壁側が上座だった。


上座には神の像も、書き付けも、掛け軸も、何もなかった。


本校の剣武館の上座には超全能神カノンの像や剣神デュラスの像が掲げられていて、ブリテン王国の剣武場ではそれが普通の光景だった。


しかし、無眼流むげんりゅう剣武術創始者である校長デルタの教えのもと、「ぜん、無から生じ無へと帰す」を体現するべくブリテン神官学校分校では本校や他の学校と違い上座には何もなかった。


生徒は道場の奥の上座の壁を向き、等間隔に三列になった。


列の先頭は左からにバルト、マリア、マロンだった。


「これより、剣武修練を始める!一同、上座に向かい、礼!」


とマリアがよく通る大きな声で言うと、全員が上座の何もない壁に向かい礼をした。


「なおれ」


と言うと上座の三人は向き直り生徒たちの方を向いた。


「上級組はマロン、中級組は私、初級組はバルトの班だ」


マリアが号令をかけると生徒たちは三班に分かれた。


ウーノは上級組マロン班、ポルポは中級組マリア班、春風は初級組バルト班になった。


上級、中級組は防具をつけた。


防具はウルガ山の雑木林のウルガゴムノキから抽出したゴム製で打撃に対してだけでなくマナに対する防御耐性もあった。


面は頭も顔も全てを覆うヘルメットのような作りで目の部分が横長長方形に空いていた。


体を覆う防具は胸、腕、下半身の各部に分かれていて、体にフィットする構造になっていた。


生徒たちが着る道着と内着には元々カノン神の防御魔法が付与されていたので、道着だけでも打撃と魔法の衝撃を抑える効果があったが、防具をつければ真剣での攻防に耐えうるほどだった。


剣武クラスでは木剣しか使わないが、木剣で強く打ちつければ怪我をする事もあったので防具を装備するのは当然と言えた。


とはいえ授業が終わった後は皆回復魔法を受けるので、これまで大事に至った例はなかった。


準備運動が終わると三班は剣武場で三か所に分かれた。


上級班は上座側に集まり、上級班七人全員対マロンの打ち込み稽古になった。


分校でも腕の立つ生徒たちを、剣も持たず防具もつけないマロンが易々といなし、生徒たちの攻撃はかすりもしない。


初級班の八人は剣武場の入り口付近で横一列になり、掛け声を出しながら木剣の素振りをしていた。


初級班の春風はバルトに剣の基本動作を手取り足取り教えてもらった。


春風は正中の構えと剣の振り方はどうにか覚えたころだった。


「うまいぞハル。剣には慣れたか?」


バルトが気さくに話しかけた。


「ありがとう。けどマロンの動き見てると、俺には剣の才能ないんだなってつくづく思うよ」


息ひとつ切らさず笑いながら皆の攻撃を交わすマロンはちらちらと初級班に目をやるので、春風が上級班を見るたびに目があった。


春風はなぜマロンがこちらを見ているのか理解できなかった。


マロンは春風ではなくバルトを見ていた。


自分より腕の立つ人間はマリアとバルトしかいない。


攻守に強いマリアと違い、受け一辺倒で鉄壁を誇ったバルトはマロンにとって全力で戦いを挑むことのできるいい遊び相手だった。


剣術教師のマーレが来ない時しかバルトに相手をしてもらえないので、マロンはバルトに挑みたいとうずうずし無意識に目をやるのだった。


なぜかマロンに見られている気がしてそわそわする春風に


「気にするな。マロンはマロン。君は君だ」


とバルトが言った。


今は若返っているので春風の方がバルトよち少し年下だが本当はずっと年上なので、若い好青年に爽やかな笑顔で諭され春風は少し気恥ずかしくなった。


上級組と初級組が楽しく訓練をしている中、二人一組で組み手稽古をしている中級組から激しい打撃音と大きな声が聞こえていた。


普段誰にでも優しいマリアだったが、剣の修練の間はとても厳しかった。


上級組で師範をするマロンは自分が楽しむ事しか頭にないのでそもそも指導するとか上達させてあげようなどという考えがない。


初級班師範のバルトは、剣は基本こそ大切だと思っているし、技よりも心が大切だと考えているのでひたすら素振りばかりで無理な指導をしない。


しかしマリアは強い剣士を育てる事に熱心だった。


いや、熱心を通り越していた。


代々騎士の家系の彼女は、国王と国を守るのが自分の務めでありそのためには自らが良い騎士であり、また、周囲の見本とならねばならないという信念を持って生きていた。


さらに後進を育てる事が自分の義務であり責任だとも思っていた。


将来の騎士候補である生徒たちを教えている事もあり自分の指導次第で生徒たちのその後の剣士としての腕前が決定づけられるのだと必要以上に入れ込んでしまっていた。


剣の強国である隣国ロエリア公国の剣武型の練習をしていた中級組の面々を腕組みをして黙って見ていたマリアは、ポルポの前に歩み寄った。


ボルボの前に立つと、マリアの顔が少し曇った。


「ボルボ、毎日練習をしているか?」


マリアはボルボの目を見て聞いた。


汗だくのボルボは、青い顔をして


「やってるよ。けど先週は時間がなくて…」


と答えた。


「そうか」


と言うとマリアは思案し


「よろしい。私と掛かり稽古をしよう」


と明るい声で言った。


するとボルボは


「それだけは!」


と言って抵抗してみせた。


「案ずるな。こちらから手は出さない」


そう言うとマリアは剣武場の中央へ行き、両手を広げてボルボを呼んだ。


ボルボはしぶしぶ歩き出し剣武場の中央まで行った。


上級組でマロンを相手に掛かり稽古をしていたウーノはその様子を見て


「あーあ。やっぱりまたか」


と呟いた。

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